05
それから数日が過ぎて、『本物のフェナス王太子』が学校に登校出来るようになった。エイプリルも馬鹿ではないので、この数日間のうちに顔を合わせていた『彼』と『本物のフェナス王太子』は別人なのではないかと疑っていた。
「フェナス王太子、おはよう。随分と顔色が良くなったみたいね。ホッとしたわ」
「おはようエイプリル。この数日間は具合が優れなくて、あんまりお話し出来なくてごめんね。もう大丈夫だよ」
「大丈夫……か。うん、大丈夫ならいいわ。それじゃあ私、今日は一限目から体育の授業があるからこれで……」
けれど、エイプリルの方からフェナス王太子に影武者について言及するようなことはしない。それは、エイプリルが嘘をついても良いとされるエイプリルフール生まれを気にしていて、もし自分を騙しているのであればきちんとそのことを謝ってほしいと考えていたからだ。
しかし、彼からの真実の告白を待っても、フェナス王太子は一向に影武者について話すことはなかった。
* * *
やがて季節は夏になり、長い長い休みがやって来た。フェナス王太子は受験生の立場ではあったが、年頃の若者らしく婚約者であるエイプリルと堂々とデートをすることにした。
「私達、今まで形式上の婚約者であんまり恋人らしいことをしていなかったけれど。こうやって堂々と遊園地デートなんてすると、本当の恋人同士みたいよね」
「僕は最初から、キミのことを本当の恋人だと思っているよ。今日は普段おろしている髪を結い上げていて、いつにも増して可愛いね。自慢の恋人だよ」
「もう、はっ……恥ずかしい……」
日に日に美しく可愛らしくなっていくエイプリルに、気持ちが揺れ動く男子生徒も増えてきたため、威嚇の意味もある。
特に今日のエイプリルのファッションは、高く結んだ髪型のせいで白いうなじがくっきり見えていて、普段よりも数段色っぽい。華奢な身体に似合わず胸が少しばかり大きく成長しており、淡い水色のワンピース越しにゆらゆらと揺れる胸元を、熱い視線で見つめる他人がいることにもフェナス王太子は気がついていた。
「あっ……フェナス王太子様、エイプリルちゃん。夏休みに会うのは初めてだね、えぇと今日は二人で……」
「うん、デートってやつだよ。ふふっ王宮が決めた婚約者ということになっているけど、僕は本気でエイプリルのことが好きだからね。今日のデートは待ち侘びたものなんだ」
「そっか……うん、そうだよな。えぇと、その……うぅ……お幸せにっ……」
デートの場所は王宮側では一番大きな遊園地で、同じ学校の生徒達と遭遇することも少なくない。エイプリルの想いを寄せていた男子生徒とたまたま鉢合わせた時には、フェナス王太子は自らの気持ちをアピールしてエイプリルを諦めさせるようにしていた。
遊園地デートはありがちな定番コースを巡るものだったが、好きな女性と共に過ごせるだけで気持ちは格別だった。
「わぁ……高い場所から見る夕焼けって綺麗ね。ここからだと海が見えるし、王宮もなんだかちっちゃく見えて不思議な感じ。御伽の国みたいだわ」
メリーゴーランドやジェットコースターだけでなく夏限定の幽霊コーナーなども一通り愉しみ、間に食事を摂って最後には観覧車に乗って夕刻の景色を眺める。
「そうだね、このフェナカイト国は大陸の中でも御伽話のような伝承が多い。だいぶ文明が発展して、他の国では魔法を忘れる人も増えたらしいけど、僕はこの国には魔法文化を遺したいと思うよ。キミと一緒に……」
「えっ……それって」
「僕と一緒に、この国を守って欲しいんだ。大好きなキミと、幸せな国を造りたい守りたい……」
愛の告白をしてから、そっとエイプリルの柔らかな唇に口付ける。フェナス王太子からすると一世一代の告白だったが、エイプリルは嬉しさと同時に複雑な想いも込み上げて来て思わず泣いてしまった。
「うぅ……私も、フェナス王太子のこと好きよ。大好きよ……でも、その前にもっと大切なことを話して欲しかった。私のことを信じてくれているなら、お嫁さんにしてくれるというのなら」
「……エイプリル……!」
エイプリルの涙にフェナス王太子は、自分が影武者について今まで話せなかったことを恥じた。そして、彼もエイプリルももっと肝心なことに気がついていなかったのだ。
彼女に想いを寄せるようになっていたのは学校の生徒だけでなく自分の影の存在……即ち影武者も含まれていることに。