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浮気、ダメ、絶対。


 それは運悪く、偶然が重なった結果だった。


 今日は昼から登城する予定があったため、クライブと昼休みを合わせて昼食を取る約束をしていた。

 ここまではよくある話。

 ただ今日は昼食用にと、完成したばかり焼きそばパンとコロッケパンをいそいそと持ってきていた。新作である。


(夢のみんな大好き焼きそばパン!)


 記憶の中の焼きそばの完全再現には至っていないけど、焼きそばもどきは出来上がった。焼きソースパスタである。

 やはりパンに挟まねばなるまい!

 学生時代の人気メニュー。大人になってからもコンビニに必ず並んでいた定番パン。

 個人的にとても楽しみで心を躍らせていたのだけど、たまたま、本当にたまたま、訓練広場近くでクライブの姿を見つけた時に、あることを思い出した。


(そういえば前の生では、海外の人には焼きそばパンは好まれていなかったような……)


 まずいというより、主食×主食の組み合わせに困惑されていた覚えがある。

 言ってみれば、日本人が寿司のシャリの上に焼きそばを盛られたものを出される気持ちに似ているのかもしれない。

 さすがに……いや、私なら新種のそば飯だと思って食べてみる気がするけれども。

 食べるよね? 食べてみると思う。日本人なら、とりあえず食べてみるか的な精神で挑むと思われる。

 どうしよう。魔改造大好きな日本人魂が、世間の一般常識を歪ませてくる。この国の人が好んで食べてみるか否かの判断が出来ない。


(クライブのうれしくない食べ物だったら気の毒かも……でもコロッケパンもあるから。それも駄目なら食堂で口直しすれば)


 などと考えて、とても悩ましい顔をしていた。

 その時に偶然、クライブに声を掛けていた令嬢がバランスを崩してクライブの胸に倒れ込んだ。

 咄嗟にクライブは彼女を両手で支える。

 避ければ地面に倒れ込むのは必至なわけで、もしそれがわざとの行為だとしても騎士としては避けるわけにもいかない。

 というわけで、支えるのは必然である。

 その後で彼女が豊かな胸をクライブに押し付けている姿を見たけれど、怒りより動揺の方が勝った。


(モテる人は、あんな痴女の対応までしなきゃならないんだ!?)


 人間、驚くことを目の当たりにすると怒るより呆気に取られてしまうらしい。

 それにしても、クライブがかわいそうだ。気の毒すぎる。

 男性が全員巨乳好きとは限らない。しかも相手はクライブである。

 あの、私が皇子だと思っていた頃の私に理性を溶かして暴走したこともあったくらい、私が好みなクライブなのである。

 クライブにしなだれかかった令嬢は、豊満な胸に引き締まった細い腰、目元のホクロが色っぽい年上の色気が滲むお姉様である。


(ないな。ない。どう見ても、私とは真逆)


 クライブの苦手なタイプなのではないだろうか。

 クライブの心情を思って、眉根を寄せる。

 想定通り、クライブはすぐに失礼にならない態度で彼女を即座にやんわりと引き離した。顔は外向けの貼り付けた笑顔だ。私から見れば、対外用の仮面だとすぐにわかるレベル。

 たぶん内心では辟易としてそう。それを表に出すわけにはいかないからストレスが溜まりそうだ。


「ごめんなさい、ランス卿。わたくし、足を捻ってしまったみたいなの」

「それは大変です。いますぐ侍女を呼んで、医師にこちらに来てもらうよう手配します。不安でしょうから侍女をお付けいたします。動くのはお辛いでしょう? どうぞこのまま、こちらでお待ちください」

「えっ。ランス卿に付いていていただけるのでは……」

「私は既婚者とはいえ、ご令嬢のお側にいてはあらぬ誤解を招きかねません。貴女の名誉のためにも、侍女がよろしいかと」


 気遣わしげに微笑むと、相手を思い遣っているように見せつつ線を引いて即座に侍女を呼ぶ。令嬢を引き渡し、爽やかに「お大事にされてください」と退いた。

 見事な引き離し方であった。もしかしたら、こういう手合いに慣れてるのかもしれない。

 かわいそうに……。

 残されたのは色仕掛けが全く効かずに呆然としている彼女だけ。


「調べておきますか?」


 そんな二人のやり取りを遠目に眺めていたら、傍に控えていたラッセルが潜めた声で問うてきた。

 念の為にと頷けば、ラッセルも頷いて了承を示す。

 有能すぎる護衛騎士は、近頃では秘書かな?と思うほどになってきた。色々任せてごめん。ありがとう。給金は上げておくね。

 正確にはラッセルは近衛騎士に身を置いてるから、国が給金を出してるんだけど。私から「特別手当」としても別途出しているので。

 近衛騎士が副業していいのかと思われそうだけど、この国では珍しくはない。貴族は自分の家業があったりするので。

 勿論、あからさまな賄賂は問題だけど。

 そんなわけで令嬢のことは、ラッセルに任せておけば情報が上がってくるだろう。ラッセルは早々に令嬢の様子を伺うべく私から離れる。

 さて、問題はクライブだ。


(嫌なことがあった時は、美味しいものを食べて気分転換するといいと思うのだけど……)


 しかし、昼食は焼きそばパンなのである。

 コロッケパンもあるけど、未知の食べ物はがっかりさせてしまうのでは。

 どうしよう。今日は食堂にしようと提案するべきかな。

 なんて頭を悩ませている間に、クライブが大股の早足で私の前にやってきた。


「ぅわっ!?」


 そして有無を言わさず、両腕に私を抱え上げた。

 体が浮き上がる感覚に目を白黒させる。いきなりの行動に思わず間抜けな声まで漏れてしまった。

 どうしたというの。思わず私を抱きしめたくなるほど心理的にショックだった?

 確かに、考えてみれば痴漢に遭ったようなもの。


「クライブ? いきなりどうしました」

「誤解です」


 私を抱え上げたまま、ずんずんといつも昼食をとっている中庭へとクライブが歩いていく。

 何が誤解なのかわからない。

 ぽかんと呆けている間にガゼボに辿り着いた。尚、後宮の中庭なので一般の人は入れない場所だ。周囲に人気はない。

 私は父から許可をもらっていて、好きに使っていいと言われているから遠慮なく使うけれど。


 クライブは私をベンチに下ろすと、しかし逃すまいと言わんばかりに私を囲う形で背もたれ部分に手を着く。

 まるで少女漫画の展開のようだ。

 動揺のあまり、クライブを見上げてこくりと息を呑んだ。心音が急に速度を上げていく。


「先程のは、僕の意思ではありません」

「……うん?」

「浮気ではないのです」

「それはそうでしょうね」


 強張った深刻な顔で告げられたそれに、思わず首を横に捻った。

 そんなことはわかりきっている。

 まじまじと見上げれば、クライブが眉根を寄せる。


「浮気だと誤解されていたのでは?」

「痴女に絡まれてかわいそうだとは思いました」

「痴女、ですか」

「あれは痴漢と同じですよね」


 頷けば、クライブは急に脱力したのか、はあああ、と長い長い息を吐き出した。


「深刻な顔をされているから、絶対に誤解されたと思いました」

「あの状況を見て誤解するほど私は浅慮ではありません」

「ではなぜあんなに顔を強張らせていたんですか」


 クライブがゆっくりと体を起こして、私の隣に腰を下ろす。隣から心配そうに顔を覗き込まれて、そうだった、と思い出した。

 持っていた籠をテーブルの上に置く。

 とても楽しみにしていたのだけど、今は自信がない。自然と眉尻が下がってしまう。


「気分転換に美味しいものを食べさせてあげたかったのですが、今日の昼食は新作なのです。それで少し悩みました」

「それは楽しみですが、それでどうして……どうして、こんなことに?」


 上に被せていたランチマットを外すと、クライブが中に入っていたパンを見て絶句した。

 焼きそば自体はもっと前に試食させていたのだけど、焼きそばパンの登場は初めて。

 パンをまじまじと見つめてから、私を見て困惑した表情をする。

 やっぱりそういう反応になってしまうのか。


「これは先日試食してもらった焼きソースパスタをパンに挟んでみたものです」

「なぜパンにパスタを……?」

「美味しいと思ったからです」


 真面目な顔で頷いたが、クライブはまだ困惑したままだ。まるで異星人を見る目で私を見ている。

 確かに、異世界出身ではある。

 でも美味しいのは本当だから!

 しかし私も前の生でそば飯は好物にはならなかったから、一概にクライブにとって焼きそばパンが美味しいと言えるほどの太鼓判は押せない。


「とりあえず、嫌でなければ食べてみてください。ロビン達がとても頑張ってくれました」


 ロビンは本来、私の菓子職人なのだけど。近頃は無理難題に果敢に挑戦してB級グルメも頑張ってくれている。ごめん。ロビンにも特別手当を出しておくね。

 クライブに籠ごと差し出せば、意を決した顔でパンに手が伸ばされた。

 まずかった場合に備えて小さめに作ってもらったので、クライブなら大きめの二口くらいだ。

 クライブは悩ましげな顔のまま食べて、ちょっとだけ首を捻る。


「変わった食べ物ですね」


 クライブが告げたのは、正直な感想なのだと思う。

 なんとも複雑そうな苦笑い付きだ。

 美味しくないわけではないけど、主食同士の組み合わせを脳が受け入れてない感じ。味より常識が邪魔をするのかもしれない。

 私も一つ手に取って、口に入れてみる。

 噛むと広がる焼きそばソース……なのか? という印象である。


(やっぱり完全な焼きそばパンとはいかないか……)


 焼きそば単体で食べた時は、ちょっと違うけどいけるかも! と思ったけど、組み合わせると何かが違う。


「なんというか……異国の味がしますね」


 正解には、異世界の味だ。

 しかしこちらの方がスパイスが効いていて、甘みはない。ソースにハーブっぽさも強いから、もうちょっと異国感を覚える。

 まだ焼きそばパンへの道のりは遠そう。


「こちらはコロッケですよね」

「そうです。コロッケパンにしてもらいました」


 焼きそばパンをもう一つ食べ終えたクライブが、コロッケパンに興味を示す。

 コロッケ自体は、一応この国にもある。ただパンに挟まっているのは見たことがない。


「これは手軽に食べられて良いですね。僕は好きです」


 クライブが一口食べて顔を綻ばせたので、私の顔も笑顔になった。

 よかった! コロッケパンは通用するんだ!

 コロッケも同じ焼きそばもどきと同じソースを使用している。しっかりした味付けでお腹にも溜まるので、広めてみても良いかもしれない。

 コロッケは安い芋で作れるから庶民も食べている。ただ油をよく使うから、やや高級寄りではある。毎日は食べられないけど、週に一度の贅沢的な感じになると思うけれど。

 魚サンドがあるのだから、コロッケパンも受け入れられやすいはずである。


「コロッケパンが受け入れられるなら、カツサンドも大丈夫そうですね」

「カツサンドってなんですか?」

「肉に衣をつけてコロッケのように揚げるのです。それをパンに挟むます。こちらは原価的に貴族向けですね」

「? それは食べてみたいですね」


 説明したけど、クライブはいまいち想像できないみたい。だけど興味を示してくれたので、ぜひ頑張ってみようと思う。主にロビンが。


「本当にアルトは不思議なものをいろいろ考えつきますね」

「私が考えたわけではなく、知識として頭の中にあるものを活用しているのです。クライブの胃袋を掴んで離さない作戦です」


 異世界知識をそんなことにしか使わないのか、と思われそうだけど、これぐらい平和なのが一番だ。

 まだ人類には早すぎる知識も多いから。焼きそばパンとか。


「それがなくても、アルト以外は見えませんよ」


 不意にクライブの腕が伸びてきて、私の口元を指の腹で拭った。想定外の接触にドキリとさせられる。

 ソースが付いてた!? 口で教えてほしい!

 あたふたしながらハンカチを取り出す私をじっと見つめて、クライブが深刻な顔をした。


「先程は本当に焦りました。誤解から離縁されるかと」


 しみじみと言われて、ギョッと目を剥いた。

 そんなことまで考えていたの!?


「私とクライブが離縁するのは、立場的に不可能だと思います」


 クライブは私の秘密を知って結婚しているわけだから、私と離縁したら……大変なことになると思う。一応、王家の恥部を知っていることになるわけだから。

 口封じはされないものの、一生監視されたりはするはず。そもそも離縁は許されないのではなかろうか。


「それはそうですが……もし万が一、あり得ない話ですが、僕が浮気していたと本当に誤解していた場合は、どうしていました?」


 クライブが不安と、拭いきれない好奇心を滲ませながら問いかけてくる。


「そうですね……どうしてくれましょう。家庭内別居はします」

「絶対に浮気はしません」


 クライブが間髪入れずに真顔で宣言する。ぜひそうしてほしい。

 頷いてはみたが、しかし念のために釘は刺しておこう。


「それとは別で、やはり浮気するのではなかったと、死ぬまで反省するほどの制裁は必要だと思うのです」


 私の提案に、クライブが焦った表情で慌てて身を乗り出す。


「本当に浮気はしません」

「そうですね。わかっています。クライブが使う手袋と靴下を、毎日裏返しにして置いておくように指示されたくなければ、ぜひそのまま誠実でいてください」


 クライブは私の言葉に一瞬言葉を失くして絶句した。

 しかし思いつく制裁といえば、それぐらいである。

 慰謝料を貰っても同じ家だし。そもそも私はお金には全く困っていない。

 義両親に伝えたらクライブをボコボコにしてくれそうだけど、成人済みの夫婦間のことを親に介入させるのはどうかとも思う。

 クライブのお小遣いを減らしたら、世間的には私がケチな妻に見られそう。

 周りから白い目で見られず、迷惑もかけず、クライブ本人が死ぬまで「浮気するんじゃなかった」と悔やむ事柄でなければならない。

 そう考えると、この辺りが落とし所だと思う。


「なんで地味だけどものすごく効く嫌がらせを考えつくんですか。死んでも浮気はしませんから。そういうところは、本当にアルトはシークと似ていますよね」

「そうですか」

「照れるところではないんですよ」


 兄に似てると言われて喜んだら、渋い顔をされてしまった。褒め言葉ではなかったらしい。


「念のために聞きますが、相手の令嬢はどうされるのですか? 先程の女性はラッセルに調べさせていますよね」


 おや、バレていた。

 ただクライブに懸想して暴走しているだけなら、まだマシなのだけど。ランス家や私に対してよからぬことを考えての行動だった場合は、取る手が変わってくる。

 こう見えて、私も元皇女なので。予防するに越したことはないと身を持って知っているのだ。世知辛い。


「単純にクライブに懸想してるだけならば、素敵な男性を紹介します」

「なぜそうなりました?」


 クライブが目を丸くして尋ねてくる。


「自分の生活に満足していれば、私の旦那様に二度と近寄らないでしょう? 貴族社会は狭いので、波風立たせずに恩に着せて味方に出来るなら、そうした方が後が楽です」

「やっぱりアルトはシークの妹ですね」


 感心したように言われたので、今度こそ褒め言葉だと思う。

 こんな私を認めてくれる旦那様でよかった。



 尚、後にクライブに痴漢行為を働いていた女性は父親の子爵に強要されて動いていたことが発覚。

 最初は兄狙いだったようだ。しかし子爵令嬢がおいそれと皇子に近付けるはずもない。

 だから狙いを兄の側近くに仕えるクライブに変更した。文官は城内からあまり出てこないが、騎士は訓練広場で接触しやすいから。

 ということで、私みたいな色気のない小娘より自分の娘の方が魅力があるから、クライブを落とせるはずだと強制されていたらしい。

 子爵は兄の側近くの地位に上り詰めたかったようだ。

 ……まずは自分が努力しろ、と言いたい。

 令嬢は自分の体を見て言い寄られることに辟易しており、素敵な相手を紹介すると言えば掌を返して父親を売ってくれた。

 よほど今まで恨んできたんだろうな……。

 というわけで、それはそれで片付いたわけだけど。



「ではクライブ。ありえない話ですが、私が浮気したらどうしますか? 本当にありえないのですけれど」


 ほんのちょっとの好奇心が湧いて、気軽な気持ちで口にしてみた。

 私は狭く深くタイプだし、懐に入れる人間は少ない方がいいと思っている。

 ただでさえ近頃は大事にしたい人が増えすぎているので、それは良いことではあるけれど、もう許容量が限界だ。

 特に恋愛に関してはクライブ相手だけで精一杯。他を見る余裕など欠片もない。

 だから本当に、ありえない話だけど。

 ちらりとクライブを見れば、そこには作り物の笑顔が貼り付けられていた。

 怖い。


「その相手は、二度とアルトの前には現れなくなるでしょうね」


(消す気だ……!)


 この国から、否、最悪の場合はこの世から消す気だ!


(そうだった……こういう人だった)


 すっかり平和呆けしていたけど、相手はクライブなのである。

 乙女ゲームでは皆のトラウマ、狂犬の名を欲しいままにしていたのだ。実際、私も怖い思いをしたくらいである。


「念の為に聞きますが……いえ、私は絶対に浮気なんてしないのですが。その場合、私はどうなるのでしょう……?」


 私も消されたりする!?

 知りたくないけど、知らないままの方が怖い。

 恐る恐る問いかけてみたら、クライブが不思議そうな顔をして、不意に優しく微笑んだ。


「もちろん、今まで以上に大事にします。その場合はきっと僕に至らない点があったのでしょう。好きな子には、やっぱり笑っていてほしいですから」

「なるほど……?」


 こわい。そうか、これがクライブなんだな。

 知っていたけれど改めて思い知ったというか。いや、浮気はしないから大丈夫なのだけど! 本当! 死ぬまで一途でいます!

 密かに、深く心に誓った。


 浮気、ダメ、絶対。




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