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城内デート


 休みの日にアルト様と会うことがあるが、ほとんど城内で過ごす。生まれ育った城といえど、今まで必要最低限しか出歩かれていなかったので普段行かない場所は新鮮らしい。

 お気に入りはやはり人気の少ない静かな場所だ。周りの目を気にしないでいられる方が素の表情を見せてくれる。

 おかげで僕の理性は日々鍛えられていく。

 一見、二人きりではあるが密かにラッセルが護衛でついている。アルト様の侍女のメリッサ嬢も後宮内では控えている。ある程度は見ないフリはしてくれているが、それ以外も特に後宮内だと巡回の衛兵が通ることもある。それもやけに多い回数で通ることがある。

 けして油断はできない。


 今日は後宮内の庭園に招待されていた。案内されたベンチは近頃強くなりつつある昼の日差しをちょうど木陰が遮る。

 先にアルト様を座らせてから、一言断って間に一人分の間隔を空けてベンチに腰を下ろす。すぐに付いてきていたメリッサ嬢が昼食が入っていると思われるバスケットを間に置くと、今日は視界に入らない場所まで下がっていった。


「クライブ。お願いがあります」


 その状況で、このセリフだ。


「今日ここですることは、二人だけの秘密にしてほしいのです」


 アーモンド型の深い青い瞳にじっと見つめられたら、一瞬息を呑む。

 ちょっと期待に心臓が跳ねてしまうのは、仕方がないだろう。ドクドクと脈打つ心音をいつも通りの表情で覆い隠せてるだろうか。


「周りを心配させることでなければ、秘密にするとお約束しましょう」

「私をなんだと思っているのですか。困らせることではありません」


 理性を総動員して応えれば、アルト様が唇を引き結ぶ。

 しかしすぐに口元を綻ばせた。「約束ですよ」と釘を刺しながらいそいそとバスケットを開く。よほどバスケットの中身を楽しみにしていたと見える。

 すぐに中から取り出されたのは、紙に包まれた物だ。掌より少し小さいサイズのそれを、まず僕に渡してくれた。

 まだ温かさが残っていて、いい匂いが鼻先を刺激する。アルト様自身も嬉しそうに包みを手に取って開くと、出てきたものを見て溢れんばかりの笑顔を見せた。


「今日のお昼は、お肉サンドなのです!」


 言い放たれた言葉に、一瞬呆けそうになってしまった。

 自分も開いてみたが中身は同じだ。丸く焼かれたパンに目玉焼きと厚切りの焼いた肉が挟まっている。

 それ自体は珍しい物ではない。形状は楕円や四角のパンが多いが、労働階級の間では手軽に食べられると人気だ。僕も忙しい時などはこういった物で済ますことがある。

 だが、アルト様には珍しいものだったのだろう。

 しかしこの食べ物の一番の問題は、食べ方にある。


「待ってください! 齧る気ですか!?」


 当然、この料理の利点は手軽さだ。それ以外ない。しかし皇女が? ナイフも使わず、直に齧る気だというのですか!?

 ぎょっとして止めれば、アルト様は大きく頷いた。


「もちろんです」

「お行儀が悪いです」

「だから人払いもしましたし、秘密にしてほしいとも言いました」

「ですが……!」

「クライブ。城下でこれを食べ歩かなかっただけ、私はえらいと思いませんか」


 今にも齧り付きそうだったのを止めたせいか、アルト様が恨めしげにみてくる。

 そういえば、この方は城下で過ごしたこともあるのだった。


「こっそり城下で食べられなかったのですか?」


 懐かしく思って食べたくなったのかと思いきや、そうではなかったみたいだ。首を傾げればアルト様が眉尻を下げて、思い出すように遠い目をされた。


「……実はあの時は、ちょっとお金が足りなくて」


 そして零された内容は胸にくるものがあった。「食べてみたかったんです」としみじみ言われると、これ以上は何も言えない。


「もちろん、こんな食べ方はクライブの前でしかしませんから」


 そしてとどめのようにそんな言葉を言われてしまったら、見逃すしかないじゃないか。

 しっかり直に齧り付いて満足そうな顔をしているアルト様を見れば、ここは気を許した相手しか見ていないのだからいいかと思えてしまう。

 そうして昼食を終えれば、普段ならば散歩をしたり、のんびり会話をして過ごす。


「今日はこれからどうされたいですか?」


 生まれ育った場所ではあるが、城内にあまり詳しくないアルト様だ。いつもなら気になる場所を伝えられるので、散策がてらお連れすることが多い。


「まずはクライブ、脱いでください」


 すると人払いがされたままの今日に限って、ベンチに腰掛けたままアルト様がとんでもないことを言い出した。


「は、……はい!? 脱ぐんですか!?」


 驚きすぎて口から心臓が飛び出るかと思った。

 僕に、脱げと? なぜ!

 ちなみに休みであっても、城にいる時にアルト様と会う際は近衛騎士の制服だ。護衛をしていると周りに知らしめる抑止力であると同時に、以前アルト様が「近衛の制服はかっこいい」と言われていたからでもある。

 そして一番は、僕の理性を保つための武装だ。

 しかしそんな心の武装は一気に決壊した。心臓がばっくんばっくんと一気に速度と脈打つ強さを増す。驚愕して見据えれば、同じように僕を見つめるアルト様と目が合った。

 アルト様は小首を傾げ、伸びてきた指先がそっと僕の袖口に触れる。

 まるで誘うような、それ。


「脱がないと出来ないでしょう?」


 耳に届く言葉に胸の奥を掻き回されるかのよう。いや、でもそんな、早すぎる。だが人払した上に、今日ここですることは秘密だと事前に言われていたことを思い出して頭の中がぐるぐるしてきた。よからぬ事が脳裏に浮かびかけて動揺が止まらない。

 だが、待て。落ち着け。

 離れているとはいえ、ラッセルとメリッサ嬢は見ているはずだ。それにここは年長者として、まだ早いと諌めるところ。男として育てられていても、アルト様は本当の男の衝動や欲などよくわかっていない。

 緊張と焦りで喉の奥がカラカラに乾いていきそうなのを、喉を急いで嚥下させて潤す。


「アルト様、簡単に脱いで欲しいなどと言ってはいけません」


 厳しい顔を作って言い諭せば、アルト様は驚いた表情をする。そしてすぐに眉尻を下げた。


「近衛騎士の制服を纏う事が誇りであるとはわかっています。ですが私の腕では、着たままだとクライブまで刺してしまうかもしれません」

「あの……刺してしまう、とは?」


 脱がないなら刺すと脅されているのか!? なんて馬鹿なことを思いかけた僕を見て、アルト様は困り眉のまま僕の袖口のボタンを引っ張った。


「ボタン、緩みかけているようだから今日直すつもりでいたのですが」

「それは、初耳です」


 聞いたか? 聞いていないはずだ。

 思い返せば昨日、今日の約束をする時に「クライブは明日も近衛の制服ですか?」と聞かれた覚えはある。それには「はい」と答えた覚えしかなかった。

 アルト様は「ならば大丈夫ですね」と言われただけのような。

 つまり、ボタンを付け直してくれるから、制服を着てこいということだったと? 言葉が足りなすぎるッ。

 そして完全におかしな誤解をしかけた自分が恥ずかしいことこの上ない。恋をすると人はこんなに馬鹿になるのか……ッ。


「誇りを持っているなら尚の事、身嗜みは大切です。さあ、脱いで貸してください」


 有難いことにアルト様は僕の羞恥に気づいた様子はなかった。

 それだけが救いだ。

 バスケットから準備されていた裁縫道具を取り出して、手を差し出してくる。

 そういう事情であれば、もちろん脱ぐことに躊躇いはない。上着を脱いで、「では、お願いします」と渡した。

 ……いや、渡してどうするんだ!?

 相手はアルト様、つまり皇女だ。しかも男として育てられた方である。

 針仕事を頼むなんてどうかしていた。近衞騎士寮に侍女はいないが男の小間使いはいる。頼んでおけば、専門の侍女が直すよう対応してくれるというのに。

 僕はまだ大概動揺していたのだ。

 しかし気づいた時には遅く、上衣はアルト様の手に渡っていた。既に糸を通された針を持って準備万端である。

 付けてくださるとは言ったけど、きっと危なっかしいものに違いない。しかし好意で言ってくださってるのを今さら止めるのも憚られる。

 息を詰めてボタンを付け直す様を見守るしかない。


「……。とても、お上手ですね」


 はらはらする僕の予想に反して、ボタンはあっという間に付け直された。そこに歪みも緩みも見えない。

 思わぬ特技に呆気に取られてしまった。


「これでも手先は器用な方です」


 アルト様は生地から目を離すことなく、あっさりと言ってのける。

 ボタンは一つに留まらず、服に付いていた全てのボタンも点検していく。他に緩んでいたものを見つければ付け直す。その目と手の正確さは職人技と言って良い。

 そういえば、家出中は針子をしていたのだった。とはいえ、ここまでの腕とは思っていなかった。貴族の令嬢のように刺繍をしている姿しか想像できなかっ……否、それすら想像が難しい。

 以前ハンカチを贈られたが、簡潔な頭文字だけの刺繍とはいえアルト様が刺したというのも、実はうまく想像出来ていなかった。疑っていたわけではないけれど、もっとたどたどしい様子を考えていた。


「すごいですね。アルト様は苦手なことはないのですか?」


 不思議な知識もあり、僕から見れば魔法のようにボタンも付けていく器用さを見ていると、この人に出来ないことなんて実はないのではないかと思えてくる。

 ……僕が隣に立つ資格があるのかと、情けなくも不安が僅かに滲み出す。

 それを感じ取ったわけではないだろうが、アルト様は顔を上げた。何を言ってるのかと言いたげな呆れた顔で僕を見る。


「あるに決まってるでしょう。熊と狼と毒蛇は無理です」

「それは全人類が総じてそうだと思いますよ。せめて虫がダメだとか、ネズミが無理だとか」

「昔からネズミと虫の死骸の贈り物はよく頂いたので、それほどでもありません」

「っ誰がそんなものを贈ってきたんですか!?」


 例えで出した話にとんでもない返事があって息を呑んだ。一体どこの誰がそんな無礼な真似をしたというのか。探し出して厳罰に処さねばならない。

 厳しい顔をした僕を、なぜかアルト様がぽかんと見た。


「猫たちです」

「猫が……?」

「たまにあの子達が貴重な食料をわけてくれていたみたいで。猫から見れば、人間は狩りひとつまともに出来ない脆弱な生き物に見えるのかもしれません」


 答えながら、アルト様が最後のボタンに視線を戻して糸を切る。確認して満足そうな表情をしてから、不思議そうに覗き込まれた。


「兄様もロシアンから贈られていませんか?」


 言われて思い出す。

 たまにシークヴァルド殿下の部屋の前に置かれていた、鼠や虫の死骸を。

 いつも気配も残さず置かれるので、どこの誰がそんな嫌がらせをしているのかと神経を尖らせて探していた。どうりで見つからなかったはずだ。

 犯人が、シークの飼い猫のロシアンであったならば。

 厳しく聞き込みしていたことを思わぬところから得た答えに、全身が脱力しそうになってしまった。

 微妙な表情になってしまった僕にアルト様が苦笑する。


「好意があるからこそですから、見逃してあげてください」

「それは、はい。わかっています」


 シーク自身もその程度の悪戯、命に危険はないと判断して意に介さなかったほどだ。猫の仕業と知ったところで、アルト様と同じく寛容な反応をするだろう。変なところで似た兄妹だから。


「ところでクライブ。ボタンは直し終わりました」


 そう言ってアルト様が僕を見た。


「ありがとうございます。お手間をかけました。お礼に何かお望みがありましたら仰ってください」


 本当に、僕は皇女になんてことをさせているのか。綺麗に直された上着に居た堪れない気持ちが湧いてくる。せめての礼に、城下に出かけられたいならお連れしよう。

 そんな気持ちで申し出たら、アルト様がちょっと躊躇いを見せた。


「駄目なら駄目だと言ってほしいのですが……」

「はい」

「……この上着、ちょっとだけ羽織ってみても、良いですか?」


 我慢できなかったらしく、ものすごく言いにくそうに予想外の申し出をされた。


「上着をですか?」

「この制服を着られるようになるためには並々ならぬ努力が必要とはわかっているつもりですが、ちょっとだけ……着てみたい、気持ちが、ありまして」


 考えもしなかったことに唖然としたせいか、アルト様は僕が困っていると思ったようで語尾がどんどん小さくなっていく。

 以前に「近衛騎士の制服を着てみたかった」と言っていたのは、どうやら本心だったらしい。

 こういうところは、男として育った故なのだろうか。騎士になりたいと聞いたことはなかったが、ここで断るのは夢を挫くように感じた。咄嗟に「そちらでよければ、どうぞ」と答える。

 むしろ直してもらったお礼が、そんなことでいいのかと思ってしまう。

 アルト様はすぐに三日月型に目を細めると口元を綻ばせた。


「ありがとう」


 お礼を口にしてから立ち上がり、ドレスの上から僕の上着に袖を通す。

 季節的に薄地のドレスなので、問題なく羽織ることはできた。しかし袖は長く、肩は落ちて見るからに大きすぎた。身頃はまったく合っていないし、指先すら出ていない。


「もっと格好よく着こなせるつもりだったのですが……!」


 そんな自分の姿を見下ろして、アルト様がひどく悔しそうな声を出した。眉尻も下がっていて、見るからに「こんなはずじゃなかった!」と言わんばかり。

 僕としても、貸すのではなかったと後悔していた。

 まったくサイズが合っていないせいで似合ってないが、これはこれで胸の奥をくすぐるような庇護欲を無性に掻き立てられる。

 これはいけない。とても危険だ。僕の前でそんな格好をしないでほしい。理性が殴り倒される。

 けれどこれはきっと少年だった頃のアルト様の夢だ。可愛くて抱きしめたいなんて言ったら、機嫌を損ねるだけでなく傷つけてしまいかねない。

 必死に抱きしめたくなる腕を堪えて、理性を繋ぎ止めるための言葉を続ける。


「格好よくなりたかったんですか?」

「格好いい服装が好きなのです。慣れているというのもありますが、背中に芯が通る気がするので」

「そういえば、僕とダンスの練習をしていただくときも男装ですよね」


 先日、シークとアルト様のダンスの練習の際、僕とも踊るようシークに促されて、とうとう僕のダンスのセンスが壊滅的だとバレたのだ。

 それ以来、アルト様が試行錯誤しながら根気よく教えてくださっている。なまじ僕がステップは完璧に覚えているが、音楽に合わせることが全く出来ないので手を焼かれている。出来の悪い生徒で申し訳なく思う。

 その練習の際、アルト様はいつも男装だった。


「それはクライブの為です」

「確かに男装だとアルト様の足の運びがわかりやすくて助かっています」

「? いえ、そういう意味ではなかったのですが」


 動きやすさとステップがわかりやすいように配慮くださっているのかと思っていたが、アルト様は僕を見上げて首を傾げた。

 意味がわからなくて、僕も首を僅かに傾げてしまう。


「クライブ、ダンスは苦手でしょう? 苦手なことをする時は、何か嬉しいことがあればやる気が湧いたりするでしょう」

「それは、そうですね?」


 僕としては、アルト様と触れ合える時間が出来ただけで苦手なダンスも苦ではないのだが。


「私はクライブ好みの女装趣味の男の子にはなれませんが、男装姿の私ならば、一周まわって女装男子が男装してるように見えてやる気が出るのではないかと思っていました」

「え……?」


 待ってほしい。アルト様は今、なんと言った?

 女装趣味の男が男装したら、それはただの男になるんじゃ……と、突っ込みたいと思ってる場合じゃない!

 アルト様の言い分をまとめると、つまり。


「どうして僕が女装趣味の男を好きだなんて思ってるんですか!?」

「えっ!?」


 なぜそこでとても驚いた顔をされるんだ!? どうしてそうなった……!

 アルト様のまんまるく瞠られた目は、すぐに気遣わしげなものになる。


「無理をしなくても良いのですよ? 人に嗜好を無理強いしない限りは責めません」

「誰もそんなことで無理なんてしていません!」


 思わず焦った声が出た。これが焦らずにいられるだろうか。頭の中はどうしてそうなってしまったのかと大混乱だ。アルト様はものすごく寛容なことを言ってくださるが、まず前提からして大きな誤解だ。

 断じて! 女装趣味のある男に興味はない!


「それに、クライブのことばかり言えません。私も……」


 反論を叫びそうになったのを堪えるために息を止めたところで、アルト様が気まずそうに目線を地に落とした。更に、不穏な声まで付いてくる。

 『私も』、どうされたというのか。

 まさか……やはりアルト様は育ち故に、女性を見るとドキドキしてしまう、とか。

 そういう場合、僕はこの方を傷つけないよう、どう支えていくのがいいんだろう。僕のことを好ましく思ってくださっていることに疑いはない。だがそれはそれとして、女性を好ましく思われるのも止められるものではないはずだ。

 心臓が胸の下でバクバクと脈打つ速度を上げる。一度ぎゅっと引き結ばれた唇を見て、無意識に焦りで拳になっていた掌に更に力がこもる。


「アルト様……」

「私も、兄様にお会いする度、なんて麗しいのかと見惚れそうになってしまいます……っ!」


 しかしながら、アルト様が躊躇いがちに口にしたのは、まったく予想もしていない言葉だった。

 拍子抜けした内容に、全身が一気に脱力する。


「それはアルト様に限らず、ほとんどの方がそうであられるかと思います」


 彼女の兄であるシークの顔を思い出して、呆れが滲みだしてしまった。

 あの美貌は、確かに見慣れない者には毒だ。歳を重ねる度に凄みを増して近寄りがたくなっているが、遠くから見惚れる人は老若男女問わず数知れず。暗殺者ですら、息を呑む者もいたほどだ。

 そう考えれば、アルト様は普通に会話をされている方である。兄である、という安心感の方が強いからだろう。

 そんなアルト様でも、シークの顔にはなかなか耐性が付いていないらしい。


「やはりそうなのですか。兄様は顔が天才ですから」


 深く頷きながら斬新な褒め方をされたが、これは聞かなかったことにしておこう。シークが聞いていたら、「顔だけか」と拗ねそうだ。

 あの顔を最大限に活用しているふてぶてしさこそが才能であると伝えるのも、乳兄弟という立場上むず痒く感じる。

 それはともかく。


「……。てっきりアルト様は、女性を好ましく思われてると仰るのかと思いました」


 少し躊躇ったが、思い切って訊いてみた。

 アルト様はアーモンド型の目を数度瞬かせると、小首を傾げる。


「女の子は皆、総じて好ましいと思ってますよ?」


 躊躇いもなく、あっさりと言い切られた。

 なん、だって……っ。


「はしゃぐ様は元気があって愛らしいですし、落ち込んでいれば慰めたくもなります。着飾って澄ました姿も素敵ですね。努力が垣間見えて微笑ましく思います」


 それがどうした、と言わんばかりに不思議そうにされる。

 そういえば、アルト様は侍女には親切だ。侍女が困っている姿を見かければ、当然本人は手を貸さないが、周辺にいる衛兵に目を向けて手伝うよう促したりする。その後はすぐに立ち去られるが、どんな立場であれ女性は気遣って当然と云う態度が侍女の胸を擽るらしい。お陰で一部からは大人気であると小耳に挟んだことがある。

 そう考えると、もしかしなくても女性もお好きなのでは……


「私には無いものを持っていることに感嘆しているだけで、恋愛感情はありませんが」


 固まっている僕を見て察したのか、アルト様は即座に否定した。


「ただ、好ましく思うことは自分でも止められないことはあるでしょう?」


 目を細め、仕方ないと言いたげに苦笑を零す。

 言われてみれば、恋に落ちる時は落とし穴に落ちる感覚に似ていた。

 この人を好きになりたいと思って好きになるわけではなく、気づいた時には心が持っていかれている。自分で自分の気持ちを止めようがなくて、駄目だと理性は訴えてくるのに感情ばかり空回りする。

 神妙な面持ちになった僕を見つめ、アルト様が深く頷く。


「ですから、クライブが女装男子を好ましく思っても、実際に手を出したり違法行為を働かない限りは、見守るつもりです」

「っだから違います! 本当にそんな嗜好は持ち合わせていませんッ」

「ですが、あの私を好ましく思ったのに……?」


 怪訝な顔までされて、さすがに今度は我慢できずに声を荒げてしまった。


「僕は、あなただから好きになったんです!」


 気づいた時には勢いのままに立ち上がり、アルト様の手を強く引きながら言い切っていた。

 引き寄せたせいですぐ目の前には、驚いてまん丸く瞠られた深い青い瞳。呆けたように薄く開いた唇。

 そんな素の表情が見られることが。

 皇女らしからぬ事をしたがるところや、意外な特技を見せてもらえることも。

 今みたいに、格好いい姿をしたかったと本心を教えてくれることなんて、特に。

 どころか、自分には無いという部分に憧れる姿すら。

 すべて目が離せなくて、愛おしいと思う。


 その心までも自分の手で守りたいと思ったのは、アルト様だからだ。


 伝わってほしくて見つめれば、アルト様の頬がじわじわと赤くなってきた。頬が赤くなりきれば、間を置かずに耳まで真っ赤に染まる。

 薄い唇が酸素を求める魚のように数度ぱくぱくと無音で開いて、閉じて。

 もう一度、開かれて。


「私も、そうやってはっきり言ってくれるクライブだから……好き、なのだと、思います」


 勇気を振り絞るみたいに口にされた言葉は囁くように、小さくて。

 しかしちょっと悔しそうな表情で、背伸びされて唇までの距離を詰められた分、はっきりと耳に届いた。



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