08
嘘を嫌うエイプリルにとって、この世界の秘密は衝撃的だった。そして、ことの真相を知った直後、エイプリルはまるで白昼夢でも見ているかのように、知らないヴィジョンに誘われた。
(うぅ……この光景は、見覚えのある場所だわ。あれは……私?)
ヴィジョンの中でエイプリルは、まさに今自分が暮らしている神聖魔法王国フェナカイトを舞台とした乙女ゲームをプレイしているごく普通の女性。どうやらやり込み攻略をしているようで、裏ルートの影武者フェナス攻略ルートをあと少しでクリア出来る……という所だった。
『もう少しで、影武者フェナスを攻略出来そうなのよね。この、意地悪なお姉様がもう少し心を開いてくれたら、ルートが進むんだけど。一体、何が足りないんだろう。やっぱり、前世の女性魔王ゲーサイトとの和解のクエストをクリアしなきゃ無理なのかなぁ』
『ちょっと、お姉ちゃん! 夜までゲームしてないで、早く寝てちょうだいよ。もうすぐ夜中の十二時になるから、せめてヘッドホンでゲームしてよ! 私、もうすぐ受験生なのよ』
『ああ、ごめんね。仕方がない、ここのところ徹夜続きだし、明日また出先でフラグ作業を進めるしか無いのかしら』
時間のかかるフラグ立てを効率よく進めるために、出先でも携帯機モードでゲームをプレイする日々。寝不足と不注意が重なり、前世のエイプリルは呆気なく帰らぬ人となった。おそらく、死ぬ直前までプレイしていた乙女ゲームの世界に異世界転生してしまったのだろう。
つまり、エイプリルは乙女ゲームのプレイヤーでありながら、ヒロインであるイミテの異母姉という悪役令嬢的なポジションに転生してしまったことになる。
そして、決して前世で妹に対して意地悪をしていたつもりはなかったが、受験を控えた妹に配慮せずゲームの音を隣の部屋に響くような形で遊んでいた自分には非があると思った。
『前世のカルマを、今世で払うことになる』
よく占い師やスピリチュアルアドバイザーが、雑誌やブログで語っているて定番のキャッチフレーズだが、今のエイプリルがまさにその立場だ。前世で妹に迷惑をかけていた部分がいわゆる前世の業、即ちカルマという要素なのであれば、意地悪な異母姉で悪役令嬢というポジションに生まれ変わったのも何となく納得がいく。
だが、それ以上に……つい最近まで現実の世界として捉えていたこの世界全てが、乙女ゲームのシナリオによって構成された造りものという事実がショックで仕方がなかった。
「そんな……まさか、この世界そのものが造りものだったなんて。私、さっきまでこの異世界に転生する以前の記憶をヴィジョンで見たの。確かに、この異世界は乙女ゲームのシナリオ通りに進むゲーム異世界だわ。だって、私自身もプレイヤーの一人だったのだから」
白昼夢から醒めて、開口一番に出たセリフはこの異世界を全て否定するようなセリフだった。
「落ち着いて、エイプリル。乙女ゲームの世界というだけで、世界そのものが造りものだとは言っていない。その証拠に、僕らは自分の意思で見て考えて動いている」
「けれど、そのうちは運命通りに動いてしまうんでしょう? 私はいずれ意地悪な悪役令嬢として断罪されて、フェナス王太子はイミテと結婚してしまうの?」
エイプリルの中では既に、乙女ゲームのシナリオに逆らうことは許されず変更は叶わないという思い込みが勝っていた。
「この攻略本には、実は全ての攻略ルートが記されているわけじゃ無い。前世の記憶を見てきたなら話は早いと思うけど、裏ルートは全く異なるエンディングが隠されているはずだ」
「そういえば……私、その裏ルートの攻略中に事故に遭ってこの異世界に転生したんだっけ」
たった一つだけ可能性があるとしたら、前世でエイプリルがクリア出来なかった攻略本にすら掲載されていない裏ルートのシナリオを目指して、最後までプレイすることだ。
「うん、まだ可能性はあるよね。ただ……僕の方でもシナリオが変わるように影武者君を自由にするように促したり工夫したんだけど、特定の分岐点まではアクションが通らないんだ。けれど、イミテと影武者君は既に接触しているようだし……或いは」
正確には、異母妹イミテがその裏ルートに気持ちが流れてくれないと無理筋に感じたが、もしこの異世界が前世のエイプリルのプレイデータに基づいているものだとしたら、その可能性は高い。
そしてその瞬間は、予想以上に早く訪れた。