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8・日々の鍛錬

 リネットの案内に付いていって、俺達はとある宿屋の前に到着した。


「なかなかよさそうな宿屋さんだな」

「でしょ!」


 ウィンクするリネット。

 中に入ると「いらっしゃいませ!」と快活な声が響いた。


「あっ、リネットさん。お泊まりですか?」

「うん!」


 どうやらリネットと宿屋の娘は顔なじみらしい。彼女の口ぶりからして、常連っぽいしな。予想出来ていたことだ。


「えーっと、そっちの人は……」


 宿屋の娘が俺に視線をやる。


「エリクだ。今日、この街に来て冒険者になった」

「エリクはすごいんだよ。いきなりSランクの魔物を倒しちゃって……」

「わあ! いきなりそんなことをするなんて、すごいじゃないですか! 私、Sランクとか魔物とかあまり詳しくないんですが、なんとなくすごいことは分かります。すごい!」


 褒めてくれる宿屋の娘。

 そう手放しで褒められるとさすがに照れる。


「私はアビーです! ここで働いています。仲良くしてくださいね」


 と宿屋の娘——アビーが強引に俺の手を握った。


「お、おう……よろしく」


 女に触れられるのは慣れていない。

 戸惑いを覚えるが、冷静に努めることが出来たはずだ。多分。


「それで……部屋を取りたいんだけど」


 横からリネットが話を進めようとしてきた。


「はい。お部屋は一人分ですか、二人分ですか?」

「もちろんふた……」

「一人分で!」


 俺が言おうとすると、食い気味でリネットが声を発した。


「……はい?」


 それに対して、俺はリネットの顔を見る。


 彼女は捲し立てるような口調で、


「部屋を二人分なんか取っちゃったらお金がかかっちゃうからね! いくらエリクがすごくて、今からいーっぱい稼いでいけるとしても無駄遣いはダメだよ! それに一緒の部屋の方が楽しいよ。同じベッドで寝たら温かいしね」


 とんでもないことを宣った。


「きゃーきゃー! 温かいってー! リネットさん大胆ー!」


 アビーが何故か興奮気味だった。


 なるほど。リネットの言うことにも一理ある。

 いくら俺の氷魔法が限界突破したとしても、油断はいけない。足下をすくわれる可能性がある。

 なので将来のことを考えて、節約することも大事だろう。


「じゃあ……」


 俺はアビーにこう続けた。




「やっぱり二人分の部屋で」




 当たり前だ。

 いくら節約が大事とはいえ、女と二人同じ部屋なんて……寝られるか分からない。


 俺が有無を言わせず手続きをやろうとすると「ちょ、ちょーっと!」と、横でリネットがなにやら言いたげだったが、無視だ。


 ◆ ◆


 リネットはブーイングしていたが、無事に二部屋取ることが出来た。

 今思えば少しもったいないことをしたとも思うが……俺は間違ったことをしていないはずだ。


「そろそろやるか」


 外もすっかり暗くなってきた頃。

 俺は部屋から出て、深夜の街中を走ることにした。


 深夜ということで人通りも少なく、ランニングするには最適であった。

 三時間くらい、ぶっ続けで街中を走ったおかげで、建物の配置とかを大まかに把握することが出来た。


「それにしても……星がキレイだな」


 ランニングを終えて見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。


 もっと近くで見たい。

 そう思った俺は氷魔法で何ヵ所か足場を作る。

 それを踏み跳躍しながら、泊まっている宿屋の屋根まで移動した。


 こういったことは−100000(一億)000℃の氷魔法を使える前から出来ていた。

 だが、あの頃よりもスムーズに魔法を行使することが出来て、疲労度も少ない。

 やはり限界突破することによって、魔法に関することが全体的に底上げされているようであった。


「王都ではこんなにキレイではなかったな」


 空気が淀んでいたためだろうか。

 ここまで夜空を埋め尽くすくらいの星はあまり見ることが出来ていなかった。


 屋根の上で座って、感傷に浸っていると、



「エリク−!」



 俺の名を呼ぶ声。

 振り向くと、下で手を振っているリネットの姿があった。


「そんなところでなにしてるのー?」

「星を眺めてたんだ。リネットも来るか?」

「うん! エリクと一緒に見たい見たい!」


 俺は先ほどと同じように氷魔法で足場を作ってやる。

 するとリネットは「ほっ、ほっ!」と飛び移りながら、俺の隣まですぐに来た。

 やはり身体能力が高いのだ。


「えへへ、特等席ー」


 俺の隣に座って、リネットがはにかむ。


「ああ。間違いないな。こんなにキレイな星空が見られる席なんだからな」

「違うよ! エリクの隣だからだよ!」


 俺の隣だから?


 問いかけようとしたが、リネットは「キレイだねー」と口にしながら夜空を眺めていた。

 まあいっか。


「エリク、実は見てたよ」

「なにがだ?」

「エリクが深夜に部屋から出て行ったこと。ランニングしてたんだよね?」

「ああ。起こしてしまったか? それならすまなかった」

「ううん、いいの。それよりも……エリクはあんなに強いのに、こんな遅くまでランニングしてるんだね。わたし、ビックリしちゃった」


 リネットの顔が俺の方を向く。


「日課になっててな。寝る前になにかしておかないと気持ち悪いんだ」


 勇者パーティーにいる頃——いや、それよりもずっと前から俺はこうやって走り込みをしたり、筋トレは欠かさずやっていた。

 いくら魔法が使えても体力がなければ、戦場においては役立たずになってしまうからだ。

 そのおかげで、勇者パーティーとして戦っていても、なんとか付いていくことが出来ていた。


「やっぱりエリクはすごいよ。おごらずに努力し続けることが出来るなんて」

「そうでもない。俺は才能が人一倍なかったからな。努力するしかなかった」

「エリクが才能ないなんて! そんなの嫌みにしか聞こえないよ!」


 つい言ってしまったが、嫌みだとか嘘ではない。

 氷魔法が限界突破するなんて思っていなかったからな。いくら努力しても氷使いは超えられない壁が存在した。

 それをカバーしようとして、努力してきただけのことだ。


「わたしも……頑張っているつもりだけど、エリクにはやっぱり負けるよ。部屋から出て行って三時間くらい経っていると思うけど、ずっと走ってたの?」

「ん……まあそうだな」


 返すと「すごすぎだよ!」とリネットは目を丸くした。


「だが、リネットだって努力しているだろう? ボイスベアを倒す時の動きは素直に驚いた。あれを見ていたら、リネットだって頑張ってきたことは分かる」

「ありがとう! でもわたしもまだまだだよ。わたし、Sランク……勇者になりたいんだ。だからもっと頑張らないとっ」


 リネットの決意のこもった瞳を見て、一つ疑問を覚えた。


「リネットはどうして冒険者になろうとしたんだ?」

「え?」

「いや、リネットみたいな可愛い子が冒険者になるのは……なんというか、疑問に覚えた。冒険者ということは常に危険と隣り合わせなんだし、わざわざならなくてもよかったんじゃ?」


 俺が疑問を口にすると、


「それって言わないとダメ?」


 とリネットは困ったように言った。


「いや……悪い。事情に踏みこみすぎだよな。言いにくいことだったら、わざわざ言わなくてもいい」

「ううん、いいの。まだ言いたくないから……でもエリクにはきっといつか言うね!」


 困惑顔から一転して、リネットはパッと表情を明るくした。


 他人の事情には必要以上に踏みこまない。

 それは冒険者同士の暗黙の了解であった。

 俺だって、あまり過去を掘り下げられても困るからな。これ以上追及しない方がいいだろう。


「そろそろ戻るか」

「うん!」


 立ち上がる。

 再度足場を作って、下まで戻ろうとすると、


「……でもエリクに可愛いって言ってもらえて嬉しいな。今日寝られるか分かんないや」


 後ろからリネットのそんな声が聞こえてきたような気がする。

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