1・パーティー追放後、氷魔法が限界突破した
「悪いけど、君はパーティーから出て行ってくれ」
魔物との戦闘を終わらせた後。
このパーティーのリーダーのクラークに、俺——エリクはそう告げられた。
「……理由を聞きたい」
内心動揺していたが、無理矢理声を絞り出した。
俺の質問に対して、パーティー内で剣士をしているアーロンが怒ったような口調でこう言った。
「ああ? そんなの決まってるじゃねえか。お前がパーティーのお荷物だからだよ」
アーロンは今にも俺に襲いかかってきそうだ。
救いを求めるようにクラークに視線をやるが、彼は渋い顔をして首を横に振るばかりだ。
「あんた、『氷属性』でしょう? 今までお情けでパーティーに入れてあげてたのを感謝して欲しいほどだわ。氷属性しか使えない魔法使いなんて、役に立たないんだから」
続けて吐き捨てるようにそう言ったのは、魔法使いのカミラである。
——氷属性。
この世界には属性というものが存在している。
火、水、雷、風、光、闇——そして氷属性の七つだ。
生まれながらにして、人は使える魔法属性が決められている。
それはほとんどが一属性だけなんだが……ごくまれに、カミラのように四属性も使えたり、勇者クラークのように七属性全てを使える天才がいる。
俺はその中でも『氷属性』しか使えなかった。
最初にそのことを知った時、絶望したものだ。
何故なら。
「氷属性は限界がすぐにくる……だから役立たずってことか?」
自分でも分かりきっていることではあるが、俺はそう問いかけた。
そう。
氷属性は限界がすぐにくる。
何故なら——よく似ている火属性の魔法が限界がないと言われるのに対して、氷魔法は−273・15℃までしか放てないためだ。
優れた火使いの魔法使いが1000℃の魔法を放てるのに、氷使いはいくら頑張っても−273・15℃までしか放てないんだぜ?
こんなの、数字から見て戦いにならないのは分かりきっていることだ。
そのため氷属性は他の属性に比べて『不遇』扱いされていた。
この−273・15℃を、人々は『絶対零度』と呼んだ。
絶対零度は魔法使いにとって、あまりにも致命的なことであった。
「僕は反対したんだよ。でも……みんなが言うものだから」
困っているような表情でクラーク。
クラークの言っていることには嘘はないだろう。短い付き合いであったが、彼がとんでもない善人であることは知っているからだ。
それでも……他の二人に押し切られて、俺のパーティー追放を告げる役割を担ってしまったか。
そう思ったら、クラークも可哀想な人間だ。
「……分かった。このパーティーから出て行こう」
俺がそう口にすると、アーロンとカミラの表情がパッと明るくなった。
このまま俺がパーティーにすがりついても、どうにもならない。
最早関係は破綻している。
ならば時間の無駄にならないうちに、さっさと出て行くのが得策だと考えたのだ。
「ごめんね、エリク。エリクならパーティーから離脱しても、やっていけると思うから」
「そういう慰めは止めてくれ。情けなくなってくるから」
クラークの言葉を手で制する。
俺はクラーク達に背を向け、歩き出した。
パーティーを追放されたものの、これからのアテなどあるわけがなかった。
◆ ◆
思えば、王都に行って冒険者になったことが間違いだったかもしれない。
王都には選りすぐりの冒険者が集まっている。
ちょっと魔法が使えるだけの……しかも氷使いの俺では、すぐに付いていけなくなることは明白であった。
それでも……善人のクラークに頼み込んでパーティーに入れてもらったのは、幼い頃からの『冒険者になって一旗揚げる!』という夢を諦めきれなかったためだ。
「さて、これからどうするか」
あれから俺は一週間移動し続けた。
そのおかげで、王都からずいぶん離れた土地まで来た。
「冒険者なんてもう辞めるか? 商売をはじめてみるのもいいかもしれない」
そう考えると、わずかな希望が膨らんだ。
しかし。
「……いや、俺にそんなこと出来るはずがない。やはり冒険者をするしかないよな」
嘆息する。
十八年間、俺は冒険者になるため魔法にばかり時間を費やしてきた。
なので今更他になにかをする、となってもなかなか難しいだろう。
「なんで俺は氷属性しか使えないんだよ……」
疲れのためか、誰もいないのに一人で呪詛を呟く。
絶対零度がある氷属性魔法。
こんなものを用意した神様は、きっとバカなんだろう。
どうして氷属性だけが不遇なんだろうか?
今思えば、俺の人生は散々なものであった。
誰よりも努力し続けてきたのに、氷属性しか使えないせいでみんなから蔑まれた。
俺の人生がこれから上がっていくことなどあるのだろうか?
暗い気持ちのまま、森の中を歩き続けていると。
——グォォオオオオオオオオ!
雄叫び。
「この鳴き声は……ベヒモスか!?」
すぐに身構える。
ベヒモスが周りの木をなぎ倒して、俺のところまで近付いてくる音が聞こえた。
俺一人では勝てない。
すぐに逃げなければ!
しかし疲労で頭が朦朧としているためか、ベヒモスから逃げようとするがすぐに追いつかれてしまった。
「グォォオオオオオオオオ!」
目の前のベヒモスが俺を見下す。
ベヒモス……Sランクのかなり強力な魔物だ。
クラーク達と一緒であっても、こいつを倒すには結構な時間を要してしまうだろう。
俺一人で敵うわけがない。
だが……逃げられそうにもない。
「チッ!」
こうなったら戦うしかない。
俺は舌打ちをしながら、ベヒモスに氷魔法を放つ。
……しかしベヒモスは魔法耐性を持っている。
限界がない炎属性ならともかく、どれだけ頑張っても−273・15℃までしか魔法を放てない氷属性では、ベヒモスに傷一つ付けることが出来ないのだ。
「グォォオオオオオオ!」
ベヒモスが俺に向かって前足を振り下ろす。
間一髪躱すことは出来たが、その衝撃のせいで体を地面に強く叩きつけてしまった。
このままでは死ぬ?
ベヒモスにダメージを通す武器もない、魔法もない。
パーティーから追放されて、偶然遭遇した魔物に殺されてしまう。
これが情けない人生の終わり方をしてしまうのか?
ベヒモスが巨躯を震わせ、再度俺に攻撃しようとする。
その時であった。
『魔法覚醒。氷属性が【限界突破】しました』