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台風とコロッケ

 

 この国に台風は来ないけれど、雨風が強い時はある。

 今日はやけにガタガタと窓が風で揺れた。ガラスに雨が叩きつける音と風が吹き荒ぶ音に包まれると、無性に心細さに襲われる。

 いつもよりずっと空は暗く、屋敷中がどんよりとした空気に包まれている気がした。

 そこでふと思い出したのだ。


(そうだ、コロッケを作ろう)


 作ろう、と思いついたけど作るのは当然ながら私ではない。生憎と私はコロッケを作れるほど料理に長けてはいないので、控えていた侍女を呼んだ。コロッケを作ってほしい旨を料理人に伝えてくれるよう頼む。

 侍女のエリーゼは唐突な申し出に不思議そうな顔をしたものの、「屋敷の人数分を、夜までに」と頼めば嬉しそうに顔を綻ばせた。

 美味しいよね、コロッケ。わかる。


(特に嵐の夜は食べたくなるよね)


 前の生では、なぜか台風が来るとコロッケを食べる習慣があった。

 私だけでなく、台風状況を不安に思ってSNSを覗くと誰かしらが食べていたのだ。誰が始めた文化なのかはわからない。

 とにかく、揚げたてホクホクの茶色の塊は画面越しにも輝いていた。見かけると羨ましくて仕方がない。台風に怯む気持ちが、揚げたてコロッケへの羨望に塗り替えられていく。

 窓の外は暴風雨で、いつ停電が起こるかと戦々恐々としながらも、熱々を頬張るコロッケには癒しを与えられた。冷えていても、それはそれで悪くない。

 コロッケは偉大だ。

 

(心細い夜のコロッケは最高)


 しみじみと昔を懐かしむ。



 かくして出来上がったコロッケを、その日の夜食にとクライブに差し出してみた。

 勿論、私の分もある。

 外はまだ嵐が尾を引いていて、いつもより更に暗く感じる部屋の中には蓄光石の淡い光だけが灯る。

 そんな中、早めに就寝しようとしていたクライブは、私に差し出されたコロッケの乗った皿を見て首を捻った。


「コロッケ、ですか。こんな夜更けに」

「ええ。食べませんか? 私は食べますが」

「こんな時間に?」

「こんな時間に」


 テーブルに並べてお茶まで淹れ出した私を見て、クライブが困惑を見せる。

 なぜ今、コロッケを? という疑問が顔に浮かんでいる。

 普通に考えれば、そうでしょうとも。嵐が来てる時は休める時に休んだほうがいい気持ちもわかる。

 だけど不安と少しの興奮に掻き立てられてなかなか眠れない中、ちょっと一息入れて落ちてきたいとも思ったりする。

 結局、クライブは湯気の立つお茶を見て心が揺れたらしい。私の隣のソファーに腰を下ろした。


「いただきます」

「どうぞ」


 私が作ったわけではないけど鷹揚に頷く。

 自分もフォークを手に、ザクリとコロッケに突き立てた。そうそう、この衣のザクザクした感じ!

 テンションが上がりだす。頬張れば、楽しい食感の中にホクホクの芋が現れる。ちょっと冷めてしまっているけど、ほんのり甘くて優しい味がする。


(これこれ! やっぱり嵐の時はコロッケだよね)


 ビールがあれば最高なのに。今の私は飲めないのが悔しい。しかし、お茶とコロッケの組み合わせもホッとする。

 懐かしくて、こんな時なのになんだかちょっと笑い出したくなる。少し胸がくすぐったく感じられるせいかも。

 やっぱり夜中にコロッケを食べるなんて、とても悪いことをしている気分。だけど嵐の夜だからこそ許される特別感もあって、心が浮き立つ。


「嬉しそうですね」


 すると、私の様子を見咎めたクライブがちょっと呆れ顔をしていた。

 子供っぽいと思われただろうか。いえ、台風のコロッケは大人も嬉しいものだと思うの。


「こういう天気だからこそ、ちょっと嬉しくなることをしたくなりませんか」

「ああ……言われてみると、そうですね。こうしていると、その気持ちはよくわかります」


 呆れていたクライブだったけど、コロッケの最後の一口を咀嚼すると頬を緩めた。

 さっきまでは外の天気を気にして険しい表情だったクライブだけど、今は穏やかに見える。

 ほらやっぱり、いつの時代もコロッケの力はすごい。

 思わず私まで顔を綻ばせる。

 すると。


「それにアルトが嬉しそうにしていると、僕まで嬉しくなるようです」


 クライブが愛し気に目を細めて私を見つめながら、そんなことを言うから。

 きっと嵐の日のコロッケは、人の幸福を引き出す魔法の料理なのだ。



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