2・−100000000℃
限界突破……?
突如、頭の中に浮かんできたメッセージに戸惑う。
「グォォォオオオオオオ!」
しかしそんな悠長な時間はない。
ベヒモスがその巨体を揺らして、体当たりを仕掛けてきたのだ。
「とにかくこのままではやばい!」
すっと手を伸ばす。
逃げなければならないのに。
しかし今の俺は、ベヒモスをなんとか出来るような気がしていた。
不思議な気分だ。
ベヒモスの動きがやけにゆっくり見える。
「氷魔法。俺はこれに頼るしかない」
氷魔法——発動。
先ほど、最大出力の氷魔法を放ったばかりだというのに。
傷一つ付けることおろか、動きを封じることも出来なかったのに。
俺はベヒモスに向かって氷魔法を放った。
『−100000000℃』
ん?
なんだ、今の出鱈目な数値は。
氷魔法を使う者は、放った瞬間にその温度が頭に中に文字として現れるため把握することが出来る。
だが、氷魔法というのはいくら頑張っても−273・15℃までしか放つことが出来ないというのに……一体先ほどのは?
「え……?」
その答えはすぐに分かった。
ベヒモスの動きが静止していたのだ。
いや、ベヒモスだけではない。
周囲の風で揺れる木々も、青空を流れる雲の動きも。
全て止まっていた。
「もしや……周囲全てが凍ったということか?」
ゆっくりと立ち上がる。
いや、違う。
恐る恐るベヒモスに触ってみるが、微かに温かいように感じた。
試しにすぐ近くの木にも触ってみたが、いつもと同じ感覚だ。
そこで俺は一つの可能性に気付く。
時間を凍らせた?
なんとバカげたことだ、と思う。
時間を凍らせるなんて……聞いたことがない。
しかし何故だか俺はそう確信を抱いていた。
【限界突破】
この氷魔法を放つ前、俺の頭の中にそんなメッセージが浮かんできた。
もしや俺は誰も辿り着いたことのない頂きへと足を踏み入れたのか?
絶対零度の限界を超え、さらなる氷魔法の境地へと——。
「時間を凍らせたということなら……今度は落ち着いて」
ベヒモスに向かって再度氷魔法を放つ。
今度は−100000000℃℃ではない。ちゃんと温度を調節して……。
『−10000℃』
−100000000℃に比べたら大したことのないように思えるが、これだけでも十分だ。
俺の放った氷魔法はベヒモスの魔法耐性を貫き、その巨体を凍らせてしまったのだ。
「続けて」
今度は氷魔法で剣を作って、魔力でそれを操る。
すると氷の剣は凍ったベヒモスの首をすぱっと切断したのであった。
ドサァアアアアアア!
それこそ、ベヒモスの頭はそれだけでも俺の体くらいはある。
切断されたベヒモスの頭が地面に落ちる。
それを見て、俺はようやく安堵の息を吐けた。
「……もう一回動き出したりしないよな?」
氷魔法に注いでいた魔力を消滅させる。
こうすることによって氷が溶け、元の状態に戻るわけだ。
すると再び風が吹き出し、雲がのどかに空を泳ぎはじめた。
しかし頭を切断されたベヒモスだけは動き出さない。
風や雲や時間が解凍されたことによって動き出したが、ベヒモスは完全に死んでいるからだ。
「俺一人で……ベヒモスを倒した?」
魔力を使った疲労感のためだろうか。
いや……それよりも、ベヒモスを倒したことによる興奮のせいで手が震えていた。
死んだベヒモスの前で、俺は糸が切れた人形のようにその場に座り込む。
「限界突破……氷魔法には限界がある、という常識は間違いだったのか?」
少なくても、−100000000℃の氷魔法を放ったら時間が止まるなんて聞いたことがない。
つまり。
「世界で俺だけが使えるってことか?」
——限界を突破した氷魔法をな。
命の危機に瀕して、能力が覚醒したということなのだろうか。
つい先ほど限界突破したばかりだというのに、俺は不思議とこの氷魔法の使い方を全て理解していた。
限界突破した瞬間に、氷魔法の使い方が頭の中に雪崩れ込んできたのだ。
「試してみるか」
まだ知識はあやふやだ。
まるで膨大な本が蔵書されている図書館で一人立ちつくしているかのようだ。
頭の中で一冊の本を取り出すイメージを抱き、続けてこう呟く。
「収納」
ベヒモスに氷魔法を放つ。
すると家一軒分くらいの大きさはあるベヒモスが、手の平サイズまで小さくなって、凍ってしまった。
ボールのような氷の塊を見ると、中には縮小されたベヒモスが収められている。
冷凍保存。
今回、俺がベヒモスに対して放った氷魔法がそれだ。
これを解凍すれば、ベヒモスが元の大きさに戻ることも……何故だか俺は理解していた。
まだまだ限界突破した氷魔法にはやれることがある。
一つずつ、雪崩れ込んできた知識を引っ張り出して試していけばいいか。
「取りあえず近くの街に行って、このベヒモスを換金するか」
未だ興奮で震える足で俺は歩きはじめるのであった。