第八話:おはよう
部屋に戻ると、スリープモードに入っていたはずのバイスは目を覚ましていた。
「あっ、あの…助けてくれて、ありがとう」
「うん、それはいいんだ。でも起きていて大丈夫?
エネルギーはもうわずかしかなかったんじゃ」
「わたし、特殊なエネルギーコアを持っていて、
少しでもエネルギーが残っていればそこから
エネルギーを発生させられるの」
「聞いたことのないコアだね…しかも見たところ、
既存のどの型のバイスにも当てはまってないみたいだけど」
「その、わたしとある実験場から逃げてきたの…。
そこではひどい実験ばかり繰り返していて私、耐えきれなくて」
「そうだったんだね。とにかく今は誰にも見られてないし、
話してないから。今のうちに指まで治療しちゃおう。」
「あの、助けてくれた人にこんなこと言うのもなんなのだけど、
見ず知らずのバイスに対してどうしてここまでしてくれるの?」
「目の前に倒れてる人がいたらとにかく僕はそうするってだけ。
さぁ、辛いだろうから、スリープしておくといいよ」
「…うん、ありがとう」
そういうと、再度そのバイスはスリープモードへと入る。
「さて…やるか!」
シュリ、シュリ、シュッシュッ
キリッ、コンコン
手甲から先を組み上げるため、17つの骨子のサイズを細かく削り
微調整をかけていき
調整を終えた骨子と骨子を直接人工筋繊維で接合していく。
これが非常に難しい。
骨子に筋繊維を張り付け、一旦置いて、
次の骨子に筋繊維を張り付ける
というような一段落おくことのできない、連続作業。
固定用のサブアームを利用し、骨子を持ち上げ、ひねり、
ねじり、位置を変え、そこへアームをかみこませ位置を固定し…
複雑な3Dパズルを解くかのような動きで手指を作り込んでいく。
特に難しいのは指の節の可動域と筋繊維、
皮膚のあまり具合を想定しなければならないところ。
一枚の皮膚だけでは手指全てをマスクしきれないので、
形状に合わせた形へカットしそれを指の可動域に
干渉しないよう、絶妙な位置に張り付けていく。
「フゥ…フゥ…ッハァ、」
息があがる。
額に汗が伝うのを感じる。
一瞬の油断も許されない中、そんなことは気にしていられないが
体に確実に疲労がきざまれていくのがわかる。
しかしここで止まるわけにいかない。
どうにかして元の姿に戻してあげたい。
その一心で精密な作業を続けていく。
カーテンを通り抜ける朝日を感じた頃、
バイスの手指は無事に完成し
左手は見た目的に、問題なく治療することができた。
「………でき、たか…」
僕は床へとへたりこみ、そのまま眠り込んでしまった。
つぎに意識があったのは、
猛烈なノックが聞こえたところからだ。
ドンドンドンドンドン!!
「優理!いい加減に起きなさい!
いったい昨日から何があったっていうの!」
ガバッ!
「あっ!えっ!おわっ!ご、ごめん母さん!
十分したらすぐ下に行くから!」
「早くしなさい、今日は午前、学校休むように連絡してあるからね。
昨日何があったかしっかり話すのよ?」
「う、うん…わかった」
母さんが階段を降りていく気配を感じると同時に、
僕は昨日治療したバイスを揺らして起こす。
「ねぇ、きみ、起きて!」
「んっ、んん…あ、おはよう」
「うん。おはよう…じゃなくて、昨日のことを詳しく
母さんに話さないといけないんだけど」
「あっ…その…わたし…あなたと、その家族なら…大丈夫だと思う。
わたしの、わかる限りのことをちゃんと、話すわ」
「わかった。それじゃあ君の名前を聞いておかないとね」
「わたし…名前、ないわ。実験場では多分わたしのこと、
マークイクスとばかり言っていた気がする」
「名前がない…そんなの、いやだな」
「あのね、わたし、あなたに名前をつけてほしい。
それと、あなたの名前は?」
「えっー?僕に!?そんな、重大なことを…うぅん…
あ、僕は優理っていうんだけど、そのぉ…うぅーーーん…」
まさか名前を決めてほしいと言われるとは思ってもおらず、
それでもすぐに下にいかなくてはならないなか
僕はパッと、彼女の印象から名付けることにした。
「青い髪、紅い目…ブルー、レッド、バイオレット…
そうだ、ロレットはどうかな」
「ロレット…うん、わたし、ロレット。よろしくね、優理」
気に入ってくれたようでよかった。
「うん、よろしく。それじゃあ、一緒に母さんのところへいこう。」