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8 人生ってままならない


 孤児院から屋台車を引いてきたハンスが、私を見て胡乱な目を向けた。


「で、なんでアンタはそんな格好をしてるわけ?」

「監督役として付いていくなら男性姿の方が安心でしょう」

「この街の治安はいいけど、まあ、王都の貴族の侍女ならそう思うのか……。それより、そんな顔だったっけ?」

「化粧です」

「はあ、女の人って化粧ですごい変わるんだな」


 実際には昨日が化粧をしていて、今日が素顔なのだけど。嘘は言ってない。

 まじまじと私を見下ろすハンスの背を、一緒に来ていた少女がバシリと叩いた。


「ちょっとハンス! 失礼な口の聞き方しないの! ごめんなさい、侍女様。後でしっかり叱っておきますから」


 恥ずかしい、と顔に書いて少女がハンスを横目に睨んだ。対するハンスは姉っぽい少女に叱られてバツが悪そうだ。

 どうやら彼女の方が立場は上らしい。


「大丈夫です。今日は私のことは、気軽にアルさんと呼んでください」

「アルサン様ですね!」

「アルさんでいいです」


 アルさん様だと、二重敬称になってしまう。私は何様なのか。


「指導してくれる方にそんなわけにはいきません! 私はリーナ、こっちがサラ。それとハンスです。今日はよろしくお願いします、アルサン様」


 リーナはもう一人の少女サラを促し、ついでにハンスの頭を片手で掴んで勢いよく頭を下げた。

 結局、アルさん様で定着されてしまった……。

 彼女が孤児院の最年長、今日のリーダーである。

 今年15歳を迎えたリーナは、年が明けたら成人となる。孤児院初の店舗従業員第一号になる予定。

 ハキハキしていて、笑顔が爽やかなことがチャームポイント。

 店舗に出るにはもっと礼儀作法が必要になるけど、それは閑散期に習ってもらおう。今は元気があるだけで満点。

 

「こちらこそよろしくお願いします。手分けしてポップコーンを積んだら出発しましょう」

「はい!」


 リーナとサラが元気よく返事をした。ハンスも文句も言わずに厨房からポップコーンの入ったバケツを運んでくれる。

 運んでいる間に、エリーゼとスコット卿に一言断りを入れにいく。

 本当はカミラにも来てもらう予定だったけど、不測の事態の対応中だから付いていくのは私とラッセルの二人。

 商品を乗せたら、公園まで再び屋台車を引いていくのは男の子の役目だ。道は平地だから、女の子でも二人でなら余裕で動かせるけど。

 ひょろりとした縦長の印象のあるハンスだが、屋台車は危なげなく引いていく。


 公園の木陰に屋台車を設置したら、後は客が来るのを待つだけ。

 日差しは強いけど、木陰はそこまで暑くない。さわやかな風が吹いてくるので心地良く感じる。

 近くには、同じく観光客向けに果実水を販売する屋台が出ていた。公園にはパラパラと人が歩いているので、そのうち客が来てくれると信じたい。


「お客さん来てくれるかなあ。ちゃんと出来るか心配」


 本日の最年少であるサラが、期待と不安を半々にした顔をする。


「挨拶ができて、笑顔が作れたら十分です。大丈夫」


 安心させるために微笑んで口にしたら、サラは少し頬を赤らめた。

 それを横目に見たハンスが「アルサン様は女の人だぞ」と呆れ顔で突っ込む。


「わかってるよ! あの、アルサン様にお聞きしたいんですけど……ポップコーンをいっぱい売ったらランス伯爵家にお勤めできるかもしれないって、本当ですか?」


 サラが拳を握りしめて、食い入る眼差しで見つめてくる。リーナも期待に満ちた目をこちらに向けてきた。

 彼女達の立場なら、それは確かに気になるだろう。


「ポップコーンをたくさん売ったら、というよりも、貴方達の働く態度を見て、適性があると思えばランス子爵夫人が推薦します」

「適性……ってなんですか?」

「真面目に仕事に取り組める人です。他には礼儀作法がしっかりしていて、周りの人とも仲良く出来るとか。よく気がつく人も評価は高いです」


 他にも色々あるけれど、彼女達にわかりやすく言うならこんなところ。

 サラとリーナは口の中で条件を反芻する。そしてチラリと私を伺った。


「あの、ランス子爵夫人ってどんな方ですか? 昨日見た時は凛としてかっこよく見えたんですけど、厳しかったり、怖かったりしますか?」


 リーナが不安に揺れる瞳で私を見つめる。

 本物は貴方達の目の前にいるわけですが!

 いざ自分のことを聞かれると困ってしまう。思わず助けを求めてラッセルを見たら、微かに笑って首を横に振られた。

 よかった、怖くはないみたい。


「普通の人ですよ。至って普通の御婦人です」


 だが私がそう言えば、視界の端でラッセルが眉尻を下げて僅かに首を傾げていた。

 それはどういう意味なの。

 

「そうなんですね! あっ。あと、噂ではランス伯爵家の侍女は強くないとなれないって聞いたんですけど、本当ですか!?」

「それはただの噂です」


 なにその噂。もしかして皆、戦えたりするの? そんな馬鹿な。城から連れてきたラッセルの妹のノーラは普通の人だから、そんな条件はないと思いたい。

 慌てて首を横に振ると、リーナとサラはあからさまに安堵の息を吐いた。


「おい、客が来そうだ」


 その時、ハンスがリーナを軽く肘で小突いた。慌ててリーナとサラが顔を前方に向ける。


「初めて見る店だね。ここは何を売ってるんだい?」


 散策中らしい年配の貴婦人と並び、人の良さそうな老紳士が話しかけてきた。

 最初だから、と私が店頭に立って笑顔を向けた。

 内心では緊張で心臓がバクバク鳴り響いているけれど、意地でも態度には出さない。


「いらっしゃいませ。こちらは塩味のポップコーンです。不思議な食感で、食べると不思議とやめられなくなるお菓子です。よろしければおひとついかがですか?」


 紙で作った簡素なコップを手に、バケツから専用スコップで一掬いしたものを流し入れる。

 いかがでしょう? と隣の婦人にも微笑みかければ、目元を緩めて夫人が頷く。


「あなた、気になるわ。頂いてみましょう」

「ではそれを二つくれるかい」

 

 婦人にねだられて、老紳士は鷹揚に頷く。

 片手で持てる小さめカップの食べ切りサイズなので、値段は屋台の果実水よりちょっとだけ高いくらい。

 試すには惜しくない値段設定にしているが、老紳士は銀貨を差し出して「お釣りは取っておきなさい」と笑った。


「ありがとうございます。大通りの店舗では別の味もご用意しております。お気に召されましたら、ぜひお立ち寄りください」


 商品を渡し、「カップに案内図がございます」と宣伝も忘れない。

 孤児院の子ども達が頑張って案内図のハンコを押してくれましたから!

 機嫌良く立ち去る客を見送って、密かに安堵の息を漏らした。控えていた3人を振り返る。


「このような感じに対応してください。出来そうですか?」

「はい! やってみたいです!」


 サラが目をキラキラさせている。

 お店屋さんごっこは楽しいからね。緊張するけど売れると更に嬉しくなるよね。わかる。

 やる気を出した3人に任せて、後ろに下がった。

 最初の客が呼び水となったのか、そこからは散策中の観光客や地元民もパラパラとやってきた。

 サラが対応し、ハンスがカップに詰めて、リーナがお釣りを用意する。計算、しかも暗算ができるなんて将来有望だ。

 ところで、ランス家の騎士達も2人一組で巡回ついでに次々に買いに来る。具体的に言えば、10分に1回くらいの頻度で。

 多くない!?


(これがお義父様の言っていた、不審に思われない程度の警備なのかな……すごく不自然です)


 さすがに屋敷で働く人たちは私の顔を知っているので、こちらを見ると軽く会釈をして去っていく。

 そんな中、騎士達をよく知っているらしいハンスは、時折複雑そうな顔をしていた。

 顔見知りの騎士に肩を叩かれて「頑張れよ!」と声をかけられたりすると、その度にハンスはなんとか笑顔を作って対応する。

 その姿を見るとハラハラさせられた。


(あれは相手に悪気がないだけに、かえって辛いのではないかな)


 なりたい職業の相手に、次から次へと違う職への声援を好意的に掛けられるのはあまりにも残酷。

 これは配置を変えるべきかもしれない。

 ちょうど雑務係が欲しかったから、明日からはハンスには店舗の裏方をお願いした方が良さそう。

 そんなことを考えていた時だった。


「こんにちは」


 リーナとサラが客と話している間に、新たな客が店の前に現れた。

 茶色の癖のない短髪に、目も茶色で派手さのない落ち着いた顔立ち。年の頃は二十代後半ぐらい。服装は旅先の貴族といった感じである。

 一見すると中肉中背のどこにでもいそうな男性が、人当たりの良い柔らかい声を掛けてきた。

 あ、と気づいて一歩前に足を踏み出す。

 でも私が前に出るより早く、ハンスが割って入るみたいにして客の前に陣取った。


「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」


 なぜか私は半ばハンスに邪魔された形である。

 今までそこまで接客に乗り気には見えなかったけど、いきなりやる気が出てきたのだろうか。

 でも。


「ランス子爵夫人に急ぎの用件があって来たんですが、店が長蛇の列で入れなかったんです。すみませんが、夫人のところまで案内していただいてよろしいですか?」


 男性は困った顔をして、私に目を向けてきた。

 私が誰だかわかっていて、驚くこともなくこの対応。相変わらず察しが良くて助かる。

 ありがとう、フレディ。

 なぜここにいるのかわからないけど、相変わらず気のつく近衛騎士で助かります。


「知り合い?」


 ハンスが私を振り返り、大丈夫なのかと言いたげな目で伺ってきた。


「彼はランス子爵夫人の護衛騎士です。案内してきますから、少しの間外します」

「なんだ。知り合いならいいんだけど」


 頷くと、ハンスが肩から力を抜いた。どうやら緊張していたらしい。

 なぜかわからないけど、ハンスはこの人畜無害そうに見えるフレディを警戒していたみたい。

 なぜだろう。

 フレディもそんなハンスの反応を見て、一瞬驚いた顔をした。すぐに柔和な表情に戻ったけれど。それぐらいフレディにとっても警戒されたのは意外なことだったのだろう。


 フレディを案内するように先に立ち、ラッセルも連れて店から離れた。少し歩いてハンス達から見えなくなった位置で足を止める。


「それで、なぜフレディがここにいるのでしょう?」

「休暇中に申し訳ありません、アルフェンルート様」


 フレディが眉尻を下げた弱り顔で謝罪をした。

 現れた男性客ことフレディは、王直属の近衛騎士だ。ラッセルが休みの時の私の護衛でもある。

 近衛騎士とはいえ普段はあまり表に立つことはなく、人波に紛れる容姿を活かして裏で活躍していることが多い。

 私が結婚前に家出した時に、密かに護衛をしてくれていた人でもあった。


(そんな立場の人が、なぜこんなところに?)


 今回のランス領ではフレディの手は必要ないと断っておいたはずなのに。ここまで追いかけてくるとは、ただごとではなさそう。

 嫌な予感しかしない。自然と顔が曇る。


「陛下から緊急の言付けを預かって参りました」

「お父様から?」


 案の定、人気がないのを確認してからフレディが潜めた声で告げた。


「去年の話ですが、アルフェンルート様が新婚旅行をされた際に、人身売買の問題が発覚したことは覚えておいでですか?」

「もちろん覚えています」


 そのせいで散々な目に遭ったのだから、忘れられるわけがない。

 でもそれが今更どうしたというのか。


「実は、ハミルトン子爵が奴隷にしていた人達の一部を、他の領にも斡旋していたのが芋蔓式にわかりまして。ずっとその調査が進められていたんです。今回それでシークヴァルド殿下に掴まれた家が、発覚を恐れて奴隷にしていた人達をですね……その、ええと、」


 フレディが言いにくそうに言葉を濁す。不意に「失礼します」と断ったラッセルに両耳を塞がれた。

 どうやら私の耳には入れたくない話みたい。

 なんとなく予想はつくけれど、聞かなくていいものならば聞きたくはないので、されるがままになる。

 しばしフレディとラッセルが話した後、「ご無礼をお許しください」と耳から手が離された。


「……ということで、そちらに関しては既にシークヴァルド殿下が対処なさいました。問題となった家はつい先日、取り押さえられています」


 大事な部分が抜けているけれど、深くは聞かない。取り押さえたのなら、一応はキリがついたことなのだと思うから。

 先日からクライブが忙しくしていたのは、きっとこの件に関わっていたからだろう。

 心から「お疲れ様」と労ってあげたい。


「兄様が対処なさったのなら、私には関係がないのではありませんか?」


 あの兄が手落ちになることはしないはず。

 首を捻ると、フレディが困った顔をした。


「問題の家はもう動けないので良いのですが、実はその裏で多大な利益を得ていた商人がいたのです。トカゲの尻尾切りで本体には逃げられましたが、逆恨みで監査をされたアルフェンルート様に手出しをされる危険がありまして」

「とばっちりではありませんか」


 私はほとんど関係なくない!? そもそも自分たちが悪いのに!?

 告げられた内容に目を瞠る。

 確かに監査官というのは恨みを買いやすい立場だ。大抵は逆恨みでしかないのだけど、正論で諭してどうにかなる相手ではない。だからこそ面倒でもある。

 いやでも待って欲しい。


「いくらなんでも、私にまで手を出すでしょうか?」


 思わず怪訝な顔をしてしまう。

 この国にも裏社会とかあるのかもしれないけど、それでも一介の商人が私に手を出すのはリスクが大きすぎる。

 だって父ならば、私に害をなした者は、それを大義名分としてここぞとばかりに完全に叩き潰すと思うから。


「まさかお父様は、私に囮になるよう仰ったのですか?」


 あの父ならば無茶振りしかねない。

 ハッと気づいてフレディを見つめたら、慌てて首を大きく横に振られた。


「そんなことをなさるわけがありません! 奴らもアルフェンルート様に直に手を出すなどという愚かな真似はしないでしょう。ただ」


 フレディが珍しく顰め面になる。


「これ以上余計な真似はしないようにという警告の意味で、アルフェンルート様に関わる者を害する可能性は考えられます」


 そこまで言われて、なるほど、と渋い顔で納得した。

 私じゃなくて私の周りならば、そこまで大きな問題にはならないけど、私の心は的確に削られることになる。


(そういうことなら、お義父様の過剰な巡回警備はそのまま続けてもらうように頼んでおかないと)


 もし今狙われるなら、私の出した店が標的にされやすいだろうから。


「わかりました。対応を考えます」


 頷くと、しかしフレディは更に眉尻を下げた。


「俺も念の為に周囲を調べてから護衛に当たりますが、陛下から、くれぐれもアルフェンルート様ご自身も気をつけるように、とのお言付けを預かって参りました。これが俺がこちらに派遣された本題です」

「それが本題なのですか?」


 周囲を気にかけておくように、という忠告ではなくて?


「アルフェンルート様には無茶をしないよう、余計なことには首を突っ込まず、くれぐれもおとなしく守られているように、とのことです」

「確かにお父様が言われそうなことですが……それだけの為にフレディを寄越したのですか?」


 あの父が? 私を囮にするわけでもなく? わざわざ忠告も兼ねて、頼もしい護衛を早馬で派遣したと?


「陛下はああ見えて、アルフェンルート様を気にかけておいでなのですよ」

「はあ……」


 フレディが苦笑いしながら教えてくれたけど、あの父が人並みに親みたいなことを口にするようになるなんて。

 しみじみと感慨深く感じ入ってしまった。

 王都に帰ったら、お土産くらいは持っていってあげよう。湖畔で拾った綺麗な石とか。


(いらないって顔されそうだけど)


 呑気に考えていたところで、「そういえば」とフレディが明るく話を切り替えた。


「先程の少年、すごいですね。俺は普段は全く誰にも警戒されないんですが、不審者を見る目で見られました。彼は騎士見習いですか?」


 ちょっと楽しそうな顔で聞かれたので驚いた。


「フレディは私から見ると普通の人にしか見えないのですが、なぜハンスはあんなに警戒していたのでしょう?」

「俺はよく気配を消して歩いてしまうんですけど、極稀にそれに違和感を覚える人がいるんですよね。彼はよく周りを見ていて、そんな俺を怪しんだんじゃないでしょうか」


 「将来が楽しみですね」とフレディが笑顔を見せる。

 言われてみれば、フレディは目の前に来るまで存在に気づけないことが多い。

 ということは、先程のハンスの行動はどうやら不審人物から私を庇うつもりでいてくれたらしい。


(フレディにここまで言わせるなら、ハンスには騎士の才能があるのでは?)


 もしかしたら、と勝手に期待が湧いてくる。


「フレディ、騎士に一番必要なものって何ですか?」

「体力と根性です」


 即答された一番が二つもあった。念の為に、隣に立つラッセルにも問いかけてみる。


「ラッセルも同じ意見ですか?」

「それと、努力も必要かと思われます」


 三つに増えちゃった……。


「ハンスは騎士に向いてないと言われてしまったそうなのですが、二人から見て足りないものってわかりますか?」


 精鋭の近衛騎士から見て、どうなんだろう。

 一縷の望みをかけて問いかけると、フレディがちょっと悩んだ後に答えてくれた。


「詳しい性格まではわからないのではっきりとは言えませんが、やはり一番は体格の問題かと」

「体格……」

「背が高いけど、華奢な感じがするでしょう。急に成長したのかもしれないですね。今は圧倒的に筋力が足りなさそうです。それをフォローできるくらい小回りがきけばいいんですが、身長がある分、それも難しいのかと」


 体格と言われてしまうと悩ましい。

 さっき私を咄嗟に庇ってくれたことといい、向いてるんじゃないかなと素人目には見えるのだけど。


「今からたくさん食べて、鍛えたらどうにかなりますか?」

「そうですね……彼の出身はどちらですか?」

「孤児院です。その前は、わかりませんが」


 出身を聞かれて身構えてしまった。やっぱり家柄も必要になるのだろうか。

 フレディをううんと唸った後、言い辛そうな顔をした。


「孤児院の子どもだと、成長期に栄養が足らなくて骨が弱い子も多いんです。特にここはランス領ですから、幼い頃から騎士を目指す子は多いはずです。そんな人達の中で騎士の道に進むには、体格でかなり不利になるのではないでしょうか」


 そこまで言って、フレディは気落ちする私を察して慌ててフォローした。


「俺も体格に恵まれている方ではなかったので、努力次第だとは思いますよ」


 努力で骨は強くなるのかな……。

 嘆息を吐き出して、「貴重な意見をありがとう」と切り上げた。

 フレディと別れて屋台に戻ると、ハンスはまた複雑そうな表情をして騎士達を見送っていた。


(どうにかできたら、と思ったけど……難しいのかな)


 ハンスのことは気になるけど、しかし今はまず自分の方を何とかしなければ。

 とりあえず見た限り客足は上々。子ども達の対応も何とかやっていけそう。今日は無事に終わりそうで、ほっと胸を撫で下ろす。


(これなら明日は私がいなくても大丈夫そうかな)


 別の誰かをつけるとして、明日からは私はおとなしく店舗に詰めていようと予定を変更する。



 しかし僅かな油断で厄介ごとに巻き込まれるのが、私なのであった……。






 一方、その頃のクライブ。



(ようやく休みをもぎ取った……!)


 焦る気持ちを必死に抑えて、王都の自宅まで馬を走らせる。

 まだ時間は昼を回ったばかり。急いで出れば、明日の夜までにはランス領に着くだろう。

 よからぬ事をしでかす輩がいたせいで、本来取る予定だった休暇から著しく時間が経ってしまっていた。

 そのせいで、妻に愛想を尽かされたのかもしれない。


『 実家に帰らせていただきます。 』


 綺麗な字で書かれた一文を思い出すと、心臓が凍りつきそうだ。

 しかしあのメッセージカードを貰った日の朝までは、アルトはいつも通りだったはずなのだ。


(寝顔を見ていたのを鬱陶しがられたんだろうか)


 起きた時、アルトは僕の姿を見て慄いていた。

 しかしその後は、仕方ないなと諦めた顔をして笑ってくれた。

 それとも、いつまでも抱きしめていたのがしつこく感じられたのだろうか。

 腕の中に感じる体温が愛しくて、つい欲張ってしまった。

 でもせっかく早く起きたから、と朝食では手ずから得意のオムレツを作ってくれた。「上手に焼けた方をあげましょう」と誇らしげな顔をして、綺麗な方のオムレツを僕に差し出した。

 「美味しいです」と伝えたら、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 そこに翳りはなかったと思う。一人で思い詰めがちな人だが、おかしな様子は見受けられなかった。

 アルトのことだから、もしかしたら本当に言葉通りの意味で、『先にランス領に行きますね』というだけの可能性はある。


(いや、自分に都合よく楽観視するべきじゃない)


 執事が言っていたじゃないか。


「やはり坊ちゃまが仕事にばかりにかかりきりでいらしたから、奥様は寂しかったのかもしれません」


 僕が見ていないところでは、本当は寂しがっていた……のか?

 あのアルトが? ちょっと想像が難しい。

 仕事で帰れないと伝えても、


「仕事なら仕方ありません。くれぐれも体だけは無理をしすぎないように」


 と、至極あっさりした顔で受け入れる人だ。兄至上主義であり、アルトよりも仕事を優先するように言うのならわかるが。


(ちょっと自信がなくなってきた……)


 やはり本当に、ただ実家に行くと伝えたかっただけなのでは。

 しかしそれはそれとしても、先程帰る直前で義兄であるシークが不穏な発言をしていたのが気になった。


「アルトには既に陛下が早馬を出したが、今回の捕物で被害を被った愚か者どもが、逆恨みでアルトの周りを害する可能性がある。フレディを送ったが、クライブも気にかけておくように」

「! なぜそれを先に僕に言ってくれないんですか!」

「クライブは奴らを吐かせると言って、ずっと篭りきりだったからだろう。私はちゃんと私的に話があると伝えていた」


 聞きにこなかった僕が悪い、とシークに冷たい目を向けられた。

 確かに気が急いていたせいで、余裕を失っていた自分が悪い。私的だと言われていたから、つい後回しにしていた。

 それでも顔を青褪めさせる僕を見て、シークが呆れた息を吐き出した。


「そんなに心配せずとも、ランス領ほどアルフェにとって安全な場所はない。もっと自分のところの騎士達を信用しろ」


 嗜められて、その通りだと理解する。その反面、それでももしかしたら、が脳裏を過ぎる。

 普段はおとなしいアルトだが、ランス領ではしゃいで何かをしでかさないとは限らない。

 ただでさえ、新規に店を構えるのだと楽しそうに計画していたのだ。何かしらやっていそうな予感がしてならない。


(母上も父上も念願の娘ができて、すごく甘くなっているから)


 アルトにお願いされたら、無茶振りも聞いてしまいそうではないか。その様が簡単に想像できて頭が痛い。

 両親もランス家が抱える騎士達も信頼はしているが、やはり自分が傍で見守りたい。

 シークから話を聞いてからは、更に胸騒ぎがしてならない。

 ただでさえ、さっき城を出る時に靴紐が切れた。しかも屈みこんだところで黒猫が前を横切って行ったのだ。

 不吉のオンパレードじゃないか。嫌な予感しかしない。


 ようやく屋敷に帰り着くと、自室に飛び込んで手早く旅装を整えた。

 執事ににこやかに「お気をつけて、いってらっしゃいませ」と送り出される声を背に馬に飛び乗る。

 そうして屋敷を出る時に、手紙の配達員とすれ違った。


 まさかその配達員が、アルトからの手紙を届けにきたと考えるわけもなく。


 見事な行き違いとなり、誤解と不安を抱いたままランス領へと全速力で駆け出したのだった。




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