4・可愛い女の子とパーティーを組みました
少女の声がギルドに響き渡る。
俺に殺到していた人達が、全員一斉にそちらの方を向く。
「おい、あいつ……」
「ああ、間違いねえ。Bランク冒険者のリネットだ」
「『わたしのもの』ってどういうことだ?」
少女——どうやらリネットという名前らしい——が進むと、人々は自然と彼女のために道を空けていた。
そしてリネットは俺の前まで来て、
「わたしはリネット! 君にお願いがあるんだ。わたしと冒険者パーティーを組んでくれないかな?」
と手を差し出してきたのだ。
戸惑ってしまい、俺はその手をすぐに取ることが出来なかった。
「わたしじゃダメなのかな?」
リネットが胸の前で手を組む。
で、でかい……。
なにがでかいかというと、もちろん——リネットの豊満な胸のことだ。
彼女が少し動く度にその大きな胸は上下左右に揺れた。
「いや……そういうことじゃないが……」
頬を掻く。
「だったら、わたしとパーティーを組んでよ。知ってると思うけど、わたしはBランク冒険者なんだ」
「すまない。俺は今冒険者になったばっかりで、そういう事情は知らないんだ」
「なったばっかり……?」
リネットは目を見開く。
「ま、まさかっ! それなのにベヒモスを倒したの? どこかパーティーに入ってたけど、仲間割れとかしてここに来てるものだと思った!」
仲間割れか……彼女が言っていることはあながち間違いではない。
「いや、冒険者になることははじめてだ。だが、一人でベヒモスを倒せるくらいの実力ならある」
嘘を交ぜながら、リネットに話す。
リネットは俺を疑っているような視線を向けながら、
「そ、そんなわけないじゃん! 一人でベヒモスを!? そんなのいたら、《四勇者》……ううん。それ以上かもしれないよ!」
——《四勇者》。
この世界で最も強く、一人でも世界を救えるとされる四人の勇者達のことだ。
いくら−100000000℃の氷魔法を使えるとはいえ、《四勇者》以上と言われるのは、いくらなんでも買いかぶりすぎだ。
「だが、真実だ」
「あっ、ごめんね。別に君のことを疑っているつもりはないよ。不快にさせたらごめん! ちょっと驚いただけ」
キリッとした瞳はリネットを向け、再度手を差し出してきた。
「それで……どうする? 君とわたしがパーティーを組んだら、Sランク——勇者になることもすぐだと思うんだ。だから……ね。わたしとパーティーを組んでくれないかな?」
「しかしだな……」
いくらこの子が美少女であっても、誰とパーティーを組むかは吟味したい。
勇者パーティーを追放されたようなことは……もう二度と遭いたくないからな。
俺が悩んでいると察したのか、
「お願い!」
リネットが俺の手を自分の胸に押し当てた。
「な、なにをするんだ!」
「君が頷くまで、わたしはこの手を離さないんだからね!」
「だ、だからもう少し考えさせてくれって!」
そんな俺達の押し問答に、周りの人達は、
「う、羨ましー! 美少女のリネットにあんなに言い寄られるなんて!」
「なんでか今までリネットはパーティーを組んでこなかったからな」
「どうしてだ?」
「さあ、分からん。だが、何人もの冒険者が彼女を誘ったはずだよ」
「それなのに、どうしてヤツとパーティーを組もうとしたんだ?」
「なにを言ってんだ。ベヒモスを一人で倒せる規格外なヤツとなんて、リネットじゃなくてもパーティーを組みたいに決まっている」
と話をし出す。
周りの反応を見る限り、リネットはなかなかの人気者らしかった。
「……わ、分かった!」
無理矢理リネットの手を振り払う。
「パーティーを組んであげてもいい」
「ホントっ!?」
リネットの表情が明るくなる。
「しかし一つだけ条件を出したい」
「条件?」
首をかしげるリネット。
「俺を裏切らないことだ」
「え?」
「今までちょっと色々あってな。もう人に裏切られたくない。それに『裏切られるかも』と思いながら、一緒に依頼をこなしていくのも非効率だろう。だからこそ……この条件だ」
もしかしたらこの子もまた俺から離れていくかもしれない。
俺を裏切るかもしれない。
そんなことを思いながら冒険することは——嫌なのだ。
「もちろんだよ!」
グッとリネアは拳を握る。
「わたしは君を裏切ったりしない。だってわたしもそれが一番大切なことだと思うから」
……うん。
リネットの力強い瞳を見る限り、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
「よかったら、契約魔法を結ぼうか?」
「いや——」
彼女の言う契約魔法というのは、もし破れば相応の罰則が相手に降り注ぐ魔法のことだ。
ここで『俺を裏切らない』と契約魔法を結べば、彼女は俺を決して裏切らないかもしれない。
しかし契約魔法が使える人は限られてくるし、なによりも。
「それはしなくてもいいだろう。取りあえずは、君のことを信じる。それに……俺は裏切られることがなによりも嫌だが、それ以上に人を疑いたくないんだ」
それは相反する考えかもしれない。
しかしリネットは契約魔法を結ぼうとしてくるくらいだし、相当の覚悟があることは分かった。
彼女の本気を信じてあげたい。
そう言って、リネットの瞳をじっと見つめると、
「〜〜〜〜〜〜」
彼女は頬を赤らめて、俺から視線を逸らした。
「どうした?」
「な、なんでもないよ! でもそんなに見つめないで! ドキドキしちゃうから!」
あたふたと慌てるリネット。
見つめることより、リネットが自分の胸に俺の手を押しつけた方が何倍も恥ずかしいことだと思うが?
「じゃあリネット。あらためてよろしくな」
手を差し出す。
「うん、わたしこそよろしく! えーっと……エリクさんだっけ?」
「エリクでいいぞ。さん付けされるのはあまり好きではない」
リネットと握手を交わす。
どちらにせよ、冒険者になってパーティーを組むつもりだった。一人でやれることは限界がある。
……決して彼女の容姿と胸に惹かれたわけじゃないからな!
それだけ断言しておこう!
……多分。
「うおおおお! リネットにあの規格外の新人冒険者を取られちまったぜ!」
「リネット……ずるい……やっぱり胸が大きかったら得……」
「あの冒険者も羨ましいばかりだな! 彼女はBランク冒険者だし、百人以上のファンクラブもあるくらい人気者なんだから!」
俺がリネットとパーティーを組んだことによって、みんなから嫉妬される。
それを受けて、少し怖くなるが……嫌な気分にはならない。
それにしても、勇者パーティーから追放されてどん底だったのに、いきなりこんな幸運が起こるとはな。
幸先がいい。
「じゃあエリク、早速二人で依頼を受けてみようよ」
「そうだな」
俺達は依頼票が張られている掲示板の前まで移動した。
この時、まだエリクは知らなかった。
やがて彼が究極零度の魔導士と呼ばれ、無双することを——。