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6 出陣の準備をします


 孤児院には、さっそく明日から販売開始することを告げた。

 急すぎるかと心配していたけど、子ども達はキラキラと目を輝かせた。

 元々、私がもっとはやくランス領に来るはずだったので、当初の予定より遅くなったくらいではある。待ちきれなかったらしい。

 さっそく新しい制服を支給したら大喜びされた。特に女子。


「これが制服!? すごい! かわいい! 夢見たい!」

「リーナばっかりずるい!」

「あなた達はもっと大きくなってからね。順番よ。はい、これはサラの分」

「いいなあ……ちょっとだけ貸してよぉ!」


 次々に体に当ててみて、くるりと回る姿は微笑ましかった。

 動きやすいようにスカート丈は店舗よりやや短め。靴は編み上げブーツである。

 男子の制服は、こちらは不思議の国の時計ウサギ風にした。

 白い長袖シャツにワインレッドの蝶ネクタイ。グレーのチェック柄のジレを着て、下は黒のパンツ。靴は女子と同じ。

 男子は堅苦しそうだと言いつつ、悪い気はしていないみたい。


 明日から販売に出る子達と打ち合わせをしてから、孤児院を後にした。

 明日がとても楽しみ。

 そして店舗での販売開始も、明日からとなった。


(本当は屋台販売で様子を見てから、と思っていたのだけど)


 ランス伯爵邸に帰宅するなり、販売員をしてくれる侍女と料理人、その見習いをズラリと並べられた。

 私の店ではあるけど、一応はランス家の事業として出す店なので、家から人員を借りられることになったのだ。派遣扱いとなる。

 しかし、それにしても。


「人数が多くありませんか?」

「応募者が殺到いたしまして、順番で入ることになりました。これでも人数は絞った方なのです」


 首を傾げると、カミラが苦笑しながら教えてくれた。そんなにすごい競争率だったんだ。制服の力はすごい。

 彼らの「いつでも行けます!」という気迫は凄かった。

 主戦力は商家出身の子達を選んだと聞いたので、販売に関しては一安心。

 上げ膳据え膳でトントン拍子に進み、ふかふかの姫仕様ベッドで眠って朝を迎えれば事業開始である。


(あっという間だったな)


 興奮してなかなか寝付けないベッドの中で、クライブを思い出した。

 そばにいたら色々報告できたのに残念。今頃、元気に仕事を頑張ってくれているだろうか。


(一緒に来たかったな。もう手紙は届いてるよね)


 そういえば、クライブにまともな手紙を書いたのは初めてだったかも。


(もしやアレは恋文になるのでは……)


 思い返して、なんとなく恥ずかしくなってシーツの中に潜り込んだ。

 ぜひ読んだら燃やしてほしい。この世から抹消して!

 ……焦って唸る私はこのとき知らなかったのだが、実はまだ手紙は届いていなかったりする。

 この頃のクライブは起こっていた問題の対応で、


「もう僕が全員の口を割らせるので、終わったら休みにしてください」


 と仄暗い目で兄に迫っていたそうだ。

 いったい何をして、どう口を割らせるつもりだったのか……。それは私は知らないままでいいそうだ。助かる。


(でも一緒に来れていたら、きっと止められていただろうから)


 明日やろうとしていることを脳裏に思い描きながら、意識は眠りに飲み込まれていった。



   *


 目を覚ましてすぐに確認した天気は気持ちの良い快晴。

 いそいそと用意していた服に手を通す。

 シャツを着て、黒のパンツを履き、グレーのチェック柄のジレを羽織ってボタンを留める。個人的にはループタイ派だったので、ワインレッドの蝶ネクタイは新鮮だ。

 髪は久しぶりに後ろの低い位置で一つ結び。鏡の前でくるりと回って、うんと頷く。


(驚くほど違和感がない)


 久しぶりの男装。

 ポップコーン販売店の男子制服である。

 普通に背が低めの青少年に見える。カジュアル寄りの装いなので皇子というより、休暇中の貴公子と言った雰囲気だ。

 ちょっとは成長したはずの胸も、ジレを着てしまえば全く目立たない。有り難いような、安堵するような、でもあまり嬉しくもないような。

 複雑な気分になっていたところで扉をノックされた。入室の許可を出せば、侍女姿のエリーゼが入ってくる。

 私の姿を見るなり、瞬きを忘れたかのごとく数秒まじまじと瞠目された。眼球がカッサカサになりそう。


「エリーゼから見て、どこかおかしなところはあ……」

「完璧でございます」


 ありませんか、と聞く前に間髪入れずに全肯定されてしまった。


「まるで奥様のために誂えたかのようです。これは絵姿を描いて残されるべきではないかと」

「いや、そこまでするものでは」

「私以外にも今の奥様の絵姿を欲しがる者はいると思いますので、事業開始記念としてぜひご検討を」

「いや、記念になるものでもないので」


 落ち着いてほしい。

 不意打ちで男装したからか、エリーゼは冷静さを装う余裕もないらしい。普通の侍女なら、なんて格好をしているのかと諌めるところだと思うのだけど。

 本当に皇子様仕様が好きなんだなあ……。怒られないなら助かるけど。

 まだ男装姿が通用しそうでよかったと胸を撫で下ろす。

 ここでふと純粋な疑問が湧いた。


「エリーゼなら、兄様で皇子姿を見慣れているのでは?」


 私みたいな紛い品じゃなくて、本物の兄をずっと見てきただろうに。私の皇子姿を見たところで物足りなさを感じたりはしないのだろうか。

 首を捻れば、エリーゼは真顔で首を横に振る。


「シークヴァルド殿下は、奥様とは全く違います。殿下は傅かせていただきたいと思わせるお方で、奥様はお世話をさせていただきたいと思わせるお方なのです」


 なるほど、わからん。

 同じ意味なのでは!?

 怪訝な表情をした私を見つめ、エリーゼはこんこんと説明をしてくれる。


「殿下は繊細というより、神秘的でございましょう。お側に控えてお守りしたいというより、遠目で崇めたい存在でいらっしゃいます」


 それはわかる。兄には近寄りがたい神々しさがある。美麗だけど、決して弱々しくは見えない。


「奥様の男装姿は、庇護欲を刺激されるのです」

「頼りなく見えるということですか?」


 確かに逞しさには欠ける。我ながら中性的な容姿だと思うので、雄々しさはないとは思うけど。

 皇子としては駄目なのでは?

 困惑する私の前で、エリーゼは拳を握った。


「ですが頼りなくは見えない、そのバランスが素晴らしいのです」


 お、おう。自分では全然わからないけど、褒められていると思って良いのだろうか。


「ランス領の男性は総じて見るからに皆逞しいでしょう。強いことが美徳とされる風潮がございますので」

「そのようですね」


 ランス領に来ると、王都の男性より一回りくらい大きく感じられるのは気のせいではなかったみたい。


「繊細そうでいて気高く見える美青年というものが、ここでは大変希少なのです。ですから奥様の男装姿は、まさに私の理想です。完璧です。ですからぜひ絵姿を」

「一度絵姿から離れましょう?」


 力説されたけど、希少生物にされちゃってた……。

 エリーゼには屈強な体格の穏やかな瞳をした騎士の旦那様がいるのだけど、それはそれ、これはこれなのだろう。


(まあでも、私のこの姿が通るのも10代までだろうし)


 あいにくと身長はもう止まっているので、160センチくらいだと思う。

 約5センチヒールの靴を履いていても、ゲームの設定資料では183センチだったクライブは私と話す時にちょっと屈んでくれるから。


(この姿を見たらクライブに呆れられるかも)


 それとも、懐かしいって顔をするのかな。仕方ないな、と笑って許してくれそうな気もする。

 ただし、危ないことはしないように、と一言付きで。

 私が自ら進んで危ないことに突っ込んでいくことはないと思うのだけど。信用がなさすぎる。解せぬ。


 そんなことを考えながら朝食を済ませると、さっそく店舗に向かったのだった。



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