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仮装大会はご遠慮ください

※『後書き』に雑文追加 2023/5/5-PM6:30


 清々しい空気に包まれた早朝。遠くから鳥が鳴く声が聞こえてくる中、近衛騎士宿舎に到着した。

 今日は休みのクライブが、城下街の朝市に連れて行ってくれる約束なのだ。


(待ちきれなくて迎えにきてしまった)


 久しぶりの街歩きで珍しい物も見られそうで、楽しみすぎて早起きしてしまった。今日はお忍び用の侍女のお仕着せなので、あっという間に準備も整った。

 本当はクライブが迎えにきてくれる予定だったけれど、厩舎には近衛騎士宿舎の方が近いこともあり、無駄を省く為に私から出向いたというわけである。

 ちなみに今の時点で約束の20分前。

 さすがに早過ぎた。

 クライブは朝に弱いので、今頃必死に準備中かもしれない。玄関で待つと焦らせてしまいそうなので、約束の時間まで宿舎の周りをゆっくり散策でもしていよう。

 そんなことを考えて歩いていたところ、やたら騒がしい部屋の前を通りかかった。


「なによ、ブス! アタシの方が美しいわ!」

「アンタこそブスよ! ワタシの美しさに嫉妬しないで!」

「どっちも不細工よ! あたしが一番だわ!」


 空気を入れ替えるために開けられていた窓から、料理の良い香りに混じってそんな声が漏れ聞こえてくる。

 女同士の不毛な争いだろうか、と思いたいところだけど、どう聞いても声が野太い。完全に男性のそれだ。

 しかもここは近衛騎士宿舎。女人禁制の独身男性寮なのである。

 つまり、この声の主達は近衛騎士ということになるのではないだろうか。


(どういうことなの)


 動揺している間にも、窓からは「どっちも人間じゃないだろ」「安心しろ、全員ブスだ」「なんですってぇ!」「むしろなんでそんなに自信があるんだよ」と周りが囃す声も聞こえる。

 ……怖い。

 何が起こってるんだろう。怖い。

 後ろを着いてきてくれた年配の護衛騎士を振り返る。彼は後宮付きの騎士で近衛騎士ではないので、思い当たる節もないらしく途方に暮れた顔をしている。


(そうだよね。幻聴だと思って立ち去ってしまいたい)


 しかし、人間というのは好奇心に弱い生き物なのだ。恐ろしいものが待ち受けている可能性があっても、確かめずにはいられない時がある。好奇心は身を滅ぼすということわざがあるのに。

 そっと窓に近づく。窓の高さ的にちょうど私の顔が覗く。

 更に背伸びをして中を覗き込むと、食堂と思わしき場所には三人のやたら体格の良い女装男性がいた。


「ッ!?」


 その姿を見て絶句した。あまりの光景に、言葉もない。


(……これは、女装と呼んでいいのだろうか)


 女装だとしたら、女装を舐め過ぎている。

 三人とも長髪の鬘をかぶっているけれど、とにかく顔がひどい。顔がひどいと思うのも失礼だけど、しかし顔がひどい。

 端からマンドリルサル、パンダ、口裂け女である。

 人間を辞めて人外に転職してしまっている。


(どうして瞼の上を真っ青に塗ってしまったんだろう……)


 しかも頬は頬紅を大きく丸く塗ってあって真っ赤になっている。マンドリルサル顔負けの原色が目に痛い。戦闘民族の化粧だと言われたら、お洒落に見えないこともないこともないような……

 もう一人は顔を真っ白に塗りたくり、目をぱっちり見せたかったのか目の周りが真っ黒に塗られている。本人は気づいていないのか、それが滲んできて黒い涙を流した形になっている怪奇なパンダだ。

 最後の一人も顔は塗り壁のように白く、眉毛まで消えている。なによりも唇が真っ赤にはみ出して塗られていた。魅惑的に笑ってる顔にしたかったのか、唇を大きくはみ出して大きく塗られていて怖い。口を開いたら小動物くらい丸呑みしそう。

 こうなる前に、なぜ誰も止めなかったのか。

 化け物と化している彼らは意地になっているのか、自分こそが美しいと訴えている。鏡をよく見てほしい。

 見るんじゃなかったという気持ちもあるけれど、それ以前になぜ近衛騎士がこんな奇怪な状況になっているのか、困惑で目が離せない。


「おい、誰か覗いて……アルフェンルート殿下!?」


 あまりにも見入ってしまったからか、覗いているのがバレてしまった。

 侍女のお仕着せであっても私だとすぐに分かったのか、室内にいた騎士がギョッと目を剥く。

 その途端、中で朝食を取っていた騎士達までが慌てて立ち上がって姿勢を正す。女装男性まで、顔を強張らせて直立不動になった。

 化粧を塗りたくって頭に鬘を被っていて、着ているドレスが煌びやかで上等そうなのがまた切ない。しかもサイズは合っているようだから特注のようだ。ややくたびれた感じが伝わってくるから、年季は入っていそうだけれど。

 思わず眉尻を下げた鎮痛な顔でそちらを見ていたからか、食事を取っていたらしいフレディが慌てて駆け寄ってきてくれた。

 どうやら専属騎士のラッセルと、ニコラスもこの時間は鍛錬に行っていないらしい。クライブは、今頃身支度に忙しいのだろう。姿はない。


「殿下、これはその、違うのです!」


 ラッセルが休みの時は護衛をしてくれるフレディが、慌てて弁解する。

 何が違うのかわからないけれど、見られてまずいものだとは思っているらしい。

 虐めではなく、楽しんでやっているようだから別にいいけれど……いや、いいのだろうか?

 仮にも国の花形、エリートの中の精鋭である近衛騎士がこんな有様で許されるのだろうか。私的空間でどんな趣味だろうといいけれど、いやでもせめてもう少し、せめて女装なら完全に極めてくれないものかな。

 

「これはですね、新人歓迎の宴の身内だけの余興の準備でして。一番美しい者が姫役になるので、その選抜をしていたのです」

「一番美しい……?」


 むしろ三人とも姫役が嫌だから、こんな風になってしまったのだろうか。

 それにしては自信を持っている風だったから、やはり本気で争っていたようにも思える。

 途方に暮れる私を見て、フレディも鎮痛な顔をする。


「毎年だいたい誰もやりたがらないんですが、姫役に選ばれるとその功を労って、城下の店の食事券10枚綴りが貰えるんですよ。それで、こうして一部で白熱してしまうのです」

「食事券の為に……」


 近衛騎士は高給取りなはずだけど、家を継げない次男以降が多い。将来、貴族令嬢と結婚したりして身を立てていくには、それなりに蓄えが必要なのかもしれない。節約は大事なのだろう。

 世知辛い事情を聞いてしまい、思わず唇を引き結ぶ。


「殿下から見て、どうでしょう? どれが一番マシだと思われますか?」


 とうとうフレディまで、誰が美しいかではなく、妥協案を尋ねてくる。

 元の顔すら想像出来ない人達を見て、選べというのは酷じゃないだろうか。


(しかも新人歓迎会の余興ということは、新人はこれを見ることになるわけで)


 努力して近衛騎士にまで上り詰め、夢の職に着いたところで憧れの先輩達のこんな姿を見せられるのは、あまりにも残酷ではないだろうか。心が折れる。ボッキボキの複雑骨折だ。

 将来有望な彼らのためにも、この惨状を見捨てることはできなかった。

 だいたい、これが我が国が誇る近衛騎士だなんて、周りにバレたりしたら大恥である。私にだって、この国の皇女としてのプライドというものがある。

 断固、この悪夢のような状況を改善せねば!


「ここの最高責任者はいますか?」

「寮長は不在ですが、副寮長は私です」


 呼びかけに応えて駆け寄ってきてくれたのは、穏やかそうな顔立ちの柔和な雰囲気の騎士だ。


「近衛騎士宿舎が女人禁制なのはわかっていますが、非常事態です。臨時の特別講師としての入室を申請します」

「えっ。あ、はい。どうぞお入りください。汚いところですが……」


 難しい顔をしたまま軽く片手を上げて申請すれば、驚くほどあっさりと許可されてしまった。

 皇女権力なのか、もしくは副寮長もこの地獄絵図をどうにかしたいという藁をも掴む思いだったのか。

 窓から離れて隣の厨房にある出入口から入れてもらい、護衛騎士はフレディに代わってもらってから食堂に足を踏み入れた。

 とりあえず立ったままだった彼らには座ってもらい、食事中の者には気にせず食べるよう促す。問題の三人の前まで赴いて、見上げてからちょっと遠い目になった。

 近くで見ると想像より体格が良くて大きい。更に近い分、粗が目立ってとても怖い。悪夢を見そう。子どもなら泣いてる。

 これらをどうにかしなければならないのかと思うと、ちょっと自信がなくなってくる。


「現状、誰かを選ぶのは難しいです。もう一度改善してからお願いしたいので、手本を見せましょう」


 三人はやや不満そうに見えたけど、なぜそれでいけると思ってしまったのか教えてほしい。やりすぎて麻痺してしまっている気がする。

 気を取り直して、傍に立つフレディを見上げた。


「フレディ。申し訳ありませんが、被験体になってもらいます」

「被験体!?」


 尚、これはお願いではない。命令だ。

 それぐらいしなければ、この三人の亡者は救えない。フレディにはかわいそうだが、生贄になっていただく。


「座ってください。あなた方は、私に化粧道具を貸してください」


 涙目になりかけているフレディを柔和そうな副寮長が半ば無理やりに座らせた。三人を振り返れば、道具は持ち込んでいたのかすぐに一式手渡された。


(用意されているものは上等なものばかりなのに……)


 誰かの姉妹から借りてきたのだろうか。

 良い香りがする化粧一式が、こんな化け物達を生み出してしまったのかと思うととても悲しい。

 まずは化粧水を手に取り、小さく切られたコットンを湿らせる。

 青褪めて強張った顔をしているフレディには、安心させるために優しく微笑みかけた。


「大丈夫。綺麗にしてあげます」

「あまり嬉しくないのですが……」

「新しい扉を開いてしまうかもしれません」

「それだけはものすごく嫌なのですが」

「それでは、そちらの三人はよく見ていてください」


 泣き言を漏らすフレディを無視して、前髪を上げてもらってからパタパタとコットンで顔全体をやさしくパッティングする。

 尚、フレディを選んだのは整っている方だけど平凡な顔をしているからだ。元々顔がいい人より、顔の凹凸が少ない方が化粧映えする。

 綺麗めOLに擬態していた過去があるからナチュラルメイクは得意だけど、やはりコスメカウンターのビューティーアドバイザーのようには行かない。技術が足りない分は、ギャップでカバーする作戦だ。


「いいですか、化粧は厚く塗れば良いというわけではありません」


 しっとりさせた肌に、掌で温めた下地をムラにならないように極薄く塗っていく。

 尚、元々この国の人は肌が白いからほんの少量だ。

 それを見ていた三人は、それだけで良いのかと息を呑む。このメーカーは高級なのに、どれだけ塗りたくったのだろう。後で化粧品を貸してくれたであろう人に激怒されると良い。

 ベースの白粉はコットンではなく、大きな刷毛で軽く肌に乗せる。刷毛で掬った粉を一度自分の手の上で落とし、ふわりと撫でるだけ。

 それだけでビスクドールのようなきめ細かさと艶が生まれた。やはり、これは高い化粧品なのだ。

 真っ白な顔をしている人を横目に見て、思わずため息が溢れる。なんて勿体無い使い方をしたのか。

 眉毛を整え、凛とした雰囲気になるように眉尻まで綺麗に描く。パウダーでぼかして柔らかさも加え、次は目だ。

 髪も目も眉も茶色なので、落ち着いた色が似合うだろう。しかし華やかさを求めて指先に細かい金粉を取り、閉じてもらった瞼全体に乗せる。すると肌の上でキラキラと輝いて美しい。

 ただこのままだとくどくなるので、ベージュの粉で抑え、目の際には茶を乗せて立体感を出す。それだけだとぼんやりしてしまうので、奥二重の切れ長の目尻に焦茶のアイラインを引いて引き締めた。

 次に薔薇色の頬紅を手に取った。あまりに派手なのでベースと混ぜて、手の甲で色を調整してからサッと頬に乗せる。白い肌に血色が乗って、若々しさが出てくる。

 少し鼻筋にハイライトを入れ、影も入れて微調整した後、やはり男性故に目立つ頬骨とエラ周りにも影を落としてぼかした。


(骨格はどうしようもないから、後で髪で誤魔化すとして)


 睫毛はこの世界のビューラーでくるりと上げて、最後に口紅に取り掛かる。

 顔が地味目でナチュラルメイクを目指したからこそ、最後に渋めのブラウン系の赤を選んで唇の内側寄りに筆で塗った。これで色っぽくなるだろう。


「おお……」


 塗り終えると、じっと無言で食い入るように見ていた人が、堪らずに感嘆の声を漏らした。

 ちなみにこの間、僅か10分程度。

 朝の忙しいOLは時間との勝負なのだ。だいたい私はクライブと出掛けるためにここに来たのだから、時間をかけていられなかった。


「鬘を貸してください」


 手を差し出せば、栗色の鬘が脱いで手渡される。貸してくれた騎士の髪はおかげでぐちゃぐちゃだけど、気にする余裕もないほどフレディに見入っている。

 尚、まじまじと見入られてフレディは座り心地が悪そうである。助けを求める眼差しを私に向けてきた。


「大丈夫。あなたは美しいです」


 思わず皇子様然として微笑みかければ、フレディが死んだ魚みたいな目になってしまった。渾身の皇子様スマイルだというのに、失礼な。

 気にせず鬘を被せて手櫛で整え、頬骨を隠す。


 するとそこには、切れ長の瞳がミステリアスな雰囲気を醸し出し、艶っぽくて品のある夫人と言われたら納得できる美女が存在していた。


 元が地味だったから化粧で深みを増した分、普段との落差に周りが感嘆の息を漏らした。一部、見惚れている騎士は人妻が好みなんだろうか。


「これが、化粧というものです。覚えましたね?」


 汚れた手を手拭いで綺麗に拭きながら、やり切った感を出しながら胸を張った。


「素晴らしい!」

「これが、本物の女装……!」


 被験体にされたフレディには、気を利かせた騎士に鏡を渡していた。

 恐る恐る覗き込んで、自分の顔を認めるなり息を呑む。


「これが、わたし……? なんてうつくしいの」


 なぜ急にフレディまでオネェ言葉になってしまったのか。

 本当に新しい扉を開いてしまっていたらどうしよう。強く生きていってほしい。

 尚、三人の化け物達は感嘆と呆然に包まれていたが、不意に悔しそうな表情になると各々がフレディの肩を軽く叩いた。


「今年の姫はアナタよ」

「悔しいけど、今年はアンタに譲るわ」

「そんなに美しいなんて罪よ。姫役、がんばってちょうだい」


 三人の人外も、なぜか最後までオネェ言葉だった。普段の彼らをこれからどんな目で見たらいいかわからない。

 まあ、普段の彼らがどんな姿なのか全くわからない有様なのだけど。


「こんなところで、何をなさってるんですか!?」


 そこでようやく騒ぎを聞きつけたらしいクライブが食堂に飛び込んできた。

 人外と美女に囲まれている私に気づくなり、強張った顔で大股で足早に歩み寄ってくる。


「アルト様になんて醜悪な姿を見せているのですか」


 クライブは人外の姿を見るなり目を瞠り、即座に私の目元を大きな手で覆って視界を遮る。守るように肩を抱き、すぐに部屋から避難させるべく方向転換させられた。

 今更なのだけど、過保護だ。


「大丈夫です、クライブ。今後は改善されそうなので、安心してください」

「改善されるんですか、これが?」


 クライブを見上げてフォローしたら、苦い顔をされてしまった。

 私がチラリと座ったままだったフレディに視線を向ければ、クライブはまだ鏡に見入っているフレディに気づいて絶句した。


「フレディ、なのですか……?」

「今年の姫になるそうです」


 これなら誰も文句は言わないだろう。

 そして未来ある新人騎士の心も守られる。フレディは美しくなって、食事券までゲットできる。万々歳である。

 思いがけず、良いことをしてしまった。

 まだクライブは呆然としていたけれど、準備はできているようなので本来の目的である朝市へと促した。朝限定の商品は早く行かなければ見られないのだから。

 ちなみに私が出ていく時までフレディは鏡を手放さなかったので、よほど気に入ってしまったみたい。



 被験体にしてしまったお詫びと、念の為に彼の未来に備えて、お土産に口紅を買ってきてあげようと思う。





 城下街に向かう途中、二人乗りした馬に揺られながら疑問に思ったことをクライブに尋ねてみた。


「ところで、新人歓迎会では劇でもするのですか?」


 横座りをしているので首を捻って見上げれば、クライブが「劇と言いますか」と説明してくれる。


「狭い室内で貴人を守る場合の演習を、劇っぽく見せるんです」

「思っていたより真面目でした」

「とはいえ周囲に馴染んでもらうための余興でもあるので、ああして悪ふざけが過ぎてしまうこともあるのですが」

「わざわざ姫の役を本格的なドレスを着てするぐらいですからね……」

「あれは何代か前の姫役達の置き土産ですよ」


 先程の人外三人衆を思い出しているのか、クライブが遠い目になる。

 その姿に密かに胸を撫で下ろす。


(よかった。これなら、クライブは彼らに心を動かされてはいないみたい)


 フレディを綺麗にしてしまってから、男の娘を好ましく思うクライブの心をくすぐってしまったらどうしようと心配したのだ。だけど揺さぶられている様子はない。

 安心して頬を緩めたら、クライブも目元を緩めて微笑んでくれる。


「災難に巻き込まれた割にはご機嫌ですね」

「クライブから見て、彼らより私の方が好ましかったようで安心しました」

「なぜ彼らとご自分を比べられたのでしょうか……姫役とはいえ、あれはアルト様を模しているわけではありませんからね?」


 クライブが困惑を浮かべて顔を引き攣らせた。


「それはそうでしょうが、でもフレディは綺麗だったでしょう?」

「一瞬、誰かと思いました」

「可哀想なことをしてしまいましたが、満更でもなかったようなので、お詫びに口紅を買って帰ってあげようかと」

「やめてあげてください」

「でも、新しい扉を開いてしまったように思います」

「それは見なかったことにして、このまま閉じましょう。それが彼の為です」


 クライブに真面目に怖い顔をされたので、そうかな、と思い直す。

 確かに一時の気の迷いなら、後押しするのはやめてあげた方が良いかもしれない。茨の道だし。


「それなら、犠牲にしたお詫びは男らしい物にしましょう」

「アルト様の思う男らしい物ってなんですか?」

「……髭剃りクリームとか?」

「思ったより実用的でした」

「しかしこれでは肌の手入れを薦めるようで、やはり新しい扉を開いてしまうかも」

「駄目じゃないですか」

「そうですね……あれ以上美しくなって、クライブの心を奪われたら困ります」

「どうして僕が心を奪われる危険性なんて感じてしまうんですか」


 クライブが呆れ切った表情で苦い息を吐き出した。そんな他愛もない会話をする内に、城下街の入口まで辿り着く。

 先に馬を降りたクライブが両手を差し出す。その手に身を任せて抱え上げられて地面に降り立つ際、耳元にこそっと囁かれた。


「僕のお姫様は、アルト様だけです」


 そんなことを躊躇いもなくさらりと告げるから、騎士というものは油断ならないのだ。

 


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