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1 夏はランス領に行く予定です

ランス領編 ※ゆっくり更新



 15歳の春に結婚して、その年に16歳を迎えてすぐに新婚旅行をした。

 監査も兼ねていたから1ヶ月以上の旅だったので、新婚1年目の夏はランス領に帰る時間が取れなかった。

 そんなわけで、翌年の17歳を迎えた夏。


(本当なら今頃ランス領に帰る予定だったけど)


 ベッドの中で眠気に抗う為に、今後の予定を考える。

 つい先週、兄の周りに少々問題が起こったらしい。それからクライブは忙しくしている。どうやら今夜もクライブの帰りは遅いようだ。

 先に寝ているようにと言われているからベッドには入ったものの、ここ一週間まともに顔を見られていない。家には帰ってきているみたいだけど、すれ違いも多い。

 そろそろちゃんと顔を見たい。

 落ちそうになる瞼を持ち上げて、あれをして、これをして、と考えて意識を引き伸ばす。


(クライブが忙しくて王都を離れられないなら、お義母様が迎えにきてくださると仰っていたけれど)


 義母を迎えに来させる嫁って、いったい私は何様なのか。

 と思うものの、私に何かあれば色々と困る事態になるから、守りは鉄壁にしておきたい気持ちはわかる。

 幸いにも、義母のセリーナ様とは結婚式の準備の時から並々ならぬ世話になったこともあり、良い関係を築けていると思う。

 実の母とは比べるべくもないほど親身になってくれて、実の娘のように助けてもらっている。

 今もこまめに文通をする仲だ。


 というのもクライブはランス伯爵家の跡取りとはいえ、現在は皇太子の最側近騎士として忙しい。その為ランス領の細かい管理にまで手が回っていない。

 ランス領のことは引き続き義両親が「任せてくれていい」と言ってくれて、甘えてしまっている状態である。

 でも甘えてばかりではいられないので、クライブが動けない分は私が義両親と手紙をやりとりして教わっているというわけだ。


 それ以外にも色々とお願いしてしまっていることもある。

 やはり現地で直に見ないとわからないことも多いので、毎年夏には避暑も兼ねてランス領に行くと聞いていたから、そこで諸々確認する予定にしていた。


(お義母様からも、早く見せてあげたいと言ってもらっているし)


 先日受け取った手紙からは、うきうきしている様子が伝わってきた。その手紙の返事に、クライブが多忙のため伺うのはもう少し先になる旨を伝えるのが心苦しかった。

 せっかく、私の代わりに義母に頼んでいた件が完成したと教えてくれたのに。


 義母は上品さを滲ませながらも、女性騎士のごとき凛々しさと強さも兼ね備えた女性だ。

 でも、実は密かに可愛いものが大好きなのである。

 それは新居に準備する私の家具を選ぶ時に発覚したことだ。

 義母が「若い娘さんなら、こういうのがいいのかしら……?」と見せてくれた家具カタログが、すべてお姫様の部屋みたいだったのである。


 正直、慄いた。

 私も一応は姫ではあるのだけれども、全く私の趣味ではない、いかにもなザ・姫家具であった。

 白く可憐で上品で、繊細な花模様が彫られていて実に可愛らしかった。乙女が一度は夢見る部屋といった感じである。

 しかしあんな煌びやかな家具の揃った部屋に住んだら、常に綺麗に着飾って背筋を伸ばしていなければならない気になる。落ち着けない。個人的にはシックな色調の方が好みでもある。

 義母の気持ちは大変ありがたかったけど、丁重にやんわりと「年齢を重ねても末長く使っていける家具が好きなのです」的な言い訳を捻り出してお断りした。


 その時、義母が密かに肩を落としたのに気づいてしまった。


 騎士家系であるランス伯爵家の一人娘として生まれた義母は、幼い頃から凛々しくあろうと努力されていたことは話していて感じられた。

 でもきっと本当は、可愛いらしいものが好きだったのだと思う。

 とても心を砕いてくれたのに、ご要望に添えなくて大変申し訳ない。

 それがずっと気に掛かっていた。

 

(だから作りたい店を思いついた時に、お義母様のセンスをお借りしようと思ってお願いしてみたのだけど)


 女性向けに可愛い菓子販売用店舗を作る手伝いをしてほしいとお願いしたら、二つ返事で了承された。

 女性好みのセンスに全く自信がないから、義母を信じてお任せしても良いですかと聞いたら、これも即座に了承された。

 もちろん、それらにかかる費用はすべて私持ち。

 嫁入りの時に、旧エインズワース公爵領の主要都市にある不動産を個人名義でいくつか譲り受けているので、不労所得があるのだ。

 感覚的には、首都の主要駅の高層オフィスビルを所有しているようなもの。

 それらで得た利益はランス領の為になることに使おうと思っていたので、今回でさっそく使うことにしたわけである。


 その頼んでいた店舗と、移動店舗という名の手押し車が完成したので、さっそく報告いただいたのだ。

 義母の自信作ということは、さぞかし可愛らしいに違いない。

 姫家具部屋に自分が暮らす勇気はないけど、店としてならばとても楽しみ。たまに行く程度の夢空間には浪漫を感じたい派なので。

 

(どんなお店になっているのか、楽しみだな……)


 うとうとと思考が緩んできて、気づけばすっかり眠りの淵へと引き摺り込まれていた。




 ふと眠りが浅くなる感覚があった。そろそろ日が明けるのかもしれない。

 起きてクライブを待っているつもりだったのに。

 そんなことを考えながら、うっすらと瞼を開く。朝かと思ったけど部屋の中はまだ薄暗いまま。

 でも目を覚ましたのは、何かしらを感じてのはず。

 不穏さは感じないけど、なぜだろうとぼんやりしていたら、不意に髪をさらりと撫でられた。


「!?」


  一気に目が覚めた。驚いて目を見開くと、暗くて見えづらかった視界に見慣れた人影が映る。


「起こしましたか? まだ寝ていていいんですよ」


 低く囁く声が甘やかす言葉を紡ぐ。しかし寝ている場合ではない。

 慌てて半身を起こして、私が眠るベッドの縁になぜか騎士服のまま腰掛けていたクライブに話しかける。


「クライブ、いつ帰ってきたのですか。今は何時ですか?」

「帰ったのは10分程前です。時刻はもうすぐ5時ですね」

「クライブはちゃんと眠れたのですか?」

「城で仮眠はしてきましたよ。ひとまず着替えだけしたいと思って一度帰ってきたんです。また1時間もしたら出ないといけませんが」


 10分前に帰ってきたのに、しかし未だクライブはややくたびれた騎士服のままに見える。着替えたにしては袖口に汚れがあった。


「それで、ここで何をしていたのでしょう。少しでも休まれた方が良いのではありませんか?」

「今寝たら起きられないので、ここでアルトを補給していました」


 穏やかな笑顔で、クライブが目を細めて幸せそうに言う。

 何それ怖い。


「私は何を吸われていたのでしょう」

「愛情です。アルトが寝ている姿を見ているだけで、元気になれます」


 伸びてきた手が私の額にかかっている髪を避けて、額に愛おしげに口付けられた。当たり前のこととばかりにさらりと言われて、お、おう……と息を呑む。

 草津の湯でも治せないと言われる大病に罹っているクライブは、今日も重症なようだ。大丈夫だろうか。

 心配する反面、死ぬまで完治しなければいいのに、とも願う私は強欲かもしれない。



 そんな私が、まさかクライブに『実家に帰らせていただきます』と書き置きを残していくことになるとは、この時は考えもしていなかった。

 尚、喧嘩したわけでは全く無い。

 私のミスによる、手違いで残したメッセージだった。




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