表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/49

★さよなら初恋

挿絵(By みてみん) 



 春でした。

 領地は一面に黄色と白の花が咲き、まるでふわふわした絨毯のよう。

 私はウルス兄さまと一緒に、蝶々を追いかけ、走っていました。


 兄さまと言っても、ウルスはお隣に住んでいる、三歳年上の少年です。

 もっとも、元は侯爵家からの分家同士なので、親戚筋にはあたります。


 十三歳になると、貴族の子女は王都の学校に通うので、ウルス兄さまも来月からは、此処を離れます。

 こうして一緒に遊ぶことも、なくなっていくのでしょうか。 

 ウルス兄さまの薄めのブラウンの髪が、春の日差しでキラキラしています。

 

「はい、どうぞ。お姫様」


 ウルス兄さまが野の花で、カチューシャを作ってくれました。


「わあ! 綺麗!」


 いつか……

 いつかね。

 ティアラを被って、純白のドレスを着て、ウルス兄さまの隣で……


 そんな幼い恋心を、私は抱いていたのです。


 でも、初恋はレモン味のキャンデイみたい。

 初めは甘くて、すぐ酸っぱくなるの。



 一つ年上の私の従姉が、何年かぶりに王都から遊びに来たので、ウルス兄さまに紹介しました。


「ごきげんよう。フローナの従姉、ステアです」


 ウルス兄さま、口をぽかんと開けて、しばらく無言でした。

 

「あ、ああ。どうも……」


 頬を染めてステアを見る兄さま。

 私の胸は、小さな棘が刺さったような感じがしました。

 そしてその棘は、抜けることがなかったのです。



 ◇◇


 

 従姉のステアは透き通るような肌と、流れ落ちるような金色の髪を持つ、美しい女の子です。一歳年上ですが、体は私よりも小さめです。

 そばかすだらけで、ネズミ色の、ほわほわした髪を持つ私と、あまり似ていません。


 ステアのお母様、私の父の妹ですが、王都でも有名な美少女だったそうです。

 父は実の妹である叔母を、溺愛していました。

 

 今も、です。


 そして、叔母の若い頃にそっくりだという従姉のステアのことも、大変可愛がっています。


 私よりも、です。


 

 ステアは体が弱いらしいので、我が家に遊びに来た時など、父は大変気を遣っています。

 なんでもバクバク食べる私と違って、彼女は好き嫌いも多いです。


「うんうん、ステアは好きな物だけ食べていれば良いからね。余ったら、フローナがバクバク食べるから、問題ないよ」


 父はさりげなく、私をサゲます。

 無言で私は、葉っぱを口に運びました。


 ステアはいつも王都で生活しているので、我が家の領地のような処は、あまり好きではないようです。

 一緒に遊んでいて、草むらや土塊(つちくれ)から虫が出てくると、悲鳴を上げてしまいます。


「ステアは深窓のお嬢様だからな」


 虫を見て涙ぐむステアの頭を、父は「よしよし」と撫でてます。

 その後、私にはお小言がきます。


「もっと、貴族の令嬢らしい遊びをしなさい。ステアはか弱いご令嬢なんだぞ。お前と違って!」




 初めてステアをウルス兄さまに紹介した翌日、彼女は熱を出して寝込んでしまいました。

 ステアを遊びに誘おうとやって来たウルス兄さまは、がっかりして、肩を落としていました。

 持って来た花束は、わざわざ花屋で買ってきたものでしょう。

 投げやりに渡されても、私は笑顔を取り繕えませんでした。


 ため息をつき、遠い目をするウルス兄さま。そんな表情、私は初めて見ました。

 

 私は諦めました。

 ウルス兄さまは本当に、恋に落ちたのでしょう。

 ならば私のこの想い、この恋、誰にも言わずにさよならしよう、と。

 

 

 ウルス兄さまは十五歳になると、ステアと婚約しました。

 二人とも、王都の学園に通っています。

 そのお祝いのパーティで、彼はこう言ったのです。


「僕が彼女を守ってあげなきゃ、そう思って婚約を決意しました!」


 王都の学校に入学したウルス兄さまは、毎日一緒に学校生活を送りながら、休みの日はステアのお邸で一緒に過ごしているそうです。

 道理で領地には、全然帰って来なかったわけです。

 ウルスはプラウディ子爵家の嫡男なので、ステアは学校を卒業したら、プラウディ家にお嫁入するのだとか。


「正直、体の弱いウチのステアに、結婚相手が見つかるとは思っていなかったですよ」


 汗を拭きながら、ステアのお父上、グロリアス伯爵が言ってました。

 グロリアス伯爵は、私の父と同世代ですが、鍛えられた体躯と優しい眼差しを持つ男性です。

 

「いやいや、こんな美人さんと婚約出来て、息子は幸せですな」


 ウルス兄さまのお父上、プラウディ子爵もにこにこしていました。お酒好きなプラウディ子爵は、最近お腹周りがぽっこりとしてきましたね。顔色は赤黒いです。


「ステアは私の妹に、そっくりなんですよ。」


 なぜか私の父までが、自慢げに喋ります。

 父の一族は叔母だけでなく、端正な顔立ちが多いです。

 父もそれなりに、整った外見です。


「まあ、ステアと比べてしまうと、ウチのフローナなんて嫁の貰い手があるんだか」


 はははと笑う父に追従する叔母。

 ステアを誉めるのは構わないけど、なんで私を貶す必要があるのでしょう。


「フローナ嬢だって、これから美しくなっていきますよ」


 ほお。今はダメってことですね、プラウディ子爵。


 私は母似だそうです。

 女性にとって、美しさは武器なのでしょうね。


 では、私は?

 一目惚れされるような、容姿をしているのでしょうか。


 ……多分、していないと自分でも分かっています。

 武器になるような要素が、一つも見当たらないのです。

 残念ですが、誰かに請われての結婚なんて、考えられません。

 

 

 その晩、私は母の部屋を訪れました。


「ねえ、お母様。私、結婚できるのかしら?」


 母は刺繍の手を止めて、私を見つめます。


「寂しそうな顔ね。どうしたの?」


「貴族の女性は、早く結婚して後継ぎを産むのが仕事って、さっきの婚約祝いで、お父様が言ってたわ。『ウチの娘には期待できないな』なんて……」


 母の眉がピクッと動きました。

 小声で「あのアホがっ」と聞こえたのは、きっと私の気のせいでしょう……。


「あのねフローナ。あなたは一人娘なので、結婚してもしなくても、いずれ爵位を継ぐわ。だから心配しなくていいのよ、先々のことは」


 そうでした。家を継ぐのは、この私。

 では、お婿さんを迎えるのでしょうか。

 特に裕福でもない子爵家に、来てくださるような男性、いるのかしら。


「フローナ。どんなに綺麗なお花でも、いずれ枯れる日は来るわ。女性の姿形も、永遠に美しさを保てるわけではないの」


 そういえば、伯爵に一目惚れされた叔母様も、今日見たら、なんだか丸くなっていて、ドレスがキツキツでしたわね。


「だけど、大地に根を張った木は、年月がたっても枯れないでしょう? 人間も同じなのよ」


 大地に根を、張るのですか。

 人間は、両足を踏ん張れば良いのでしょうか?


「あなたが学んだ知識は、誰にも盗まれない。努力して得た技能は、一生使えるの」

 

 母は、大言壮語系の父に代わり、領地の経営を任されている頭脳派です。

 見た目は、叔母みたいな派手さはないけれど。

 父の祖父母が母の人格と能力を大層気に入って、縁談をまとめたと聞いています。


 母が手掛けている刺繍は、細やかな図面を細い糸で描いていく、色彩も鮮やかなものです。

 それは母が嫁ぐずっと前から、母自身が得た技能です。


「家庭教師のトビュー先生が誉めていたわ。フローナは賢くて、飲み込みが早いって。来年から、あなたも王都の学校へ行くのだから、自信を持って欲しいわね」


 母はフローナの頭を撫でる。


「何よりも、笑顔を絶やさないこと。そうしたら、フローナのお婿さんになりたいって男性、たっくさん、見つかるわ」


 そう言った母の笑顔は、満月よりもなお、輝いていました。


 

◇◇


 母の言葉を盲信するほど、私は純粋ではなかったのですが、知識と技能の習得に努め、翌年学校に入学しました。

 我がドロート子爵家は、王都のはずれに邸があるため、私は寄宿舎に入ります。

 そのため入学するまでに、身の周りの事は、自分で出来るように訓練しました。


 掃除、洗濯、料理は勿論、淑女の嗜みである刺繍とお裁縫、あるいは美味しいお茶の淹れ方を、少しずつ習得しました。家事と刺繍は主に母から教わり、それ以外は侍女と一緒にやってみました。

 さらに、いずれ爵位を継ぐのなら、領地の人々の暮らしも知る必要があります。

 まずは、いくつかの農作業の体験をしたのです。

 

 特に、天候と収穫の関係や、収穫量を上げるための土壌の状態の見方も、いろいろ教えてもらったのです。

 それが後に役に立つことなど、この時はまったく思いもしなかったのです。

 

 そうして、春の訪れとともに、私は王立学園中等部へ入学したのです。

お読みくださいまして、ありがとうございます。

誤字報告、助かります。

2022/12/19 暮伊豆様作バナー設置。表紙絵です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても良い進めかたで次がとても気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ