6・魔法陣を無力化
「わっ! ボイスベアがちっちゃくなっちゃった!」
倒した魔物を冷凍保存すると、リネットが目を見開いて驚いた。
「それも氷魔法なの?」
「そうだな」
「へえ! 氷魔法ってそんな便利なことも出来るんだね」
「あ、ああ」
適当に返す。
「まあ今はそんなことより……」
ボイスベアの氷塊を見ながらこう続ける。
「この森、やたら物騒じゃないか? ボイスベアもそうだが、前はベヒモスも出てきたし……」
「本当だよね。ボイスベアはBランクくらいの魔物なのに」
「この森っていつもこんな感じなのか?」
俺の質問に、リネットは不安そうな表情で首を横に振った。
「ううん。基本的に弱い魔物ばかりだね。たまーに強い魔物が出てきたとしても、せいぜいCランクくらい。こんなボイスベアとかベヒモスとか、ポンポン出てきたりしないよお」
「やっぱりか」
ギルドに行った際。
王都に比べたらまだ平和なことが分かった。
それはいいことなのだが……同時にこんなBランクとかSランクの魔物が出てくるような森が近くにあるのは、物騒すぎるだろと疑問も覚える。
「とにかくこの森でなにかよからぬことが起こっている——!」
またも魔物の気配。
しかも今度は複数だ。
「うわっ! ボイスベアがいっぱい!」
気が付けば、俺達は五体のボイスベアに取り囲まれていた。
「戦いを終えて油断してしまっていたか」
俺としたことが素人みたいなことをしてしまった。
リネットと背中合わせに立つ。
「リネット、怖いか?」
「そんなことないよ! だってエリクがいるんだからね。エリクがいたら自然と勇気が湧いてくる。負ける気なんてしない!」
十分頼られているものだ。
しかし負ける気がしないのは俺だって同じだ。
氷魔法が限界突破した自信だろうか?
いや、それよりも……勇者パーティーとしてもっと強い魔物、もっとひどいピンチに巡り会った経験が活きているのだ。
ゆえに恐れは感じていなかった。
「俺がまた氷魔法で動きを封じる! リネットはまた同じように攻撃していってくれ!」
「うん! 任せて!」
今度も同じようにボイスベアが発する『ガアアアアアア』という雄叫びを、氷魔法で凍らせてやった。
そのせいで地面には大量のガアアアアアアア(←凍ってる)が落ちていた。
だが、ボイスベアの声攻撃は無効化出来た。
リネットは素早い動きでボイスベアに斬りかかり、一体ずつ倒していく。
戦いは五分もかからなかっただろうか。
「やったー!」
斬られ、地面に倒れているボイスベアを見て、リネットが嬉しそうに飛び跳ねた。
「ありがとう、リネット。また君のおかげだ」
「違うよ! エリクのおかげだよ! エリクがボイスベアの攻撃を防いだおかげなんだ。だから……こちらこそありがとう!」
リネットが俺の両手を握り、ぴょんぴょん跳ねた。
ウサギみたいで可愛い。
しかしリネットは『俺のおかげ』と言っていたが、俺は彼女の実力に驚いていた。
想像以上だ。
あれだけ動いても、リネットに疲れは見えない。変わらず明るく振る舞っている。
リネットがいなければ勝てなかったかもしれない。
正直にそう思った。
「それにしても……エリクって、本当に新人冒険者なの?」
ドキッ。
リネットの不意の問いかけに、心臓の鼓動が跳ね上がる。
「ど、どうしてそう思う?」
「だって、あれだけのボイスベアを見ても冷静だったから……エリクがどれだけ強かったとしても、普通は慌てるよお」
……まあ場慣れだけはしているつもりだからな。
俺は誤魔化すようにコホンと咳払いをして。
「そんなことはない。ま、まあ性格の問題だな。慌てていたんだが、表情に出にくいタイプかもしれない」
「ほんとお?」
リネットが顔を近付いてくる。
か、顔が近い!
彼女の息づかいがはっきりと分かり、俺は視線を逸らすしかないのであった。
「これ以上聞かない方がいいかな?」
「そうしてくれると助かる」
「……うん、分かった。変なこと言ってごめんね。人には言いたくないことの一つや二つはあるもんね」
やけに簡単に諦めるんだな?
しかし追及してくれないのは助かる。
「……それよりも、ボイスベアが五体も出現するなんてな」
倒したボイスベアを冷凍保存しながら呟く。
「やっぱりおかしいよね」
「ああ。もう少し森の中を探索してみようか」
「うん!」
それからリネットとしばらく森の中を探し回った。
よからぬ魔力を感じ取ったからだ。
一時間くらいだろうか。
森の中を探索していると……。
「あっ!」
リネットがなにかを見つけ、そこまで走り寄る。
「魔法陣!」
彼女が指差した方には、地面に魔法陣が描かれており、それが光を発していた。
光を発して……ということは、まだ魔力が残っており機能しているということだ。
「なんでこんなところに魔法陣があるんだろう?」
リネットが首をかしげる。
俺はその場でしゃがみ、魔法陣を解析する。
「……どうやら強い魔物を誘き寄せる魔法陣のようだ」
「誘き寄せる?」
「ああ。この魔法陣があるせいで、この森に強い魔物が集まってきていたんだ。ボイスベアもベヒモスも魔法陣のせいだろう」
だが、どうしてこんな魔法陣がここに描かれているんだろう?
見る限り、魔法陣はなかなか精緻な造りをしていた。よほどの実力者でないとこんなの書けないぞ。
「エリク、すごいね! 見ただけでそこまで分かるの!?」
「まあ魔法陣を解析するのは得意だからな」
解析するだけなら本を読んで勉強すれば可能だからだ。
不遇な氷属性しか使えないと分かって、俺は誰よりも勉強してきた。そのおかげで、知識量だけなら勇者パーティーの誰よりもあったかもしれない。
まあ知識だけあっても、魔法陣を描けるわけじゃないんだけどな。
「そんなことより問題は、この魔法陣がある限りまた強い魔物が誘き寄せられる……ということだ」
森の中に留まってくれるならまだしも、街まで襲いかかってこないとは限らない。
「じゃ、じゃあ! どうしよう! 魔法陣を無効化出来ないのかな」
「それが出来れば苦労しないんだがな」
雑な魔法陣ならともかく、これを消すのはなかなか骨が折れる。
しかし。
「少し試してみるか」
——今の俺は氷魔法が限界突破している。
なにか方法はあるだろう。
頭の中の知識を紐解く。
すぐに魔法陣を消せそうな方法を見つける。
「これならいけるか?」
すっと前に手を伸ばす。
そして魔法陣に対して氷魔法を発動。
するとピキッピキッという音を立てて、魔法陣の内部が凍っていくのが分かった。
「あっ、魔法陣の光がなくなった!」
やがてリネットの言った通り、魔法陣を光を発しなくなって代わりに氷煙が立った。
「魔法陣の中に流れる魔力を凍らせたんだ」
魔力というものは人間でいうと血液みたいなものだ。
その血液の流れを一度でも止めてしまえば、魔法陣は機能しなくなってしまうのである。
「氷魔法ってそんなことも出来るの? 魔力だけを凍らせるって……」
「まあそんなピンポイントな真似は普通に出来ないし、その前に」
——魔力を凍らせることなんて、絶対零度でも出来やしない。
だが、絶対零度を超えた温度なら、魔力を凍らせることも可能だと分かったのだ。
とはいえ、そのことはまだリネットに言わないでおこう。もう少し落ち着いたところで話そうか。
「じゃあこれで一安心だね!」
「ああ」
しかし誰がこの魔法陣を作成したのかまでは分からない。
一体なんのために?
謎が深まるばかりだが、一旦森から出てギルドに戻ろう。