09
『今から、会えるだろうか。場所は、緑地公園地域の修道院運営カフェ』
『えっ……影武者君、いいの? 自由に動いて』
『ああ、突然上から許可が降りた』
時を同じくして、異母妹イミテは影武者に呼び出されていた。イミテは影武者の連絡先を教えてもらえなかったが、自分の携帯番号は手渡ししてあったのだ。まさかの連絡が貰えて、既に彼に恋心を抱いてしまっているイミテは嬉しくて仕方がなかった。
(どうしよう、影武者君から誘われちゃった! もしかしたら、こういうのってカフェデートになるのかな)
場所は影武者が暮らす修道院側の小さなカフェで、修道院が僅かながらの収益を得るために作られたらしい店だ。その日は、カフェそのものはお休みで、修道院で暮らす者が自由に使っても良い特別な日となっていた。
貸切状態で初めてのデートが出来たことで浮かれていたイミテだったが、手渡された禁断の書物の内容を見てさらに上機嫌になってしまう。
「私が乙女ゲームの主人公? 影武者君、それ……本当」
「信じてもらえないかも知れないけれど、この禁断の書物に載っていることが本当なら、イミテ・カコクセナイト嬢は乙女ゲームのヒロインのはずだ」
「私ね、別にこの国の王妃にならなくても、フェナス王太子の恋人にならなくてもいいの。私が欲しいのは……影武者君、貴方なの!」
勢いづいたイミテは、自分の想いを恥ずかしさを超えて恋する彼に告げてしまう。シナリオの展開によっては死んでしまう彼の手を離したくなくて、思わずギュッと握りしめていた。
「キミの気持ちに応えようにも、普段のオレは名もない修道士見習い。必要に応じて影武者となり、使えなくなればおそらく始末される」
「大丈夫よ、だって私は乙女ゲームのヒロインで聖女なんでしょう? それに、この乙女ゲームの攻略シナリオが本当なら、エイプリルフールの日だけは嘘を本当に出来るのよ! 私、聖女のチカラで貴方を本物のフェナス王太子にしてあげるわ! そして、私と貴方が結婚してハッピーエンド、それが多分裏ルートの展開に違いないわ」
それからしばらくして、イミテは乙女ゲームのシナリオ通り、本当に聖女のチカラに目覚めた。世界の全てが自分の思い通りになると勘違いしたイミテだったが、そのルートは異母姉エイプリルが前世でプレイしたデータをなぞっているに過ぎない。
やがて、次のエイプリルフールがやってきた。影武者とイミテは儀式遂行のため、エイプリルフールのイベントを欠席して旧修道院跡地で落ち合う。
「今なら、やれる……! 聖女の奇跡とエイプリルフールの特例を利用して、影武者君を本物の王子様に出来る」
「本当に大丈夫なのか、一瞬で人が入れ替わるなんていくら聖女でも……」
「弱気になってはダメよ、貴方だって本当は王子様として認められてもよかった。私は別にずるくない! 都合よく影武者君を今まで利用していたフェナス王太子の方が悪いのよ。お願い……奇跡よ、起きて!」
まるで、時空が歪むように世界中が渦巻いていき、影武者はフェナス王太子に、フェナス王太子は影武者だったことになった。二卵性双生児だった二人は、成長するにつれて背格好などに差がついていき、やがて影武者を必要とする機会はまったく無くなった。
「しかし、今でも夢のようだ。まさか、ずっと影武者扱いだったオレがこうして日の目を見る日が来るなんて」
「ふふっ。まさか、魔力が強力にかけられた出世証明カードまで、変化させちゃうなんてね。所詮、乙女ゲームの世界だから……ってことなんだろうけど。でも、まぁいいわ! この世界は私と貴方の世界にするの」
こうして、イミテは本物のフェナス王太子と影武者をすり替えることに成功する。
だが、それは自分自身の魂を乙女ゲームのシナリオに捧げることと同じだった。連動するように、異母姉エイプリルも以前の柔らかい性格から徐々に乙女ゲームの悪役令嬢に相応しい気位の高いキャラクターに変化していく。
王妃教育を受けて話し言葉をお嬢様口調に変更させられた影響で、エイプリルの一人称は『わたくし』、語尾は『ですわ』が基本になった。やはり異母姉は本物の乙女ゲームの悪役令嬢だったと、イミテはたびたび思うようになった。
また、イミテは影武者と本物をすり替えたことがバレそうになるのを怖れて、以前にも増して多くの嘘をつくようになった。大切な一つの嘘を守る為に、どうでもよい嘘を何度も何度も重ねていく。
その度に、異母姉エイプリルに酷く叱られて、それが気に入らないイミテは『異母姉は自分を酷く虐めている』と、あちこちで言い振り回すようになった。
* * *
やがて数年の時が経ち、いよいよ『公爵令嬢エイプリルの断罪イベントの日』がやって来た。