たこ焼き変種
近頃の私の趣味の一つに、コンビニのホットスナックコーナーの再現というものがある。
とはいえ、作るのは勿論私ではない。専任の後宮の料理人であるロビンに任せている。私がやっているのは、思い出せる限りの材料の用意とレシピ、主に形状と食感と味の報告である。
生憎と料理は主に食べる専門であったので、レシピはあやふやなところが多い。今の時代には無い調味料などもあり、計画が頓挫することも多々ある。
そんなわけで現在、混迷を極めている料理がある。
(これは一体なんなのだろう……)
本日の試作品だと言われて、おやつ代わりに自室に運び込まれた大皿。それを見て、思わず遠い目になりかける。
目の前にある丸い陶器の白い皿の上には、等間隔で並ぶこんがりと焼けた丸い塊。
見たことのある形である。それ自体は、身に覚えがあった。
(たこ焼き……のタコは手に入らないから、タコ抜きたこ焼きを頼んだはずなのだけど)
目の前に並ぶ丸い物体は、たこ焼き用に特注した鉄板で作った物だと思われる。
ちなみに趣味に関わるものは全て、自分で稼いだポケットマネーから出している。税金の無駄遣いをしているわけでは無いので、特注の鉄板に関しての文句は受け付けない所存だ。
それはともかく、これは事前に想像していた依頼品ではない気がする。
(タコが手に入らないから、合いそうな具材を適当に試して欲しいとは頼んでいたものの)
なぜか等間隔に並ぶたこ焼き(具材不明)は、洒落た見た目に変化して並んでいる。
鮮やかなトマトソースが掛かっていたり、チーズクリームが添えられていたり、バジルとオイルらしきものが掛かっているものもある。それ以外にも謎に辛そうな赤いソースがあったり、タルタルソースだったりと様々だ。
見るからに彩りにも気を遣ってくれているようではあるものの、明らかに私が望んでいたたこ焼きからはほど遠い。頼んだのはフランス料理だったかな?と思いたくなる華やかさ。
(おかしい……私は庶民に親しみ感のあるおやつを頼んだはずなのに)
予想外すぎて内心では慄いている。
見ている限りでは、どれも味の想像がつかない。ただ間違いなく、求めていたたこ焼きでないことだけはわかる。どれひとつとして、まともなたこ焼きがないのだ。
ウスターソースの作り方がわからないから、肝心なたこ焼きソース味がないのが問題なのかもしれない。ロビンには味だけ伝えて再現してくれるよう無茶振りをしていた。故に仕方ないことなのだとしても、予想の斜め上をいく物が出来てしまった。
「お気に召しませんでしたか?」
慄いて見つめていると、運んできてくれた侍女のノーラが不安そうな表情を見せる。
そんなノーラはロビンの婚約者だ。愛しい人が作った物を主人が気に入らなかったら、と心配になってしまったのだろう。
そんな彼女に、目の前のたこ焼きもどきに問題があるとは言えない。私の注文の仕方がまずかったのだとわかっているので、これは半ば自業自得であるのだ。ロビンは頑張ってくれた。はずだ。たぶん。
だから慌てて首を横にゆるりと振ってみせる。
だが、やはり自分の中のたこ焼きの概念がゲシュタルト崩壊しかけたのに耐えきれなかった。全部食べきれる量では無いし、なにより食べる勇気が出せなかったので皿を手に立ち上がる。
「あまりに綺麗だから驚いてしまって。私だけでは試食しきれないので、試してもらいに行ってきます」
そう言えば、私が試食品を持って出掛けるのは珍しくなくなってきていた為、ノーラは安堵を滲ませて送り出してくれた。
訓練広場に向かうべく部屋を出ると、ラッセルが護衛についてきてくれる。
「いい匂いがしますね。期待が膨らみます」
「そう……ですか」
ラッセルは本物のたこ焼きを知らないからか、試食にかなり期待しているよう。嬉しそうに目元を緩ませている。
でも、そうか……つまり知らない人から見たら、これは美味しそうに見えるのか……。
(私には、コレジャナイ感がすごいのだけど)
途方に暮れながら思ったより重たい大皿を両手で掲げ、なんとか訓練広場までたどり着いた。
尚、ラッセルが持ってくれると言ったのを断ったのは自分である。彼の仕事は私の護衛であって、雑務では無いのだから。でも皿そのものも重く、しかも傾けないように努力していたせいで辿り着く頃にはちょっと腕が疲れてしまっていた。
到着するなり、心身の救いを求めて視線を巡らせる。求める人物の姿を見つけると、無意識に安堵の息が溢れた。いつもより少し早い時間だったけれど、既に鍛錬に励んでいたクライブがすぐに気づいて駆け寄ってきた。
「アルト様は何を持っていらしたのですか」
手をふるふるさせている私を見て、急いで皿を取り上げてくれる。
そこに乗っているたこ焼き変種を見て、不思議そうな表情をした。
「私は、何を持ってきてしまったのでしょう……?」
「僕に訊かれましても」
クライブが困惑を顔に乗せる。対する私もきっと混乱していた。
訊かれても、私にもわからないのだ。これはなんなのだろう。たこ焼き器を使用して作られた謎の何かとしかいいようがない。
途方に暮れていると、試作品が登場したと周囲に気づかれたらしい。訓練していた騎士達が手を止め、さりげなくこちらに輪を縮めてきている。
自ら被験者として名乗りを上げてくれるなら有難い。ぜひとも感想を聞かせていただきたい。
「中に入っている具材と、味の感想をお願いします」
困惑を推し隠し、真面目な顔を作って周りを見渡した。私の言葉に近づいてきていた騎士達は目を輝かせる。
あっという間に皿を持ったクライブの姿が群がる騎士に押し潰されて見えなくなった。この光景を見る度に男子高校生の集まりみたいだと呆気に取られる。
しかしすぐに波は引いていき、思ったよりもくたびれた様子もなくクライブが生還してくる。ちゃっかり自分の分を皿に残して生きて帰ってくるあたりが抜け目ない。
クライブは残った一つをやっと口に入れた。だが、咀嚼してから微妙な顔をする。
美味しそう、にはあまり見えなかった。
「どうでしたか?」
思わずコクリと喉を嚥下した。ぎゅっと両の拳を握って問いかける。
「これは……にんじんですか」
「にんじん!?」
予想もしなかったものが入っていた。
ギョッと目を剥いて聞き返せば、クライブが眉尻を下げる。
だがロビンがまずい物を出すとは思えないので、味は悪く無いと思う。確かクライブはにんじんが苦手だったような記憶があるから、個人的にハズレを引いたようなものなのだろう。運が悪かったのだ。気の毒に。
しかしそれでも感想は聞きたい。
「味はどうでしょう?」
「ソースはハニーマスタード、でしょうか」
「そうなのですか?」
「なぜ持っていらしたアルト様が疑問系なんですか」
「私はまだ食べていなかったので」
たこ焼きの概念に邪魔されて口にする勇気がなかったのだ。それでも一つか二つは食べるつもりでいたのに、自分で食べる前に群がられて手が出せなかった、というのもある。
それを聞いてクライブは慌てて周りを見渡したけれど、「私はいつでも食べられるのでかまいません」と言えば胸を撫で下ろす。
むしろ私は皆の感想を聞いてから、覚悟を決めて食べたい。
「今回は未知なる試作品でしたから、心配だったのです」
「だから困った目をされていたんですね。人によっては好きな味だと思いますよ」
「クライブはいまいちだった、と?」
「……にんじんですからね」
呟いて目を泳がせる姿を見て、やっぱりにんじんは苦手なんだな、とちょっとだけ笑ってしまった。
でもそんな弱みを見せてもらえたことが、ちょっとだけ可愛く見えた。
後から聞き取り調査を行ったところ、それ以外のたこ焼きの具材はチーズ、ポテトサラダ、魚、角切りハム、ブロッコリー、アスパラ、トマト、レーズン、リンゴだった。
(もはや、ロシアンルーレットたこ焼きと呼んでも良さそう)
思わず震えてしまう。
何も知らずにいきなりリンゴとかに当たったら、きっと心は死んでいたに違いない。
それにしても、ロビンも作っているうちに迷走を始めてしまったのではないだろうか。野菜率が高いし、レーズンとリンゴとは……いったい……。
ちなみにフルーツ類のソースは蜂蜜とシナモン風味で甘かったそうだ。お菓子枠らしい。
他は濃厚なチーズやマヨネーズ、ピリ辛ソースなどがあり、それなりに美味しかったと聞いてなんとなく味の想像が出来た。それでも慄いてしまった私に反して、概ね騎士達からは好意的な感想をもらえた。
本物を知らないからこそ、受け入れられたのだろう。
更にこの後、試食にあぶれた騎士達に頼まれて、たこ焼き鉄板を近衛騎士宿舎に貸し出した。
そこではミートボールやオリーブ、チョコ味まで登場したと聞いたけれど、こちらも意外にもなかなか好評だったようだ。
(しかし、たこ焼きとは……?)
思わず首を捻ってしまった。
話を聞いて怪訝な顔をする私を見て、鉄板を返してくれながら「美味しかったですよ」とクライブが笑う。
「最後は具材がなくなったので一口カステラになりました。毒味はしてありますから、よければどうぞ」
「ありがとう……?」
クライブは鉄板のお礼に、とたこ焼き鉄板で作ったという丸いカステラの山を渡してくれた。
(というかこれは、ベビーカステラなのでは!?)
周りに粉砂糖がふりかけてあって美味しそうだけど、もはやたこ焼きの名残すらない。完全に別物である。
出来ればまた貸してもらいたいと言われたので、彼らはかなり気に入ったのだろう。もう一枚鉄板を注文して、近衛騎士宿舎に福利厚生として寄付しておこうと思う。
しかしこうなると、どうやらこの国ではたこ焼きは新たな文明を歩き出してしまいそうな予感がした。
となると、私が正規のたこ焼きにありつける日ははたして来るのだろうか……。
※2023-06-24 Privatterより再録




