「人」と「なにか」と「俺」
色々腑に落ちていない
当たり前である
なぜかって?
それ聞く?
そりゃさ
人が一日働いて
へとへとになって
やっと一息つこうとした矢先よ?
そんな至福のひと時にさ
玄関から入って来るわけでもなく
どこからともなく現れた彼女に
いきなり相談があるとか持ち掛けられてもさ
挙句の果てに「人」じゃないときたら
あなた腑に落ちますか?
って話よ?
そんな状況で
誰が平々凡々と相談に乗るんだ?
そんなめでたい奴がいるなら連れて来いってんだよ
まったく...
なんて思っているのも束の間
彼女は何も気にする事なく
淡々と話し始めたのだ
ここに今いる理由やら
自分がなぜ現れたやら
なんやらかんやらと
おいおい
俺の感情は無視なんか?
なあぁ
無視なんか?
と思いながらも
話を聞いてるうちに
理解したことは
どうやら本当に「人」ではないらしい
今日は新月だから来られたらしい
女性に見えてるけど性別はないらしい
あと名前もないらしい
これだけでも
俺の感情がまた無に帰るのは
言うまでもないことだが
彼女はまたしても
気に留めることもなく
話を続けた
「あっそれでですね、相談なんですが」
「はい」
おいおい何を
ちゃんと返事して
聞く気になってんだ俺は...
まぁーた職業病出てんじゃねーか
そう
これまで個人営業で10年程
ちっちゃいカウンターのある居酒屋をやってると
飯を食うよりも
酒飲んでくだまいて
いろんな愚痴やら恋愛やらを相談される
むしろ俺はカウンセラーか?
って思うほどに
「いつもこのお店の事拝見してるんです」
「はぁ...」
えっ?
どこから?
いぶかしい顔の俺をよそ目に
彼女は続けた
「でも最近よく見えないんです」
「はぁ...」
えっ?
だからどこから?
「聞いてます?」
「ええ一応...全然脳がついてきませんけど」
聞いてんのと理解してんのは違うって
この子に気付いてほしいよ
まったく...
「でですね!いきなりなんですが」
「はい」
「そこにある神棚をちゃんと管理してほしいのです」
「え?」
そういって二人とも神棚に目を向ける
そういやこの所二~三年
しっかり掃除も出来ていない
一目瞭然でわかる程に
忙しさにかまけて後回し
神様をなんだと思ってんだと言われれば
何も言い返せない程に
そりゃ言われるわな...
って
ん?
どういうこっちゃ?
「実は私神鏡を通してこの店の事をいつも拝見してました」
「はぁ...」
「でもその神鏡がここの所埃だらけでよく見えないのです」
「はぁ...」
「聞いてます?」
「はいはい聞いてますよ」
だぁーかぁーらぁー
理解が追っつかねーんだよわかる?
頭おかしくなるわ
「でも神鏡って己を写してなんたらって聞きましたけど...」
「はい」
彼女は笑顔でこう続けた
「それとは別にあちらからこちらを拝見することもできるんです」
「あちらとは?」
「うーん...なんて言えばいいんでしょう...」
彼女は悩みながらも
言葉を探しながらこう続けた
「こちらは「人」の住んでる世界で...あちらは...」
「あちらは?」
「うーん...「人」ではないけど...人の感情のような「なにか」ですかね...」
「あなたはじゃー「人」ではないと?」
「はい」
笑顔ではっきりと彼女はそう答えた
いやいやいや...
まじで怖いわ...
まじでどっか行ってほしい...
「そんなに怖がらないでください。何もしませんので」
またまた笑顔で彼女は言うが
むしろその笑顔が怖くなってくる
てか何もしてくれるな!
「じゃー明後日休みなんで朝にでもしっかりお供え物やら掃除やらしておきますよ」
だから早くどっか行ってよ
「えっ明後日ですか?明後日じゃ駄目ですよ」
「えっなぜ明後日じゃ駄目なんです?」
「だって明日は皆さんの様子を拝見して10年目の節目ですよ?」
ちょっとむくれて彼女はそう言った
ん?
どういうこっちゃ?
「...あっ!!」
突然俺は大きな声を出してしまった
そうだ
明日は丁度この店の10周年だ
ってなんでこの子知ってんだ?
「えっなんでそれを?」
「だからいつも拝見してるってお伝えしたじゃないですか」
彼女はクスクスと笑って見せた
そのクスクスと笑う顔は
とてもかわいらしいものであったが
今の俺にはその笑顔もちょっとした恐怖に感じた
「そこでご相談なんですが...今こんな時間ですけど少し綺麗にしていただけませんでしょうか?」
彼女は申し訳なさそうにそう言った
「えっ?今!?」
「はい」
彼女は元気よく言った
それもとびっきりの笑顔で
ちょっとした恐怖もあるが
あんな笑顔で言われては
やらないわけにもいかず
「わかりましたよ。それじゃ今からちょっと掃除しますね」
「やったぁ」
彼女はこれまた
とびっきりの笑顔で
小さくガッツポーズをした