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君は輝ける星


 このところ一つだけ気になっていることがある。


(なんでニコラスはメリッサがよかったのだろう?)


 これまでにメリッサはニコラスと話す機会がよくあるとは言っていた。

 最初はもっぱら互いの持つ情報をやりとりをするのに都合が良い存在だったからであり、また私と兄の内心や近辺を探りあうための交流だったのだと思われる。

 その過程で利害が一致したのか、メリッサはそのうち素で接することにしたようだ。小動物を思わせる可憐な見た目に反して勝ち気で苛烈な面もあるメリッサの性格を、ニコラスはあっさりと受け入れたと聞いている。

 そして私が前世の知識から持ち込んだバレンタインとホワイトデーのイベント後から、二人の距離はかなり近づいた。

 昨夜もメリッサから次の休みにニコラスと出かけると聞いて、微笑ましさにほっこりするばかりだった。うまくいっているようで何より。


 私の目から見ても、ニコラスとメリッサはよく合っていると思う。


 ちょっと歳が離れてはいるが、甘えるより守る側にまわりがちな剛気さのあるメリッサには余裕ある大人の方が相性は良さそうだ。

 からかいつつも時折ガス抜きをさせて、さりげなく甘やかしてくれる。ちゃんと向き合って話も聞いてくれるニコラスは、私にはなかった安心感をメリッサに与えてくれるだろう。

 それに兄派閥の公爵家の三男で、本人も皇太子付きの近衛騎士。将来メリッサの実家であるマッカロー伯爵家に婿入りして爵位を継ぐには最適な相手とも言える。


 なにより、ニコラスはメリッサを好いている。


 これ以上に必要なことがあるだろうか。

 メリッサもまんざらではないようだし、私としてはメリッサが幸せであるならばなんでもいいのだ。

 だが、それはそれとして。やはり疑問はあった。


   *


 城が開門する前の早朝。

 近頃気に入って通っている城併設の図書館に向かう渡り廊下で、朝練から戻ってくる途中のくるくる癖毛の金髪頭を見つけた。ニコラスである。

 視線を感じたのかニコラスも顔を上げた。私の姿を見つけて糸目の目尻を下げる。

 そのまま一礼して去ると思っていたけれど、なぜか私の方にやってきた。


「おはようございます。アルフェ様は早朝の散策ですか?」


 いつも笑って見える顔は人の気持ちを無意識に和らげる。皇女たる私相手でも気負うことなく軽い態度だが、これでも不快感は与えない範囲を見極めているのだと感じる。

 ニコラスは自分の特徴をうまく使って、人の心の隙間にするりと入り込んでくるタイプなのだと思う。ニコラスの周囲に対する態度を見ている限りでは、表情の読めない瞳で実は人をよく見ているのだとわかる。

 はっきり言えば、腹黒である。

 兄付きの近衛騎士ともなれば、それぐらいでなければ困るから構わないけれど。


「おはよう、ニコラス。図書館に向かうところでした。ニコラスはこれからすぐに戻って朝食ですか?」

「その予定でしたが、アルフェ様のお話があるようでしたらお付き合いさせていただきますよ」


 目が合っただけで、私が何か話したいことがあると察したらしい。やはりよく見ている。

 遠慮なく頷いて、「では」と促した。


「軽い朝食がてらお付き合い願いましょう」

「後でクライブに羨ましがられるやつですね」

「クライブも早起きできれば招待しますが」

「それは年に一度あれば良い方なんじゃないです?」


 付いていた朝番の護衛騎士を下がらせて、代わりにニコラスを護衛にして脇道に逸れた。

 幸い、図書館の近くには外で休憩できる場所がある。遠目に人目はあっても声は届かない位置のガゼボに目をつけると、何も言わなくともニコラスが取り出したハンカチを敷いた。「どうぞこちらに」と誘導してくれる。

 こういうところは女性対応に長けた騎士だと思う。感心する。

 有り難く腰を下ろして、図書館で軽く摘もうと持ってきた菓子の入った籠から布を取り除いた。

 斜め前に立ったままのニコラスに手で隣を示し、座るように促す。こういうときのニコラスは遠慮を見せず、しかし一人分以上を空けて隣に腰を下ろした。

 そこに籠を差し出してみる。


「お腹が膨れるとは言い難いですが、いかがですか?」

「ポテトチップスじゃないですか!」

「喜んでくれたところで期待を裏切って申し訳ありませんが、これはじゃがいもではなく紅芋です」


 ポテチを作ったら、今度はサツマイモチップスも恋しくなったので作ってみてもらいました!

 薄切りにされて香ばしくカラリと揚げられたサツマイモチップスに期待で心が震える。

 いざ、実食!

 ニコラスもいそいそと手を伸ばした。パリパリと咀嚼する。


「ポテトより歯応えがあるんですね。噛んでるとしょっぱさの中に甘味もあって、酒に合うというより……素朴な感じです」

「嫌いな人はあまりいない感じかと思います。ただ売り出して万人に大好評かというと、難しいところかと」

「そうですね。どちらかといえば俺はポテトに軍配が上がります」

「比べてしまうとポテト派が多いでしょうね」


 しかし素朴な甘さにほんのり塩が効いて、これはこれで美味しい。でも油を使うから原価が結構かかるんだよね。

 いっそサツマイモ天ぷらにした方が満足感はあるかもしれない。ただそれだとその場で食べないと油が浮いてきてくどくなるのが難点。

 いっそ大学芋風も考えてみたものの、蜜を絡めると原価が跳ね上がるから難しい。個人的に楽しむだけなら出来るけど、前世の庶民のおやつがここでは貴族の超高級菓子になってしまう。


(って、そうじゃない)


 私がニコラスを誘ったのは、サツマイモチップスを試食させるためではなかった。

 とりあえず私は後で改めて朝食を取ることにして、話をする時間を取らせる代わりに籠はニコラスに丸ごと渡しておく。

 ニコラスはポテチ派らしいけど、サツマイモチップスも悪くはないみたい。嬉しそうに食感を楽しみつつ食べすすめている。


「それより、試食してほしくて誘ったのではありません」「そうなんです?」


 話を切り出すと、ニコラスは手を止めて改めてこちらを見た。


「これから話をする前提として、以前にも言った気がしますが、私はあなたを良く言えば『頼れる親戚のお兄さん』のように思っています」

「えっ!? あ、はい。それは、ありがとうございます」


 いきなり突拍子もないことを言われたためか、ニコラスが珍しく糸目を見開いた。


「悪く言えば、多少の悪巧みにも乗ってくれる『悪友』だと思っていますが」

「やっぱり悪友のままなんですね」

「勿論これらは私の中の勝手な立ち位置です。ニコラスから見れば、私は主の為に動向を注意して気にかけておかねばならない要注意人物、よく言って手のかかる妹皇女になることでしょう」


 それぐらいは理解しているつもりだ。

 淡々と言えば、ニコラスはちょっと困り気味に眉尻を下げて苦笑いをした。


「否定はしませんけど、個人的にアルフェ様の言い出されることにお付き合いするのは好きですよ。面白くて。悪友だと認めていただけるほど心を許してくださるなら、それはそれで光栄……違うな。そうですね、嬉しい、のだと素直に思えます」


 そう言うとニコラスは静かに微笑んだ。

 それは素の笑顔なのだとわかった。いつもの笑顔に見える表情よりもずっと落ち着いていて、穏やか。

 なるほど、本当はこんな風に笑う人なのだと今更ながらに理解する。


(これが素なら、メリッサを安心して任せられそう)


 細やかに気を回す人だし、立場的にも普段の言動よりも中身はずっとしっかりした大人の男の人なのだと感じる。

 だからこそ、ずっと気になっていたのだ。

 正直にいえばきっとモテて困るくらいのはずの人が、どうして十歳も年下のメリッサを選んだのだろう?


「そう言っていただけるなら単刀直入に訊きます。ニコラスは、メリッサのどこを好きになったのですか?」


 私の立場的だとセクハラになってしまうけれど、親戚の兄兼悪友ならば許されると思いたい。

 どうしても聞いておきたかった。

 爵位目当てだとは思わない。

 単にメリッサが好みだっただけかもしれない。

 その場合は残念ながらロリコンのレッテルは貼ってしまうかもしれないが、それならそれでメリッサを大事にしてくれてメリッサも満足しているならば、何も言う気もない。この国では15歳で成人なのだし。ただ正式に婚約するまでは節度あるお付き合いで頼む。

 私にとってメリッサは、誰よりも幸せになってほしい大事な人なのだ。


「いつか聞かれるんじゃないかな、とは思ってました」


 じっと見つめる私を見返して、ニコラスは軽く肩を竦めた。


「私から言うのもなんですが、メリッサは裏表が激しいでしょう。外見と中身は一致していません。もちろん私はそんなメリッサの強さに守られてきましたから、どんなあの子でも大事で大切ですが」


 私にとってはメリッサは姉で、親友で、それでいてやはり私たちは主人と仕える者でもあった。

 故に私が守らなければならない存在だと思っている。

 私はメリッサの性格をよくわかっていて、周囲に対する厳しい部分や人を簡単に信じない面も、私を守る為からきているのだと知っている。小動物的な愛らしさを裏切る、時に腹黒い性格に育ってしまった大半の原因は私にある。

 だからメリッサのどんな言動でも可愛いし許せてしまうけど、でも他の人から見たら?


(メリッサのギャップを認めない人は少なからずいる)


 メリッサの外見だけを見て、中身を知ると引いてしまう男性は少なくないと思われる。

 勝手にメリッサに夢を見て、勝手に失望していく輩は元から相手にする価値はない。けれども中にはメリッサを自分好みに強引に矯正しようなどと考える者もいる。

 それではダメなのだ。

 ああいう性格に育ったのは、私を守ろうとする優しさ故なのだから。メリッサが今まで培ってきた努力の上に成り立っているものなのだ。

 メリッサ自身が変わりたいと望むなら良いけれど、そうではないならばそのままのメリッサを愛してほしい。


(そう考えると、ニコラスは今のままのメリッサと向き合ってる)


 警戒しまくっても、分厚い壁を立てて接しても、時に冷たく突き放してたって、ニコラスは軽い冗談に変えて流してしまうと言っていた。かといってメリッサを軽んじているわけではない。いつも絶妙な距離を測って対処しているようだったと。

 それはまるでメリッサの心を包み込んで見守っているかのごとく。

 話を聞く限りでは本当にメリッサを気に入っているのだろうとは思っていたけれど。

 そうなるきっかけは何だったのだろう?

 やっぱり単に好みだった……?


「まあ、相手がアルフェ様だから正直に話しますけど」


 数秒悩ましく眉間に皺を寄せた後、ニコラスは息を吐き出した。


「最初はもちろん、そんな目で見ていたわけではないんです。十歳も年下のご令嬢ですしね」


 ニコラスは軽い世間話でも始めるみたいに新緑に目を向けながら語り出した。


「メリッサの世間の評判ってすごいでしょう。伯爵家の一人娘で皇子の乳姉弟なのにお高く止まったところは全くなくて、いつもはにかんだ笑顔で愛らしい。そういう子は男には受けがいいけど、女性には嫌われることも多いです。でもメリッサは女性達にも好かれている。周りのことにもよく気が付いて、誰にでも気さくに手を貸してあげてるからです。人の話を聞くのが上手くて、でもちょっと不器用なところが憎めない。気づけば誰もが心を緩めてしまう……その立ち位置は、あまりにも完璧でした」


 恋のきっかけを話されると思っていたのに、なぜか冷静な分析が始まった。

 どんな顔して聞いたらいいかわからないけれど、世間のメリッサの評価は概ねその通りである。そんなメリッサの日々の努力があるからこそ、情報収集と人心掌握に長けているのだ。


「世の中には素でそういう子も稀にはいますけど、メリッサはあの第二皇子付きですから。そんなに甘くいられるわけがない。きっと見せている姿はすべて計算尽くで、実際はかなりしたたかで逞しいんだろうなと思って見てました」


 当時の私を「あの第二皇子」呼ばわりとはいい度胸だけど、確かにそう言われる立場だったから甘んじて受けよう。


「初期から冷静に分析して観察していたということですか」

「でもそんな面も含めて、俺的にはすごく好印象だったんですよ。ちょっと不器用という弱点すら武器にして、隙を見せずに賢く立ち回るなんて、かっこいいでしょう」


 メリッサの評価でかっこいいが出てくるとは思わなかった。どうやら思っていた以上にニコラスは当初からメリッサのことを高く買っていたみたい。

 もしくは、侮れない敵として要注意人物として見ていたのかもだけど。


「つまり最初から気になっていたと?」

「いえ、それでもね、まだ恋愛感情はありませんでした。人間的に面白そうだと思っていただけで」


 メリッサを珍獣だとでも思って見ていたのだろうか。

 思わず冷ややかな目を向けてしまったところ、ニコラスが慌てて「きっかけは別にありまして」と続ける。


「ランス領にシークヴァルド殿下達と一緒に行かれた時があったでしょう?」

「はい」


 ニコラスと直に接する機会を持ったのもその時だ。

 ニコラスは事前に独自でこちらを観察していたみたいだけど、正式に対面したのはその時のこと。


「その時にアルフェ様と一緒に過ごすメリッサを見て、すごく可愛いなと思ったんです」

「間近で見てメリッサの可愛さを再認識したわけですか」


 それはわかる。

 深く頷けば、なぜかニコラスは苦笑して「そういうわけでもなくてですね」とあっさり否定した。

 違うの!?


「メリッサはアルフェ様のことが大好きでしょう。本当にアルフェ様が大切で、二人の時間を過ごす時のメリッサがとても可愛かったんです。ほら、恋する乙女って一際可愛く見えるじゃないですか」

「恋する乙女……? メリッサは私に恋する関係ではないのですが」


 女だと知っていたのだから。

 思わず首を捻ったけれど、ただやはり私は皇子様として接していたから、疑似恋愛に近いものはあったかもしれない。

 正確には共依存関係であったと言えるけど、私達は互いが誰より大切ではあった。家族だと思っていたし、例えばあのまま皇子であることを貫き通せていたら、私は体面的にはメリッサを妻に迎えて一生を添い遂げただろう。

 それは恋ではなかったとしても、違う形で交わされる愛情は確かにあった。

 そんなことを考えていたらニコラスをわずかに首を傾げた後、改めて言い直した。


「うーん……恋でなかったとしても、メリッサにとってアルフェ様は唯一無二だったんだと思うんです」

「それならわかります」

「アルフェ様もメリッサ大好きですもんね」

「当然です」


 大きく頷くと、「すごい負けた感じがするので手加減してくれます?」と苦い顔をされた。


「とにかくアルフェ様を見るメリッサの優しい目とか可愛い表情とか、柔らかい雰囲気というか……それがなんだか好きだと思ったんですよ」


(それって……、寝取られ属性というやつでは!?)


 好きな人を想ってる子の姿にばかり惹かれるやつだ!

 前の生の漫画広告でしか見たことないけど、思い至った性癖に絶句した。反射的に愕然とした表情を向けてしまう。

 これは思ったよりもずっとやばい人かもしれない!


「アルフェ様、何かおかしなこと考えてません? まだ全部話してないですからね。その時はただあの笑顔を守りたい気持ちになっただけですよ!?」


 それはグレー判定なのでは……いやしかし、ニコラスが糸目を見開いて弁解してきたので、ひとまず落ち着こう。

 曖昧に頷くと、ニコラスがあからさまにほっと安堵の息を吐く。


「でもですね、ランス領で過ごす内にアルフェ様が、ほら……女性だったと気づいたわけでして」

「ああ……そうでした」


 これだけ細やかに観察する人なら、立場的に女性経験も少なくはないだろうし、私の体格や食事量などから性別を見抜かれてもおかしくはない。むしろ隠し通す方が難しいかった。


「メリッサのアルフェ様に対するそれは甘い初恋とはまた違う感情なのかな、とその時に思いまして」


 ニコラスが当時を思い出しているのか少し遠くを見つめる。


「それでランス伯爵家で襲撃があった夜。アルフェ様がシークヴァルド殿下の元にいらしたから、俺がクライブの代わりにアルフェ様達の部屋に向かったでしょう?」

「そういえばそうでした」


 あの時はいっぱいいっぱいだったからうろ覚えだけど、言われてみればクライブとニコラスが何かを話した後、ニコラスは持ち場を離れた。やはりあの後で私たちの寝室の護衛に向かっていたのか。


「何事もなければ部屋の前で護衛兼監視の予定だったんですが、襲撃されましたよね。あの時は侍女に取り次ぐ余裕なんてなかったので、咄嗟に保護するために俺が直に部屋に入ってメリッサを起こしたんです」


 なんと、そんなことがあったとは。

 あの時の私は体調も精神も限界だったので、襲撃のことをメリッサから詳しく聞ける状態ではなかった。今更ながら知らないところで色々とあったのだと気づかされる。

 感謝を告げようとしたところで、先にニコラスが口を開いた。


「それでメリッサを起こしたら、メリッサはすぐにアルフェ様のベッドを確認したんです。部屋にいないとわかるや否や、外で争う音のせいもあって俺が襲撃にきたと思ったみたいで」

「それはそう思うでしょうね」

「激昂したメリッサに、迷いもなく速攻で男の急所を容赦なく蹴り上げられかけたんです」


 う、うわぁ……。

 他人事ながらに顔が引き攣った。でもそれは仕方ない。

 私とメリッサの護身術はメル爺仕込みだ。非力な女性でも抗えるよう、教えられた術はどれもえげつない。指を1本掴んで逆にへし折れだとか、足の小指を靴底で捻じ踏めとか、最終手段は潰す気で股間を蹴り上げろだった。

 まさか本当に役に立つ時があったとは。


「それは災難でしたね」

「ちゃんと避けましたよ。これでも近衛ですからね? ただ、その時のメリッサを見て……心を掴まれたんです」

「………。は?」


 失礼ながら間抜けな声が出た。

 いやだって、なんでそうなった!?

 股間を蹴り上げられかけて、好きになっちゃったの?


(まさか…………マゾ!?)


 駄目だこの危険人物、なんとしてもメリッサの前から排除しなければッ!

 メリッサが人を虐げるの大好きならいいけど、私が知る限りそんな性質は一切ない。素質のない人間に付き合わせるには酷な性癖だろう。もし素質があったとしても、開花させない方が良い嗜好だ。茨の道過ぎる。

 深入りする前に引き離した方がお互いの為ッ。


(ニコラスは大人だからもう手遅れだけど、メリッサまでそちらの道に引き込まれたら困る!)


 この間、僅か三秒にも満たなかったと思う。

 反射的に更に一人分の距離を置いて全身で引いていた。そんな私を見てニコラスが心底焦った顔を見せる。


「また変な誤解をされてません!? たぶん絶対アルフェ様が考えてるようなことじゃないですから!」


 あまりのニコラスの必死さに、顔を引き攣らせつつも場に踏みとどまった私を褒めて欲しい。

 一応、彼は頼れる友人でもあるのだ。本能的に警戒はしてしまったけど、即座に切り捨てるほどの人格否定をするつもりはない。同好の士とよろしくやる分にはかまわないし。


「弁解があるならば一応は聞きましょう。メリッサを女王様にしたいと言うならば、残念ですがお別れです」

「アルフェ様が何を仰ってるのかわからないですけど、とりあえず俺の話を聞いてください」


 ニコラスは深く息を吐き出した後、改めて座り直して口を開いた。


「本当にアルフェ様が思ってるような感じじゃないですからね……。メリッサに攻撃された時、当然避けましたし、すぐに抵抗は封じさせていただきました。ただその時のメリッサは、すごく諦めが悪かったんです」


 思い出しているのか、なぜかニコラスは微かに笑った。

 それはなぜか愛しげで、眩しいものを思い出すかのように。


「アルフェ様を返せと言って、全身でアルフェ様のことも自分のことも絶対に諦めないって感じで。どう足掻いたって敵わないのに、俺のことを射殺さんばかりに睨んできました」

「……」


 悪いけど、それでどうして好きになるのか理解できない。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、ニコラスがからりと笑った。


「あの時のメリッサはあんな状況なのに不屈の根性を見せて、生命力に溢れた強い目をしていて……とにかくすごく、かっこよかったんです」


 言われて、不意にすとんと納得できるものがあった。


(……そうなんだ)


 メリッサはあの時、私に一緒に逃げようと言ってくれた。絶対に諦める姿勢なんて見せなかった。どこまでだって、生きて着いてきてくれる気持ちでいてくれた。

 私の光だった。

 だからこそ、どうしても一緒に連れていけないと思ったのだ。その輝きを消したくはなかった。


(きっとメリッサはわけがわからない状況の中でも、それでも私と一緒に生きることを諦めたりはしなかったんだ)


 思い至ったそれに、今更ながらに泣きそうになった。

 強く強く、お互いに生き延びることを望んでくれた。あの崖っぷちの状況の中で、それはどれほど強い輝きだっただろう。

 顔を歪めそうになった私を見て、ニコラスは優しい眼差しになる。


「十歳も年下の女の子なのに、あれほど強く誰かを想えるくらい情に厚くて、ずっとああやってアルフェ様の気持ちを支えてきた女性なんだと思ったら、その強さに目を奪われました」


 わかります? と視線で問われて、強く頷いていた。

 わかるよ。メリッサはいつだって強くて優しい、私の自慢の乳姉妹だから。


「でも無謀な面もやっぱりあったわけでして。そんな部分を支えてあげたいって思って見てる内に、考えていた以上に嵌ってしまっていたと言いますか」


 ニコラスは少し照れ臭そうに空を仰いだ。新緑の合間から覗く空は今日は澄み渡った綺麗な青だ。

 しばらく空を見つめてから、ニコラスはいつもの表情に戻って私を窺った。照れくさいのを隠すためか、ちょっと茶化し気味に。

 

「これで、アルフェ様からの合格点はいただけそうです?」

「そもそも私に誰かの気持ちをどうにか出来る力はありません」


 ちょっと気になっただけで。

 ただ話を聞いて安心したのは事実。メリッサの根底に惚れたというならば、何も心配することはなさそう。

 そんな気持ちで穏やかに微笑み返すと、胡乱な眼差しを向けられた。


「途中で俺のこと排除する気満々でしたよね?」

「非常事態ならば致し方ない時もあります」

「メリッサに言い寄っていた輩が何人か王都から消えてますよね?」

「それは国を掃除した際の副産物です」

「だからアルフェ様だけは敵に回したくないんですよ」


 なんとでも言ってくれてかまわないよ。私は大切なものを守るためならなんでもするのは事実だから。

 私の星の輝きを失わせないために。


「やっぱりアルフェ様は間違いなくシークヴァルド殿下とご兄妹ですね」


 そんなニコラスの言葉に嬉しくなって照れたところ、「褒め言葉じゃないです」と渋い顔で釘を刺された。




   *


 数日後、メリッサ経由でサツマイモチップスを入れていた籠がニコラスから戻ってきた。

 あの日は会話に忙しくて食べきれなかったから、ニコラスに籠ごと渡したのだ。ついでに周囲にも試食を頼んでおいたので、籠には感想のメモと一緒にニコラスの実家名物であるチーズが入っていた。

 空で返さないあたり、やはり気の回る人だと思う。


「ニコラス様が、アルフェンルート様から正式に交際の許可をいただいと仰っておられましたが……お二人で何の話をなさったんですか?」


 籠を私に手渡しながら、メリッサが困惑を露わにする。


「ちょっとした男同士の話し合いをしただけだよ」

「男同士……?」

「ニコラスに聞いてみるといいよ。私から言うのは勿体ないからね」


 どこに惹かれたのか、やっぱり本人の口から聞いた方が嬉しいだろうから。

 メリッサはまだ困惑顔をしていたけど、籠の中のチーズを覗き込んで、さて、と次のことを考える。


(せっかくチーズをもらったから、ピザポテトチップスを作ってもらっちゃおうかな!)


 食べる手が止まらなくなる悪魔のお菓子だ。楽しみだな。

 うまくいったら、そのレシピはメリッサとニコラスの婚約祝いに贈ろうと思う。




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