06
遊園地デートの翌日、涙の意味を理解したフェナス王太子は、エイプリルに自分に影武者が存在していることを告げることにした。今日は市街地でショッピングデートの予定だったが、待ち合わせ二時間前に電話で連絡する。
『エイプリル、今日のデートの予定はちょっと場所を変更して僕の自室にしようと思うんだけど。いいかな?』
『えっ……構わないけど、どうして』
『昨日のキミの涙の意味……僕なりに解釈して、答えを出したつもりなんだ。だから、キミには何も隠さずに……全て話すよ』
とても大切な話であったし、影武者についての説明を行う場所は王宮内のフェナス王太子の自室となった。
電話を切って予定が変わったことを使用人に告げると、やり取りの一部始終を見つめていた異母妹イミテが、しつこく昨日何があったのか訊いてくる。
「ねぇねぇ、お姉様! 何で今日のデートは、突然場所が変更になっちゃったの?」
「えぇと……昨日の遊園地デートは、楽しかったけど意外と学校の知り合いに遭遇することも多くて、落ち着いてお話し出来なかったの。大型のショッピングモールだって、夏休みだしきっと学校の知り合いに会っちゃうわ。王太子様だって、いろいろ話したいこともあるだろうし……だから、彼の自室で」
言い訳をたくさん並べてどう考えても何かを隠している雰囲気が拭い去れないが、当時のエイプリルはまだ十四歳で、上手く誤魔化したり受け流すことが出来なかった。
だが、対する異母妹イミテも当時はまだ十三歳で、思春期真っ盛りの彼女にとっては恋愛のあれこれの方が気になるお年頃だ。
「ふぅん……なぁんか怪しいなぁ。あっ……もしかして、昨日キスとかしちゃったり?」
当てずっぽうで昨日の出来事をズバリ当ててしまった異母妹イミテの勘の良さに、エイプリルは顔を真っ赤にして動揺してしまう。
「えぇえっ? 貴女、なんでそのことをまさか、誰かに見られて……」
「ちょっと、冗談だったのに本当だったわけ? 恋人なんだから、イチャイチャしても構わないけど変な写真とか撮られないように気をつけてよね! それに、男の人の部屋で二人っきりでデートって……何かあってもオッケーした設定にならない?」
非情にマセた発言だが社会通念上は、イミテの意見は間違っていない。一般的にはベッドが設置されてあるような男性の自室に入り、二人きりで一定時間過ごすというのは、そういうことを許可したと捉える人もいる。
しかし、王宮という特殊な環境であるためごく普通の一般家庭のように家族が不在で他に人がいないというシチュエーションになることは有り得ない。二人の年頃がまだ若すぎることも考慮して、おそらくそういった話の展開を作ることは難しいだろう。
「何かって、変なこと言わないでよ。私達は純粋な気持ちでお付き合いをしているんだからっ。あー……もうっ行ってきます!」
「はあい、行ってらっしゃい」
「エイプリルお嬢様、お気をつけて!」
* * *
あからさまに動揺する異母姉エイプリルを見て最初は面白がっていたイミテだったが、ある人の存在を思い出してどうでも良くなってしまう。特に用事のないイミテは、とっとと自室に戻り夏休みの宿題を片付けることにした。
だが、机に向かってもある男の顔が浮かんできてしまい、集中出来ずに机に突っ伏してしまう。
「私も影武者君と、デートとかしてみたかったな……」
イミテはいつの間にか、秘密を共有する『影武者君』のことが、異性として気になる存在となっていた。けれど、影武者の彼の本名も知らなければ、連絡先すら分からない。本当の名前を教えてほしいと頼んだら、哀しそうな目で断られた日のことを思い出す。
『済まないが、僕はキミに本名は教えられない。最も、僕は影武者だから存在なんてあって無いようなものだ』
『けど、いつかそのうち影武者稼業だって終わる日が来るでしょう? ほら、背丈とか同じように伸びるとは限らないじゃない。そろそろ成長の差が出てきたり……』
『お払い箱になるだけだよ、けど……自由になりたい気持ちはあるかな』
身体が他の人よりも少し弱いフェナス王太子が学校を休んだ時だけ、イミテは影武者君に会うことが出来るのみだった。だから、デートやキスなんていうのは遠い遠い夢物語でしかなかった。
――まだ、この時点では。