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自分は本当は何を望んだのか。ある父親の苦悩。

作者: 麻琴

 いつからだろう。友人達の『孫』の話が辛くなってきたのは。

 だが、今の状況を作り出したのは自分だ。


 一人娘の千里が彼氏を連れてくる度に、話も聞かず叩き出した。

 その後は上手く行かなくなったようで泣いている時もあった。

 俺は満足していた。

 娘を嫁になんかやるものかと思っていた。


「先月真ん中の娘の子供が七五三でね。一緒に写ってくれって言われて久しぶりにネクタイ締めたよ。今は着物とか買わないんだな。私は娘に買ってやったんだけどねぇ。」

「大きくなったら着れないものねぇ。借りて済ますのが賢いわよ。うちはランドセル買ってやらないといけないのよぉ。今のは高いのよ!ビックリしたわ。」


 俺も娘の七五三では着物を買った。小学校入学の時もとびきりいいランドセルを買ってやった。千里は本当に可愛く、誇らしかった。


「ヤスさんは娘の千里ちゃんがいるもんなぁ。会社辞めて自営の実家に帰ってきてくれるなんていい娘だよ。良かったなぁ。」

「ああ、そうだな。」

 そうだ。そうなんだが、何かが引っかかる。嫌味を言われてるようにも感じ、適当に切り上げて家に帰る。


「お帰り。」

 四十八歳になった千里が自分の部屋に戻るところだったようだ。

 どこに出掛けるでもなく、化粧もせず髪は適当に結び、一日中スウェットで過ごしている。女らしさの欠片もない。


 だが、それを望んだのもこの俺だ。


 どこから、間違えていたのだろう。

 二十年前のあの日、千里が連れてきた男の話をキチンと聞いていれば違ったのだろうか。


 俺は、千里が高校生の時から男友達といるのを見かける度に怒鳴り付けていた。そんなことが何度も続くと、娘は遠巻きにされていた。

 会社勤めするようになってからはこそこそと出掛けているようだったが、朝帰りをした日に警察に通報してやった。

 そいつともそれきり続かなくなったようだった。

 俺は良い事をしたのだと思っていた。娘に群がる虫を退治してるのだと。

 二十年前のあの日も、千里が結婚したい人なんだと連れてきた男の手土産を投げつけて、女房と娘が止めるのも聞かず二度と来るなと激しく罵った。

 頭を下げて帰った男を千里が追いかけていったが数時間で帰って来た。


「なんでこんなことしたの!どうして話を聞いてくれないの!」

「うるせぇ!あんなヤツと話すことなんかねぇ!お前は家にいりゃいいんだ!どうせ仕事だとか言っておいて男をあさってやがるんだろう!そんな誰にでも出来るような事辞めちまぇ!!」

「……そう。そんな風に思ってたの。そう。分かった。」


 それから一ヶ月、千里は仕事を辞めてきた。化粧もしない、適当に髪を結び、自分の事だけをするようになった。

 女房は俺には何も言わない。すぐに手が出る方だから、何も言えなくなった。てのが正しいのかもしれない。

 その女房がこれからどうするのかと聞いてきた。


「何をだ。」

「千里の事です。」

「いい加減懲りたんだろうよ。男は追いかけるもんじゃねぇ。」

「今だけだと、思ってるんですか?」

「あ?」

「千里は嫁に行かないつもりかもしれませんよ。」

「いいじゃねぇか、それならそれで。そのうちまた仕事を見付けて自分のやりたいようにやるだろ。」


 そのときは本当にそう思っていた。ずっと家にいればいい。嫁になんか行く必要ないと。

 千里の話を聞いた妹が乗り込んできた。ギャーギャーうるさいから叱りつけてやれば、


「娘の幸せ、自分の幸せ、良く考えた方がいいわよ!」

 と、捨て台詞を吐いて帰っていった。

 何言ってやがる。家族でいる以上の幸せなんか無いだろうが。そう思っていた。


 三年たった正月、年賀状に赤ん坊の写真が増えてきた。。

 何かが引っかかり始めたのはこの時かもしれない。

 千里は変わらず家にいる。仕事もせず、店を手伝う訳でもなく、ただ、家で過ごしている。

 女房は何も言わない。

 毎年毎年、町内の集会での話題が息子の嫁さんや娘の結婚、孫の話に変わっていく。

 ゴルフやカラオケ大会などの企画に参加する人も少なくなっていた。

 もやもやする。だが、何が気に入らないのか分からなかった。



 あれから二十年。千里が四十八、自分達は七十を越えていた。妹が子供や孫に古稀の祝いをしてもらったと写真を寄越してきた。


 それを見た時は無性に悔しかった。虚しくて寂しかった。


 今の生活は自分が望んだものでは無かったのか。

 なぜ悔しいのか、何が虚しいのか、寂しいのか。


 そして、女房がガンで二年の闘病の末、逝ってしまった。


 葬式が終わり、全部が片付いた後、千里が久しぶりに話し掛けてきた。


「お母さんがね、死ぬ何日か前に、あたしの子供を見たかった。孫を抱きたかった。って言ってたの。お母さんには心残りがあったんだね。」


 俺は何も言えずに黙っていた。


「お父さんは幸せでしょ?」


 そう問いかけられ、涙が止まらなくなった。


 俺は何をした。


 娘の女としての幸せを奪い、女房の夢を打ち砕き、自分が家にいろと言ったのに、本当に家にいる娘を疎ましく思わなかったか?働け、嫁に行けと思わなかったか?

 

何をしてるんだ。

 何がしたかったんだ。


 もう遅い。

 全てが手遅れだ。




 次のニュースをお伝えします。

 ◯◯市で、七十八歳の父親が五十歳の娘を殺害して自殺する事件が起きました。

 娘は無職で二十年間引きこもり生活だったらしく、父親が娘の将来を悲観して……。








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