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冬の風物詩

 

 近頃はクライブと、彼の仕事が終わってから10分程度、後宮内の一室を使用してダンスの練習をしている。

 なぜ10分かというと、ほぼ毎日続けても心身共に負担にならないよう配慮しての時間である。週に一度一時間やるより、毎日の方が体にリズムが馴染みやすいだろうし。

 なにせクライブは、ダンスのステップ自体は完璧なのだ。ただ音楽に合わせられない。かつ、ダンスのセンスが独特すぎて、予想もしないリードをされたりするのが問題になっている。なまじ運動神経が長けているだけに、感性が問題なことを突きつけられるダンス練習はクライブの心が複雑骨折するらしい。


(私の足を踏んでしまうのも、余計にショックなんだろうな)


 尚、踏まれることを見越して私は靴だけ鎧をつけている。元々は友人のリズとのダンス練習用に用意したものだけど、今となっては対クライブ専用と化した。おかげで無傷。

 だから気にしなくても良いのに、女性の足を踏むこと自体、自分を許せないらしい。騎士の習性は難儀だ。

 踏む度に「申し訳ありません」と引き攣り、しょぼくれる姿は打ちひしがれる大型犬を思わせる。近頃は始める前から笑顔は消えて強張る始末。おかげで段々と不憫に思えてきた。

 そもそもダンスの相手が目立つ立場の私でなければ、ここまで特訓する必要もなかったのだから……。

 というわけで、今日は練習を始める前にひとつ耳打ちしてみた。


「今日の練習が終わったら、私の部屋でとても良いことをしましょう」

「アルト様の部屋で、良いこと、ですか」

「今日はメリッサが休みでいませんから、絶好の機会なのです」


 だから、頑張りましょう。

 笑いかけるとクライブはなぜか困惑した表情になった。だけど覚悟を決めた顔でコクリと強く頷く。

 その後はなんだかいつもよりやたらと固かった気がしたけど、反面、慎重だったからか足は踏まれなかった。初めての快挙では!?


(やっぱり、ご褒美の力は偉大だよね)


 やりたくないことをやる時は、やる気を出させる為にご褒美を用意するといい。

 前の生で仕事の繁忙期に挫けそうな時など、よく自分にご褒美を用意したものだ。別に高価なものでなくともかまわない。ちょっと高いアイス、コンビニの新作スイーツ、奮発して高級店のチョコレート、カフェの期間限定メニューなど。

 だから今日は、とっておきを用意してある。仕込みは完璧。私も今から楽しみで堪らない。

 上機嫌でダンスの練習を終えると、クライブを伴って自室へと歩き出した。

 なんだかクライブが緊張した面持ちに見えるけど……そういえば、クライブを自室に呼ぶのは初めて。

 否、私が兄を庇って倒れた時に、兄が私を見舞う際の護衛として実は同伴していたらしい。けど私の記憶に薄い。あの時はそれどころではなかったから仕方ないと思う。

 なんてことを考えている内に、部屋に到着した。私の姿を認めた衛兵が、すぐに扉を開けてくれる。

 そして開かれた扉から、とても良い香りが漂ってきた。鼻をくすぐる香ばしい香り。

 やっぱりコレだよね。寒い時期のお楽しみ!


「あの、アルト様……部屋から、大変良い匂いがしてくるのですが」


 嬉々として入った私の背に、困惑に満ちた声が投げかけられた。

 驚いた? 驚いたでしょう。これぞ私のとっておき! わざわざ産地の気候まで考慮して、厳選された物を取り寄せておいたのだから!


「ええ、上手く焼けたようで良かったです」

「……僕の勘違いでなければ、焼き芋の匂いに思えます」

「その通りです。とっておきの紅芋です」


 匂いの元である暖炉に近づきながら、振り返って頷く。

 侍女のノーラに手渡された作業用手袋を嵌めて、火かき棒を手に取る。

 いざ! 焼き芋を発掘!


「僕がやりますから! 普通、こういったことは侍女の……いえ、厨房の仕事でしょう」

「厨房から運ばれてくるのは冷めてしまっているではありませんか」


 あと、侍女とはいえ令嬢に焼き芋回収させるのは私の皇子精神が咎める。ラッセルもいるけど、彼は護衛が仕事であって雑務を頼むのは筋が違うし……

 それに私は焼き芋を回収する行為がワクワクするから好きだ。そうとわかっているから、誰も私の行動を咎めない。

 しかし今日はクライブに火かき棒を取り上げられてしまった。おとなしく下がって焼き芋が救出されるのを見守る。

 セインもよくじゃがいもや紅芋を持ち込んで焼いていた。メリッサがいる時は「アルフェンルート様のお部屋を焼き芋の匂いまみれにするとは、どういうおつもりですか!」と叱られるから、いない時だけのお楽しみだったけど。

 アルミホイルがないから、濡らした紙に包んだだけで火のすぐ傍で蒸らした物だから、一部派手に焦げついてしまった。でも良い感じに焼けている。

 灰を綺麗に払った芋を籠で受け取り、思わず笑顔が溢れてしまう。

 この出来立ての香ばしい香り! やはり焼き芋は出来立てが一番!


「とても良いことというのは、この焼き芋のことでしたか?」


 だけど、なぜだろう。焼き芋を取り出したクライブの顔はなんだか少しがっかりしているように見える。

 はっ! 甘くない方が良かった? じゃがバター派!?


「気に入りませんでしたか? じゃがいもの方がよかった、と?」

「いえ、種類の問題ではなく……予想と違ったので、驚いただけです。ですがこの方がアルト様らしいな、と」


 ここでやっとクライブは肩から力が抜けたのか苦笑した。しかしなんだろう、私らしいとは。

 もしや、芋臭い娘(物理)だと!?

 間違いではないから反論はしないでおこう。芋臭くて結構。おいしいは正義。それに。


「兄様もたまに焼かれたりなさるでしょう?」

「なさいませんね」

「なさらないのですか? 暖炉があるのに!?」

「アルト様は、兄君が焼き芋をするところを想像できますか?」


 苦笑いで言われて、ないな、と即座に思ってしまった。すごく似合わない。脳が予想図すら拒否する。

 でも似合わないけど、やってみたら楽しいと思うんだよね。私たちの食事は毒見されて冷めているものばかりだから、あたたかい焼き芋はご馳走と言っていい。

 よし。今年の兄様への冬の挨拶品は紅芋とバターにしよう。身近な人にその姿を見られるくらいはセーフでしょう。


「今度、兄様にお贈りするのでクライブは焼くのを手伝ってあげてください」

「似合わないと思っても臆さずに贈られるところが、やはりアルト様ですね」


 褒められてる気はしなかったけど、私を見るクライブは微笑ましい眼差しだ。なんだかちょっとくすぐったい。落ち着かない。

 すごく大事に思われてるみたいな。そんな目をされると、干からびていた心にじんわり沁みる。

 この瞬間が、いつも幸福を感じさせてくれる。私も同じだけ返せていたらいいのだけど。

 だからとりあえず、今は。暖炉前に屈み込んだままのクライブに手を差し出した。


「兄様の分は後ほど手配するとして、温かい内に半分こにしていただきましょう」


 こういう些細な日常に、幸せがあるんだと思わせたい。

 そして出来ればこんな日が、今日も。明日も。明後日も。

 続いてくれたらいいと、願ってる。




あけましておめでとうございます2022

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