無限回廊 東工大本館
完全に内輪ネタです。
コロナで学校にすら来れない新入生が想像の中でだけでも「登校だい!w」できるように、頑張って思い出しながら書いたよ。
拙文は気にしないでね、突っ込まれるとオジサン泣いちゃうから。
大岡山の改札を抜け、青信号の明滅する横断歩道を小走りで渡る。
ひっくり返したカマボコが水平に突き刺さったような珍妙な建物が、清爽な春の陽を反射して乳白色に輝き、道ゆく学生たちを睨み付けていた。
私は立ち止まり、校門に彫り付けられた大学名が写るように一枚、写真を撮って息を吸い込んだ。
もちろん運もあったかもしれない。しかし苛烈な受験戦争を勝ち抜き、今ここに立っている、その事実が私はただ誇らしかった。だからこうして定期的に喜びを噛みしめたくなるのだ。
道路の向かいの中華料理屋から香るニンニクと、某ハンバーガーチェーンのあの紙袋の匂いが混じった目黒の空気は、空きっ腹には酷だった。写真は「登校だいw」との文句を添えてツイッターに投稿した。途端、通知欄はいいねで溢れた。
ボーダーとパーカーの群れを早足で追い越すと、見知った顔に会った。脇を小突いて振り向かせると、相手は一瞬硬直した後すぐに口の端を緩めた。
「うっす、一限英語?」
「だるい」
返答になってはいないが、肯定と受け取る。彼とは受験期にツイッターで知り合い、入学式の後に実際に会ってすぐに意気投合したのだった。学院が同じこともあって、隣同士で授業を受けることもしばしばだった。
「あ、その前にアレ、計画書」
その一言で思い出した。学部一年次に開講される物理実験の計画書は朝の10時までに所定の場所に提出する必要があるのだ。幸い、一限までの時間はまだある。
「あっぶね、忘れてたわ。一緒に行かね?」
彼はいいよ、と腕時計を見やる。
「時間あるし、本館通って行かん? ちょっと見学」
本館、というのは本大学のシンボルともいうべき建物で、あの薄暗くどこからか薬品の匂いが漂う独特の雰囲気を思い出した私は、その提案に大いに賛成した。
実は学部生には授業で使う教室以外の区域はあまり馴染みがない。そのため見学という言葉は、夜の学校に忍び込むような、ある種のスリルと興奮を伴って私の胸に響いたのだった。
四月の浮き足だった朝、もしこの後に起こる悪夢が私たちの脳裏をよぎったとしても、それは新生活に対する不安のメタファと片付けられてしまっただろう。なけなしの冒険心など、小学校の教室に置き忘れてくれば良かったのだ……。
新たな犠牲者を出さないためにも、私にはこの話を伝える義務がある。真剣に聞いて欲しい。
あの本館は“生きて”いる。
ウッドデッキの端に立ち、桜並木と件の本館を真正面に見据えると、否が応でも時計塔が目に入る。その重厚感たるや、他の大学の本館で右に出るモノはいないだろう。時刻は八時三十分、大学構内は花見客で賑わっていた。
友人とたわい無い話をしながら、本館正面に口を構える石材のアーチをくぐると、周囲の空気が一変した。外の猥雑さに対する、厳粛さというか、敬虔さといったものだろうか。春だというのに肌寒くすら感じた。かのアインシュタイン博士も訪れたというこの学府の、創立以来の精神が脈々と流れているのを感じるたび、私はいつも微かな武者震いを覚えた。
さて、実験計画書の提出場所である西地区は、本館向かって右に位置する。様々な英語の掲示がされている研究室の前をその方角へ向かって歩いている時に、私たちは最初の異変に気がついた。最初に足を止めたのは私の方だった。
「あれ、ここ一階だっけ?」
「は?」
彼が呆れ顔で眉をひそめるのも無理はない。私たちは確かに地続きになった一階から入り、階段など上がってはいないのだ。しかし、窓の外の風景から推測するに、ここは地面よりも一階分高い位置にあるのは明白だった。
「いや、ほら、窓の外」
「あれっ、変なの」
ここまでは、彼も私もまだ何もおかしいと感じることはなかった。ただ、さっき入ってきたのは何階にあたるのか、微かな疑問が脳裏をよぎっただけだった。何しろ、目的と違う階にいるのならばただ降りればいいだけのことだったからだ。
一階分の階段を降りて廊下に立つ。本来ならば学生食堂と購買部ののぼりが見えるはずだ。こちらは外から直接アクセスできるため、何度も行ったことがある。しかし、私が当然のごとく持っていた期待は打ち砕かれた。
目に映ったのは先ほどまで歩いていた廊下と寸分違わず同じ光景であった。おかしい、方向感覚には自信のある方だが、そもそも単に方向を間違えたというだけでは説明がつかない。何より、最下階まで降りたはずの階段がまだ下に続いているのが不気味だ。本館には学食のある階より下の階は存在しない。
私たちは無言でもう一階分の階段を降りたが、またしても同じ階に降りてきた。胸騒ぎとともに、身体中が痒くなってきた。こうなるとお互いなりふり構っていられず、一気に何十階分の階段を駆け下りた。最後の数段を降りてまた同じ光景を見た私は、転んだ幼児のように泣きそうになるのをグッと堪えた。
二人とも息を切らしながら顔を見合わせた。
「やっぱおかしいよな……これ」
「いやいや、マリオ64でもあるまいし……」
彼は、唇を真一文字に結び表情を硬くすると、階段を数段飛ばしで駆け下りた。階下に消えた彼がその瞬間上階の踊り場から現れた時、私たちは同時に吹き出してしまった。笑いというのは不安、あるいは恐怖に対する防衛機制であるというのはどうやら本当のようだ。
ひとしきり笑った私たちは、とにかく下の階に降りる方法を模索することにした。しかし、事態は悪化の一途をたどるばかりであった。
私たちは別の階段をあたってみた。まず今いる廊下の反対側の階段を降りると、なんと階下に降りられたではないか! 壁には合宿免許の申込みの掲示がされ、床には学食の列の導線が引かれている。私は安堵してつい大声で叫んだ。
「なんだあ、超ビビったわ!」
「時間は?」
そうだ、先ほどの階段でずいぶん時間をとってしまった。入学して一週間と経たずして一限に遅れてはシャレにならない。私はスマホの画面で時間を確認する。
「八時……三十分!?」
不思議なこともあるものだ。同意を求めて友人の顔を見るも、彼の注意は完全に本館の外の世界にむいていた。否、外であると思われる方へ向いていた。
「へっ? これ“どっちに出れば”いいの?」
「そらこっちだろ……って……!?」
私は絶句した。私たちが出ようとしたのは本館中庭と外を繋ぐはずの通路であったのだが、外に通じていると思われた方に見えたのは、紛れもない中庭だった。振り返ってみると、同じく中庭が見えた。いやこの場合はどちらかが外庭に……というのはこの際どうでもいい。
つまるところ私たちは、鏡合わせのように本館が連結したその中に、完全に閉じ込められてしまったのだ。出口が入り口となり、開放はそのまま閉鎖を意味した。
「はあああああ………」
状況を理解したらしい彼が、力なく崩れ落ちた。虚な目で明後日の方向を凝視している。
「ちょっと! おい! しっかりしろよ」
本当なら名前を呼んで喝の一つや二つ入れてやれれば良かったのだが、実は私は彼のツイッターのアカウント名しか知らなかった。こういうことは往々にして、ある。
「はあ……もうこんなん落単じゃん……詰んだわ」
「落ち着けって! 物理実験は必修じゃないから大丈夫だって!」
「英語どうするんだよおお」
「出席点ねえんだろ! テストで頑張れよ!」
典型的なダメ大学生のような慰め方しかできない私は、そういう問題ではないことは当然わかっていたものの、とても冷静でいられる状況でもなかった。
喚き散らす友人に狼狽していたその時、ふと背後に人の気配を感じた。考えてみれば、本館に入ってから教員も学生も用務員も、一人としてすれ違うことはなかった。仮にも平日の朝に、そんなことは有り得るだろうか? もしかしたら、人との接触によりこの状況に光明を見出すことができるかもしれない。そう考えて振り向いた瞬間、その人影に胸ぐらを掴まれた。
「おい! お前ら、どうやって“入って”きた?」
「アッ……アッ」
「なあ、どうやったら出られる?」
とっさに振り解き、その人物を見据える。自分よりは年上だろうか、髭も髪も伸び放題になっていて歳がわからない。そしてなぜか大学のロゴが入ったパーカーに白衣を羽織っていた。
その男は何も話さない私を見て、期待が外れた、といった表情で肩を落とした。彼も、私たちと同じように閉じ込められた人間であることは、火を見るより明らかだった。
「はあ……まあ、あんたらも頑張りな」
「ちょ……ちょっとストップ!」
今度は私が問う番だ。まずは何者なのかを問う。彼は意外にも素直に答えてくれた。
「俺は……多分あんたらと同じB1だよ」
「失礼ですけど、お歳は?」
「21歳」
「え、それって……」
「時空が歪んでるんだよ」
時空が歪んでいる? 隠語の類いだろうか。私が首を捻っていると、彼は驚いたように眉を釣り上げた。
「そうか、あんたらの時代でもまだバレてないのか……わかった、見せたろ」
そういって中庭の方へ歩き出した。私は茫然自失といった様子でうわごとを呟いている友人を残して、後を追った。
そこには異様な光景が広がっていた。中庭にはガラス張りの教室があり、その周りはコンクリートの柱で囲われているのだが、問題はその柱だ。アーチ状に造形された打ちっぱなしのコンクリートの柱は全て接地することなく、空中に浮いているのだ。まるで某箱庭ゲームでワールドの生成に失敗したような、無機的な不気味さがあった。
「これは……」
「おそらくだが、転移に失敗したんだろう。でもなけりゃ、あんな綺麗に切れないよ。ほらこっち」
そういって彼が案内したのはリング状の石が鎮座している場所だった。輪の内側には砂が敷き詰められ、中心には円筒形の柱が突き刺さっていた。
「ほら、これが“ポータル”さ。もう壊れてるけど」
「いや一体なんのことだか……」
「大学をもう一度、蔵前に移転するって話聞いたことないか? 同窓会がその名前を冠していながら、本籍地は大岡山にあるっておかしいと思うだろ? な?」
「はあ……?」
無茶苦茶だ。あまりに荒唐無稽。強く同意を求められようが曖昧な返事しかできなかった。
「で、どっかの馬鹿がーー俺は物理学系だと踏んでるがーーキャンパス“ごと”移転しようってこの装置を置いたって訳だ」
「おかしいおかしい! どう考えてもオーバーテクノロジーですから」
そもそも成績発表の度にサーバーが落ちるような大学に、そんな大層な技術があるとは到底考えられない。
「どうかな。でも事実ここから出られない、そうだろ?」
「……どうやったら出られるんですか」
「知ってたら俺も三年間も閉じ込められてないよ」
事情が分かったところで、ここから出る方法が分からないのは依然として変わらなかった。私は途方に暮れた。彼の宣告はそのまま私たちの人生の終わりを意味していた。
浅い、早い鼓動に呼応して側頭部がズキズキと痛む。私は嗚咽が漏れそうになるのを誤魔化すために走り出した。私の友人は同じ場所で体育座りをしていた。
「おい! なんとかして出る方法探すぞ」
「…………俺さあ……地元出る時に、絶対材料系に行くって宣言したんだよ」
「は?」
「こんなん、絶対系所属点足りないやん……」
「そんなこと言ってる場合かあああ!」
私は彼の脇を掴んで無理やり立たせようとしながら叱咤した。それでも彼は首の据わっていない赤子のように、だらしなく頭を垂れるのだった。
「得点来るっていうから物理実験とったのにさあ」
「後期の文系ゼミでブーストかけりゃいいだろ!」
「俺、絶対英語の試験爆死するしさあ」
「二次英語20点で受かった英弱芸人の誇りは何処へ行ったァ! みすみすコンテンツ力を投げ出すんじゃあない! 再履クラスでイキれよ!」
もはや梃子でも動くまいとする友人を連れていくのは諦めて、学食の椅子に座っておいてもらうことにした。
私はとにかく使ったことのある講義室を回り、歪みの影響とやらを調べてみることにした。そこに脱出の手掛かりがあるかもしれないという一縷の望みを掛けて。
正面にある地図をスマホの画面に収め、覚えていた講義室番号に対応した部屋に向かう。
「Hの……121、ここだ」
部屋の番号を確認し、ドアを開ける。その講義室はある意味期待通りというべきか、私の知っている部屋とは全く異なっていた。
「入らない方がいいぞ」
突然の声に驚いて振り返ると、例の男がポケットに手を突っ込んだまま仁王立ちしていた。
「本館の講義室は番号と中身が対応してない。元は振られた番号通りに整然と並んでたんだがなあ。階も位置も今やグチャグチャだよ」
「入るとどうなるんですか」
「さあ、しょっちゅう部屋が入れ替わるし、果たして同じ時代に戻ってこれるのか」
「時代?」
その時、本館の鉄筋コンクリートの厚い壁に衝撃が走った。その強さは、震度3ぐらいではビクともしないあの本館がビリビリと震えるほどであった。
「なんですか!? 今の」
このどん詰まりの状況に何らかの変化をもたらす事件なら何でも歓迎だった。しかし、表情一つ変えず変わらず立っている髭面の男を見て、淡い期待は潰えた。
「この本館はな、蔵前への転移に失敗しただけじゃなく、複数の時代の本館が反転してくっついたり、同じ領域に幾重にも重なったせいでこんな風に歪んでるんだよ。だから過去にあった事件が何度も何度も繰り返してる。今の爆発は何年のだろうな」
どうやら爆発そのものはそもそも大学側の問題らしい。
「崩れたりはしないんですか」
「お前、この本館は国の登録有形文化財だぞ? そんな簡単に崩れてたまるか。なんせ空襲に耐えてんだ」
彼は、私にいくつかの助言を与えてくれた。彼はあくまで本館で生き延びることを目的としているだけらしかった。その助言というのは、購買部に行けば食糧があること、寝るならリフレッシュルームがおすすめだということだった。それと、と彼は付け加える。
「同じ光景が二回以上見えたら、大人しく引き返せ。次の区画入れ替えの周期まで何週間かかるかわからんしな。トイレのない区画でループすると地獄だぞ……」
私はゾッとした。私はそのまま友人の元へ戻ることにした。
幸いに食堂までの道で問題は発生しなかった。友人はいつの間にか購買部の方へ行っていたようだ。私が近づいていくと彼は商品の棚の方に向かってニコニコしながら語りかけていた。
「え、君可愛いね。どこ住み? ていうかLINEやってる?」
「おおおいぃぃ! テックちゃんを口説くなああ」
人が壊れる様をまざまざと見せつけられた私は、正直動揺していた。その後も彼の精神が通常に戻ることはなかった。私は教科書類の入っていたリュックをひっくり返し、ありったけの食料とモンスターを詰め、とりあえず構内を回れるだけ回ってみようと考えた。しかし、ここでも問題が発生した。
いざ出ようとすると、何度階段を登ろうが、何度角を曲がろうが、必ず購買部に戻ってきてしまうのだ。水先案内人のあの男の助けなしで不用意に動くのも憚られたので、生協から動かないことにした。話では、数時間から数ヶ月の間隔でループの構造が変わるのだという。
しかし、待てども待てども私たちは同じ区域に釘付けのままだった。最初の数日間こそ書籍コーナーの漫画を読んで時間を潰すことができたが、すぐに読み終わってしまった。次に一般文芸のコーナーに手を出したが、これも数週間で読み終えた。それでもやはり階段一つ、曲がり角一つ隔てた区域との距離は縮まらないのだった。
こうなると流石に私も参ってきた。ある日、今までは座り込んで喃語を発するだけだった友人が本を読み始めた。
「何読んでんの」
「ははっ! ははっ! すげえや! ごめん! 上田先生、見直した。ははっ!」
彼の手には、『生きる意味』とある。彼はついに哲学や人文学方面への逃げ道を見出したらしい。彼の狂気が私にも伝播したのか、私もそれらの本に吸い寄せられた。しかし、どうやら私の頭の素地の部分に問題があるらしく、これらは何の慰みにもならなかった。
いよいよ数ヶ月が経過した。私は大学のロゴが入った衣類を床に敷き、即席のマットレスとしていたのだが、この時点ですでに肉体的にも精神的にも限界を迎えつつあった。何よりも不定期に何処かの研究室の爆発する音で、ただでさえ浅い眠りが妨げられるのは堪えた。
その日、私は生協の壁に掛けられた写真を眺めていた。その中には1922年のアインシュタイン博士の訪問の際の写真があった。写っているのはおそらく移転前のキャンパス、つまり蔵前時代の本館だろう。
ふと視界の端に動く影を捉えた。“先輩”の彼だろうか、と思った瞬間私は目を疑った。廊下を横切ったのは今の今まで写真の中に見ていた偉大な影その人だったのだ。私はすぐに友人の元へ向かった。
「おい! アインシュタイン来た! 出れるかも!」
「あああ?」
「ほら時空のスペシャリスト! ワンチャンあるって!」
いちいち同行を命じている暇はない。思えば私も彼に負けず劣らず錯乱状態だったに違いない。昼間の出来事を夢で追体験するように、写真の中の姿を救い難い現実に投影して、慰めを求めたのかもしれない。だが、もう幻覚だろうと現実だろうと私はどうでもよかった。
モノクロ写真からそのまま抜け出してきたような灰色のモジャモジャ頭を追いかけた。足を絡ませる友人を引きずるように追いかけた。時空が歪み、蔵前とつながった本館が見せた過去の誉れある記憶か、それとも幻か。どちらでもいい。私はただ追いかけた。すると、事実が後から追い付いてきた。
気が付けば私たちは、四月の陽光を全身に浴びていた。目の前には数ヶ月前に目指した西地区の講義棟が林立していた。歪みであれ幻であれ、運命的なものが私たちをここへ導いたのだ。時計は八時三十分を示している。
私は友人の両肩を掴み、何度も揺さぶった。
「おい! 言ったろ? 俺ら出れたぞ!」
「え……?」
彼の精神が戻ってこられるかという不安はすぐに消えた。時計の時刻が変わっていないのと同じように、かつての全球凍結の際に生き延びた生命のように、心の奥底に逃げていただけの感情がたちまち彼の全身を満たした。みるみるうちに彼の口角が上がり、ついには数ヶ月ぶりの笑顔となった。
「うおおおおお! やったぞおおお!」
二人でひとしきり喜びを噛み締めた後、本来の目的を思い出す。不思議なもので、今や体はあの朝のように軽く、二人とも一限を受けるための活力に満ちていた。
「そうだ、計画書!」
「場所何処だっけ」
「西3号館の三階のポスト」
「よっしゃ行くか」
私たちは、目的の棟に入り、一気に階段を二階分駆け上がった。しかし、そこには生物学実験室との札を下げた部屋とトイレしかない。
「あれ、ポスト無いけど」
「通り過ぎたんかな」
私は胸騒ぎがするのを誤魔化すように、勇み足で階段を降りた。しかし、そこにあったのは寸分違わぬ配置の生物学実験室とトイレであった。壁の剥がれ方も、床のシミも、全て同じ。生物学実験室は西3号館の5階にあるとの掲示を見たことを思い出した。
「は……ははは……」
そう、私は忘れていたのだ。本館の男は確かにこう言っていた。ポータルの目的はキャンパス“ごと”移転させることだ、と。
本作品はフィクションですが、実在の人物や団体、施設などと関係ないとも言い切れません。
ノリと勢いだけでも案外イケるもんですねえ。
ロクに推敲もしてない駄文でしたが、どうですかね。
ILAの先生方! どうかこれを教養卒論として認めていただけませんか?