9・ずるいヤツ
翌朝。
「エリク、どうしたの? 眠そうだけど……もしかして朝、弱い?」
「いや……朝が弱いというわけではないんだが……」
俺が相当酷い顔をしていたからだろう。
リネットに心配された。
億劫な気分になりつつ、俺はリネットと一緒に冒険者ギルドに向かった。
俺の気分が落ち込んでいたのは……。
「待っていたぞ!」
こいつのせいだ。
「えーっと……カーリスだっけ?」
「カーティスだ!」
名前を間違えると、カーティスは憤慨した。
「おやおや、眠そうだな? もしや今日の僕との対戦が楽しみで寝られなかったのかな?」
俺とは対照的にカーティスはキラキラとした瞳をしていた。
眠いのは間違っていないが、なにもカーティスとの戦いが楽しみだったわけではない。
嫌だったのだ。
たとえ勝ったとしても後々面倒臭そうだからな。
とはいえ負ける気もないが……。
何故なら、
「エリク! わたし、応援してるね。エリクだったらきっと勝てるよっ!」
近くで応援してくれているリネットの姿があったからだ。
彼女にカッコ悪いところは見せられないよな。
「では戦いの勝負のルールについておさらいしようか」
カーティスは気分よさそうに続ける。
「制限時間は今から八時間後。午後五時までにしよう。それまでに多くの依頼をこなした方が勝ちだ」
「こなした数だけで決めるのか?」
「いや、ポイント数で決めよう。簡単な依頼を十個こなすより、難しい依頼を一個こなす方が大変だからな。そちらの方が平等だろう」
まあ妥当なルールか。
「その他のルールは?」
「他人の手を借りてはいけない。君だったらそこにいるリネット君の力をだな。そこは正々堂々にやろう」
「分かった」
ズルをするつもりもないが。
今ふと思ったが、カーティスはどの冒険者パーティーに所属しているんだろうか?
そんな疑問が顔に出ていただろうか、
「心配するな! 僕は冒険者になってからずっと一人で行動している。僕と対等に渡り合えて、信頼出来る人間に出会えなかったものでな!」
と何故か自信満々にカーティスは自分の胸を叩いた。
ソロか。
リネットもそうであったが、珍しい。
自分の実力に自信があるのだろう。
そう思っていたら、リネットが俺にこう耳打ちしてきた。
「……カーティスさん、こういう性格でしょう? だからみんな敬遠して……実力はあるのにね。もったいない」
なんだ、ただのぼっちだったか。
しまった。そういう目で見ると、なんかこいつに親しみを覚えてきたぞ。
俺も勇者パーティーには入っていたものの、あまり溶け込めていなかったからな。
元来、人とつるむのがあまり得意ではないのだ。
「では早速勝負をはじめようか」
「ああ」
こうしたゆるい感じで勝負の火ぶたが切って落とされたのだ。
すると、カーティスは依頼票が張られている一目散に掲示板の前まで走っていた。
「もらった!」
彼が一枚の依頼票をつかみとる。
「あーっ、それずるい!」
リネットが声を上げる。
「早い者勝ちなのだよ!」
カーティスが持っている依頼票がちらりと見えた。
それはどうやら『Bランク』の依頼のようであった。
「僕はAランク冒険者だ! これを受付まで持っていけば、すぐに受注することが出来るだろう!」
なるほど、そういうことか。
そういえば、俺はまだFランクのままだ。
カーティスとは違って信頼もないし、あまり高ランクの依頼を受けることが出来ないだろう。
森で魔物狩りをする方法もあるが……昨日、例の魔法陣を無効化させてしまっていた。ボイスベアやベヒモスといった強力な魔物には出会うことが出来ないだろう。
「だが、一か八かで高ランクの依頼に挑戦してみるか。昨日の実績が認められて、Fランクでも受けられるかもしれないし……」
基本的に冒険者ランクが上になればなるほど、高ランクの依頼を受けることが出来る。
あまりに低ランクが高ランクの依頼を受けても、途中でばっくれたり失敗する確率が高いためだ。
そうなるとギルドの信頼が落ちてしまうため、ランク制度を採用しているのである。
しかし……掲示板に貼られている依頼票を眺めていても、ほとんどが『Fランク』や『Eランク』のもので、辛うじて『Dランク』のものが一つあるだけだった。
「この街のギルド、そんなポンポンBランクの依頼なんてないよ。カーティスさんはその貴重な一枚を取っていったわけ」
リネットが説明してくれる。
ああ、そういうことか。
そもそも冒険者ランクうんぬんの問題より、高ランク依頼が希少だったのだ。
王都の感覚そのままだった俺のミスだ。
あっちではBランクどころか、AやSもよくあったものだからな。
「まあとにかく、それで勝負を投げるわけにもいかん。取りあえず依頼を片っ端から受けてみるするか」
そのうちの何枚かを手に取る。
さあ……果たしてどうなることやら。
【SIDE カーティス】
カーティスはBランクの依頼を終わらせ、ギルドに戻ってきた。
「おめでとうございます。これが報酬金と……そして500ランクポイントです」
依頼達成を認められた。
(ふふふ、少年よ。悪かったな。この勝負、勝たせてもらうぞ!)
時刻は四時三十分といったところ。
少年——確かエリクといったか——はまだギルドに戻ってきていない。
おそらく最後まで足掻いているのだろう。
しかしここでカーティスは勝利を確信していた。
(あいつはきっと伸びる。だからこそ、ここで一度挫折を味あわせる必要があるのだ。この挫折がエリクをまた大きくしてくれるはずだ!)
そんなことをカーティスは本気で思っている。
そういう『根性論』的なところが、他から鬱陶しがられているのだが……肝心の当の本人は気付いていなかった。
「ふう、意外に時間がかかったな」
勝負終了十分前頃だろうか。
エリクがギルドに戻ってきた。
「エリク! 勝負を投げなかったのは褒めてやろう! しかし……この勝負、僕の勝ちだ!」
「まだ分からないだろ。まあ俺もどうなっているか分からないけどな」
澄まし顔でエリクが受付に向かっていく。
だが、本日唯一のBランクの依頼をカーティスはこなしたのだ。
エリクに残されていたのはせいぜいDランクくらいであった。それを完璧にこなしたとしても、ランクポイントはせいぜい50くらいだろう。BとDにはそれくらいの差がある。
「はい。これがDランク、炭鉱で宝石を取ってくる依頼ですね。これが証拠の宝石です」
エリクが受付に宝石を置く。
くくく……やはりDランクの依頼を受けたか!
あの残っていた中で、それが一番高かったからな。
だが、それをこなしたとしてもカーティスには遠く及ばない。
「やはり僕の勝ち——」
彼が喜びの声を上げようとした時であった。
「それで……これがEランク、二三個分。Fランクは丁度四十個達成しました。後、道中でこんな魔物も倒したので、これもランクポイントに換えてもらうことは出来ますか?」
「はあ?」
そう続けたエリクの言葉に、カーティスは間抜けな声を上げてしまう。
「え、えーっと……少々お待ちくださいませ! 計算いたしますから!」
受付嬢が慌てて奥へ引っ込んでいく。
ど、どういうことだ!?
「ま、まさか……」
カーティスは依頼票が張られている掲示板の方へ向かう。
「ない……?」
そこにはあれだけ貼られていた依頼票が、一枚残らずなくなっていたのだ。
「お待たせしました!」
カーティスが混乱していると、受付嬢の方もポイントの計算を終わらせたみたいだ。
「合計で1094ポイントになります!」
ダブルスコア。
カーティスが敗北した瞬間であった。