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メリッサと皇子様

※メリッサ視点

 

 強くありたいと思っていた。

 私を守ろうとしてくれるアルフェンルート様を、私もお守りしたくて。

 自分の愛らしいと称される容姿を最大限に利用して、笑顔を武器にして人の心に入り込み、後宮の侍女や衛兵、外では似た年齢の令嬢達をも取り込んだ。神経質にならざるをえない主の心を、少しでも守るために。目に見えなくとも、強く。強く。

 ただそれでも、どうしても私の容姿が通用しない相手はいる。


 虫である。


 とくに、八本足のアレ。

 どうしても、アレだけは受け入れられない。克服できない。

 いえ、実は克服したつもりでいた。ただ、やはりサイズ的に無理なものは無理だと、思い知らされてしまった。

 今朝は寝起き早々、寝室で着替えている途中でソレに遭遇した。見たことないサイズだった。目が合って数秒、悲鳴すら上げる余裕もなく、なんとか侍女のお仕着せに袖を通すと脱いだ寝巻きはそのままに寝室を飛び出してしまった。

 アレが逃げないようにしっかりと扉を締め、居間の代わりの部屋で震えながら身支度を整える。そしてなんとかいつもと変わらない表情を取り繕ってから、アルフェンルート様の元へとやってきた。

 つもりだった。


「メリッサ、顔色が悪いね。体調が悪い?」


 しかし一目見るなり、アルフェンルート様は怪訝な表情になられた。よく人を見ておられる方なのだ。


「今日はもう無理しないで、部屋に帰って休みなさい」

「出来ません!」


 アルフェンルート様の配慮を、思わず全力で拒否してしまった。

 だって部屋に帰ったら、私の恐怖心の根源と同室で過ごすことになるではありませんか! 無理です!

 アルフェンルート様は驚かれて息を呑むと、すぐに困惑して眉尻を下げた。


「どうしたの。何かあった? 言ってごらん」


 今では男装される頻度も少なくなり、今もドレス姿である。とはいえ、アルフェンルート様の私に対する態度はこれまでと変わらない。話し方も態度も、今まで通りの皇子様然とされている。


「たいしたことではございません」

「メリッサがそこまで取り乱すなんて、大したことないとは思えないよ」


 深い青い眼差しが、心配そうにこちらを伺う。呆れて言われたのなら突っぱねることもできるけど、そんな顔をされるとやはり弱い。


「本当に大したことではないのです。ただ、部屋にクモが現れまして……そのままにしてきてしまって」


 白状する自分の声が情けない。恥ずかしい。こんなの、笑われても仕方がない。

 ぎゅっとエプロンの裾を握りしめてしまう。しかし、アルフェンルート様は笑うような方ではない。


「衛兵に頼まなかったの?」

「現れたのが寝室でしたので、まだ……寝巻きが、そのまま置いてある状態なのです」


 これでも一応、嫁入り前の伯爵令嬢でもある。衛兵とはいえ、男性に寝乱れた寝室に入られるのは恥ずかしすぎる。


「他の侍女達は……、私の食事の準備中だね」


 アルフェンルート様の周りは必要最低限以下の人数で構成されている。正しく皇女となられてからも、人を増やすことを好まれないので、朝は今まで通りの私付きの侍女が主に裏方を担当している。

 到底クモ退治など、頼める余裕はない。

 アルフェンルート様はなにやら納得した顔になると、立ち上がって寝室へと消えた。どうなさったのかと思って黙って待っていれば、男装時の礼服用の手袋を嵌めながら出てきた。

 そして私の顔を見るなり、頷く。


「じゃあ、行こうか」

「まさか、アルフェンルート様が退治なさるおつもりですか!?」

「衛兵を淑女の寝室に入らせるわけにはいかないし、はやく行かないとどこかに逃げてしまうでしょう」

「そんなことしていただかずとも、自分でなんとかしますから!」

「出来るならそんな顔しないでしょう。クモぐらいなら慣れてるからいいよ。よく猫に貰ったこともあるからね。ネズミよりマシだよ」


 なんてことないと言うように、アルフェンルート様はさっさと部屋から出て行かれてしまう。

 自分のことは自分でなんとか出来るように育てられたからか、アルフェンルート様は王族らしからぬところが多々あられる。

 慌てて追いかけたものの、私の部屋はアルフェンルート様の元にすぐ駆けつけられるよう、同じフロアのすぐ側である。乳母だった母と使っていた部屋から変わっていない。あっという間に辿り着いてしまった。


「少々失礼するね」


 律儀に一言断り、アルフェンルート様は迷わず部屋に入っていく。まだ居間はいい。問題は奥の寝室である。


「あの、本当に大きかったので! ご無理はしていただかなくとも良いのです!」

「無理なら寝巻きだけでも畳んでくるよ。そうすれば衛兵も入れるでしょう」


 アルフェンルート様は意にも介さず、「まってて」と告げて寝室に入られる。その頼もしさ、背中は細いのに皇子時代とまったく変わらない。


「これはすごい。アシダカだね。立派だ。……はい、捕まえた」


 寝室から聞こえてくる声は、とても呑気なものだった。讃えておられる場合ですか!?

 恐怖心に勝てず、そっと顔だけ寝室に覗かせる。振り向いたアルフェンルート様は、こちらを見て安心させるように笑った。


「ちゃんと捕まえておくから、窓を開けてくれる?」

「はい!」


 アルフェンルート様の手の中にアレがいるかと思うと! 申し訳なさと恐怖といろんな感情が溢れてくる。

 急いで寝室の窓に駆け寄って全開にした。「ありがとう。少し避けていて」となぜがアルフェンルート様がお礼を言われる。


「これだけ大きいなら、いままで害虫駆除を頑張ってきてくれたのだろうけど……淑女の部屋に無断侵入は許されることではない」


 真面目な顔をしながら、アルフェンルート様はクモを捕まえたままの両手を窓の外に出す。


「よって、これまでの功績も考慮して、後宮より追放処分とする」


 判決を言いながら、手を開いてポイっとクモを外に捨てた。2階の高さとはいえ、たぶんクモにとってはたいした衝撃はないだろう。


「終わったよ」


 空になった手を軽く叩いた後、振り向いたアルフェンルート様は清々しい微笑みを浮かべた。


「申し訳ありませんでした。ありがとうございます」

「命をかけるほどのことでもなかったし、たいしたことじゃないよ」


 そして時々、懐が大きすぎる。


「メリッサが困れば、私は私の持てる力を全て使って助けるよ。必ず」


 躊躇いもなく、当たり前だと言わんばかりにこういうことを言われるから。実際に、本当に命まで懸けて守ってくれようとするだろうから。

 私は強くなったつもりでも、まだアルフェンルート様に及ばないと思ってしまう。

 かっこよくて優しい、ちょっと困ったところもあるけど私の大切な主。

 おかげで私の中ではいつまでも、アルフェンルート様は理想の皇子様のままなのです。



2021-12-12 Privetterより再録

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