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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢に堕ちた私を、切り捨てた幼馴染の平民が救いに来てくれた話


「ガーシュイン!早くしないと遅れちゃうじゃないの!ガーシュイン!」


私、アルトクレア・フォン・ノイエンラートは大きな声を出して、樹の下でうずくまっている少年の名前を連呼した。


「クレアちゃん……やっぱり僕行くのやめるよ……」


「今更何言ってるのよ……」


ガーシュインと一緒に遊ぶのは楽しいけれど、こういう風にナーバスになると正直面倒だと思う。


しかも、今日は普通の日というわけではない。


祝福の儀。


今年13歳になる全ての人間に、スキルが与えられる日なのだ。


ノイエンラート公爵家の一員である私が遅刻するわけにはいかない。


さっさとガーシュインの悩みを聞いて、それでもダメなら置いていこう。


打算的なところがある私は、早くも彼を見捨てるという選択肢を検討した。


「だって……剣が使えるスキルがもらえなかったら僕、騎士になれないじゃないか……」


「そんなこと言ったら、教会でスキルをもらわなくても騎士になれないじゃないの」


「……」


反応が鈍い……


どうもそういうことを言ってほしいわけではなかったようだ。


「スキルがどうこうなんて、もらってから考えればいいじゃないの。時間の無駄だわ……」


「クレアちゃんは不安じゃないの?例えば、クレアちゃんが剣を使うスキルをもらったとしたら、どうするんだよ!」


「どうするもこうするも、そうねぇ……その時は騎士団長にでもなろうかしら……」


「刃物が怖くて触れないのに、騎士団長になれるわけないじゃんか……」


「……」


口がよく回る……


縛り上げて、教会まで引きずって行くという選択肢を脳内で追加した。


確かに私は刃物が触れない。


赤い景色……頭に響く悲鳴……


鋭い刃を見た時にそれがぼんやりと脳裏に浮かび、反響してしまう。


剣に近づけば、そのイメージは鮮明さを増し、少しでも剣に触れようものなら、震えと動悸が止まらなくなってしまう。


父が騎士団長ということもあって、家の中では常に騎士たちが訓練している。


刃物を避けて生活したい人間にとって、これほど不都合な環境はないだろう。


「剣を持てと言われれば、私は最強の剣士になる。拳で戦えと言われれば私は最強の闘士になるわ。それがノイエンラート家の使命よ」


「いい?あなたがいるのはノイエンラート家よ。泣き言はいい加減にしなさい」


私は彼のようにナーバスになってはいけない。


それは数百年にわたって王国守護を司ってきたノイエンラート家の長女、アルトクレア・フォン・ノイエンラートとしての生き様に反する。


ガーシュインの方を見ると、少し顔を赤くしていた。


ムチの後はアメでバランスをとらないと。


「剣を持たない騎士が1人くらいいてもいいんじゃないかと思うわよ。護衛の騎士たちはみーんな大きな剣なんか持っちゃって、気が休まる時がないもの」


「騎士にとって大切なのは剣じゃないわ。強さ、それと強くあろうとすることよ。行くわよ、ガーシュイン」


「……わかった」


ようやく立ち上がったわね……


私はガーシュインを連れて、儀式の準備に向かった。


――――――――――


「ガーシュイン・アレクセイ。スキルは……〈拳聖〉。拳の方だ。」


会場が歓喜に沸き、そしてわかりやすくトーンダウンした。


同音異義のスキル〈剣聖〉は強力なスキルだ。


騎士団内にも〈剣聖〉ほどのスキルを持った騎士はそれほど多くない。


騎士を束ねる上級騎士達クラスが一部持っているくらいのものだ。


〈拳聖〉も強力なスキルなのだろうが、騎士団に入るには剣を扱うためのスキルが必要だ。


視界の端に、姉に泣きつくガーシュインの姿が映った。


「……」


「アルトクレア・フォン・ノイエンラート。スキルは……〈パフェっ娘〉」


血液の温度が一気に氷点下にまで低下したような感覚に陥る。


周囲のどよめきが煩わしい。


あつまる好奇の視線はガーシュインの比ではなかった。


周囲は、公爵家に数十年ぶりに〈パフェっ娘〉のスキル持ちが誕生したことを祝福しているのか。


それとも、スキルを授かった私が、刃物を持てない『公爵家の欠陥品』だからなのか。


〈パフェっ娘〉……


高価な果実を調理することで強力なバフを付与することができるスキルだ。


強力なバフには、戦況を覆すほどの力がある。


騎士団所属のパフェっ娘たちは、王国における最重要戦力と言っても過言ではない。


私は無言で父の元へ歩いていった。


「果実は用意する。すぐに修行を始めなさい」


「はい、お父様」


付与できるバフの強化には膨大な数の高級果実とその調理という修行が必要になる。


ノイエンラート家の地下にはパフェっ娘の修行のために、膨大な数の果実が貯蔵されていた。


それはノイエンラート家の王国における権力の証明であり、


私が今後、果実をカットするためのペティナイフを握り続けなければならないことを意味していた。


――――――――――


「本日もよろしくお願いいたします。クレアお嬢様」


「お願い致しますわ」


祝福の儀から数日。


私はパフェっ娘のレーリアさんに、果実のカットの方法を学びに来ていた。


ノイエンラート家は代々騎士団長を拝命している公爵家で、王国騎士団を実質的に統括している。


従って王国で最も優秀なパフェっ娘達を多数抱えているということになる。


毎年行われているパフェっ娘トーナメントでは、公爵家お抱えのパフェっ娘が必ず優勝してきた。


パフェっ娘スキルには13~18歳という成長期がある。


トーナメントの出場は人生で一度、そして13~18歳までという年齢制限があった。


そういう制限があるため、出場するのは18歳のパフェっ娘のみといっても過言ではない。


例年、騎士団で最も優秀なパフェっ娘が公爵家を代表して出場するのだが、今年は2つの制限をクリアできる18歳のパフェっ娘がいなかった。


「初めてカットを練習する時にオススメの切り方は形を利用することです」


私はレーリアさんの果実のカットを見てフルーツカットの技術を学んでいた。


ガーシュインと同じ、コシのある黒髪。


彼女はガーシュインのお姉さんだ。


公爵家を代表してパフェっ娘トーナメントに出場するかわりに、生活費の援助、修行のためのフルーツの提供を受けているのだ。


トーナメントに出場するために多くのパフェっ娘は、王都の商人や貴族と契約し、住み込みの修行を行う。


パフェっ娘は、客引きとしてお客さんにパフェを提供する。


逆に契約主たちは、契約金であったり、高価な果実をパフェっ娘に提供し、バフの強化を助けるのだ。


こうして、王都で名をあげることに成功したパフェっ娘たちは、貴族の私設兵団・騎士団・冒険者ギルドなどに名前が明るくなり、就職先を見つけることができるのだ。


レーリアさんはいつもよりかなりゆっくりと、それでいて流れるような手捌きでフルーツをカットしてくれていた。


「非可食部を取り除いた時、多くの果実は、ハートや扇の形に見えやすいです。最低限のカットで、見栄え良く切ることができます」


「ありがとうございます」


刃物を手に取れず、果実のカットができていない私に、レーリアさんは最大限簡単なカット技法を教えてくれた。


彼女はカットしたフルーツをパフェに盛り付け、騎士に手渡していった。


パフェを食べてバフを受けた騎士たちが、感動の言葉を漏らす。


「すごいな……ここまでのバフは初めてかも知れない……」


「あ、ありがとうございます!」


レーリアさんが照れながら頭を下げた。


バフにはいくつか系統があるのだが、彼女のバフは防御ステータスを強化するものだった。


彼女のパフェを食べた騎士曰く、体表が硬化したように感じるらしい。


また、腕に力を入れると、鋼鉄のような硬さになるとか。


民を守ることが存在理由である騎士団にとってこれほど適したバフはないと思う。


公爵家が契約するのもわかるくらい、非常に強力なバフだ。


「ガーシュインはどうしているの?」


「騎士団の訓練に参加しております。〈拳闘〉スキルを持った騎士の方がいらっしゃるそうで、今日もその方にスキルの使い方も教わっているそうです」


「いじいじと部屋で泣いてるかと思ったけど、案外元気よね」


レーリアさんと私はクスクスと二人で笑った。


「有り難いことです……私に修行の支援をして頂けるだけではなく、弟まで面倒を見て頂けているのですから……」


レーリアさんは騎士団へのバフの提供に加えて、私の指導に当たってくれている。


かわりに、公爵家は彼女の支援として、高価な果実と家族の衣食住を提供していた。


「万が一にでも負ければ、どうなるかわからないわよ?私の指導は予定になかったんだから、もっと果実をもらってきたらどう?」


「大丈夫ですよ、アルトクレア様。私も、ここに来て今まで以上に成長しているのを感じますし……それに彼も……」


彼女が視線を向けた先には、複数の騎士を一度に相手取り、訓練している男がいた。


パフェっ娘トーナメントは二人一組で出場する。


バフを与えるパフェっ娘と、その相方、ナイトだ。


どちらのバフが強力なのかを、ナイト同士の決闘によって明らかにするのだ。


レーリアさんのナイトは彼女の夫だった。


レーリアさんの故郷で、最強の冒険者として名を轟かせていたらしい。


「彼も強くなっていますから」


「そう……」


私は振り返ってじいやを呼んだ。


「ペティナイフと果実の用意を」


「承知致しました」


――――――――――


公爵家の敷地内でも北西の隅。


崖のような坂が隣接しており、人通りも皆無。


そこにぽつんと存在している小屋に私はいた。


公爵家の娘として、〈パフェっ娘〉のスキルを持つものとして、誰かに弱みを見せるわけにはいかない。


物心が付く頃には、『公爵家の欠陥品』としての醜聞が広まってしまっていた。


それ以降内部の人間を含め、私は誰にも刃物を苦手としている姿を見せたことはない。


例外は、じいや、父上、そして〈パフェっ娘〉の技術を教えてくれているレーリアさんの3人だけだ。


あぁ、ガーシュインも例外になるのかしら。


今日もただ1人、後ろにじいやだけが同席している。


部屋の中央のテーブルには一つの果実と、一本のペティナイフが並んでいた。


パフェっ娘の修行。


果実を切って、バフ入りのパフェを作ること。


それを膨大な回数積み重ねることで、バフは強力になっていくのだ。


テーブルに向かい合う。


まだナイフを触ってもいないのに、日当たりの悪い、薄暗い部屋が、赤く塗りつぶされているように感じる。


一歩ずつ、テーブルに近づく度に、声にならない悲鳴が、断末魔が頭に反響して、自分が何をしているのかわからなくなっていった。


「ふぅっ…!ッ!はぁっ…!」


荒くなる呼吸をなんとか抑えながら、ナイフを持とうとする。


「ッ!」


今度は手が震えてしまい、ナイフを持とうとしても手の位置が定まらない。


そして、ひんやりとしたナイフの柄に触れた時、全身を痺れさせるほどの一際大きな悲鳴が脳内に轟き、首から下の意識が、平衡感覚が完全に消失した。


「お嬢様!」


倒れ込む私をじいやがなんとか受け止める。


「ぁりがとう……じいや……」


「いけません……お顔が真っ青です。一度休憩致しましょう……」


部屋の外に連れ出そうとするじいやに、逆らおうと思ったが、手にも足にも力が入らなかった。


「この部屋で休むわ……」


「……承知しました……」


精一杯の抵抗として、じいやを睨むと、彼は折れてくれた。


ソファーにもたれかかるように座り、息を整えた。


祝福の儀から既に4日が経過していた。


まだ、私は一つの果実も切ることができていない。


……そう簡単にはいかないわね……


ほとんど力がはいらない手でやわらかいソファーのクッションを握りしめる。


その時、ガタガタッと、部屋の隅から音が聞こえてきた。


部屋の隅の板がずれて、ガーシュインが顔を出す。


「何をしているのよ、ガーシュイン……」


「う、うわっ!クレア様に執事のおじい様も!」


嫌なことがあると、ガーシュインはよく、誰もいない所に行く。


人気が少ない小屋は彼がよく落ち込んでいる場所の一つだったのかも知れない。


「〈拳闘〉スキル持ちの冒険者と訓練していたんじゃなかったの?」


私はガーシュインの目を見て問いかけた。


彼は泣きそうな目を少し見せて、その後、目をそらした。


目に宿っていた光が消えたように感じる。


「やっぱり……剣のスキルがなかったら騎士にはなれないよ……」


ガーシュインのいつもの弱音と切り捨てることもできたが、今日はいつもと違うように感じた。


「何言ってるのよ。あなた、もうその辺の騎士より十分強いんじゃないの?」


「……」


ガーシュインは口調も、性格も弱々しいが、純粋な戦闘力という面から見た強さであれば、かなり強い方だ。


幼い頃から騎士になりたいと身体を鍛え続け、レーリアさんと一緒に公爵家の庇護下になってからは、周囲の騎士を遥かに超えた鍛錬を積んでいた。


そんな彼が、ノイエンラート家の上級騎士でも一部しか持ち得ない〈剣聖〉……


それと同等と言っても過言ではないスキル〈拳聖〉を授かったのだ。


レーリアさんは、ガーシュインが騎士達を訓練で圧倒していたという話を、何度も嬉しそうに話していた。


「強いだけじゃ、やっぱりダメなんだよ。周囲に認められないと、騎士にはなれない」


「そんなこと……」


「僕は平民なんだよ」


「ッ!」


「僕が貴族だったら、確かにこのままでも騎士になれたのかもしれないね……」


私は立ち上がった。


燃え上がるような怒りを……


私は初めて、彼の発言に対して怒りを感じた。


目をつむって、覚悟を決めた。


唇を噛みしめて、テーブルの前に進み、ナイフをすくい取るように手を動かす。


手のひらの上になんとかナイフを動かし、指で包む。


「お、お嬢様!」「ク、クレア!」


唇から血が流れ出していた。


歪む世界、眩む視界。


それを上回る怒り、そして強烈な痛みという現実で、私は深紅の記憶を塗りつぶした。


それでも、ナイフをまともに握ることはできていない。


握りしめていた左手の拳からも血が垂れている。


手首で果実の方を動かし、なんとか右手の上に位置しているナイフに重ねる。


「う゛う゛う゛!!!!!」


渾身の力で、唇を噛み締め、無理やり果実を半分にカットした。


その瞬間、強烈なフルーツのオーラが体内に移動したように感じた。


両断されたフルーツも切る前とは違い、薄くではあるが、光り輝いている。


ナイフはそのまま床に落ちた。


「……じいや!パフェの材料!」


「こ、こちらに!」


身体に力はもう入らない。


じいやがもってきたパフェの材料を、残りの力を振り絞りながらパフェグラスに移していく。


不格好に傾いた生クリームの柱に、ぎこちなくカットされたフルーツを埋め込む。


「口を開けなさい!」


あ然としていたガーシュインが開けた口に、私は倒れ込むようにパフェグラスを投げ込んだ。


「んんぅ〜!んがあ゛あ゛あ゛!!!あ……お……?」


口いっぱいにパフェが詰め込まれ、息が出来ずに悲鳴を上げていたガーシュインだったが、パフェを飲み込むと、自分の手のひらを見つめてニギニギと拳を開けたり閉じたりしている。


「クレア……これ、バフ……バフがかかってる!」


「見たらわかるわよ……ガーシュイン、一度しか言わないからよく聞きなさい」


私は全身全霊を尽くして両足で立ち、ガーシュインを見据えた。


「刃物を持つのにこれだけ苦労している私でもバフを使えたのよ。何の苦労もなしに剣を持てる貴方が、剣が使えないから騎士になれないなんておかしな話よ」


ガーシュインは泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。


「それと私の初めてのパフェに誓って言うわ。私は王国で最も強い人間をナイトにしてパフェっ娘トーナメントに出る……そして優勝するわ。そこに剣のスキルの有無は関係ない」


私はガーシュインの首根っこを押さえていった。


「ガーシュイン……貴方は私の初めてのパフェを食べたのよ……この私に、見合うくらい、強くなって……みせなさい…よ……」


「お嬢様!」


私はそこで意識を失った。


私が目を覚ましたのはそれから4日後のことだった。



――――――――――


「ついに決勝だよ……」


隣でガーシュインが小さな声でつぶやいた。


パフェっ娘トーナメント決勝、王都の中心部にある円形闘技場、その中心にあるアリーナでは、強力なバフをまとったナイト同士による激戦が繰り広げられていた。


パフェっ娘トーナメントは公爵家にとって権威を示す重要な機会だ。


アリーナが最もよく見える特別な観覧室で、私達は父に同席していた。


すぐ近くに王もいる重要な席、失礼も敗北も決して許されない。


レーリアさんの防御特化のバフはトーナメントによって強いられる連戦には非常に効果的だった。


決勝のアリーナ登った二人のナイトを見てもそう感じる。


無傷で決勝に挑もうとしているレーリアさんのナイトに対して、相手のナイトの女冒険者は遠目に見てもダメージが目立っているからだ。


熱狂的な声援とともに試合が始まった。


それからのことはあまり覚えていない。


相手が女だからと、レーリアさんのナイトが先手を譲ったこと。


相手の攻撃特化のバフが乗った攻撃がレーリアさんのナイトの防御を容易に貫いたこと。


そのダメージを引きずって、レーリアさんのナイトが敗北したこと。


怒り狂った父が、観覧席の石の柱をへし折って出ていったこと。


応援していたガーシュインが静かに、泣いていたこと。


……


この後起こるであろう悲劇を悟っていたけれど、13歳の私はあまりにも無力だった。


――――――――――


「お嬢様、騎士団長様がお呼びです」


「……今行くわ」


じいやが私に声をかけた。


じいやは父を様々な言い方で呼ぶ。


騎士団長と呼んだ時、それは私に招集命令がかかったということを意味している。


何よりも優先して向かわねばならない。


じいやは私を連れて、どこかに向かう。


公爵家の敷地は非常に広い。


私自身、全ての場所を知っているとは到底言えない。


じいやですら、知らないのではないか。


歩きながら、私の不安は増幅していった。


連れてこられたのは、荒れた石張りの床が広がっている祭壇のような場所だった。


それが視界に入った瞬間、私は耐えきれず嘔吐する。


私はその場所を知っていた。


私の記憶の中の赤い景色、鳴り止まない悲鳴が目の前の光景とシンクロする。


思ったとおり、私の父が剣を持って立っていた。


そしてその前に、後ろ手に縛られたレーリアと、ガーシュインがいた。


「男の方はどうだ?」


「申し訳ございません。今なお逃走を許しております……」


「表立って追跡すると目立つ。1対1でも勝てる騎士のみを選抜し追跡しろ」


「はっ」


騎士はすぐにその場から立ち去った


「アルトクレアはここに来るのは初めて……いや、2度目か」


「ノイエンラート家の名に傷をつけた者たちに相応の地獄を見せてやろうと『おやめくださいお父様』」


私は耐えきれなくなり、父の言葉を遮った。


呼吸が荒くなるのを、身体が震えるのを、全力で抑え込んだ。


父は無言で、長剣でレーリアの首筋をなぞって言った。


「……お前は、私に意見できるほど、強かっただろうか?」


父が私の方に殺気を向ける。


背筋が凍るような圧力を、なんとかこらえた。


その時、私はレーリアがこちらを見ていることに気づいた。


レーリアは泣きそうな目でこちらを見て、諦めたように視線を外した。


人生で感じたことの無いほどの強烈な不快感に私は混乱する。


そして不快感の原因に気づいた時、私は強烈な怒りを感じて、吠えた。


「貴様!私にすがったな!」


レーリアの元まで歩いていき、胸ぐらを掴み上げる。


「貴方の甘さが招いたことではないか!貴方の夫より強い騎士がいた!もっと果実を要求することもできた!公爵家の力があれば、相手を妨害することだってできただろうに!貴方は勝利のために何もしなかった!」


「ここまで来て、よくのうのうと私に助けを求められる……!誇りはないのか!」


レーリアが、涙をこぼしながら、私の目を見て、震えていた。


隣のガーシュインも涙をこぼしたまま俯いている。


「……そうか、おまえたちは平民だったな……」


私は冷ややかな目で彼女を見つめ、掴んだ胸ぐらを投げ捨てた。


「父上、こんなモノは早く捨ててしまいましょう。このような誇りなきモノと関わるだけ時間の無駄です……」


「ほぉ……」


父上の方を向き直る。


「今回の一件は、私の責任です。これらのモノの本質を見抜けず、公爵家を代表する舞台に立たせてしまいました」


「5年後、私がパフェっ娘トーナメントで完全なる勝利をおさめ、失った名誉を取り戻してみせましょう」


「……できるのか?」


父は私に剣先を向けた。


これは試練だと、私は直感する。


この場で乗り越えられなければ、父は躊躇なく私ごと殺すだろう。


私は全てを思い出していた。


この男が、この剣が、私の母を殺したのだ。


歯が砕けるほどの力で唇の先を噛み締め、手首から先を捨てる覚悟で父の剣先を握りしめた。


「この命に代えても、勝ちます」


「……」


剣をつたう血を見た父は、剣先をわずかに動かし、私の手を弾いた。


「よかろう」


父は納刀しながら出口の方を向き直り去っていく。


「あれらは、敷地の外に放り出しておけ。追跡も、もう必要ない」


「……よろしいのですか?」


「あれが、〈パフェっ娘〉を授かるとは思ってもいなかった。遅くなったが、公爵家の一員としての自覚を持つのであれば、安いものだ」


「……承知致しました」


父は副団長を連れ添ってそのまま消えた。


私には力がなかった。


父を倒せるだけの力が。


自分の主義を貫くだけの力が。


だから、だから、大切なものを守るにはそれ以外のものを切り捨てなければならなかった。


後ろからレーリアの涙声が聞こえた。


「クレア様……申し訳ございません……申し訳ございませんッ……」


私はそれを無視して、この地獄から立ち去った。


――――――――――


「じいや、果実とペティナイフを準備しなさい」


じいやが驚いた顔をしている。


「申し訳ございません。果実が地下倉庫にございますため、少々時間がかかります……」


「いいわ、5分で持ってきなさい」


私は部屋に一人になった。


瞬間、涙が溢れる。


じいやが来るまで5分……


この5分が、生涯で私が涙を流した最期の時間だった。


――――――――――


王都の裏通りを二人の平民がトボトボと歩いていた。


「ガーシュイン……」


「……」


「ガーシュイン貴方を巻き込んでしまってごめんなさい……私が弱くてごめんなさい……」


「……」


俺の耳には姉の言葉が入ってこなかった。


かわりに俺を助けてくれたクレアの言葉が、クレアの姿が、何度も、何度も頭の中で繰り返された。


俺は……俺たちは今日、クレアに救われたんだ……


やっと、俺は気づいた。


涙が地面にこぼれる。


強くなると誓って、何年も修行してきた。


強力なスキルを手に入れて、憧れの騎士達とも戦えるようになった。


それでも……自分は……自分は何も出来なかった……


俺は拳を強く握りしめた。


それどころか、守りたいと思っていたクレアの足を引っ張っている。


俺は本当に強くなっているのか?


いつも!いつも!いつも!いつも!


俺はいつも、クレアに助けられてばっかりだ。


後悔、懺悔、羞恥……溢れ出した感情が涙になって頬を濡らした。


俺なんか……もう……


目の前のギルドで、楽しそうに酒を飲んでいる冒険者の姿が目に入った。


いや、違う!


自分の頬を俺は思いっきり殴った。


彼女の言葉を思い出せ!


『私の初めてのパフェに誓って言うわ。私は王国で最も強い人間をナイトにしてパフェっ娘トーナメントに出る……そして優勝するわ。そこに剣のスキルの有無は関係ない』


『ガーシュイン……貴方は私の初めてのパフェを食べたのよ……この私に、見合うくらい、強くなって……みせなさい…よ……』


諦めてなんかいられない!


悔やんでなんかいられない!


今日彼女が払った犠牲を、俺が、俺が強くなって取り返さなくちゃいけないんだ!


涙を払う。泣いてなんかいられない!


「姉さん、力を貸してほしいんだ」


「俺が王国で最強に……一番強くなって、クレアを助ける力が欲しいんだ!」


姉さんが目を見開いて俺を見た。


「だから、姉さん、俺に力を貸して!」


――――――――――


――5 years later


――――――――――


「あっ!」


新人のメイドが手を滑らせてティーカップを床に落とす。


砕け散る音が部屋全体に響く。


「も、申し訳ございません!」


私は震えているメイドを睨みつける。


「いいわ、かわりに手を出しなさい?」


「え…?」


私は熱々の紅茶が入ったティーポットを手に持って言う。


「貴方がティーカップのかわりになれるならクビにしないわ。手をだしなさい。」


メイドは怯えた目でこちらを見たまま動かない。


「早くしなさい」


「は、はい……」


メイドはパタパタとこちらに走ってくると、両手でお椀を作る。


私は容赦なく、その手に紅茶を注いだ。


「うあああっ!!!」


メイドが熱さに耐えきれず、手のひらから紅茶を振り払った。


「残念、クビよ。死にたくなければ早く消えなさい」


「ひっ……」


メイドは手を抑えながら、部屋から出ていった。


他のメイドも立ち去り、部屋には私とじいや、そして護衛騎士だけが残った。


「お優しいですなぁ……」


「うるさい」


私はじいやの頭目掛けてフォークを投げる。


眉間にフォークが突き刺さったじいやはそのまま後ろに倒れた。


「お嬢様、むやみにじいやに手を出すのはおやめください……」


護衛騎士が私に苦言を呈するが、それを無視する。


数秒後、フォークを頭から抜いたじいやが立ち上がった。


「執事長殿、あなたもおふざけがすぎますぞ。あなたなら躱そうと思えば、容易に躱せるはずです」


「いえいえ、お嬢様が投げてくださったものを身体で受け止めないのは失礼でしょう……」


「これだから〈不死〉スキル持ちは……」


じいやはお堅い護衛騎士の苦言をフォッフォッフォと、笑い飛ばした。


「お嬢様もお嬢様ですぞ!トーナメントの登録締め切りもそろそろ近いのではないですか!この私をナイトとして早く登録することをオススメしますぞ!」


「じいや、果実とペティナイフ」


「承知致しました」


「どうして、今バフの修行を?」


「わからないうちは私のナイトにはなれないわね」


私は震える手で、じいやが準備した果実をカットする。


「盛り付けはメイドにさせますか?」


「今日は自分でやるわ」


私はナイフを置いて、丁寧に盛り付けを始める。


盛り付けを自分でするのは何年ぶりだろうか。


ズンッと、建物全体が揺れた。


部屋に騎士が入ってきて護衛騎士に情報を共有している。


「お嬢様、どうもなかなか手強い侵入者がいるようで、私も応援に向かいたく!」


「......行きなさい」


「もしや、そのパフェは私に作ってくださったので……!?いやぁ……アルトクレア様のバフがあれば1000人力で『あなたは、早く侵入者を制圧に向かいなさい』」


私は満面の笑みで尋ねてくる護衛騎士をはっきり拒絶した。


「あ、はい!了解致しました!」


「最初にここに戻って来た者に、このパフェをあげるわ」


「すぐに向かいます!」


護衛騎士が嬉しそうに飛び出していった。


ズンッと、建物がまた揺れた。さっきよりも音も揺れも大きくなったように思う。


「……」


「登録締め切りは今日まででしたな」


「そうね」


護衛騎士の悲鳴が廊下から響いてきた。


「おめでとうございます、お嬢様……」


じいやがそう言った瞬間、部屋のドアが開いた。


特徴的な黒髪、返り血を浴びた白い道着に、オーバーサイズの黒いズボンを履いた男が立っていた。


……もう少しどうにかならなかったのかしら?


5年ぶりに会うというのに、もう少し?夢をみせてくれても?いいんじゃないかしら?


私はドレスアップして待っていたというのに……


私はちらりと彼の腕を見た。


まぁ上腕二頭筋が見えるのはいいと思うけど……


「遅くなってしまい、申し訳ございません。クレアお嬢様」


ガーシュインは目の前で膝をついた。


「私のナイトは王国で一番強い人にすると決めているのだけど?ガーシュイン?」


「……それでは私があなたのナイトになりましょう」


私はパフェをスプーンですくい取り、彼の口の中に入れた。


「今度こそ君の力に……君と一緒に戦わせてくれ、クレア」


「頼りにしてるわ……、ガーシュイン」


■お読み頂きありがとうございました!

 面白かった方はもう少しスクロールして

 『評価』【★★★★★】と『ブックマーク』をお願いします!

 作者のモチベーションになります...!


■今回の作品は、連載中の長編に登場する敵キャラ設定エピソードです。

 この作品が面白かった方は、冒頭の作者名リンクから是非〜

 男性訴求強めのタイトルですが、内容は誰でも楽しめるものになっています!

 調子に乗った主人公一行を、ガーシュインが恐怖のどん底に叩き落しますよ〜

 (軽いネタバレ)

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