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【第15話】初めての一日の終わり

 風呂場に強制連行されたデンシンだったが、全く収穫がなかったわけではなかった。水を浴びても、湯舟にたまったお湯の中に潜ってもまったく苦しくなく、窒息したり消えてしまうような心配はなかったことや、水を触っていると感じることはできるのに、水が身体に貼りつく感覚はないという不思議な体験ができたなど、また一つ精霊の生態に詳しくなることができた。


 お風呂から上がり、冷たい水を飲んでひと段落すると、ラーズリー一家はすぐに寝室に向かった。普段はもう少し起きて書類作成などの庶務作業をするのだが、明日の昼頃には領地に出発する関係で今日は早めに寝てしまうつもりのようだった。


「デンシン、ゆぶねにぷかぷかういてておもしろかった!」


「人を湯舟に浮かぶヒヨコのおもちゃのように言わないでくれ……」


「なぁに?ひよこのおもちゃって?」


「いや、気にしないでくれ。そういうものがあるってだけだから」


 人間(前世)歴88年、精霊歴6時間ほどのデンシンは、三歳児であるラピスにその丸っこい身体をウリウリと揉まれていた。デンシンの外見は白くて丸っこいまるで餅のような頭があり、それに小さな胴体、そして丸っこい手足と、もはやつるつるしたぬいぐるみのような見た目である。そのうえ触り心地までふわふわぬいぐるみとあれば、それはもう三歳児(ラピス)にとってみれば良いオモチャと見られておかしくはない。


「ウフフ、ラピスとデンシンは仲が良さそうでなによりねぇ。契約直後は相性が良くない人もいるんだけど、二人は大丈夫そうね」 


「あぁ、デンシンが良い精霊で本当によかったよ」


 そんな二人の様子を見て、ニコニコと笑うマリーとクリス。仲が良い二人を見て笑っているのは単純な相性問題だけではなく、イレギュラーな条件で契約をしてしまった娘が大きなリスクを抱えていないかどうか、内心不安に思っていたことも要因だった。


 ただでさえデンシンはこの世界では非常に珍しい「会話ができる精霊」なのだ。本来の時期である6歳で契約したのだとしてもどのような影響があるのかわからない。ラピスはそれに加え、事故でこの世界で残っている記録としては最年少で精霊と契約してしまった。


 精霊と契約者は魔力による繋がりを得て、相乗効果で使える魔力量を増やしている。それをより幼い者が実施したらどうなってしまうのか、前例がないのだ。その先駆者となったのが自分の娘となれば、親として心配の一つや二つはして当然だろう。


 とはいえ、既に契約してしまったものは仕方がないと切り替えられるのがこの夫婦の強いところだ。少なくとも子供本人が幸せそうであれば、いくら自分が心配だと思っていても、それでよいのだ。


「ふわぁーあ。さぁ、明日は忙しくなるぞ。なんせ朝起きたらすぐに馬車の用意と部下たちを呼んでこないといけないからな。早く寝るとしよう」


 そんな親の心配を娘に悟られまいとしているのか、単に楽観的なのか、クリスはあくびをしながらベッドに入った。


「そうね。ラピス、早く寝てしまいましょう」


「はーい。おやすみー」


 続いてマリーも、ラピスと一緒にベッドに入る。デンシンはそんなラーズリー一家の光景を見て、自分もこんな風に家族で(敷布団かベッドかの違いはあれど)川の字になって寝ていたなぁと、若かった頃の前世の夫婦生活を懐かしんでいた。すると、ラピスがベッドに潜ったままこちらを振り向いた。


「ねぇねぇ、デンシンはねないの?いっしょにギュっとしてねよう?」


「あぁ、やっぱり小さいうちは精霊と寝たくなるものよねぇ。わかるわぁ」


 やはりラピスにとって、デンシンは動くぬいぐるみかペットのような存在なのだろうか?どうしたらいいかとマリーに目を向けるが、マリーはマリーでこちらをしみじみと見ているだけだった。デンシンとしてはまだやりたいことがあるため、もう少しだけ起きているつもりだったのだが、何か良い言い訳はないか考えて、思いついたことを言って遠慮した。


「いやぁ、ママと一緒に寝るなんて今のうちだけだろう?俺は後からいくらでも一緒に寝てあげるから、今日はママとゆっくりおやすみ、な?」


 ラピスは一瞬戸惑ったが、まだ小さい子供なりに母親のことも大好きな年ごろ。デンシンの言い訳に素直に応じてくれた。


「そっかぁ。じゃあきょうはママとねるー!」


「あらあら、ラピスは甘えんぼさんねぇ。いいわよぉ。デンシン、今日は私がラピスと寝るけどあなたはどうするの?」


「まぁ、精霊だからな。適当にそこらへんに浮かんで寝るさ。心配なら適当な布きれでも置いてくれればいいよ」


「そう……お言葉に甘えるけど、寒かったらベッドに勝手に入ってもいいからね?」


「あぁ、考えておくよ」


 そう言って、デンシンは寝室のドアから外に出た。



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「さて、まずはどこまで移動できるかだな……」


 寝室から出たデンシンがまずやることは、どの程度の距離までラピスから離れられるのかを確認することだった。クリスの話では襲撃に遭う可能性がゼロではない、という話だったので、デンシンなりに今できる対抗手段をテストする必要がある。

 また、先ほどのマリーの料理を食べてから、身体の魔力のめぐりが良くなった気がしていた。精霊のゆりかごの中にいた時に比べてどれほど魔法が強化されたのか、確認をしておきたかったのだ。


「とりあえず寝室から出ても身体が引っ張られる感じはないな。一階まで行けるか?」


 あまり思い切って移動すると、魔力の繋がりが伸びる感覚がラピスにも伝わるかもしれないため、デンシンは二階廊下から慎重に一階の大部屋に移動する。階段を降り切ってもまだ余裕があるため、外への扉へ足を運んでいると、ちょうど扉に手が届くというところで身体が少し張った気がした。おそらくここが今の限界地点なのだろう。


「ふーむ、寝室からここまでそれなりに距離がある……寝室は20畳はない、15畳くらいか?そして廊下から階段、扉までの距離を考えると……そうだな、半径40か50メートルってとこか?」


 精霊のゆりかごで契約した直後に比べて魔力の伸びが良かったのか、契約直後と比べて約10倍は伸びていることになる。果たしてこれはマリーの料理のおかげなのか、それとも契約直後でなければ案外融通が利くのか、なにか別の要因があるのかはわからないが、ともかく想像よりは広く移動できそうだ。


「さて、どの程度の距離まで移動できるかは分かった。最悪その場から姿をくらまして不意打ちできるくらいには移動はできそうだ……問題は、不意打ち手段だな……」


 それから、デンシンは自分が作れる塩、石炭、砂のように細かい岩など、自分で安定して生み出すことができる物をどこまで調整できるか試した。


「ほう……ここまでできるか……それに量もずいぶん多くできる……よし、これなら多少の反撃には使えそうだ……」


 一通り確認し終えたデンシンは、ラピス達を起こさないようにそっと寝室まで戻り、マリーが置いたであろう布をお腹に軽く巻くように乗せたあと、プカプカと浮かびながら眠りについたのだった。

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