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三十と一夜の短篇

あなたの隣にあたしはいない(三十と一夜の短篇第53回)


「ね、もうこの雑誌見た?」


 昼休み。教室で友だちに囲まれてる水本みなもとの元に駆け寄る。


 ―――ふつうの顔できてる? 水本のこと見過ぎじゃない? 話に割り込むやなやつって思われてない?


 不安は、水本の笑顔で消し飛んだ。


「え! なにそれなにそれ! うわ、恩田選手のインタビューじゃん!」


 はずむ声に顔がゆるみそうになるけど、親しみやすい笑顔を心がけながら、さりげなく周りに目をやる。水本はいつもどおり目を輝かせて、あたしの手のなかの雑誌に釘付け。周りにいた連中もサッカー部ばかりだから「あ、見た見た」だとか「えー、おれまだ」なんて言ってる。

 

 ―――良かった。変に思われてない。

 

 安心して顔を引き締めて、お小遣いをやり繰りして買ってきたサッカー雑誌を机にぽいと置く。

 ほんとうは手渡ししたい。うれしそうに手を伸ばす水本の視線の先に立っていたい。

 だけどそれはきっと、気楽に話せる女子のやることじゃないでしょう?

 あたしの立ち位置を守るため、ひとこと添えるのも忘れちゃダメ。


「あたしもう読んだから、貸したげる。ちゃんと返してよ?」

「マジで? やったー!」


 本当は返してもらわなくたっていい。どこを話題にされたってすぐわかるように、読み込んだんだから。

 だけど「あげる」なんて言うのは、あたしとあんたの仲じゃきっと変。サッカーが好きっていう共通の話題があったからことばを交わす程度のクラスメイトの言うことじゃない。


「あ! この写真、このあいだの試合のときの! めっちゃかっこよかったよなー!」


 いそいそと雑誌を開いた水本が顔をくしゃくしゃにして笑う。ちいさな子どもみたいな笑顔はサッカーの試合中のおとなびた横顔とはまったくちがっていて、胸がどきりと熱くなる。


 こういうとき、やっぱり好きなんだなあ、って思う。

 思うけど、あたしはこいつの友だちにしかなれない。

 だって。


「あ、水本。おまえ、彼女のとこ行くって言ってなかった? はやくしないと昼休み終わるぞ」


 周りにいたサッカー部のひとりのことばで、胸がずきりと痛む。

 水本に彼女がいるのはみんな知ってる。当然、あたしも。


「そうだった!」

「水本くん」


 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がった水本を呼ぶ、控えめな声。やわらかな声に水本は顔を向けて、ふにゃりと笑った。


愛花まなか


 うれしそうに名前を呼ぶ姿に、ずきずきと胸が痛む。

 あたしの横をすり抜けた水本が駆け寄る先には、水本の彼女がちんまりと立っている。

 となりのクラスの女の子。小柄で手芸が趣味で、おとなしい子。

 それが水本の好みなんだって知ったときには、もう遅かった。


「俺、編み物とかちまちましたの一生懸命つくってる子みてるのが好きだなあ」


 サッカー部のメンバーと水本とあたしと、話していたらいつの間にか彼女にしたいのはどんな子か、って話題になったときに水本はそう言った。


「え、お前それなんか具体的! 誰のこと?」

「へへへ、お前らになら言ってもいいかな。あのさ、となりのクラスの……」


 うれしそうに声をひそめる水本を見ながら、冷たい水を頭から浴びたような気持ちになった。自分がまっすぐ立てていたのかもわからない。

 だけど「ひみつだからな!」と照れる水本もからかうように明るく笑うサッカー部員たちも、特になにも言ってこないから、きっとあたしはふつうに振舞って、うまく笑えていたのだろう。

 

 泣いたのは、家に帰ってからだった。

 

 水本に近寄りたくてサッカーのルールを勉強して、応援してるチームや憧れてる選手を全員覚えて、それをきっかけに話しかけた後に好みを知るなんて。親しみやすさを選んだあたしの振る舞いは、彼の好みとはかけはなれていたなんて。


 でも、今さら後に引けない。

 希望がなくても、せめて友だちの距離にいたい。


 そんなことを思いながら、友だちとして過ごしてきた。水本と彼女が仲良くする姿を見つめてきた。

 別れてしまえなんて、思えない。だって水本はあんなに幸せそうに笑っているんだもの。

 彼女のことを嫌いだなんて、思えない。だって水本の選んだ子なんだもの。

 水本が彼女に告白して付き合い始めてからも、仕方ないと自分に言い聞かせてきた。

 

 だけど、つい思ってしまうのだ。


「みんな滅んじゃえばいいのに」


 水本とあたしだけ残して、みんな居なくなればいいのに。そうなれば、もしかしたら水本だってあたしのことを……。


 そう思う。けれど、思うだけで。

 もしもあたしの願いが叶ったとして、水本はきっとあたしのことを友だち以上には見ないだろうな、とも思ってしまう。

 だって、あの子に向ける笑顔とあたしに向ける笑顔の温度差が、見えてしまうから。


「なんだよ、物騒だな。小テストでもあんの?」


 あたしのつぶやきを拾ったサッカー部のやつに、笑ってみせる。精一杯の笑顔で、水本が見てくれないかな、なんて思いながら。


「そうだったかも」


 いい加減な返事をして、あたしは笑う。笑いながら涙が止まらない。眼から涙が出なくても、ひとって泣くんだって知ったのは最近のこと。


 みんな滅んじゃえ。

 このままじゃ、心がおぼれちゃう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない。相手の好みを覚えて、そこから接点探っていくのに、正解が手芸だった。 友達ポジションで頑張ろうとしても、「異性間の純粋な友情は成立するか否か」の問題が襲いかかる。 でも、悩んでいる…
[良い点]  切ないですねえ。こういうシチュエーションに弱いです。気の置けない異性のお友だちの位置にいようとしても、抑えれらるものじゃないですもの。  そして水本君に気付かれたら互いに気まずくなっちゃ…
[良い点] これはせつないサツマイモだ。決して自分を見ることがない相手に恋するって、キツいんだろうなあ。若干闇落ちしてそうな主人公ちゃん。それだけ水元くんが好きだったんだね…… [一言] ラスト二行…
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