かぼちゃ祭り
すっかり中庭の草木は紅葉して、ひんやりとした空気を感じるようになってきた。気づけば季節はすっかり秋である。
そんなわけで、今日はおやつにかぼちゃクッキーが出てきた。
昨日はパンプキンタルトで、一昨日はかぼちゃプリン。確かその前がかぼちゃマフィンで、さらにその前はパンプキンパイだった。その前の前は、かぼちゃの……
いくらなんでも、さすがにかぼちゃ尽くしすぎない!?
おやつだけでなく、普通の食事もかぼちゃが欠かさず登場している。かぼちゃが好物だと言った覚えは一度もないのだけど!
(ジャック・オー・ランタンの大量作成でもしてるの!?)
この国にはハロウィンという行事はないはずなのに、そんなことまで考えてしまう。今年はかぼちゃが大豊作だったから、大量に仕入れたのだろうか。
栄養もあるし、美味しいし、好きだけど……毎日食べたいほどではない。もうすでに1週間以上はかぼちゃを毎食食べている気がする。
密かにため息を吐くと皿の上に綺麗に並べられていたクッキーを籐籠に移した。それを手に立ち上がる。
寄付しよう。そうしよう。喜んでもらえるし、私はかぼちゃから逃げられる。
「アルフェンルート様、お出かけですか?」
すぐにメリッサが気づいてストールを持ってきてくれた。
「うん。少し外の空気を吸ってくるよ」
「さては、かぼちゃに飽きてしまわれましたか?」
私が持つ籐籠を見たメリッサは、あっさりとこちらの真意を見抜く。さすがメリッサ。
でもせっかく作ってもらったのだから、文句を言う気はないのだ。ここだけの話にしてほしい。
「栄養があるから体には良いのだけどね」
「明日はかぼちゃ以外にするよう伝えておきます」
「いや、いいよ。料理人も頑張ってメニューを変えてくれているのだから」
「聞いた話ですが……仕入れる桁を間違えたのだとか」
「ああ、それでなんだ。誰でも間違える時はあるからね。それなら仕方ないよ」
絶句したけど、やってしまったものは仕方ない。
間違えた当の本人は真っ青だっただろう。しっかり叱られただろうし、減俸されてるかもしれない。まだ日持ちするかぼちゃで良かった。これが魚だったら城内が生臭くなって最悪だった。
そんな事情があったならば、これまで毎日飽きないように料理人達が考えてくれていたことに頭が下がる。
でも、一日くらいはかぼちゃを休みたい。誰かに寄付したい。
仕入量を誤ったのなら近衛騎士宿舎もかぼちゃ尽くしだろうけれど、菓子までは作っていないはず。系統が違えば、美味しくいただけるかもしれない。
チラリと宿舎住まいのラッセルを目で伺えば、笑って頷かれた。
よし、大丈夫そう。
受け取ったストールを肩にかけてから、ラッセルを従えて自室を出た。
私が向かう場所なんて大抵決まっている。訓練広場に向かうべく、城の中庭を抜ける。
城を囲む木々の色を見れば赤や黄色や茶色と鮮やかに染まっていて、時々地面にはどんぐりが落ちていた。掃除をしても追いつかないのだろう。
(すっかり秋だなあ……)
途中、黒猫が私の前を横切って行った。
秋、かぼちゃ、黒猫……とくれば、やはりハロウィンを思い出す。
仲間内で仮装して、お菓子を交換するだけだったけど、楽しかった覚えがある。
ぼんやりと思い出しながら歩いていれば訓練広場に辿り着く。私が籐籠を持っていることに気づいた一部の顔馴染みの騎士達がそわそわしはじめた。
どうやら、すっかり餌付けしてしまったようだ……。中身がかぼちゃとは知らず、嬉しそうなのが申し訳なくなってくる。
「アルト様、散策ですか? 忙しいのは落ち着かれたのですか?」
そんな騎士たちの間からクライブが驚いた顔をしながら早足で寄ってきた。
「少し息抜きです」
このところ私は父に頼まれた調べごとで引きこもっていたのである。数日ぶりに会うクライブに曖昧に頷いてみせた。
嬉しそうに微笑まれると、かぼちゃを押し付けに来ただけだとは言いづらい。
クライブはすぐにラッセルと護衛を交代した。一礼してから訓練に向かうラッセルには、忘れずに籐籠を託す。中身を知ってるラッセルは苦笑しつつ受け取ってくれる。
ごめん、後は頼みます。
「……僕にはないんですか?」
同じくラッセルを見送ったクライブが、緑の瞳でじっと私を見下ろした。
それがなんだか少し責められているかのよう。思わず驚きに目を瞬かせてしまった。
思い返せば、いつも差し入れはクライブには必ずあげていた。
いや、でも。
「あの中身はかぼちゃクッキーですよ?」
困惑しつつ、中身を打ち明ける。
既に嫌というほど食べさせられているのでは? むしろ渡さなかったのは親切のつもりだったのだけど。
本当はクライブも犠牲者にする予定でいたけど、思ったより今日は顔見知りの騎士が多かったから難を逃れたのである。
向こうでは嬉々として受け取ったクッキーを食べた騎士の一人が天を仰いでいた。
美味しくて感動してるのならいいけど、たぶん違う。かぼちゃかぁあああ、という声なき声が聞こえてきそうだ。
でも味は美味しいから許してほしい。
「それでも。アルト様がくださる物なら、欲しいです」
気の毒な仲間の姿を見ても、クライブは真面目な顔をして言い切った。
そ、そう? そういうものなの……。
あまりにも堂々と強請られたから、こっちの方が恥ずかしくなって狼狽える。
じっと見てくるから落ち着かない。しかし、もう籐籠は空になっているだろう。どうしよう。
苦し紛れに思いついたのは、先程思い出していたかつての世界の秋の行事。
「とある国では、ある秋の一日に周りにお菓子を強請っても良い日があるのです。そこでは皆が菓子を持ち歩くのですが、もし手持ちの菓子が無い時に強請られて渡せなかったら、いたずらしても許さなければなりません」
「そんな国があるんですね」
「ですから、それにちなんで、今日はひとつだけいたずらされるのを許しましょう」
「いたずらを……ですか」
クライブが目を瞠って私を見つめる。
何を言っているのだ、私は。
そう思ったものの、クライブがまるで拗ねた大型犬みたいに見えてきて、かわいそうになってしまったのだ。
「何をしても許してもらえるのですか?」
「良識範囲内ならば許します」
クライブが目を細め、長身を屈めて覗き込んでくる。怯みそうになるのを堪えて、こくりと頷いた。
二言はない! 受けて立ちます!
どんないたずらかわからないけど、スカートめくりとか、そんな馬鹿な真似はしないはず!
などと思っていたら、不意に顔が近付いて。
私の鼻先に、ちょんと唇が触れていた。
「今度は僕にもくださいね」
至近距離で笑って、甘えられるから。
こんないたずらなら、いつだって許してしまうのだ。
※2024/10/31 Privatterより再録 ハロウィン2024




