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兄弟の会話

※シークヴァルド視点

 

 自分の顔立ちは絶世の美貌を誇ると言われた母譲りだ。

 とはいっても、歳を重ねるにつれて女々しさは無くなった。そのことに内心では喜んでいたが、子供特有の柔らかさも抜けていくと、近寄り難いほどの冷たさを感じさせるようになってしまった。

 元々は置かれた立場が微妙だったから遠巻きにされていたが、今となっては大半がこの容貌のせいで令嬢から避けられているように見受けられる。

 アルフェには、


『兄様の隣に立つには、相当の覚悟と勇気が必要ですから……』


 と、令嬢達からなるべくなら隣に立ちたくないと思われていることを気遣わしげに遠回しに言われた。

 ちなみに告げた当のアルフェは、人目の多い場ではさりげなく私の傍に並ぶ。私が目立つ分、自分が目立たなくなると知っているからだ。

 堂々と兄を利用するあたり、アルフェの神経は時々鋼になる。なかなかいい度胸をしていると内心では思うが、強かな方が兄としては安心できる。甘んじよう。


 それにしても、問題は婚約者候補達である。


 立場的にある程度は絞られてきているが、やはり生涯を共にする相手となれば少なからず人となりも知っておきたいところだ。

 しかしこちらから令嬢に話しかけても、固まられるか、目を逸らされるか、ひどい時はなぜか息を止められて目眩を起こした相手に倒れられそうになる。

 笑ってみせれば多少はマシになるかと思えば、小さく悲鳴を上げられたこともあった。震えられて、会話にもならないことも。まだ全員とは話してないが、今のところは人となりを知れる段階にない。

 ここまでくると、うんざりするのを通り越して途方に暮れる。

 父には『その顔をなぜ活かせない?』と訝しげに言われたが、この顔は役に立つ時と立たない時の差が激しい。

 思わず溜息が溢れてしまう。


「お疲れですか? お邪魔をして申し訳ないことをしました」


 中庭で収穫したという焼き栗を持ってきたアルフェを執務室に迎え入れ、人払いをして休憩を入れていたところだったので気が抜けていたらしい。

 目敏く私の様子を察したアルフェが、眉尻を下げて申し訳なさそうにする。お詫びのつもりか、手慣れた様子で切れ目の入った栗を器用に剥いて差し出してくれた。

 今となっては、こうして躊躇いなくお茶が飲める程度には兄妹をやれている。会話も滞らない。


「そういうわけではない。……思えば、アルフェとは最初から問題なく会話ができていたな」


 再び栗を剥き始めた自然体のアルフェを見て、ふと思いついたことを述べる。以前はもっと緊張して強張っていたが、それでも会話にはなっていた。

 彼女達との差はなんだというのだろう。

 兄だから、異性として見られていなかったから、というのは勿論あるだろう。だが、それだけでもなさそうだ。アルフェに対しては多少なりとも気にかけていたが、それでも私はけして愛想の良い方ではない。

 アルフェは栗を剥いていた手を止め、まじまじと私を見つめた。いきなりなんの話かと考えているのか、数秒固まった。だが私の置かれている状況に思い至ったようだ。

 ちらりと部屋を見渡して、私とアルフェ以外はクライブとラッセルしかいないことを確認して口を開いた。


「それは元々、兄様の中の私の評価が最底辺だと思っていましたから。それ以上嫌われないためには、話してみた方がまだ良い方に持っていけると思っていたからです」


 アルフェは当時を思い出しているのか、少し困った顔をした。


「きっと緊張して話せなくなるのは、相手を失望させたくないと思うからです。気に入られたくて、でも兄様に何を言えば良いのかわからなくて固まってしまわれるのではないかと」

「固まられる時点で、こちらは残念な気持ちになるが」

「兄様の皇太子というお立場への畏れ多さもありますから、多少の躊躇いは譲歩してあげてください」


 アルフェが言いたいことは理解出来る。躊躇いが多少で済んでいるかは別として。

 しかし、だ。


「ならばもし、この先私とまともに話せる相手が現れたら、それは相手に意識されてないことにならないか?」


 話せる相手が現れても、今度は男として見られていないということになるのでは? 例えば、アルフェの友人のエリザベス嬢のように。

 彼女の場合は、多分『友人の兄』という認識が強いからだろう。だが、そのフィルターがない令嬢の場合は?

 じっとアルフェを見つめると、アルフェが気遣わしげな眼差しに変わる。


「それは覚悟が決まっているだけの方では……その時は素直に喜ばれてください、兄様」

「そうだな」


 散々、彼女達の対応を見てきたせいか疑心暗鬼に取り憑かれたようだ。やはり疲れていたのかもしれない。

 苦く笑い、口の中に栗を放り込む。素朴な自然の味は、やさぐれた心を優しく慰めてくれる。

 そんな私を見て、アルフェはせっせと栗を剥くのを再開する。剥いては皿に積み上げていくので、遠慮なく頂いていくとついに恨みがましい目を向けられた。


「兄様。私の分も残してください」


 悔しそうな眼差しも、引き結ばれた唇も、今となってはちゃんと兄妹という間柄だからこそのものだ。だから少し揶揄いたくなった。


「今のアルフェは、私に対して躊躇いがないな」


 もう緊張しなくてよくなったのだろうか。

 深い青い瞳を窺えば、アルフェは察したのかちょっとだけ笑ってみせた。


「私がなんであっても、兄様は私の兄様でいてくださると信じていますから」


 その向けられる信頼がこそばゆくて、「そうか」と頷く自分の口元も緩んだ。




 ***


 尚、このしばらく後に私と真っ当に会話ができる希少な婚約者候補が現れるわけだが。

 当初は私の嫌な予想通り、全く相手にされていなかったことだけは、アルフェには知られたくない話だ。



2021-11-12 Privetterより再録

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