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09 たぶんこれが、好きってこと


 翌朝、朝食を終えてからセインと連れ立ってハミルトン子爵の屋敷を出ることにした。

 尚、アルはさっそく聞き取り調査を始めるようだ。客室のシーツを回収に来た下女に声を掛けていた。


「私たちが急に泊まったせいで仕事が増えてしまったでしょう。せめて手伝わせて欲しいな」


 そう言って、下女の手からシーツの入った籠を取り上げていた。

 意外に重いはずなのに、安定して抱える姿には驚かされる。男性ならばわかるけど、細い体に見合わず力持ちみたい。


「大事なお客様のお手を煩わせるなんて! いけません!」

「君たちと仲良くなりたい口実だよ」


 当然、下女は恐れ慄いたものの、アルの口説き文句と笑顔に陥落していた。

 一体どこでそんな口説き方を覚えてきたのかしら……。そういえば前夜に「ニコラスの真似をしてみるよ」と言っていたから、アルから見たニコラスがああいう人なんでしょうね。きっと。

 ニコラスは既に動いているのか姿は見えなかったけど、見ていたら絶句したんじゃないかしら。護衛で付き添っていたラッセルは、アルの対応に困って眉尻を下げていた。

 もう一人、昨夜出て行ったフレディは私達が起きた時には帰って来ていた。

 どうやら昨夜はハミルトン子爵に動きはなかった模様。そのことに安心する反面、片付かなかった事に不安にもなる。複雑な気分だ。

 そんな一仕事終えて帰って来たフレディだが、先程、私達が出るのと同時にアルに追い出された。


「フレディはどうせお父様のお目付役で渋々付いてるんでしょう。そんなことなら、それを買ってくるまで戻ってこなくていい」


 廊下で冷たく言い渡されて、紙とお金が入っていると思わしき小袋を押し付けられたのだ。

 演技よね……? 本当に嫌になって追い出したわけではないのよね?

 一緒に屋敷を出たところで、心配になって「大丈夫ですか?」と声を掛けてみた。

 フレディは渡された紙に目を通し、すぐに私を見て安心させるように微笑んだ。アルが押し付けた紙を見せてくれる。

 覗き込めば、『3時まで仮眠と食事を摂ってきてください』と書かれていた。支払いは渡した財布から、とも付け加えられている。

 やっぱり先程の態度はハミルトン子爵家に対する体面的な演技だったみたい。ほっと胸を撫で下ろす。


「体を休めるよう気遣ってくださったのです。監査官と合流して一度仮宿で休みます」

「わかりました。ところで、この最後の行の『にんじん3本』というのは? 暗号ですか?」

「それは、馬のおやつになさるおつもりかと……」


 意味深に書かれた一文に思わず眉を顰めて問いかけたものの、申し訳なさそうに説明されて顔が熱くなった。

 なんでアルは、こんな時に馬まで気遣ってるの!?

 脳裏に眉尻を下げて笑うアルの顔が浮かぶ。一緒に紙を見ていたセインは顔色を変えていなかったので、珍しくもないのだと思われる。思ったよりずっとマイペースな方なのかもしれない……。

 途中、フレディとは街の入口付近の安宿の前で別れた。セインと二人きりになったところで、一度足を止める。

 セインはぐるりと周りを見渡した。街は二、三階建の建物が主で、さほど高い建物はない。ハミルトン領の中では一番華やかな街とはいえ、こじんまりとした印象である。


「街自体はそれほど大きくないな。一日もあれば回れそうだ」

「そうね。それにハミルトン領は元々は後方支援の為にイースデイル領から分かれた場所だから、街自体の動線はわかりやすくなっていると思うわ」


 負傷者や武器、食糧を運びやすくするために入り組んだ道は少ないと思われる。入り組んだ小道ばかりのイースデイル領と違い、歩きやすさが新鮮に感じられる。


「迷って困るほどではなさそうだな。ひとまず商工会に行ってみるか。地図もあるはずだ」


 促されて入口からまっすぐ進めば、広場に市が立っていた。それなりに賑わっている脇を抜けて、比較的大きめの煉瓦造りの建物に足を踏み入れる。

 街の中心、商工会である。

 しかし小さな街だからか、窓口は一つしかなかった。それすら閑散としている。今は元皇女が来訪するということで街に人が多くいるが、普段はきっと静かな街なのだろう。

 壁に貼られた地図を確認してから、セインが窓口に向かった。


「この街で古くから鍛冶屋をしている腕のいい職人がいたら紹介してほしい。武器に強いと更に良い」

「武器屋かい。昔は多かったけどなあ……近頃は受注が減って、農具が主流になったからねぇ」


 窓口にいた人の良さそうなおじさんが渋い顔をする。カウンターの下を漁り、一枚の地図を取り出した。隣に並んで覗き込めば、どうやら街の簡略地図のようだ。


「この辺りに鍛冶屋が集まっているがね。腕のいい武器武器職人となると、ここがおすすめだよ」


 職員が現在地から店までの道を指し示す。

 セインはしばらく地図を眺めてから「助かった」と礼を告げた。行ってみよう、と言われるままに建物を出て目的地に向かう。

 道中で、ふと気になったことを投げかけてみた。


「どうして武器に強い鍛冶屋なの?」


 アルは鍛冶屋としか言っていなかった。セインはなんてことないように、「ああ、それは」と話し始めた。


「以前、俺の剣が欠けた時にスラットリー老が武器の耐久性はハミルトン領の武器が一番優れてるって言ってたんだ。アルも聞いていたから、それを覚えてたんじゃないかと思って」

「スラットリー老がそんなことを……。アルが武器に興味があったなんて意外だわ」


 あのほっそりとした姿からは、武器を持って戦うことが想像できなくて首を捻る。


「使うのはアルじゃなくて、その旦那用だろうな」

「旦那様に?」


 そういえば、アルの旦那様であるランス子爵は近衛騎士だった。

 近衛騎士は陛下から剣を下賜されているはずだけど、それとは別に自分からも贈りたいと思ったの?

 アルの立場なら、飾り立てた美しい剣を誂えることは簡単だと思う。だけどそれを選ばず、無骨でも長く使える丈夫な剣を求めて、わざわざ来たというのならば。


(よっぽど旦那様を愛してるのね)


 微笑ましくて、他人事ながら胸がくすぐったくなる心地だわ。

 そこまで想える相手がいるということに、羨ましさすら覚える。


(……。私も、セインに贈ってみたりして、いいかしら)


 ほら、騎士爵を叙爵したんでしょう!? お祝いに贈ってもおかしくはないわよね? と、とと友達としてよ!

 ……重いかしら。いやでも、大事な友人の無事を祈るならこれぐらいは許されるんじゃないっ?

 内心で思いついたことに狼狽えている内に鍛冶屋に到着した。

 セインは気負うことなく入っていってしまう。慌ててその背を追って店に入った。


「腕のいい武器職人がいると聞いて来たんだが」

「そいつはどうも。今は農具の方が多いがね、武器は先代からしっかり叩き込まれたとも。定期的に打ってるから腕は落ちちゃいないはずだ。注文も受け付けてるよ」


 店主が豪快に笑う。熊みたいな人だ。「見て回っていいか」と尋ねたセインに、もちろんと頷く。

 私もぐるりと店内を見渡す。

 店舗部分はそこまで広くはないが、農具とは分けて武器が壁に飾られている。どれも見た目は無骨なものばかり。しかし造りはしっかりしていて丈夫そう。かつて実戦で一番使われていただけあって、試しに短剣を手にしてみると握り手の部分はしっくりきた。


(うーん。もうちょっと軽いと好みなのだけど……って、私のを選びに来たわけじゃないのよ!)


 セインも武器をじっくり眺めている。その姿を横目に見つめてそわそわしてしまう。「これって、どう?」とか聞いてみるべき? 女性と武器談義ってどうなの?

 よく考えたら、移動時は別として二人きりで初めて出かけた先が武器屋だなんて。色気が欠片もない。年頃の男女として、何かを大きく踏み違えた気がする。

 短剣片手に悩ましげにしていたせいか、店主が声を掛けてきた。


「お嬢ちゃんにはそれはちょっと重いだろう。護身用なら、こういうのはどうだい。俺の親父が造ったやつだから物はいいよ」


 手招かれたので短剣を戻してから近寄ると、小さな木箱の蓋が開かれた。

 中には、小さな折り畳みナイフや用途不明な小ぶりのナイフが並んでいる。


「親父が全盛期の時にはまだ戦時中でね。捕虜として捕まった時に没収されないように、こういうのも作ってみたらしいんだ」


 説明しながら、驚くほど細い折り畳みナイフを見せてくれる。


「殺傷力は低いがね。ちょっとした威嚇程度にはなる。あとは、出先で林檎が剥けたりね」


 店主はお茶目に下手なウインクをした。林檎が剥けるのはともかく、確かに便利そう。


(これぐらいなら、いいんじゃないかしら)


 セインはなんだか危ない任務もありそうだし。隠し持つにはちょうど良さそう。

 差し出されたナイフを手に取る。軽いけど、刃は綺麗に研がれていて鋭く美しい。なんとなく、セインに似てる気がした。

 そう思った時には、口が勝手に動いていた。


「これください」


 ハッと我に返ったら、「まいどあり!」と良い笑顔の店主に言われてしまった。後戻りは出来ない。

 幸い、持ち合わせから払える額。そこまで高価でもなかった。

 これぐらいなら、負担にならない贈り物じゃないかしら?


「何か買ったのか?」


 近寄ってきたセインに意外そうに言われてしまった。

 今を逃したら怯んで渡せなくなるかもしれない。勢いのまま、ままよ、と買いたてほやほやのナイフを突き出した。

 

「あげるわ。お祝いよ。別に深い意味はないわよ。そうね、便利そうだと思ったから? 使ってみて、意見を聞かせてちょうだい。良かったら、私も欲しいし」


 恥ずかしさを堪えた反動で、やたら早口に捲し立ててしまった。しかも可愛くないことを言った自覚もある。

 だけど! 言ってしまった言葉は口に戻せない! なんで私はこんなに可愛い気がないの!?

 いますぐ頭を抱えて床にめり込んでしまいたい!

 そんな私をびっくり眼で見つめていたセインは、差し出されたナイフを見て目を瞬かせた。


「面白いナイフだな。祝ってもらうほどのことじゃなかったが……これは嬉しい」


 セインが珍しく目を輝かせて、ちょっと口元まで緩める。


「ありがと」


 素直にお礼まで言われて、胸がギュッと縮み上がった。ドキドキと心臓がうるさいくらい跳ねてしまう。


(もしかして、こういうの好きだった!? 良かった……!)


 今この時だけ、きっと神は私に味方したのだ。



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