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理想のデート / 秘密の眼鏡

※雑文2話

【理想のデート】※クライブ視点



 そういえば、アルト様とまともなデートをしたことがない。


 ということに、同僚が婚約者の願いで人気のケーキ屋に長時間並んだ話と、高価な宝石を誕生日にねだられたから今月は飲みに行けないとぼやく姿を見た時に、気づいてしまった。

 出かける時はいつも侍女のお仕着せだったり、男装だったりとお忍び仕様。行き先も平民の台所である露天商が並ぶマルシェが主。

 当人はそれを大変楽しまれているようだったから気にしていなかったが、側から見たら僕は流行りに疎くて気もきかない甲斐性なしではないだろうか。

 思えば、以前も同僚に似た指摘を受けた覚えがある。あれからまったく成長できていなかった自分に愕然とする。

 アルト様にも、内心はそう思われているんじゃないだろうか。


(まずい。なんとかしなければ)


 そう思い立ったその日、医務室まで散策に来たアルト様を捕まえた。


「城下街に人気のケーキ屋が出来たそうです。ヒ・カール・キラキラという店舗で、連日行列が絶えないらしいほど美味しいらしいのです」


 顔を見るなり、手に入れた情報を提示する僕はかなり焦っていたと思う。

 対して、アルト様は深い青い瞳をきょとんと瞬かせた。


「食べたいのですか? 取り寄せましょう」


 しかし返ってきた言葉は、想定外のものだった。

 そうだった……。この方は普段の思考から忘れそうになることもあるが、城の奥深くで大事に育てられた皇女であった。自分が並ぶことなど考えつくわけがない。欲しいものは全てお取り寄せである。


「いえ、そういうわけではなく」

「情報提供でしたか。人気があるならばぜひ研究したいですね。ありがとう」


 更に、思考が経営者向きであった。自分が食べることより、いかに広めて万人が喜ぶかを考え、益もしっかり求める姿勢だ。

 柔らかく微笑んで感謝されてしまったが、違う。僕が伝えたかったことの1割も伝わっていない。


「その近くの庭園の薔薇が見事だそうです。こちらも人気があって、貴族の憩いの場になっているとか」

「なるほど。しばらくそちらには近づかない方が無難ですね。次に出かける時は避けましょう」


 さりげなく誘いたくて水を向けたものの、立場的に擦り寄られてうんざりされることが多い経験則から、アルト様は難しい表情をされる。

 だめだ。悲しいほどに伝わらない。

 他にも女性が好みそうな宝石が並んでいる店に誘ったところで、「宝飾品は間に合ってます」とあっさり言われてしまう未来が手に取るように見える。

 演劇ならばどうだろう。自分はあまり関心がないが、楽しんでもらえるなら誘ってみるべきだろうか。

 しかし、確か今は悲恋物が上演されていたはず。つい昨日、同僚が婚約者から「初めて一緒に観る演劇でこんな話を選ばれるなんて、遠回しに私と別れたいと仰るの?」と泣き出されたと悔いていた話が脳裏をよぎる。

 同じ轍を踏むわけにはいかない。

 せっかく出掛けるならば、やはり喜んでいただきたい。

 そうなると、自分が切れるカードは一枚しか残っていなかった。


「アルト様が成人された日に行かれた鳥料理の店で、期間限定山盛り鶏団子スパゲティの提供が始まりました。毎年見るだけで圧巻する量なんですよ」

「!」


 手で規格外の大きさを示しながら告げた時の、アルト様の目の輝きようと言ったら。


「そんなに大皿で来るのですか? それで何人前ですか?」

「騎士ならば2、3人で平らげるところです」

「すごい」


 アルト様がキラキラと目を輝かせる。「エイガみたい」と呟いたので、何か知っているものに思い至ったのだろうか。

 あきらかに興味津々である。そんな気がしていた。

 

「クライブ」


 不意にアルト様がじっと見つめてくる。口では何も言わないけれど、目が口以上に物語る。

 自分の目で見たい。と。

 ……この目に弱いのだ。

 これでは自分が想像したまともなデートにはやっぱりなりそうにないけれど、仕方がない。


「行ってみられますか?」

「はい!」


 僕の大好きな、満面の笑みで頷かれるから。

 僕らはこれでいいのかもしれないと、思い直した。





******************************

【秘密の眼鏡】※アルフェンルート視点



 ある日、図書室で出会った父に唐突に脈略もなく眼鏡を渡された。


「使うといい」

「ありがとうございます……?」


 渡されたのは淡い金縁の細いフレームの眼鏡で、レンズはオーバル型。顔に馴染みそうな優しい風合いの眼鏡だ。

 父が使っているのはモノクルなので、お下がりというわけではなさそう。サイズ的にも女性向けなのかやや小さめで、見るからに新たに誂えたかに思えてくる。


(ということは、私用に作ってくれたのかな?)


 しかし、なぜ?

 目が悪いと言うことを口にしたことはなかったはずだ。

 前の生での見え方の感覚から考えて、目が悪いのだろうなと思ってはいた。ただ眼鏡がなければ困るほどではない。本を探すときに遠くが見難いなと思うことはあれど、目当ての本棚に脚立を持ってきて丁寧に探す方である。いちいち見えにくいと口にすることもなかったから、誰も気づいていないと思っていた。

 だから不思議で、渡された眼鏡を手に持って首を傾げる。


「なぜ必要であると思われたのでしょう?」

「先日、渡り廊下を通っているアルフェと目が合っただろう」


 言われて思い出す。

 城に併設されている王立図書館に向かう途中で、早朝から緊急会議に向かうらしき父の姿を見かけた。私は最初気づかなかったけれど、護衛のラッセルが気づいてくれて「陛下ですよ」と教えてくれたのだ。

 頭を下げなければいけないほどの距離ではなく遠目だったけれど、こんな早くから珍しいと思って足を止めたのだ。

 ただ言われても父らしき人は、たぶんあの金髪の長い三つ編みの人だな、と思っただけ。視線に気づいたのか一度こちらに顔が向いたのはわかったけど、目が合ったかどうかまでは判別がつかない。

 表情まではよく見えなかったからだ。


「私を睨みつけていたから、ちゃんと見えていないのだろうと思った。違うか?」


 指摘されて目を瞠った。


(すごい。そんなことで気づいてしまうんだ!?)


 あの時も父はモノクルを掛けていたのだろうから、私の表情が見えていたみたい。


「その通りです。あの距離では表情まではよく見えません。よくそれだけでお気づきになられましたね」


 自分では気づかなかったけれど、きっと目を細めてなんとかピントを合わせようとしていたのだと思う。でも睨まれたと思われていたのなら、不敬だと言われてもおかしくなかったのに。

 驚きつつ頷けば、父は微かに息を吐き出した。

 それは少しだけ、安堵したかのように。


「そうでなければ、私は娘とすれ違っただけで睨まれる真似をしたということになる」


 そこに僅かに覗いた表情は、世間でもよく見られる思春期の娘に毛嫌いされて困惑する父親に見えた。

 実際に褒められた父ではないけれど、さすがに今はすれ違い様に睨みつけるほどの恨みはない。

 負の感情を抱き続けるというのは、とても疲れることだから。それよりも互いの立場を考慮して、歩み寄れる形を探して行く方がきっと心に優しい。

 今みたいに。


「ただ見えていなかっただけです。お気遣いありがとうございます、お父様」


 有り難く貰った眼鏡を掛けてみると、ちょっとだけ父の表情が明るく見えた気がした。



   *


 せっかくだから、貰ったばかりの眼鏡を掛けて訓練広場まで行くことにしてみた。

 思っていたより目は悪かったらしく、レンズ越しの視界はかなりはっきりとしている。いつも通り中庭を通る時も、木の葉の合間に小鳥の影が見えたりする。普段だったら気づけない保護色すら見わけられてすごい。


「世界が美しいです」

「よかったですね」


 思わず感嘆の声を漏らせば、斜め後ろに控えているラッセルが優しい声で応えてくれる。振り向けば、微笑ましげに見つめる茶色の瞳と目が合う。


「ラッセルは私の目が悪いことに気づいていましたか?」

「申し訳ありません。私の立ち位置からですと殿下の表情は窺い難く、気づいておりませんでした」

「いえ、謝っていただくことではないです。普通は気づかないことだと思います」


 申し訳なさそうに眉尻を下げられて、慌てて首を緩く横に振る。

 近くにいた人が気づかないのだから、やはりあの父は意外にちゃんと私のことを気にして見ているのだろう。そう思うとちょっとだけくすぐったく感じる。

 そんなことを考えながら歩けば、訓練広場まで辿り着いた。

 視線を巡らせる必要もなく、すぐにこちらに気づいて顔を上げる長身の騎士の姿が目に入った。

 焦茶色の癖のない髪を微かに揺らし、私の姿を見つけるなり、ふわりと目元と口元を綻ばせる。

 それは、嬉しくて仕方がない、というみたいに。


(クライブ、いつもあんな顔してたんだ……!?)


 反射的に心臓が飛び跳ねた。顔に熱を帯びそうになってしまう。

 私を見る緑の瞳まで日差しを反射してキラキラ輝くかのよう。

 レンズ越しにはっきりと見えてしまった表情から恋をされている感が伝わってきて、どんな顔をしていいかわからなくなる。

 素直に喜ぶには気恥ずかしく、笑い返すのも照れてしまう。

 それでも勝手に緩みそうになる口を必死に引き結んだせいで、私の顔は強張っていたかもしれない。

 手早く剣を収めてこちらに歩いてくるクライブの歩幅は広く、あっという間に距離を詰められた。目の前に立ち、普段の私とは違う眼鏡姿に目を瞠られる。


「アルト様、眼鏡を作られたのですか? よくお似合いですね」

「ありがとう。先程お父様にいただいたのです」


 レンズ越しのクライブは、さすがに目の前まで来れば普段見る姿と変わりはない。

 それなのにさっきのとても嬉しそうに笑った顔が脳裏を過って胸が浮き立ってしまう。


「おかげでクライブがよく見えました」

「いつもはそんなに見えておられなかったのですか?」


 驚くクライブに「そうですね」と頷く。

 いままでなんて勿体無いものを見逃していたのだろう。私を見た瞬間のあの表情は反則だと思う。


(でも毎回見るのは心臓に悪いから、たまに見られるくらいでちょうど良いのかも)


 あの顔はとても可愛かったから……。

 と思ってしまったのは、秘密にしておこうと思う。




※Privatterより再録 2023/03/15&2023/10/9

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