5・ガアアアアアアアア(←凍ってる)
俺達はあれから依頼を受け、近くの森までやってきた。
ここはベヒモスに遭遇したところだ。あまり近付きたくなかったが……まあ、ああいったことは滅多にないだろう。
それに仮にもう一度ベヒモスに遭遇したとなっても、俺には−100000000℃の氷魔法がある。
大した問題ではない。
「えーっと、依頼は森にいる魔物達を討伐せよ……という内容だったな」
「そうだよ!」
リネットが明るく口にする。
ちなみに……依頼を達成すると冒険者には『ポイント』というものが与えられる。
このポイントを溜めていけば、冒険者ランクが昇格するわけだ。
今回受けた依頼は、倒した魔物によってポイントが振り分けられる。
なので出来れば強い魔物を狩って、ポイントを稼いでおきたい。
「リネット、戦いの前にまず戦力を把握しておきたい」
立ち止まり、リネットにこう話しかけた。
「……新人冒険者の俺が言うのもなんだが、リネットは戦闘においての『役割』はなんだと認識しておけばいい?」
「わたしは剣士だよ! 魔法もちょっとは使えるけど、それはあくまで補助的なものかなあ。接近戦が得意だから任せてね」
剣士か……。
どうやら今までパーティーを組んでこなかったみたいだからな。
一人で戦うとなったら、応用が利きやすい剣士は最適な職業であろう。
「エリクはどうやって戦うの?」
「俺か? 俺は魔法使いだ」
「魔法使い!」
彼女が目を輝かせる。
「じゃあ! どんな属性の魔法が使えるの? 火かな? それとも光? もしかして多属性使いっ!」
期待に胸を膨らませているであろうリネット。
まあ仕方がない。
ベヒモスを倒したくらいなんだからな。多属性使いだと思っていても不思議ではないだろう。
だが。
「いや……氷使いだ」
「え?」
「氷属性しか使えない。疑うなら冒険者カードを見せようか?」
繰り返すが冒険者カードに嘘を記すことは厳禁だ。これで証明出来るだろう。
リネットは気まずそうに目を逸らすが、
「あー……そっか、氷使いか。で、でも魔法使いだなんてすごいよね! わたしはあんまり使えないから、尊敬しちゃうよ」
とすぐに取り繕うように言った。
そう、この子の反応が当たり前なんだ。それどころかフォローを入れてくれるだけ、彼女はかなり優しい。
限界がある氷属性は不遇。
これはどこにいっても変わることがない。
「——っ!」
そうこうしていると、リネットが剣を鞘から抜いた。
俺もその気配に気付き、身構える。
「ボイスベア!」
草木の茂みから現れた魔物に、リネットは声を上げる。
ベヒモスほどではないといえ、なかなか凶悪な魔物である。
「エリク! 気をつけてね。そのボイスベアは……!」
「ガア——!」
ボイスベアが雄叫びを上げようとした。
その瞬間、俺は−100000000℃の氷魔法を放っていた。
時間が凍る。
「ふう、なんとか間に合ったな」
ボイスベアは自身が放つ声を波動にすることによって、相手を攻撃する魔物なのである。
このままボイスベアが声を上げていれば、俺達は手痛いダメージを被ることになっていただろう。
攻撃が当たらない場所まで移動してから、魔力を消滅させる。
「ガアアアアア!」
時間が再び動き出す。
ボイスベアの声の波動によって、さっきまで俺がいた地面に穴が穿った。
これをまともに浴びていては、たまったものじゃない。
「え、え? エリクが瞬間移動したように見えたよ? もしかして失われた魔法とも言われる転移魔法を……?」
その様子を見て、リネットは混乱している様子であった。
しかしそんなことよりも……俺は肩にどっとのし掛かる疲れのようなものを感じていた。
「やはり……−100000000℃は負担がでかい」
簡単に言うなら、魔力の消費が大きいのだ。
どうやら限界突破したことにより、魔力量も上がったが……それでも−100000000℃をボンボン放てるくらい潤沢というわけではない。
「今後のことを考えた時にも、−100000000℃以外の戦闘手段を身に付けなければ」
それにいくら時間を凍らせることが出来たとしても、その間になにをするかが問題だ。
幸い、限界突破した氷魔法にはまだまだ出来ることがある。
頭の中の蔵書を紐解けば、いくらでも可能性を見つけることが出来るだろう。
「エリク、さっきからなに一人でぶつぶつ言ってるの?」
「なんでもない」
首を横に振る。
「ガアアアアア!」
その間にボイスベアはさらに雄叫びを上げた。
今度はリネットの方角だ。
「くっ……!」
しかし刹那、リネットは横っ飛びをして声の波動を回避した。
「やっぱりあの声が邪魔だね! それがなかったら、一発で倒すことも可能なのに!」
悔しそうなリネット。
彼女の言う通り、ボイスベアはあまり耐久性に優れた魔物ではない。
だが、それを補うようにして声の波動で攻撃したり、声で自分の周囲に結界を張ることが出来る。
それをかいくぐって、懐に飛び込むことは至難の業だ。
俺は頭の中に検索をかけ、ボイスベアに勝てそうな方法を探り当てる。
……うん、これがいいな。
「……リネット、俺の氷魔法だったらヤツを封じることが出来る」
「氷魔法で? でも氷魔法なら、声が邪魔でボイスベアに届かないんじゃない?」
「大丈夫だ。俺を信頼してボイスベアに飛び込んでいってくれ。頼めるか?」
断られても仕方がないと思っていた。
しかしリネットは「……うん!」と頷き、
「エリクの言うことを信じるよ! なんてたってわたしの選んだ王子様なんだからね!」
王子様……なのことだ?
なんにせよ大袈裟なヤツだ。
「ありがとう」
素直に礼を言う。
俺を信じてくれているんだ。絶対に期待に応えなければ。
「——ガ」
ボイスベアが声を放とうとした。
その瞬間、俺は氷魔法を発動する。
するとボイスベアの声が凍り『ガアアアアアアアア』という文字が、地面に落ちたのであった。
「え、え?」
ガアアアアアアアア(←凍ってる)
それを見て、リネットは戸惑っている様子。
「今だ!」
「う、うん!」
剣を振り上げ、ボイスベアに向かっていくリネット。
ボイスベアはそれに対して、落ち着いて声で結界を張ろうとした。
しかし——俺はその声の結界を凍らせる。
「やあっ!」
可愛らしい声を上げて、リネットがボイスベアを一閃した。
有言実行。その結果、見事一発でボイスベアを倒すことが出来たのだ。
「やった、やった!」
彼女が膝を曲げて、その場で小さく何度かジャンプをする。
「リネット、ありがとう。リネットのおかげでボイスベアを倒せたよ」
「わ、わたしなんかよりエリクの魔法の方がすごかったよ! 本当にありがとねっ!」
俺の両手を握って、リネットがブンブンと上下に振った。
そして改めて、ボイスベアの死体……そして地面に転がっている『ガアアアアアアアア(←凍ってる)』の氷塊をつんつんと突いた。
「……声が凍ったら、こんな感じになるの?」
「俺もはじめてやったからよく分からんな」
限界突破した氷魔法は声を凍らせることも出来る。
そのことが分かり、俺は氷属性のさらなる可能性に胸を躍らせるのであった。