隔世遺伝
※シークヴァルド視点
それは休憩時間にアルフェをお茶に誘った時のことだった。
近頃は心穏やかに暮らしているアルフェだが、たまに自分の目で様子を確認しないと心配になる。なにせ、ちょっと目を離すととんでもないことをやりかねない妹である。不自由をしていないかと確認する為に、たまにこうして向き合ってお茶を飲んだりする。どうやら今日は問題なさそうな様子だ。
内心で安堵しつつティーカップに手を伸ばしたところで、適当に結んでいた銀の髪がはらりと肩から流れ落ちてきた。
チラリとそちらに視線を投げ掛ければ、どうやら髪紐が緩んできたようだ。小さく息を吐き出して長く伸びた髪を背に払う。
(最後に切ったのはいつだったか)
かなり前だった気がする。
ここまで伸びてしまうと纏めておけば苦にならない。おかげで髪に関しては関心が低く、今も気づけば腰近くまで伸びていた。
(思うに、ここまで伸ばす必要もなくなったな)
ふと思い至り、向かいに座るアルフェを見る。
ここまで髪を伸ばしていたのは、手入れが面倒だからというのが理由ではあるが、一番は。
(もうアルフェの手が伸びてくることはないのだろうから)
幼い頃に躊躇いがちに髪に向かって伸ばされた小さな手が思い出される。
私が視線を向けたばかりに、すぐに引っ込められてしまった手。
もしもあの時、自分が気づかないフリをしていたら。
それともあの時もっと自分の髪が長ければ、あの手は自分に届いていたかもしれない。
何度悔やんだことだろう。しかし悔やんでも時間は戻らない。だから幼い自分は考えた。
またあの手がもう一度伸ばされた時に備えて。あの子がちゃんと届くように、髪は長い方が良いだろう。
なんて。
(我ながら浅はかな考えだ)
結局あれ一度きりで、アルフェの手が自分に伸ばされることはなかった。そのうち成長してしまい、好奇心に駆られるまま手を伸ばせる年でもなくなっていた。
それでも、もしかしたら、と。
そんな馬鹿なことを考えて、思えば今に至っているのだから呆れてしまう。
今となってはもう髪に手を伸ばされることを期待せずとも、こうして話ができる仲になっている。半ば願掛けのように伸ばし続ける必要はなくなったわけだ。
再び自分の髪に視線を向けると、「兄様」と向かいから声が掛かった。
「私で宜しければ髪を結いましょうか? 三つ編みくらいしかできませんが」
どうやらアルフェに緩んだ髪を鬱陶しく思っていると勘違いされたようだ。
髪を纏めるくらい自分で出来る。だがなぜかアルフェの顔が期待を覗かせているので、「頼む」と髪紐を解いて渡した。
アルフェは紐を受け取ると、いそいそと傍らに陣取った。
その顔は嬉しそうだ。いや、眩しそうと言うべきか。まるで幼い頃に触れたかったものに、やっと手が届くと言わんばかりに。
どうやら妹にとって、まだ私の髪は触れてみたいものであったらしい。
隣に座ったアルフェがそっと髪を掬い上げる。手櫛で整え、ゆったりと髪を編んでいく。真剣な顔つきで、最後は手触りに感嘆の息を漏らす。
そこまで感動するものか?
「兄様の髪は癖もなくてサラサラすぎるので、すぐに解けてしまいそうです」
アルフェは髪紐を結んだものの、最後は少々不安そうな表情を見せた。
「アルフェの髪と似たようなものだと思うが」
「髪質だけなら、そうですね。兄様と似ている、と思います」
色以外、癖のない髪質は確かによく似ている。
あまり似ていない兄妹だけに、似ているところがあるというのは喜ばしい。とはいえ父は癖毛なので、互いの母に似たのだろうが…….。
そう思っていたら、アルフェが「きっと」と口元を綻ばせる。
「私たちの髪質はお祖母様に似たのかもしれませんね。肖像画のお祖母様の髪質は真っ直ぐですから。兄様と似たところがあって嬉しいです」
ちょっと照れたように笑う妹が可愛くて、思わずアルフェの頭に手を伸ばすと髪が乱れてしまうくらい撫でた。




