表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

竹生島神社の巫女に、戦勝祈願しただけで勝利する浅井長政

作者: 羽柴藤吉郎

北近江の小谷城を拠点にする青年武将 浅井長政が、敵対する南近江の六角承禎を相手に、戦を仕掛けようとしていた時。


浅井家の家臣 遠藤喜左衛門が竹生島神社に戦勝祈願を掛けに赴き、そこで見目麗しい巫女頭杏に出会い、浅井家の為にと、ある契約を交わす。

永禄3年5月の桶狭間の戦いで、織田信長が今川義元を討ち取った頃。


琵琶湖に浮かぶ竹生島神社に1人の武将が参拝に訪れた。

浅井の智将 遠藤喜左衛門直経《えんどう きざえもん なおつね》

が若殿 浅井長政の戦勝祈願の為に、密かに祈りを捧げに来たのだ。


「浅井家の興亡を賭けた戦……我らを被官と蔑む六角承禎を打ち破る為なら、何でもいたす」

何気なく呟いた時だ。


「そなた、浅井家の為なら何でもいたす覚悟か?」


いきなり響いてきた声に直経が、思わずたじろぐ。

「何者か?」


「わたしは杏……このお社の巫女頭にして、近江の守護神、そちの願い聞き届けてあげます」


ゴクリと生唾を飲み込み直経が思い出す。

魔道を操る古代より生きる巫女が、日本のあちこちに隠れ住む事を。


「近江の浅井家が続く限り守護して貰えるということだな」


「さよう、しかしタダとは言いません、そちらから何か差し出すモノは?」


「ならば浅井の当主 長政様を捧げます」


ホウ……切れ長の瞳を細め杏が暫し思考して答えを出す。

「良いでしょう、わたしの血が浅井家の興隆を支えます」


「ありがたい、これで浅井家は救われる」


巫女頭にひれ伏し直経は感謝していた。


(新しい血が欲しかったところに、わざわざ来てくれるなんてわたしはなんて、ツイてるんだろ)

「ならば改めて使いを寄越せ、直々に戦場に馳せ参じ、我が能力にて浅井家の敵をあしらうことにいたします」


厳かな威厳ある態度で、杏が力を貸すと直経に告げる。




それから時は流れた。



北近江 野良田 (滋賀県米原市) 永禄3年・1560年8月20日。


 浅井長政率いる1万と、六角承禎ろっかくじょうてい率いる2万が対峙していた。


「我が方の支度は万全を期しました、若殿」

遠藤喜左衛門直経が長政に告げると黙って15歳の浅井長政が頷く。


「この一戦が浅井の運命を決める、くれぐれも抜かるなよ」

遠藤喜左衛門がにやりと不敵な笑みを見せる。

「むろん承知、ここまでようやくきましたな」


「喜ぶのはまだ早いわ」若き長政がぴしっと言った。


ーーーーーーーーー


 元々浅井氏は、長政の祖父である亮政すけまさの時に、京極氏の被官からのし上がった家柄で、北近江の国人領主を従えて小谷城に君臨してきたが、観音寺城の六角承禎の父親 定頼のしつこい攻勢に、浅井久政あざいひさまさが膝を屈して嫡子夜叉丸(長政)を人質に差し出してしまった。


 観音寺城に送られた夜叉丸は、元服して浅井賢政あざいかたまさと名乗り、定頼の息子の六角義賢ろっかくよしかたの家臣 平井定武の娘を嫁に迎えさせられた。


 これが去年の1559年の話で、長政は密かに主だった反六角の家臣達と会合して、クーデターを起こし父親の浅井久政が、鷹狩に出向いているすきに小谷城を奪い取る。


 赤尾清綱あかおきよつな海北綱親かいほくつなちか・遠藤喜左衛門・百々内蔵助どどくらのすけが、帰ってきた浅井久政を捕らえて有無を言わさず、竹生島に幽閉した手際は鮮やかといって良い。


 家督継承を家臣団の前で表明した賢政は、まずは六角からの独立で証として名乗りを長政と変えた。


 そして平井定武の娘は、綺麗な体のまま六角に送り返された。

一方で浅井長政が独立宣言をしたことで、六角承禎は怒り狂い報復として2万あまりで北近江に侵攻。


永禄3年の春になる頃。


 浅井長政の調略により寝返った高野瀬秀頼の肥田城を六角承禎軍が攻めた。


 城の周囲に土塁を築き、川の水を引き込み水攻めにするが、堤防が決壊して失敗した。


 城方は小谷城に援軍を要請し、浅井長政は1万あまりで小谷城から南下して肥田城のある野良田に布陣した。


 後世に近江の桶狭間と称される戦いが始まろうとしている。

北近江・愛知川が流れる野良田の地に六角承禎率いる2万5千と浅井長政軍1万1千が、戦闘態勢に入っていた。


 六角の先鋒・蒲生定秀(蒲生氏郷の祖父)と永原重興。


第二陣が田中治部・樽崎壱岐。


 その他は日野・進藤・後藤賢豊・伊庭氏など南近江の諸将が部隊を展開させていた。


 安全な後方に本陣を置く六角承禎は余裕綽々の態度で勝どきを全軍に挙げさせた。

「我が方は大軍だが、憎き浅井新九郎は我の半分にも満たない小勢に過ぎぬゆえ楽勝と心得よ……わっはっは」


 合戦の開始は双方が弓矢の打ち合いから始まる。

続いて敵の備えが崩れた箇所に、槍隊を突撃させて更に敵部隊内部を撹乱させ太刀を抜いての白兵戦に持ち込むのが、オーソドックスな戦国時代初期以来の合戦パターンとなっていた。


 数を頼りに押しまくる六角軍の攻勢に、耐え切れずに浅井方の 百々内蔵助が引き始めると、六角の武将が追い縋り、いきなり槍を内蔵助の脇腹に叩き込む。


「グッ」堪らず落馬する内蔵助に足軽達が群がり首を跳ねる。


「浅井方の武者を討ち取ったり」



 そんな六角の武将の背後から赤尾清綱が槍で突き殺す。


「赤尾殿、戦は不利ゆえ一旦退くべきと思う」


 遠藤喜左衛門が馬を操りながらも赤尾に呼びかける。

「まだ始まったばかりだぞ」


 苛立ち混じりに怒鳴り返すと、清綱はくるりと反転して迫っていた足軽の頭を槍で叩き昏倒させる。


 同じ頃、本陣では浅井長政が立ち上がり馬を牽いてこさせた。

磯野員昌(かずまさ)が慌てて長政を見る。


「殿いずれへ?」

「奇襲をやる」


「敵は勢いに乗り縦列となっておる、そこを突けば戦は終わる」


「たった1千を連れてですか?」


「尾張の織田信長殿は劣勢で多勢の今川を桶狭間で退け、遂に義元を討たれたと聞く、俺に出来ぬ道理は無い」


「なんと」思わず絶句する磯野を尻目に長政は飛び出していった。

「ええい我も続くぞ、お館を討たすな」磯野も馬に跨り慌てて後を追う。


 意図的に撤収を始める浅井軍を見て、六角軍が勝ち戦と信じて追撃を開始したという報告に、六角承禎は満足そうに笑い「浅井長政の首を持って参れ、褒美を弾む」とまで言った。


 蒲生定秀が、追撃の手を緩めて前方を見据えて絶句する。

浅井の旗印が側面から迫りくる光景に我が目を疑う定秀は思考が停止した。


「行けや者ども、我らには竹生島神社の浅井の守り神がついておる」

長政が檄を飛ばし傍らを見る。


 神馬に跨り巫女姿の長身の女が、腕を突き出すと青白い閃光が迸り、六角兵を薙ぎ払う。


後退していた浅井軍が逆襲に転じ、次々と六角兵を押し返し始める。


「さすが浅井の守護神……杏殿の魔力は凄い」

遠藤喜左衛門が誇らしげに敵を血祭りにあげていく。


 六角軍は前線で総崩れとなり足軽達は我先に逃げ回る。


やがて本陣の六角承禎のところにも総崩れの影響が波及していった。


「何故だぁ」

軍配を地面に叩きつけ地団駄を踏む承禎は喚き散らしながら旗本に守られて観音寺城まで落ち延びていった。



 こうして野良田の合戦は浅井軍の完全勝利に終わった。


反面、敗れた六角承禎は威信を失墜させて後に六角は観音寺崩れと呼ばれる大騒動の種が撒かれる結果になった。



「殿……此度は大勝利でしたな」

遠藤喜左衛門が長政に話しかけると長政が睨みつける。


「お前は浅井の勝利と引き換えに、俺の子種をそこの巫女に授ける契約を交わしたのか?」


「はて、殿の武者ぶりに巫女さまが惚れたのではと思いました」

恍ける遠藤喜左衛門に、長政がまぁよいわとばかりに破顔した。


「竹生島神社に供奉いまします魔道を操る巫女の杏と申します、若様の初陣の力強い勇ましさに惚れぼれしてます」


杏が長政をまっすぐ見つめて頬を真紅に染めた。


「俺の子を産むと言うのか?」


「はい」


「それはまことか?」

面食らって長政が聞き返す。


相手は肯定するように頷く。

「私を味方にお付けくだされば、近江一国を浅井のものにいたします、殺れと仰せなら六角承禎を殺めることも厭いませんわ」

平然と物騒なことを言う大胆さに長政は肝を潰した。



「なら小谷城までついて参れ」


万福丸の生母 杏が誕生した瞬間だった。


 終わり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ