第二章 「浦島太郎とウミガメのスープ」 2
背伸びをして海を眺めるナナコ。
「それで、カメはどこだ? どこにいるんだ?」
「さあな? このでっかい海で小さなカメを見つけるのは難しいんじゃないか? だけど、別にいなくてもいいだろ。放っておいても勝手に大人になるんだからさ」
閑散としているとはいえ、曲がりなりにも海水浴場にカメはいないんじゃないか?
「駄目だ。玉手箱を貰って願いを叶えてもらうんだ」
「玉手箱って、浦島太郎かよ? さすがにそれは、おとぎ話だから、ないと思うぞ」
シュンと肩を落とすナナコに俺は何だか申し訳なくなってくる。オヤジのやつ、適当なこと言いやがって、フォローするこっちの身にもなりやがれってんだ。
「玉手箱はなくても、カメを見つけたい……。むな志が言っていた。『鶴はセン年、亀はマン年。縁起がいいのよ』って」
こいつは、どんだけオヤジに傾倒してるんだよ? と言うか、二人はいつの間に仲良くなってるんだ? オヤジは、中身が女性なので、話が合うのだろうか?
「そう言えば、こうも言っていたぞ、『カメが駄目なら、武蔵ちゃんに、お願いすれば大人にしてくれる』と。後ろの方は良く聞き取れなかったが、武蔵にも何かそういう力があるのか? たしか、タマ? て箱? みたいな、『キンだったか? タマなんとか』って言っていた気がするが。もしかすると、武蔵に頼めば大人にしてくれるのか?」
上目遣いで、ナナコにそう言われ、なぜか俺の胸は大きく跳ねた。こんなお子ちゃまに迫られて動揺しているというのか? 海と言う開放的な場所がそうさせるのか? 白い肌に白い水着なせいか全裸に見えてきた。 炎天下の中、立ちっぱなしだったせいか、頭がクラクラする。
なおも海パンの裾を掴んで、「なあなあ」と急かされる。その心と同調するように体が揺すられる。ズルズルと海パンがずり落ちる。
そして……。
「「あ……」」
互いに顔を見合わせる。
俺は海パンをケツに食い込むほどずり上げ、はっきりとこう言った。
「よし! カメを探そう!」
そんなこんなで、俺とナナコで存在するはずもないカメを探していると、
「何をしているんですかぁ~」
ニコニコと明るい笑顔を振りまいてクルミがやってきた。
「カメをさがしている」
真顔でナナコが答える。
「え? いるんですか?」と、視線を海面に這わせるクルミに、「まだだ。そんなに簡単ではない」とナナコが答え、俺は肩をすくめて応える。
「そうですか、でも、きっといますよ。だって、私は、ウミガメを見たことありますよ。思い出が――。記録がありますから」
なんだか、変な言い回しだなと思っていると、ナナコが首だけをクルミに向け、
「ホントか? どこで、いつ見たんだ?」
「ええ。あれは、たしか……」
と、クルミが考え込んでいると、
「自分も、見たことがありますよ。ただ、この辺りはそれなりに人の出入りがありますから、あまり期待しない方が良いと思いますよ」
大荷物を持った富田が、珍しく会話に割り込んできた。
紺色の海パンに紺色のYシャツを羽織っている。ムキムキとはいかないが、ふんどしが似合いそうなくらいには筋肉質な体をしている。
ナナコは、「いないのか」と肩を落とす。それを見て、富田がすかさず、「ですが」と続ける。
「海である限り可能性はゼロではありません……。それに、明日、行く場所でなら、もしかすると見られるかもしれません」
真顔なので感情が読みづらいが、きちんとフォローを入れてくる。
その証拠に、ナナコも顔を上げ、
「知っているか? ウミガメは卵を産む時、涙を流すそうだ。見たことあるか?」
と元気を取り戻していた。
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