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4 店舗を確認しましょう


 安全を確認したスコット卿に促されて店舗に足を踏み入れた。スコット卿とラッセルは一緒に入ったけど、若い騎士達は外で待機である。

 一応は彼らが入ってきても問題はないくらいの広さはあった。中は思ったよりも明るく感じられる。


「年季は入っておりますが、隅から隅まで磨き上げております。大奥様は備品をすべてマホガニー材を使用したもので統一されておいででした」


 今は身内だけしかいないので、カミラが隣に並んで店舗の案内をしてくれる。

 蔦模様の入った生成り色に塗られた壁。窓辺にも同じく生成りの繊細なレースのカーテン。

 磨き上げられて独特の光沢を放つ、深い色調の木材で揃えられた棚。壁に設置されたランプにもこだわりが感じられる。

 全体的にレトロで落ち着いた色で纏められているが、明るく見えるのは木材に光沢があるからだろう。


(思っていたよりずっと高級感がある!)


 元々、店舗の方は高級志向で貴族向けのつもりだった。

 キラキラした物が好きな令嬢や貴婦人向けになるかと思っていたけど、これなら男性でも入りやすそう。


「ポップコーンを並べるショーケースも、奥様のご依頼通り良く見えるように最高級のガラス張りでご用意しました」

「ありがとう。とても見やすいです」


 並べるポップコーンの味は、ブラックペッパー、チーズ、キャラメルの3種類を予定している。

 ポップコーンそのものは、元は家畜の飼料として出回っているとうもろこしを使用するから安価である。

 でも胡椒とチーズとキャラメルは、原価が高いからどうしてもお金持ち対象となってしまう。美味しいのに残念。


 ちなみにチーズはニコラスにピザまんのレシピを譲った際、コーンウェル領から3年間は2割引で取引させてもらえるよう交渉した。

 ニコラスは最初かなり渋った。2割引は大きい。

 だけど店で『コーンウェル公爵領特産チーズ使用』と謳い、ニコラスの家の宣伝をするからと持ちかければ、ニコラスは快諾してくれた。


「俺たちはずっと仲良しな友達でいましょうね」


 そう満面の笑みで言われたけど、友達とは利用し合うものだったかな……?

 否、これは助け合いだと思いたい。



 ショーケースから離れると、隣に立派な一枚板のカウンターがあった。

 カウンターの向こう側では、店員が二人は並べそうだ。


「動線は、店舗に入って最初にポップコーンを入れる器を選んでいただき、それを持ってショーケースでご注文いただきます。注文後は隣のカウンターでお会計と商品のお渡しとなっております」

「器を選んでいただく際に案内する店員は2名ですか?」

「はい。開店当初は混雑する事を想定して、4名を予定しております。その関係で最初だけは狭く感じられてしまうかと」


 カミラは質問にスラスラと答えてくれる。


「今は何もございませんが、明日には壁に並んでいる棚にはランス領内で発注したレースや陶器の器、紙箱が並ぶ予定です」

「カミラはもう器は見ましたか?」

「はい。奥様が仰っていらしたように、どれも後から小物入れとして使用したくなる可愛らしさでした。贈り物としても重宝されるのではないでしょうか」

「贈り物にするには、ポップコーンの日持ちがしないのが難点ですね」


 現代日本でも防腐剤不使用のポップコーンの消費期限はせいぜい翌日までだった。こればかりはどうしようもない。

 尚、パッケージ類の発注はランス領内で、と指定したのは私。


(地元の雇用と経済発展に貢献するために!)


 この店の制服も、ランス領内の服飾店にお願いしていた。原料となるとうもろこし畑との契約も、もちろん領内の農家。

 地道で些細なことだけど、何事も最初は小さな一歩から!


「ポップコーンをお土産にするのは難しいですが、旅の思い出に器だけでも持ち帰りたいと仰る御令嬢や貴婦人は多いかと推察いたします」

「狙った通りになるといいのですが」

「ご指示いただいた通りに、収集したくなる器を作らせております。欲しい方は何度でもご購入にいらっしゃるかと。私も集めたくなっております」


 器は後から再利用できる形で作成をお願いしてあった。デザインも女性向けで花にしたり、蝶にしたり、動物にしたり。昔からある童話や人気の劇を模していたりもする。

 説明しながらカミラが目をキラキラさせた。義母同様に可愛いものが好きなことが伝わってくる。社割ならぬ身内割がきくようにしてあげたい。


(シリーズ物の収集はコレクター魂が疼くよね)


 前の生の私は経営者ではなかったけど、消費者としてさんざん踊らされた過去があった。それを活かす時が来たのだ。散財した経験は無駄じゃなかった!

 ……だがブラインド販売、貴様だけは今でも許さない。絶対にだ。


 店舗の説明を受けてから、奥の厨房に移動した。調理法がわからないように、店頭からは見えない作りになっている。

 ただレシピはどれだけ秘匿しても、いつかは流通するだろう。

 だがその時に備えて既に手は打ってあるので問題はない。


「2階に上がってすぐが従業員の休憩室です。その隣が応接間でございます。先に事務室をご案内しますね」


 2階に上がって廊下を進み、一番奥が事務室だった。

 事務室の内装は綺麗にはしてあるけど一般的だと思う。事務机と書棚が並んでいて、金庫があった。窓からは店の入り口が見える。外の様子が伺えるので、混雑状況がわかる。

 それらを確認してから事務室を出て、先程は素通りした休憩室に案内された。

 カミラがロッカーの一つを開けて、真新しい店の制服を取り出す。


「こちらが店の制服となります」

「とても可愛いですね!」


 一目見て開口一番、弾んだ声を上げてしまった。

 料理人の服はありふれたものだけど、販売員用の制服は可愛いが限界突発していた。エリーゼも「着てみたいです」と頷いている。わかる。

 この制服はある目的のために「女の子なら誰もが憧れて一度は着てみたくなる」というコンセプトで作ってもらった。


 くすんだ水色のワンピースは半袖パフスリーブで、袖口や丸襟には控えめに生成色のレースがあしらわれている。ロングスカートは邪魔にならない程度にふんわりと膨らむ。

 前当て付きの生成色のエプロンも同種のレースで縁取られており、背中で結ぶリボンは大きめに。

 頭には同色のリボンをカチューシャのように結ぶ予定だ。靴も靴擦れしにくいように、爪先部分は丸みを帯びたヒールが低めのワンストラップシューズ。


(頼んだ通り、不思議の国のアリス風!)


 この国にその作品はないので、こんな感じに、と描いたものを渡して制作してもらった。裾や袖口の細かいところまでプリーツが入っていて凝っている。

 文句なしに可愛い。

 制服が可愛いというだけで、女性が働きたい憧れの場所になることもある。そこで働いているというだけでステータスになるのが理想だ。誰にも侮られないように。

 ただ若い女性向けデザインなので、雇用対象年齢は16歳から20代前半までとなる。

 年齢が上がっても事務に転向はできるようにするつもりだけど、この店を作った目的の為にはある程度の制限は仕方がない。

 元々この店は、お金儲けをしたくて作ったわけではないのだから。


 ランス領は騎士の育成と派遣が主で、中心部は観光地として栄えている。

 ここで私にできることは? そう考えた時に、避暑地として貴族に人気のあるランス領に目玉となる名物ができれば更に人を呼べるかも、と思った。

 それが発端。

 この国では見たことのなかったポップコーンに行き着いたので、名物はこれに狙いを定めた。

 次に現地の雇用活性化に貢献するために、原材料や包装容器の発注をランス領内に限定した。


 そして更に考えた目的は、孤児救済。


(親がいないというだけで、不利な立場に立たされる子どもは多いから)


 ランス領の孤児は、男児ならば騎士になる道が開かれている。騎士爵を得るのは狭き門ではあるけど、華々しい未来への希望を持つことが出来る。

 だけど女児となると難しい。ランス伯爵家が下女として全員雇うことなど不可能だ。

 だが彼女たちが成人してすぐに孤児院を出て働くにしても、女性の賃金は安い。孤児ということで、足元を見られてしまうこともあるだろう。


 それは男児にも同じことが言える。けれど同じ体を使うことになるにしても、男女では求められるものが違う。

 貧困に陥って、体を売るしかないと思い詰めてしまう娘もいると聞いた。そうしてまた生まれた子を育てられず、孤児が増える可能性があった。

 なによりも、親に愛されずに育つ子どもが生まれるのは、誰も幸せになれないから。

 

(だからせめて手が届く範囲だけでも、安心して働ける場所の受け皿を作りたかった)

 

 私が経営するこの店で働くことで、孤児だからと侮られない生き方を選ばせてあげられたらいいと思った。

 他にも運動が苦手な男児を、料理人見習いとして雇うことも考えた。経営が軌道に乗って増産できれば、とうもろこし畑を作る農家を働き口として紹介することも出来るかもしれない。


(店は受け入れられる人数に限界があるから、ある程度の経験を積んだ人は次の世代に譲ってもらうことになるけれど)


 その為の年齢制限である。

 けれどここでの働きが良ければ、ランス家に紹介状を書いてあげられる。

 貴族の屋敷で働ければ身元を保証されるのと同義だから、周りからも信用される。結婚だって、孤児だからと差別されることも減る。


 救えるのは一握りかもしれない。それでもゼロではない。

 

 これは、その為の一歩。

 そして孤児の未来だけでなく、現在の状況も改善するためにもう一仕事あった。


「ご案内は以上です。店舗で働ける者は、屋敷にお帰りになられてからご紹介しますね。他にご質問が無ければ、孤児院に移動いたします」

「大丈夫です。お願いします」


 頷くとカミラが柔らかく微笑んだ。エリーゼに視線を向けて、まだ制服に見入っていた妹に釘を刺す。


「店から出ましたら、エリーゼが奥様ですからね。粗相のないよう」

「わかっています」


 普段はしっかり者のエリーゼだけど、姉の前では子供っぽい面が出るみたい。

 二人を伺う私を見て、エリーゼがはっと顔を引き締める。仲が良いなと微笑ましく見ていただけだから、気にしなくていいのに。


「それでは参りましょう」


 カミラに促されて、再び馬車に乗り込んだ。次は個人的に一番の目的であった孤児院である。

 変装は子供たちに警戒されないためだった。出来るだけ彼らと近い目線でいられるように。


(うまく対応できるといいのだけど……)


 緊張のせいか、指先が冷たくなってくる。

 新しいことを始める時は、ワクワクするよりドキドキハラハラしてしまう派みたい。


 孤児院の子ども達には、領民と観光客向けに塩味のポップコーンの屋台販売をお願いするのだ。







一方、今頃クライブは。

義理の兄に「妻が……実家に帰ると出て行きました」と強張った怖い顔で報告しており、休みを急遽申請中。

尚、シークヴァルドは勘違いして「城には帰ってきていないが!?」と蒼白になっている模様。


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