好きなもの
※クライブ視点
事の発端は、近衛騎士宿舎で生活している同僚が話していた会話だった。
「今度、婚約者に会う時に渡す贈り物が決まらないんだよ。毎回花とか菓子とかアクセサリーとか送ってきたけど、ネタが尽きてきた」
頭を悩ませる同僚を見て、横を通り過ぎるつもりが驚いて足を止めた。
「婚約者に会う際、プレゼントは毎回贈るものなんですか?」
思わず食いついてしまった。
「会うのは月に2、3回くらいだし、手土産兼ねて持ってくだろ。……ああ、クライブは毎日のように会ってるから、そういうのはしてないのか」
幼い頃から婚約しているという同僚は、さも常識だと言わんばかりに言った。周りにいた同僚達も「俺も同じ感じだな」と頷きあっている。
言われた僕は絶句した。なぜなら、今まで婚約者となったアルト様に贈り物をしたことがない。否、誕生日祝いや婚約祝いは別にして、日常的には、であるが。
毎日のように顔を合わせる機会があるから、あえて贈り物を用意するきっかけもなかった。とはいえ、周りの常識と照らし合わせると、僕は気遣いもできない甲斐性なしということになるのだろうか。
考えてみれば、アルト様はよくおやつのお裾分けを下さっていた。あまりに自然に分けてくださるから、いつからか自分が準備することを失念していた。
顔から血の気が引いていく僕を見て、同僚達が察したらしい。
「毎日会ってると、毎回贈り物するのも大変だろ。アルフェンルート殿下も気にされてはいないんじゃないか」
「そもそも殿下なら、クライブから贈られなくても欲しいものは手に入る方だし」
フォローに入ってくれる同僚もいる。だが、「駄目だろ」と真面目な顔で諭す同僚が出てきた。
「バッカ、女心がわかってねーな! 婚約者から贈られるものは特別だろ! 俺は婚約者から初めて貰った花冠はドライフラワーにして今も飾ってある」
「乙女か。でも俺も彼女に貰ったハンカチは毎日欠かさず持ち歩いてる。それぐらい特別だってことだ」
「それは僕だって持ち歩いてますが」
「自分は贈り物されて嬉しかったのに、殿下には何も渡さなかったのか? クライブは女心も察せない朴念仁ってことか」
「うわ……殿下おかわいそう」
よってたかって、言いたい放題である。
しかし、一応贈り物らしきものをしたことはある。お忍び先で飲んだり食べたり……いや、これぐらいはエスコートする立場として普通か。他には土産に怪しい干物を買ってあげたり……あれは喜んでいらした、はずだ。たぶん。
ただ、婚約者に贈るもののチョイスとしてはどうなんだろう。何かがずれている気がする。
「近いうちにお好きそうな物を贈って差し上げろよ。言わないだけで、甲斐性なしだと思われてるかもしれないぞ」
年配の同僚に釘を刺され、この場は頷くしかなかった。
しかし、である。アルト様が好む物、と言ってもすぐには思いつけない。
いや、好きなものは知っている。
まず、本が好きだ。しかし手記から統計一覧まで、好みの幅が広すぎて何がいいかわからない。先日は『はじめての家庭菜園』を読まれていた。その前は『害虫駆除における効果的な手法』だ。何を始める気だろうか。あまり考えたくはない。
次は、猫。でも猫に関しては僕が何かをしなくても既に飼われている。
定番の花は、後宮の庭に咲き誇っているし、平民の友人が花屋だからそこでも頼まれているだろう。
あとはなんだろう。煌びやかな宝石は「重くて邪魔になるのであまり好みません」と言われていた。実際、いつもシンプルな物を一つ付けておられる程度である。
男の僕はドレスには詳しくないし、アルト様は家出中に世話になったドレス工房を贔屓にされている。こちらも僕の出る幕ではない。
珍しい菓子を好まれるが、専任の菓子職人を抱えていて間に合っている。後宮の菓子職人に敵う菓子など王都とはいえ、そうはないはずだ。
思いつく側から、脳内で駄目出しが入る。
その日は一日中、散々悩んだものの答えは見つからなかった。
こうなったら、本人に直接尋ねたほうが早い。
だから朴念仁なのだと同僚に言われそうだが、希望を聞いた方が失敗はない。
なにせ、お忍び先のマルシェで木彫りの熊を見て、「魚を咥えていたら完璧だったのに」と残念がるような方だ。センスが難解すぎて正解などわかるわけがない。
翌日、いつものように医務室から私室へ送る際に意を決して尋ねてみた。
「アルト様のお好きなものはなんですか?」
唐突な問いかけに不思議そうに青い瞳が瞬く。僅かに首を傾げ、答えはすぐにもたらされた。
「本と猫です」
「それは知っています」
「あとは、気になる菓子の注文、でしょうか」
「それも知っています。それ以外では?」
「それ以外……?」
予想通りの答えすぎて、間髪入れずに重ねて聞いてしまった。
対するアルト様は口を引き結び、眉尻を下げた。一体なんなんだ、と思われていそうだ。
しかし数秒の沈黙の後、なんだかやけに納得したような顔をした。そして呆れた表情をした後、小さく笑みをこぼすと僕を見つめた。
「クライブが好きです」
これが言わせたかったのだろう、と言いたげに三日月型に目が細められる。
肝心な欲しい情報は得られなかった。けれど、それ以上に欲しい言葉をもらってしまって。
息が止まる。
胸が詰まる。
思わず伸ばした手で強く抱きしめてしまったのは、仕方がないと思う。
こうなったらベタではあるけれど、明日にでも101本の薔薇でも贈ってみようか。
『これ以上ないほど、愛しています』




