母・ドロート子爵夫人の想い
フローナの母視点です。
ややモラハラの記述があります。苦手な方はご注意を。
side フローナの母
一人娘のフローナから、花の種を送って欲しいと手紙が来た。
お安い御用だ。
早速領地で手に入れた。
フローナは真面目で努力家だ。
今は地味な外見だけど、あと何年かしたら、それこそ小さな蕾が大きく開くように、美しい女性になる。
だから母として、特に婚姻に心配はしていないのだが、フローナは密かに心配している。自己肯定感がやや低いのだ。
それはほとんど、夫であるスキーラ・ドロートが原因だと私は思っている。
ドロート家は王都のはずれの、ちんまりとした領地を持っている。
特産物もなく、潤沢な資産もない。
ただ、一族は外見に恵まれていた。
外見だけ。
元々私は伯爵家の末娘である。
同世代で家格の合う者として、十二歳の頃にスキーラと婚約した。
初めて夫となる人の釣書きと絵姿を見て、さすがに美貌だけは有名な一族の嫡男だと思った。
しかし、初対面の印象は最悪だった。
「君、地味だね。女の子は、もっと華やかな方が良いよ。ウチの妹みたいに」
庭園の四阿で顔合わせをした時に、爽やかに笑いながら、彼はそう言った。
そして「おいで」と手招きし、彼は妹を呼んだ。
ふわふわの豪華なドレスを着た少女が、スキーラの隣に座り、ぺったりと身を寄せた。
『ドロート子爵の妖精姫・セラシア』
その通り名は、社交界に疎い私でも知っていた。
セラシアは、びっくりする程整った顔立ちと、子爵家の証、金髪碧眼を持つ少女だった。
「な、可愛いだろう? 女はこうでなきゃ」
妹の髪を手に取り、口づけするスキーラは恍惚とした表情だった。
以来、月に一度の彼とのお茶会には、必ずセラシアが同席した。
私とスキーラとの会話は殆どない。
あるのはセラシアへの賛美と、私への侮蔑。
「婚約を見直したい」
何度か親に訴えたが、決まってこう言われた。
「結婚すれば変わるよ」
親としては、見栄えもそこそこの末娘を、なんとか片付けたかったのであろう。
もっとも学園に在籍していた頃は、成績だけは上位だったからか、同世代の男子からは優しく扱われた。焦って婚約者を決めなくても良かったのではと思ったものだ。
私もまだ、恋や結婚に、夢や憧れを捨てきれない年齢だった。
私とスキーラが結婚する前に、セラシアは見初められて伯爵家に嫁いだ。
妹の結婚式で、スキーラは大泣きしたが、私はほっとした。
これで、彼の視線は私にも向けられるだろうと。
それが甘い考えだったと、私が気付いたのは、私自身の結婚式の後だった。
セラシアは月に一度は兄のスキーラを、王都にある嫁ぎ先の邸に呼んだ。
曰く。
「夫が視察で不在。寂しい」
「風邪を引いて苦しい」
「パーティで嫌な目にあった。辛い」
その都度いそいそと出かける夫の姿に、私の心は冷えていった。
年に数回実家へ帰った時に、愚痴ともなく夫の行動を吐き出すと、やはり親にはこう言われたのだ。
「子どもが出来れば変わるよ」
期待はあまりしていなかったが、私も子どもは欲しかった。
セラシアが出産した女児を、夫は可愛がっていたので、子ども嫌いではないのだろう。
そうしてフローナを授かった。
真っ赤な顔と小さな手。
可愛い。私の可愛い娘だ。
出産で息も絶え絶えになった私の枕元で、夫は吐き捨てるように言った。
「なんだ、女か。しかも、お前にそっくりだな」
赤子の顔をじっくり見ることもなく、夫は退室した。
私は凍り付いたまま、泣くこともなかった。
きっと、夫は変わらない。
自分の妻や子どもより、妹とその子を愛するのだろう。
それは予感というよりも、確信だった。
夫は自分の娘よりも姪を可愛がる。
ならば私は夫の分まで、娘を大切に育てよう。
知性と教養、磨かれた所作は、誰にも奪われない宝物だ。
それを娘に伝えていこう。
しかし。
今回娘が欲しいと言ってきた花の種だが、その名を見て驚いた。
同時に、もの悲しくなった。
夏に咲く、白い花。
娘は大好きだと手紙に書いていた。
それはまだ、娘が三歳ぐらいだった、ある夏の日。
具合が悪くなって、妹と姪が遊びに来られなくなったことで、手持無沙汰になった夫は、ほんの気まぐれで娘の手を取った。
夫と娘が散歩した小径には、たくさんの白い花が咲き乱れていたのだ。
お読みくださいまして、ありがとうございます。
次話はフローナの話に戻ります。
誤字報告、助かっています。