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メリッサの婚活事情(後編)

   ***



 イベント当日はあっという間にやってきた。

 今日は朝から後宮内の侍女達はいつもより声が弾んで落ち着きがない。衛兵も妙にそわそわとしている。後宮の衛兵は既婚者ばかりだけど、「噂を聞き付けた妻がくれそうなのです」と古株がこっそり教えてくれた。「来月は妻の好きな色の花を買って帰ります」と今から予定までしていた。

 微笑ましいけれど、いったい噂はどこまで広まっているの……。


 そんな状況の中、実は私の一番の関心はメリッサにある。


 自室で昼食を兼ねて出されたアップルパイを口に運びながらメリッサを見つめた。メリッサも私に付き合って、向かいに座ってアップルパイを食べている。会話をするにはちょうどいい。


「メリッサは誰かに贈らないの?」

「いまアルフェンルート様が召し上がられておいでです」

「私以外でね」


 問うたそれに、メリッサは張り付いた笑顔を向けてくる。


「後ほど、ニコラス様にアップルパイの林檎抜きをお持ちする予定です。アルフェンルート様によからぬお世話をなされたようですから、御礼をしなければなりません」


 具なしのパイって、ただのデニッシュパン……。

 メリッサのいない時に相談もなくイベント開催を決定したので、メリッサとしては面白くなかったのだろう。更に、自分より先にニコラスにイベントの話をしたことも気に入らなかったみたい。 

 これはたまたまで、話す前にメリッサが休みに入り、その間にニコラスに即座に気づかれて訊かれたからであって、タイミングが悪かっただけのこと。

 しかしそこでニコラスが私を止めず、それどころかタッグを組んで悪ノリしたことがいけなかったのだと思う。想像以上に城内の人が浮き足立ってしまっているし。

 ここは巻き込んだ手前、一応はニコラスのフォローをしておかねば。


「ニコラスは私のお目付役みたいなものだからね。あれでも無茶だと思えば通さない人だから、責めないであげてほしい」


 ニコラスは兄とクライブの目の届かない部分を補う為に、私のお目付役をしている節がある。

 かといって、すべてを兄に報告しているわけでもない。時には私の意思を尊重して、兄にも黙ってガス抜きをさせてくれたりもする。今回のように。

 半分は面白がっていたけど、後宮内の空気を変えたいという意図を汲んで動いてくれたことはわかる。

 メリッサも察してはいるはずだけど、それでも素直にニコラスを認めたくないようだ。


「責めるつもりなどございません。普段よりアルフェンルート様がお世話になっている御礼にいくだけです」


 そこには関わりそこなって悔しい、という八つ当たりも入っている気がする。贈るのが具なしパイだし。いや、デニッシュパンも美味しいけれども。


(そういえば、メリッサはニコラスの前では素の顔を見せている?)


 私がランス領で無茶をした夜、メリッサを保護してくれたのはニコラスだ。

 どうもその時、メリッサは素の姿を見られたらしい。

 後から聞いた話だけど、ニコラスに起こされて私がいないことに気づいた直後、拐かされたと誤解してニコラスの大事な所を容赦なく蹴り上げようとしたのだとか。

 メリッサは愛らしい笑顔の仮面で隠しているけど、勝ち気でしたたかな面も持っている。いざとなれば無茶も厭わず、手段を選ばない苛烈さすらある。

 それを知られたせいか、メリッサはニコラスに対して対応が素っぽい。私の様子伺いも兼ねているのか、ニコラスは今でもメリッサを見かけると必ず声をかけてくるそうだけど、今更取り繕う必要がないと割り切って対応しているよう。

 そこでふと思い至る。


(考えてなかったけど、これは案外……)


 メリッサのそんな性格を知るのは、今までは私とセインぐらいだった。セインがいない今、メリッサが自分をそのまま見せられる相手が現れるなんて。

 これって、すごいことなのではないだろうか。

 自分を取り繕うことなく話せる相手といるのは、とても呼吸がしやすい。


「パイを贈って、ニコラスが誤解したらどうするの」


 好奇心から訊いてみたら、メリッサが驚いて大きな目を更に大きく瞠った。動揺のあまり手が震えて、フォークからアップルパイがぽろりと皿へ落下する。

 えっ!? そこまで驚かれるなんて。私まで驚いて固まってしまう。


「……ニコラス様は、そのような、誤解をされるわけがありません。だいたいあの方は、女の子は皆お好きだと言っておられても、結婚するおつもりなんてなさそうではありませんか」


 数秒の微妙な沈黙の後、メリッサが珍しく顔を強ばらせて答えた。

 確かに。

 ただ私から見ていて、わかることもある。

 ニコラスが結婚しないのは、『コーンウェル公爵家の人間』という立場の方が兄を守るのに都合がいいから。

 女の子みんなに優しいのは、女好きなのもあるとは思うけど、仲良くなっておいて城内の噂をいち早く手に入れるため。

 私に気を遣って便宜を図るのも、兄に心労をかけさせないのが一番の理由。

 糸目でニコニコしていて時に軽薄に見えても、実際はかなり忠義に厚い人だと思う。


(ああいう人が誰かに本気になったら、どうなるんだろう)


 なんて、思ったりしたけれど。


「そうだね。もしニコラスが結婚するなら兄様に有利になる相手か、よほど好きな相手か、どちらかだろうね」


 そこまで彼を崩せる御令嬢がいるとしたら、面白いな、とは思ってしまう。

 ただ私の言葉にメリッサは少し面白くなさそうな顔をした。


「振り回される御令嬢はさぞかし大変でしょうね」


 そしてそんな言葉を口にする。

 メリッサの反応が珍しすぎて、ちょっとどんな顔をしたらいいかわからなくなった。

 なぜだろう。ちょっと胸がもぞもぞする。メリッサは見えない令嬢を本当に憐んでも見えるし、少し拗ねて、嫉妬しているようにも、見えるような……?

 以前ランス領に行った際、メリッサは「冷静で、大人で、人の気持ちを考えられる優しい人が好ましい」と言っていた覚えがある。その時はデリックと反対のタイプを告げただけだと言ったけど、完全に違うわけでもないと思う。


(そう思うと、やっぱりニコラスって……)


 近頃メリッサも婚活に勤しんでいるようだけど、いまいちうまくいっていないと聞いている。マッカロー伯爵家の一人娘であるメリッサならば、相手は選び放題といってもいい。

 しかし、


『私を娶れば簡単に伯爵位が手に入ると思って言い寄ってくる方ばかりで、頭が痛いです』


 そう言って、嘆息を吐き出していた。「どいつもこいつも」と顔に書いてあったので、よほど苦労しているようだ。

 それを考えれば、少し年は離れていてもコーンウェル公爵家の三男に婿入りしてもらうのは理想的。事情もよく知っているから、メリッサだけが秘密を抱えることもない。それはとても心強い話だ。

 なにより、メリッサが自然体の自分でいられている。

 ……ただニコラスから見てマッカロー伯爵家が最適かと言われたら、微妙なところではあるけれど。


(これ以上は、私が考えることじゃないか)


 もし二人がどうにかなるとしても、それは二人が綴っていく人生だ。

 私はもしメリッサが困った時に、私に出来るすべての手段を使って助けられるようにしておくだけ。

 泣きたくなれば傍にいるし、笑顔になることが起これば祝福の花を降らそう。


 密かに心に誓っていると、食べ終えたメリッサが顔を上げた。その視線がテーブル脇に置かれている籠に注がれる。


「それよりアルフェンルート様、ご用意した林檎は本当にそのままでよろしいのですか?」

「うん。ありがとう」


 クライブに渡す為に準備してもらった籠の中に入っているのは、ただの林檎。それと木製の小さなまな板に果物ナイフ。

 最初はアップルパイのつもりだったけど、後宮の料理人が作るアップルパイを配達するだけなら、ただの運び屋だと気づいて林檎だけ頼んだのだ。

 せっかくなら、自分で作った物を贈りたいでしょう。私に出来る範囲で、だけど。



   *



 いつも通り図書室で過ごした後、今日は後宮の客室のひとつにクライブを招待している。時間は夕刻には少し早いので、大きな窓から差し込む陽の光はまだ明るい。窓際に瀟洒な丸テーブルが設置されている為、中庭の様子が見えてやたらと良い雰囲気がある。


「お招きありがとうございます」


 私の手を取り、爪先に微かに唇が触れる。

 これにはいつもドキッとさせられる。しかし今日はいつもより格式張った様子で洗練された一礼をするクライブを見て、ちょっと申し訳ない気になった。

 個人的には、ここまでシーンにこだわるつもりは無かった。

 ただ今日は私がクライブに林檎を贈る姿を期待する人が多かったので、夢を壊さないよう場を用意したにすぎない。兄に言った手前、いつもよりちょっとだけドレスアップもしている。髪を編み込んだ程度だけど。

 おかげで視界の端では、控えている侍女たちが期待に輝かしい笑顔を見せていた。


「時間をとっていただいて感謝します」


 侍女の目があるので皇女仕様の対応で、座って、と向かいの席を手で示した。

 腰掛けてもらえば、侍女が優雅にお茶を淹れてくれる。


「渡したいものがあるのです」


 お茶の用意が整ったところで、笑顔で告げた。それを合図に、メリッサが控えていた侍女たちを部屋から下がらせてくれる。最後まで見届けられないことに彼女たちが残念そうにも見える。けど事前に「恥ずかしいから、二人きりで渡したい」と告げてあるので、納得はしているだろう。

 この先の展開は、彼女たちの脳内で好きに想像してくれればいい。ここまですれば、デモンストレーションとしては十分でしょう。

 私が本当に行動したから、彼女たちも想う相手に渡しに行きやすくなるはず。たぶん、夜勤との交代時間でもある帰宅時が渡すチャンスだろう。

 あとは各自で頑張っていただきたい!

 部屋に控えているのがメリッサとラッセルだけになったところで、改めてクライブに向き直った。


「付き合ってくれてありがとう」

「いえ、僕としては嬉しいことですから」


 クライブがお世辞抜きで嬉しそうに微笑う。……そ、そう。それならいいのだけど。不意打ちでそんな顔されると照れそうになるのを必死に押し隠す。

 幸い外野がいなくなったことで、肩から力は抜けた。テーブルの上に置いてあった籠を引き寄せ、まな板と果物ナイフ、そして林檎を順番に取り出す。

 それを見ていたクライブが、予想外だったのか目を丸くした。


「噂ではアップルパイだと聞いていたのですが、今から作られる気ですか!?」

「まさか。私はアップルパイは作れません。料理人に頼んでも良かったのですが、それだと私は厨房からここまでアップルパイを配達するだけの人になると思って」

「誰もそんなこと思いませんよ」

「個人的に気持ちが足りないように思えたのです」


 唖然としているクライブの前で、まずは林檎を8等分に切る。

 それから芯を取り除き、ひっくり返して林檎の赤い皮にV字型に切れ込みを入れた。誤ってV字の皮を切り落とさないよう気をつけながら、切り込み部分まで厚めに皮を切って取り除く。


「どうぞ。林檎のうさぎです」


 出来上がった林檎を皿に並べて、フォークを添えて差し出した。

 簡単なのに見た目が可愛い。これぞ、お弁当の定番として大人気だったうさぎ林檎!


「うさぎ……」

「私に出来る唯一の林檎料理です」


 手拭いで手を拭いて、クライブが目を瞬かせている様を見つめる。

 期待させたのなら悪かったけど、私ではこれが限界。クライブみたいに、林檎の皮むき選手権に出られそうな技は残念ながら持ってない。


「可愛いですね」


 でもクライブはうさぎ林檎をまじまじと見た後、本当に嬉しそうに笑った。

 そんな顔が見られるとは思わなくて、ちょっとどころでなく心臓が跳ねてしまう。うさぎの剥き方を発案した最初の人類、ありがとう。おかげで私でもなんとか様になりました。

 クライブが嬉しそうに食べてくれるので、安堵しつつお茶を口に運ぶ。


「兄様はたくさん頂いて大変そうではありませんでしたか?」


 ずっと気にかけていたことを尋ねれば、クライブが固まった。そして決まり悪そうな表情を見せる。


「兄君に渡す勇気のある女性は、現時点でおられませんでした」

「…………」


 言いにくそうに伝えられた内容に、やっぱり、と内心で苦い思いを噛み締める。

 もっと早くに告知していれば貴族令嬢も参戦できたと思うけど、二週間では城内だけのイベントになるのが精一杯。来年は噂を聞きつけて参加してくれる令嬢が出てくるだろうけど、今年はやはり厳しかったらしい。


(兄様は気安い方ではないから……)


 いくら王宮の侍女でも、皇子に贈るにはハードルが高すぎたみたい。ただでさえ食べ物だから、兄の口に入るのはかなり難しいものがある。

 小さく嘆息を吐き出し、メリッサに視線を送る。心得たように、メリッサが新たに4つ林檎の入った籠を持ってきた。中を確認してから、クライブに差し出す。


「後でこちらを兄様の家令のテオに届けてもらえますか?」

「テオに、ですか……!?」


 クライブが驚きに目を瞠って私を食い入るように見る。そこでハッと気づかされた。

 浮気じゃないから! こんなに堂々と浮気するわけがないでしょう!?


「中にうさぎの剥き方の入ったカードが入っています。兄様に剥いて出していただくように伝えてください。余った分は皆で召し上がっていただければ良いです」


 誰も兄に渡さなかった、なんて事態になったらどんな顔をしていいかわからない。兄には、今回は妹からの家族愛ということで妥協してほしい。来年に期待しよう。


「クライブが兄様に剥いて出してくれても良いのですが」

「僕が剥くのはかまいませんが、アルト様が剥かれたのを届ける方が喜ばれるのではありませんか?」


 籠を受け取ったクライブが不思議そうに小首を傾げる。

 どうやら乙女心がわかっていないらしい。


「今から剥いたら、渡す頃には赤く変色してしまいます」


 でもいちいち教えてあげるのはちょっと歯痒いので、正しくは教えてあげない。

 剥いてあげたのはクライブにだけ、特別なのだ、と。




   ***



 チョコレートがアップルパイに挿げ替わったバレンタインイベントは、思ったよりもずっと盛況に終わった。

 無事に渡して告白できた子もいれば、ただ渡すだけが精一杯の子もいた。渡す勇気が出なかった子も少なからずいたようだけど、周囲の話を聞いて「来年こそ渡してみる!」と心に誓ったりしているようだ。

 彼女たちの中で、来年も続けたい気持ちがあることが嬉しい。

 冬は寒さで体と一緒に心も縮こまりがちだから、イベントがあれば多少は気持ちも華やぐだろう。



 ちなみにノーラは、後宮の料理人に告白をしたようだ。

 相手は、よく私が食べたい物の開発という無茶ぶりをされている料理人である。私の依頼を伝えるためによく話すようになったようで、そこから相手の真面目で挫けない姿に恋心を抱いたらしい。

 翌月のホワイトデーでは、なんと花を一輪贈られたのだと嬉しそうに教えてくれた。

 微笑ましい結果でなにより。私の顔まで綻んでしまった。

 もちろん、全員が良い結果になったわけではない。

 お断りの二輪の花を貰って、泣いていた子もいると耳に入ってきた。それでも気持ちに区切りがつけられて、新たに頑張る気持ちになれたとも聞いた。

 悲喜こもごもといった様子だけど、全体的に後宮の雰囲気は随分と明るくなった。



 ちなみに兄からは、ホワイトデーに豪奢な花束が届いた。

 兄と、その周りにも気を遣ってくれてありがとうの意だと思われる。来年こそ、兄にも花を一輪だけ贈れる相手が現れることを祈るばかり……。

 クライブからは、ちゃんと花を一輪贈られた。

 後で思い出したことだけど、以前に花屋のロイが「贈る花の本数にも意味がある」と言っていた。

 一輪だけ贈るのは、『あなたが運命の人』という意味なのだとか。

 花屋の流通を妨げないよう設定した本数だけど、お返しにはぴったりだったのだと安堵した。


 そして今。


 自室で寛いでいた私の目の前には、貰った花束を手に抱えて複雑な顔をしているメリッサがいる。


「ニコラス様から頂いたのですが……これはいったい、どういうことなのでしょう」


 メリッサの腕の中にある花は、一輪でも二輪でもない。正しく花束だ。

 素直に喜んでいいのか、それとも何か意味があるのか。ニコラスの気持ちが汲み取れなくて、私の元に助言を請いにやってきたらしい。榛色の大きな瞳は困惑に揺れている。


「メリッサは、ニコラスにデニッシュパンを渡したんだよね?」

「アップルパイではありませんでした」


 メリッサははっきりと頷く。本当にデニッシュパンを渡していたんだ……。

 イレギュラーを贈られたから、イレギュラーで返しただけにも思える。ニコラスは女の子達からたくさんアップルパイを貰っていただろうから、味の違うデニッシュパンがかなり嬉しかったのかもしれない。

 だが、本当にそれだけだろうか。

 思い返してみると、メリッサがニコラスにデニッシュパンを渡した後のこと。メリッサは顔を赤らめながら、「ニコラス様はすぐ私をからかわれます!」と怒っていたと記憶している。

 私はニコラスにからかわれたことなんてないし、ニコラスが女の子を怒らせるからかい方をするとは思っていなかったので不思議だった。あれだけ周りをよく見て気を回す人なら、もっと器用に女心をくすぐるだろう。

 だからメリッサがそんな反応をしたことに、ニコラスにしては珍しいな、と思っていた。

 それとメリッサがあそこまで赤くなって、悔しそうに怒ることにも。


(なんて言って、からかわれたんだろう?)


 聞いたら怒りがぶり返しそうで聞けない。悔しそうだったから、素直に教えるには恥ずかしく感じる内容だった可能性もある。普段は二人がどんな会話をしているのか私は知らないから、下手に踏み込むのも憚られる。

 でもニコラスの性格上、「渡す相手がいなかったの?」なんて失礼な茶化し方はしないだろう。贈ってくれた相手を喜ばせるセリフを選ぶはず。

 だけど無責任な人ではないから、期待を持たせることも言わないはずだ。本気でない限り。

 ……もしも。

 メリッサがからかわれた、と思っている内容が本気だったとしたら。

 例えば、渡した時にニコラスから「本気にするよ?」とでも言われていたりしたら。

 いや、あくまで仮定の話だけど。


「メリッサ。頂いた花の本数って、何本?」


 メリッサの手の中の花束を見て、ふと思い至る。

 よく気の回るニコラスがいいかげんな本数を贈るだろうか。それなりの意味を含めて贈りそうじゃない?

 問われたメリッサは花束に視線を落とす。メリッサの栗色の柔らかい髪と榛色のはっきりとした大きな瞳には、花びらの多い可憐な白い花束がとてもよく似合う。

 ちゃんとメリッサに似合う花を贈ってきたのだと、よくわかる。

 じっと見つめる私の前で、数え終えたメリッサは顔を上げた。


「12本です」


 問うたものの、予想を越えた数字を言われて思わず息を呑んだ。

 以前、ロイに教えてもらった花束の本数別の花言葉。全部は覚えていないけど、素敵だと思ったものは覚えている。

 これを伝えることで、メリッサはどんな顔をするだろう。


「12本の花束を贈る花言葉は、『お嫁さんになって』って意味があったはずだよ」


 メリッサは溢れそうなほど大きく目を瞠り、息を呑んで固まった。

 絶句していた顔が、そう間を置かずに徐々に赤みを帯びていく。動揺しているのか声も出せないみたい。口をパクパクさせて、終いには耳まで赤く染まった。


「そんな、また、そんな冗談で、からかわれて……っ」


 この後、一礼して勢いよく踵を返したメリッサがどんな返事をしたのかは、ニコラスだけが知っている。




 ――後でニコラスにそっと尋ねてみたら、満更でもない顔で笑って。


「内緒です」


 と言われたとだけは記しておこう。




2021/8/18-8/22 Privatterより再録

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