7・Aランク冒険者に戦いを挑まれた
ギルドに戻って、冷凍保存したボイスベア合計六体を受付に見せた。
「ってどうしてBランクの魔物を六体も持ってくるんですかぁあああああああ!」
ベヒモスの時と同じような反応をされた。
そして受付嬢は「少々お待ちくださいませ!」と裏に引っ込んでしまう。自分一人だけでは手に負えないからだろう。
「おいおい、リネットとパーティーを組んだ男。いきなりお手柄みたいだぞ」
「なんでもボイスベアを倒したらしい。しかも六体も」
「ボイスベア!? Bランクじゃねえか! そんな簡単に倒せるものなのかよ」
「しかし事実だ」
「とんでもない男だな」
「やはりパーティーに加えたかった……」
またもやギルドが騒然となってしまった。
まあ仕方がない。
ボイスベアの価値は分かっているつもりだ。
俺の氷魔法が限界突破していなければ、倒せなかったことも。
みんながこういう反応になるのは当然のことか。
「ふふん。気分がいいね」
「そうか?」
俺としては落ち着かないことこの上ない。
勇者パーティーに所属している頃も、いつも賞賛されるのはクラークであった。
俺なんか最後の方は勇者パーティーの『お荷物』だと言われていた。
だから居心地が悪いが……決して悪い気分にはならない。
「みんながエリクのこと、すごいすごいって言ってるよ。わたしも鼻が高いね」
えっへんとリネットは胸を張った。
大きな胸が強調されて視線のやり場に困る。
「そんなことない。リネットも頑張ってくれた。君がいてくれなければボイスベアは倒せなかった」
「またまた! エリク、お世辞が上手いね!」
ポンポンとリネットが肩を叩いてくる。
別にいいんだが……女にボディータッチをされるのもあまり慣れていないので、戸惑ってしまう。
だが、表情に出してしまえば俺が童貞だということがバレてしまうので、出来るだけ冷静に努めた。
やがて。
「エリクさん、エリクさん! ボイスベアの換金が終わりました! お納めくださいませ!」
受付嬢が袋を持って俺達のところまで戻ってきた。
中を確認する。
そこにはぎっしりと金貨が詰まっていた。
「多すぎなんじゃないですか?」
「いえいえ! これくらい当然ですよ!」
質問するが、受付嬢は首を振って袋を俺に押しつけた。
「それにしても……どうして森にボイスベアやベヒモスが出現しているんでしょう?」
一転。
受付嬢が首をかしげる。
「ああ、そのことについてですが……」
森の中で見つけた魔法陣について説明する。
報告しておくのがいいだろう。よからぬ魔力も感じたしな。
それを聞くと、受付嬢は驚いたように目を見開き、
「そ、そんなことが……! これは上の人にも報告しなきゃですね。そんな魔法陣、誰が書いたんでしょう?」
と考えるように顎を手で撫でた。
「そこまでは分かりませんね。ただ魔法陣は無効化させておいたんで大丈夫だと思いますよ」
「そんなことも出来るなんて! つくづくエリクさんはすごい人ですね……!」
まあただ魔法陣の中に含まれる魔力を凍らせただけだが……。
いちいち説明しなくてもいいだろう。自分の功績をひけらかすみたいで気が引ける。
「じゃあ俺はこの辺で……」
「はい! エリクさんのこと、私期待してますから! これからもよろしくお願いします!」
むぎゅっ。
受付嬢が両手で握手をしてきた。
今日は女によく触られる日だな……。
この感覚に慣れなければ。
女に振られるたびにどぎまぎしていては気が持たん。
「リネット、今日のところは宿を取ろうか」
「うん、そうだね! お金もいっぱい手に入ったし! わたし、いい宿屋さん知ってるんだ。そこに行こ〜」
なんてリネットと今後のことについて話し合っている時であった。
「待ちたまえ!」
——とギルドに男の声が響き渡ったのだ。
声の方に顔を向けると、ゆっくりとした足取りで一人の男が俺達に向かってきた。
「俺になにか用か?」
尋ねると、男は自分の胸に手を当てて、
「僕の名前はカーティス! 冒険者をしている! 少し君と話をさせてもらえないか?」
断る。
……と言いたかったが、反論出来る雰囲気でもないな。
俺は黙って首肯した。
「ありがとう……知っていると思うけど、僕はAランク冒険者だ。一応このギルドのエースだと自負しているよ」
自分で自分のことを『エース』だということは恥ずかしいと思うが……カーティスは堂々としていた。
「有望な新人冒険者が入ってくれたのは、僕にとっても助かることだ。しかし! このギルドのエースの座は君に渡さないよ!」
カーティスがびしっと俺に指を向ける。
いや、別に俺がエースだと主張するつもりないが……。
「そこで僕と君、どちらが上かはっきりさせないか?」
「はあ?」
「なに、心配しなくていい。君も今日は疲れているだろう。明日、僕とどちらが依頼を多くこなせるか勝負しよう。この勝負に勝った者が、今後ギルドのエースを名乗ろうじゃないか」
おいおい、俺はギルドのエースなんて座は欲しくないぞ。
いちいち面倒臭いしな。
「ことわ——」
「ありがとう! 勝負を飲んでくれて!」
ダメだ。
断ろうとしたが、こいつ……話なんか聞いちゃいない!
有無を言わせないまま、カーティスはくるっと俺に背を向けた。
「では、明日! 君と戦えることを心待ちにしている! 楽しみにしているよ!」
カーティスはそのまま手を振って、笑いながらギルドを去っていった。
なんだあいつ。
嵐みたいな男だったな。
「リネット」
「ん?」
「あいつのこと、知ってるか」
「もちろんだよ。なんてたってAランクなんだしね。それに……カーティスさん、かなり変でしょ?」
「ああ」
変人っぷりは、先ほどのことで嫌というほど伝わってきた。
「わたし、カーティスさんのことなんだか苦手なんだ。人の話聞いてくれないし……」
「みたいだな」
リネットの表情を見ていると、それがマジマジと伝わってきた。
「でもカーティスさん、一応あれでも貴族なんだよ。モーリュック家ってところなんだけど……この街に来るのがはじめてだったら、エリクは知らないかな?」
「悪いが知らんな」
肩をすくめる。
……まあどちらにせよ面倒なことになった。
明日になったらカーティスが忘れてくれることを祈っているが、まあまずそれはないだろう。
「取りあえず明日のことは明日考えるか。今日は寝るとしよう」
「そうだね!」
どっと肩が重くなったような気がする。
俺達はギルドを後にした。