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宜しくお願いします

思ってたんと違う。


幼い頃から、違和感は感じていた。

でも、気のせいだと深く考えないようにしていた。

深く考えてはいけないような気がしていたから。

深く考えて見たくない現実と目が合うのが怖かったのかもしれない。


───これは、これまでの努力が実ったと言っても良いのだろうか?


今までの私は、シナリオから外れるように努力してきたのだ。

もともとシナリオなんてよく解ってもいなかったのに。

だから私の知っている道筋と変わってきたんだ。

そうだ、そうに違いない。

努力はいくらしてもベクトルが合わなければ結果は出ない。

きっと私の努力の方向性は間違ってなかった。だから、これは私の努力の結果なのだ。

若干、思い描いていたストーリーと違っていたとしても。


───でも、思ってたんと違う。


目の前で一輪の薔薇を持って微笑む彼を見上げて、ぼんやりと思いを馳せた。


◇◇◇


───ここ、知ってる。


かちりと記憶が何かに嵌まるような感覚を覚えたのは、初めて城の薔薇園に足を踏み入れたとき。

王室自慢の薔薇園でのお茶会に招待されて、美しい薔薇に囲まれたテーブルセットが視界に入ったときに、私は凄まじい既視感に襲われ、そして瞬時にそれを理解した。


ここが、以前プレイしたゲームの世界だということを。


《一輪の薔薇を君に》

友人がド嵌まりしたとかで、一度やってみろと押しつけられた乙女ゲーム。

ヒロインが后候補として集められた数名の令嬢と競いながら、攻略対象である王子やその他にもいる攻略対象との仲を深めて…、というストーリーだったはず。


というのも、私はこのゲームを友人ほどやり込んだ訳ではない。

押しつけられたとはいえ、借りた義理として感想のひとつも言えないのはどうかと思って一度プレイしただけだ。


「ヴァイオレット?どうした?」


美しい薔薇が咲き誇る庭園に自ら案内してくれたロードリック王太子殿下が、不思議そうに私を見つめる。


「いえ、薔薇が美しすぎて、見とれてしまいました」


いけないいけない。

慌てて取り繕って笑顔を浮かべれば、彼も笑顔を深めてゆっくり見ていくといい、と手を引いてくれた。


私がプレイしたのは王道ルート、王太子のロードリックのみ。

そしてそのロードリックルートでライバル令嬢として立ちはだかるのが、私、ヴァイオレット・ガードナー公爵令嬢だったのだ。


◇◇◇


「なんてこった…」


自室に戻るなり、私はベッドに突っ伏した。

行儀悪いと言うなかれ。

少し休みたいと侍女に訴えてちゃんと休む支度は万全だ。


城のお茶会に参加した後とあって疲れたのだろうと、侍女はそれはもう手早く支度を整えてくれた。

公爵家の使用人て何てまぁ有能なんでしょうね。

お陰で安心して色々とぐったりできますよ。


───状況を整理しよう。


何しろ私は記憶を取り戻したばかりなのだ。

落ち着いて今後の展望を考察する必要がある。


《一輪の薔薇を君に》

それはよくある乙女ゲームだった。

攻略対象は四人。

正統派王子様キャラのロードリック。

この国の王太子で、輝くような金髪に明るい夏の空のような碧眼、爽やかな笑顔のイケメンで文句の付け所もない王子様。

その性格も、正統派王子様の王道だろう、ヒロインを溶かすかの如く甘ったるい言葉を吐いて友人を狂喜させていた。

私は寒イボが出たと言ったら哀れむような視線を向けられたが。


二人目がロードリックの側近、アルフレッド。

王子様のロードリックとは対照的な涼やかな銀髪、切れ長の藍色の瞳、勿論整った顔立ちのクールビューティ。

その怜利な見た目通り、まだ未成年ながら現役の役人すら怯えるほどのキレっぷりを見せる頭脳でロードリックの代になれば宰相の座は間違いないと目されている。

しかし彼のルートに入ると冷静な男が恋に溺れる様が堪らない@友人と称されるほど甘ったるくなるそうだ。

…見たくないけど。


三人目はロードリックの近衛隊長、チェスター。

騎士団きってのエリート、近衛隊長を若くして務める剣豪。

短く刈り込んだ黒髪に明るいグリーンの瞳、鋭い視線で人一人くらい射殺せそうな彼はざっくり言うと筋肉担当、質実剛健を地で行くような真面目な騎士。

そんな彼もヒロインと恋に落ちれば姫を守るナイトのように強くも甘ったるく守ってくれるらしい。


四人目がジェイミー。

宮廷付きの楽士で、天才の名を欲しいままにするバイオリンの名手。

栗色のフワッとした髪の毛に少女と見まごうほどに大きくぱっちりとしたヘーゼルの瞳をもつ美少年。

ショタ枠を抑える彼のルートは見た目の通り、可愛らしい美少年にベッタリと甘えられるとのこと。


ゲームの始まりは王城の薔薇園でのお茶会。

これまで15年間、平民として平和に暮らしていたヒロインは突然、前侯爵の隠し子であったことが判明し、侯爵令嬢として迎え入れられた。

そして18歳で成人を迎える王太子の后を決めるために、年頃の令嬢数人とともに后候補として集められて后教育を受けることが告げられる。

1年間、王城で后となるべく学びながら、ライバルを蹴落として王太子をはじめとする攻略対象との仲を深めていくわけだ。

そして攻略対象ごとにライバルとなる令嬢が居るわけだが、ロードリックルートのライバル令嬢が私、ヴァイオレットというわけだ。


この辺までは大丈夫。

何しろこれはチュートリアルの内容だからね!

后教育を受ける期間は、王太子が成人するまでの1年間。

その間に后教育の成果を見せ、王太子の目に留まった令嬢が婚約者として指名される。

ロードリック殿下はヴァイオレットと同い年だから、私も17歳で后教育に駆り出されることになるだろう。

そして現在、ロードリック殿下は13歳。

今日は彼のお誕生日のお祝いに開催されたお茶会に私は出席してきたのだ。

つまりタイムリミットはあと4年。

その間に、悪役令嬢の名を返上できるように準備しなくてはならない。

いや、できれば王太子の后候補から外れたい。

それはもう、切実に。


◇◇◇


今思えば、おかしいと思うことはいくつもあった。

公爵家に生まれたとあって、物心つく前から沢山の使用人に囲まれて過ごしてきた。

しかしそれがどうにも受け入れられず、小さな頃から一人でドレスを着ると言っては侍女を困らせ、料理がしたいと厨房に忍び込んでは料理長を狼狽えさせた。

今となってはこういった振る舞いは使用人の仕事を奪うことになると理解しているので控えてはいるが、それでも通りすがりに目礼をしたり、ありがとうと声をかける癖は抜けない。

たとえ使用人たちは「居ないように振る舞うこと」が美徳とされているとしても、何かしてもらって知らん振りはどうしても私の心を苦しめた。


そして読書といえば経済紙だった。

どういうわけか令嬢が嗜む詩集とか甘ったるい小説とかは受け付けなかった。

幼い頃は冒険憚や世界地図に心をときめかせ、長じてからは父の書斎に忍び込んでは経済や領地運営、地政学に関する書籍を好んで読んでいた。


父が王城に出仕していることもあって、2歳年上の兄と王城へ行くことも少なくなかったが、私は母達がお茶会をする温室よりも、文官たちが忙しなく出入りして政務を行う執務棟の様子を見たがって、何度も忍び込もうとしては父に摘まみ出されていた。


城に上がる機会を何度も得ていた私は、同じ年の王太子ロードリックとは兄と共に幼なじみと言って良い関係だ。

今でも国内外の流通や産業の育成について気になることを見つけてはロードリックに遠慮なく疑問をぶつけている。


令嬢の嗜みとされる刺繍は嫌いではなかったけれど、刺繍を刺すよりも新しい図案を考えてはクチュリエールにその図案を卸して小遣いを稼ぐことに夢中になった。

その図案も、今思えばかつて生きた世界で見た紋様の影響を大きく受けており、パクってごめんなさいと何かに向かって土下座したい気分だけれど。


かつての私は日本に暮らす三十路を過ぎたOLだった。

二十代に長く付き合っていた恋人に二股を掛けられた挙げ句、相手の妊娠によって裏切りを知り、もう恋なんてしないとどこかで聞いた歌のように心に決めて仕事に全ステータスを振り向けた立派な社畜だった。

今ヴァイオレットとして生を受けてここに居ると言うことは、恐らく転生し、前世の記憶を引き摺っているということだろう。

不健康に社畜生活を送っていた自覚はある。

恐らく過労死でもしたのだろう。

だからだろうか、死ぬまで貫いたその社畜精神の影響を受けているのか、ヴァイオレットは生まれたときから囲まれているはずの令嬢生活がひどく居心地が悪くて仕方がなかった。

そして后候補なんてことになったのなら、更に辛い淑女教育が待っているだろうことは想像に難くない。


───いやだ。


ここは是非ヒロインに頑張って頂いて、王妃の座をゲットしていただきたい。

それに悪役令嬢といえば恋に破れて断罪やら島流しやらが待っているはず。

ロードリックのエンディングではとりあえず終わった、義理は果たしたぜという達成感で流し見してたからヴァイオレットがどうなったかよくわからないけど、処刑さえ免れればそれで良い。

ついでに私がヒロインとロードリックのアシストに回れば、私も悪役令嬢の汚名も返上出来るし、彼女も王子様と幸せになれて一石二鳥ではないだろうか。

万が一ゲームの強制力で断罪されたとしても、それなりに良い関係を築いていれば情状酌量の余地もあるかもしれない。

うむ、何て素晴らしいアイディアだろう。

ならば、彼女をサポート出来るように、今から準備しようではないか。


私はベッドからがばりと起き上がると、漲るやる気を拳に込めて天へと突き上げた。

ヴァイオレット、13歳の初夏の夜のことである。

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