14・魔族
大量の魔力のせいで、周囲が光に包まれた。
眩しさのためか、リネットが目を腕で隠す。
そして光がなくなった頃には……。
『ハッハハ! ここが人間の世界か!』
背中に翼を生やした、邪悪ななにかが召喚されたのだ。
「エリク……あれは」
「リネット! 近付くな!」
リネットが一歩踏み出そうとしたので、慌てて俺は手で制した。
体から迸っている凶悪な魔力。
魔物とも人間とも形容しがたい、異様な姿。
俺の知識が正しければ——。
「ふん。成功したか。やはり私は天才ですね」
ベンノはそれを見て、澄まし顔であった。
『お前がオレを召喚したのか?』
「その通りです。あなた——魔族をね」
ベンノが口にした『魔族』という言葉に、俺とリネットの間に緊張感が走る。
「エリク……さっき、あの人。とんでもないこと言ったように聞こえたけど……嘘だよね? 魔族がこんなところにいるわけないよね?」
リネットは俺の体を揺さぶってくるが、返事を発することが出来なかった。
魔族。
普段はこことは違う『魔界』にいるとされる存在だ。
『人間』と『魔物』という大ざっぱな二つの種族に分けるとするなら、『魔族』はどちらにも属さない第三勢力だ。
一説によると、魔族一体で大国を滅ぼすことが出来る力を有すると言われる。
今までの歴史上で五回も現れ、そのたびに世界は滅亡の危機に瀕したのだと。
「俺だって信じたくない。しかし……」
頭の中で警鐘が鳴っている。
目の前の邪悪な存在は『魔族』であると。
はっきりとそう警告しているのだ。
限界突破した際に、雪崩れ込んできた知識のせいだろうか?
「今回、あなたを召喚したのは他でもありません」
一人、落ち着きを払って……いや興奮しているのか? ベンノが若干上ずった声で続ける。
「あなたに目の前の魔法使いを殺して欲しいのです。女の方はあなたに任せます。召喚された者は主の命令に絶対。あなたなら、それくらい容易いことでしょう?」
『うむ……』
ベンノが俺を指差す。
一方、魔族の方は鋭い視線をベンノに向けていた。
「さあ、お行きなさい! 私に恥をかかせた、あの愚か者を始末するのです!」
『なあなあ、どうしてオレがお前の言うことを聞かなきゃならないんだ?』
「はい?」
大袈裟にベンノは腕を広げて宣言するが、魔族はそれに従う様子を一切見せない。
『オレはお前より強い。ならばオレがお前に従う道理などないはずだ」
「な、なにを言っているのですか? 召喚された者は主に絶対服従でしょう? そんなことを言ったら、今すぐ魔力の供給を止め魔界に送り返……」
『おっと、折角人間界に来たってのに帰るのはごめんだな。そうだな……』
「ぐっ……!」
魔族が目にも止まらぬ速さで、ベンノの頭をつかんだ。
そしてニヤリと口角を吊り上げ。
『まずはお前を始末しよう』
「ぐああああああああ!」
絶叫するベンノ。
瞬く間にベンノから魔力が吸い取られていった。
「エ、エリク! あの人、だんだん消えていくよっ!」
リネットが驚愕に目を見開く。
彼女の言った通り、だんだんとベンノの姿が薄くなっていき、今にも消滅してしまいそうだったのだ。
やがて彼から発せられていた叫び声もなくなり、完全に体が消え去ってしまった。
『ふん』
パンパンと手を払う魔族。
『なかなか不味かったな。まあ仕方がない。これで思う存分、暴れ回ることが出来る』
ゆっくりと俺達の方へ歩を進めてくる魔族。
ベンノは決して弱くない。それは間違いのないことだ。
しかしこの魔族は一瞬でベンノを消した。
その姿はまるで朝ご飯を平らげるかのようであった。
「エリク……逃げよう! 魔族に敵うはずないよ!」
俺の服の裾を引っ張るリネット。
しかし。
「このまま逃げちゃ、近隣の街に被害が及ぶぞ?」
俺を迎え入れてくれたあの街だって。
ただそれだけではない。
ここで逃げてもなにも物事は解決しない。
魔族は暴れ回り、世界は恐怖のどん底に陥るだろう。
もっとも。
「簡単に逃してくれるとも思えないがな」
つーっと頬を汗が伝い落ちた。
『カッハハ。よく分かってるじゃねえか』
魔族が満足げに笑みを作る。
『お前はちょっとはマシな魔力をしているな? 見ただけで分かるぞ。いい機会だ。さっきのはザコすぎてよく分からなかったが、人間の力——試させてもらうぞ!』
地面を蹴り上げ、魔族が俺達に直進してくる。
「リネット!」
彼女の腕を引っ張り、俺はサイドに逃げる。
間一髪。魔族を回避することが出来た。
『ほう』
ゆっくりと振り返る魔族。
おそらく、ベンノ時と同じように俺の頭をつかんで消滅させるつもりだったのだろう。
『オレの動きを目で捉えるか。なるほど、やはりちょっとは面白くなりそうだ』
魔族は余裕の態度でそう言葉にする。
確かに……なんとかギリギリ、先ほどの動きは見ることが出来た。
この動体視力も、普段しているトレーニングのおかげだろう。助かった。
しかし。
「ただ避けるだけじゃ……いつか捕まるよな」
そもそも人間と魔族とでは体力が違う。このまま鬼ごっこのように回避を続けたとしても、時間の問題で捕らえられるだろう。
『その通りだ。オレだって鬼ごっこをしたくて、人間界にやってきたわけじゃないからな。理解が早くて助かる』
魔族はそう言うと、ゆっくりと前に手をかざした。
そこを中心に魔力が放出する。
『オレの攻撃を避けることが出来た褒美だ。お前には魔族の魔法を見せてやるよ。もっとも……見たところで、次の瞬間にお前は死んでるだろうがな。ハハハハ!』
見ただけで分かる。
あれをまともにくらったら即死だ。
見た目は派手ではないが、あれが放たれれば街の一つくらい簡単に吹っ飛んでしまうだろう。
「エリク!」
リネットが怖そうに目を瞑って、俺の腕に必死にしがみついていた。
しかしそんなに怖がらなくてもいい。
何故なら……。
『死ね』
魔族の暗い声。
それと同時、その手の平から光の波動が放たれ、俺に襲いかかってきたのだ。
しかし俺はそれよりも早く氷魔法を発動していた。
−100000000℃。
絶対零度を超える氷魔法においては、時間が止まる。
光が止まる。
この世の全てが凍る。
魔族から放たれた光魔法は俺に当たる寸前、時間もろとも凍ってしまった。
「さて」
俺は意識を集中する。
——今日は魔力を使いすぎたな。
頭が痛い。手が震える。
だが、止めるわけにいかない。
「凍れ」
時間が止まった世界の中で。
俺は魔族の魂だけを凍らせた。
−100000000℃の方だけに魔力の供給を止める。
時間が再開される。
「エリク!」
まだリネットは俺の腕をつかんでいた。
「安心するといい、リネット」
そんな彼女に俺はこう話しかける。
「戦いは終わった」
「え……?」
恐る恐る、ゆっくり目を開けるリネット。
彼女の前には完全に凍り動けなくなってしまっている魔族がいた。
「死んでるの?」
「ああ」
短く返す。
こうして世界滅亡の危機は一瞬で終結しのたであった。




