第一章 「壊れたキカイ」 12
「ふぅ~」
大きく息を吐き出し、背中を特急の指定席に預ける。
本日初めての空調の効いた場所でリラックスする。
2人掛けの席を半回転させ、4人掛けの席にしている。隣には富田が、真向かいにナナコ、その隣にクルミが座っている。
俺はオヤジから託された鞄の中から地図と予定表を取り出し眺めていた。予定では一泊二日のスケジュールだ。
今日が、海で一泊。明日は電車を乗り継いでどこぞの公園まで行くらしい。
それにしても、夏休みのせいか、乗車率は100%前後と言ったところだ。護衛の任務なんて初めてなので、正直人込みは避けたいところだ。すれ違いざまにバッサリなんてやられたら防ぎようがないぞ。
そんな俺の心配を知ってか知らずか、「どうぞ」と言って、富田が冷凍ミカンを差し出してきた。
駅までテクテク歩いてきたせいで、体に熱が溜まっていたのか、冷たい果肉が体温を下げてくれる。全身の力が抜けて、体が溶けたアイスのように崩れていく。
「大丈夫です。奴らは、人目の多い場所では何もしてきません」
そっと富田が耳打ちする。
富田は目だけでうなずいて見せる。
俺は極力体を硬直させ周囲の様子を探る。ナナコとクルミは無邪気にじゃれ合っている。特に警戒すべきものはないようだ。
しかし、『奴ら?』とは? 富田は、自分に害する存在を知っているのか? それとも、ただの不特定多数のことを言っているのだろうか?
ナナコばりに、無表情なので、どういう意味で言ったのか分からん。
分からないから、俺、寝る。
冗談めかして、目を閉じると、唐突に眠気が舞い降り、船をこぎ始める。電車の揺れは、どうしてこんなに心地が良いのだろうか? 俺には柔らかな母の胸に揺られて眠りについた記憶なんてないが、なぜだかそんな気分になってくる。それは、俺というよりも、人類そのものが持っている記憶――本能なのかもしれない。
*
車両がガタンと揺れるのに合わせて、ビクッとして頬杖が崩れて目が覚める。
「おおぉぉ!」
小さいながらも感嘆の声を出したのが、ナナコだと分かり、俺は完全に目が覚めた。
窓の外を覗き込んでいるナナコ。その視線の先には一面の海が広がっていた。俺も心の中で、感嘆の声をあげる。
ほんのりと潮の匂いが、鼻をつく。視界全部が海で果てが見えない。そう言えば、俺は海を生で見たことがあっただろうか? ガキの頃に、オヤジに海に連れて行ってもらった記憶はあるのだが、改めてこうやって目にするとその広大さに感動してしまう。
ナナコとクルミも、少し興奮しているようだ。食い入るように窓に噛り付いている。
さすがの富田の方も多少なりとも顔をほころばせているかと思い、隣に視線を移すと、富田は視線を前に向けたまま眉間をに皺を寄せていた。