【第11話】ラピスの家族と妖精と
マリーが建物の扉を開けると、飾り気はないがしっかりとした作りの広間だった。見回すと、隅の方に大きなテーブルが立てかけられていたり、奥には2階へと続くのぼり階段があったりと、庶民の建物というには整い過ぎていた。
「ただいま戻りましたー!あなたー!ラピスを連れてきましたわー!」
マリーが大きな声で呼びかけると二階から、「わかった!今行くよ!」と、男のしっかりした声が返ってきた。それから扉を開ける音が鳴ると、ガタイの良い壮年の男性が階段から降りてきた。
「おかえり!マリー、ラピス!怪我とか問題は特になかったかい?」
「ええ、学校の人たちにも探してもらいましたが、無事になんとか見つかりましたわ」
「パパ!がっこうのたんけんをしてました!」
「そうかぁ、探検をしてたのかぁ。でもラピス、お母さんの手を煩わせてしまったし、学校で働いてる人の迷惑にもなるから、もうこんなことはしないようにね」
母親の目をかいくぐって校舎に不法侵入していたというのに、ラピスは特に悪びれもなく元気よく父親に報告していた。ラピスの父は苦笑いしつつも、どうにも叱り切れない。どうしても親は子供には甘くなってしまうものだ。娘を持った男親は特にそうだ。妻からの視線に若干の居心地の悪さから男はとりあえず話題をそらそうとした。
「いや、しかしまぁ見つかってよかった。王都が珍しいからってどこかに行ってしまったと聞いたときにはどうなることかと思ったけど……おや?」
父が娘の姿をよく見ると、頭の上に乗っていた物体が目に映った。
「ところでラピス?その白くて丸く光ってるものはなんだい?お母さんに買ってもらったぬいぐるみかな?」
「ちがうよ!この子はデンシン!がっこうのひとからゆずってもらったようせいさんなの!」
「なにっ!?妖精だって!?ラ、ラピス、身体はなんともないのか?」
「うん!ラピスはげんきだよ!」
「そうなのよあなた……この子ったら、学園の中にある"精霊のゆりかご"を勝手にいじって、あろうことかそこにいる精霊と契約してしまったの……しかも、人間と会話できる精霊だったのよ」
「人間と会話?精霊が?」
話の流れとしてそろそろ頃合いだろうと、デンシンはなるべく丁寧にあいさつを始めた。
「どうも、マリーのお父様。私は精霊のデンシンと申します。僭越ながら貴方の娘であるマリー様と契約することになりました。今後ともよろしくお願いいたします」
「うぉっホントにしゃべった……!と、驚いてちゃいけないよな。私はラピスの父親でマリーの夫のクリス、クリス・ラーズリーです。娘をよろしくお願いします……つい妖精相手に改まってしまった……」
単に会話ができるどころか、敬語まで使えるとは思っていなかったためか、クリスはひどく驚いていた。やはり話せる妖精というのは珍しく、しばらくはこのような反応が続くだろう。
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それからしばらく、デンシンはクリスとマリーにラピスとの出会いと、自身の状況を説明した。流石に己が実はこの世界の存在ではなく、別の世界の元人間であるということは理解されるはずがないと判断して省いた内容になったが、二人は無事納得してくれたようだった。
「なるほどなぁ、精霊ってそんな風に産まれるんだな……言われてみれば気にしたこともなかったな」
「そうねぇ……私のファイちゃんもそんな風に産まれたなんて、聞いたこともなかったわ……」
「そういえば、そういえばお二人の妖精はどこにいるんだ?会ったときから一回もそれらしいのを見ていないんだが」
「うちで妖精が付いているのはマリーだけだよ。私は妖精が付く適性がなかったからね。代わりに、力仕事だとか、剣を使ったり弓を使ったりするのは上手いから、それでカバーしているんだ」
「そうなのか……マリーさんの妖精は?学校で会ってから、それらしき姿を見かけないのだが」
「妖精が付いてある程度慣れると姿を自由に消せるようになるのよ。ちょっと今から出してみるわね……ファイ!出てきて!」
マリーが右手を広げて前に突き出すと、手のひらの上に小さな緋色の竜巻のようなものが一瞬巻き起こった。風が収まると、そこには火をまとった人形ほどの大きさの少女のようなものが立っていた。
「どう?自分以外の妖精は初めて見た?この子が私の妖精、ファイよ」
「キュルルル」
マリーがそういうと、ファイはデンシンに向かって笑みを浮かべながら軽くお辞儀をした。
「おぉ、キミがファイか。俺はデンシン。よろしくな」
そう言って軽く手のひらを振って返すデンシン。それに対してファイも両手を振って返すが、声はやはり「キュルル!」だけであり、デンシンにはただの鳴き声のようなものにしか聞こえなかった。
「うーん、妖精同士なら会話できると思ったんだが、うまくいかないものだなぁ。全然わからん!」
「あら、それは残念……ファイが普段どんなことを思ってるのか聞けるチャンスだと思ったのだけれどねぇ」
「ところで、ファイは何の妖精なんだ?見た目からして火が使えそうだが」
「当たり。ファイは炎の妖精よ。一応私自身は炎以外の魔法も少し使えるけど、やっぱり一番得意なのは炎を出すことね」
マリーがそういうと、ファイは指先からマッチほどの火を指から生み出し、デンシンに見せつけた。魔力が過剰に漏れ出している感覚もないため、この程度はこの妖精にとっては当たり前のように出せるものなのだろう。
「流石に街中で大きな魔法は使えないけど、全力を出したら炎の大規模魔法も使えちゃうのよ?」
「ママ、それいつもいってるけどほんと?まほうをつかってるのなんて、りょうりのときに火をつけるくらいしかみたことないよ」
「危ないからね、おっきくなって魔法を知りたくなったときに見せてあげるわよー?」
うふふと笑いながら、なんでもなさげに答えるマリー。もしかしたら昔は相当腕の立つ魔法使いとして活動していたのだろうか。そうデンシンが考えているとクリスが疑問を投げかけてきた。
「そういえば、デンシンは何の精霊なんだい?見た目は白っぽいから、光の精霊?」
「あー、それなんだが……実を言うと俺自身も自分が何の精霊なんだか、いまいちわかっていないんだ。一応、岩とか鉱石に関わるモノを生み出すことはできるんだがね」
「岩の精霊!なんだか見た目とは全然違うなぁ……試しに、何か出してみてよ」
「わかった、まずは塩から出そう」
ファイは火を出せたのだからデンシンも何か出さなければわからない。そこで、デンシンは妖精のゆりかごの中で試したものを一通り出してみることにした。
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「うーん、確かにこの白い粉は塩だね……こっちの灰色の粉は砂……つまり、すごく細かい岩。それと、この黒い粉……多分石炭だね……うーん、確かにこれだけの情報だと、岩の精霊って判断するのもちょっと難しいね……」
デンシンが一通り生み出した粉を見て、クリスは困惑していた。岩の精霊と聞いていて、多数の砂利や手のひらほどの大きさの石などが出てくることを想像していたが、予想よりかなり小さいサイズで出てきたので致し方ないだろう。デンシンがクリスの立場でも、粉しか出せない精霊を岩の妖精だ!と断言することはできないだろうことはわかっていた。落胆させやしないかと内心ヒヤヒヤしていたデンシンだったが、返ってきた反応は意外なものだった。
「砂はともかく、塩と石炭をいくらでも出せるというのは派手ではないけどすごいね!これなら味付けと保存食作り、かまどの燃料には困らないじゃないか!まてよ?ちょっとしたボヤには砂も使える……なんだか人間の生活に密着した能力だね!」
「そうね!塩だって決して安くはないし、量が増えれば売れば家計も助かるわ。石炭だって貴重な燃料だし、冬場の負担も減る。しかも、まだ産まれたばかりでこれでしょ?成長すればもっといろいろ作れるかもしれないし、便利な精霊ね!」
「パパもママもうれしそー!デンシンってすごいんだね!」
予想が外れて望外の評価に、デンシンは少しうろたえた。だが、落ち着いて考えればこの評価は決して学が無いゆえに引き出されたものではない。
塩にしろ石炭にしろ、前世における現代社会においては大量生産技術が確立しているおかげで、安価で大量にあり、さして珍しさを感じない物資だがここは中世。岩塩採取や天日塩などの技術があったとしても、現代社会と比べれば微々たる量しか作れない時代である。石炭にしても、採掘技術はおそらく手掘りで現代と比較すれば貧弱も良いところである。そして、それらの物資を大量に輸送する技術もせいぜい馬車などの家畜を利用した移動手段程度だろう。
それらを総合して考えると、塩や石炭を魔力が持つ限りとはいえいくらでも生成できるというのは金の成る木と言っても差し支えないだろう。
「うん。ウチの娘が季節外れの精霊と契約したと知った時はどうしようかと思ったけど、礼儀正しいし、能力も面白い!……あ、別に普通だったらと言って冷遇するわけじゃないんだけど、娘の助けにはなるか考えたかったからね……これからもよろしく!デンシン!」
こうして、デンシンはラピスの家族、ラーズリー家に受け入れられた。