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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season3 Wolfs Forest Story07

異世界知識前提の判定になると途端に役立たずになるタイプ

あのミイ……じゃなかった女王様との謁見が終わった後、オレたちは別行動をとっていた。


プロフェッサーは貸してもらった部屋で何やら研究している。いつものことだ。


ベリルはクリスの案内でこの都にある、古代の貴重な本を調査するとか言っていた。

なんでも魔法を使えるのが普通であるエルフの森では人間の世界ではとっくの昔に失われた本などが、魔法による保存で、現代でも完璧に残っているらしい。

ただ、本はエルフ語で書かれているのが大半で、よそから『貰ってきた』本も古い言葉が使われている、らしい。

アリシアもエルフ語なら少しは読み書きもできるとかで手伝うと言っていたが、会話はともかく読み書きとなると人間語すら怪しい俺は、パスだ。


そしてオレはと言うと、空で光る満月を見ながら水浴び用の泉に浸かり、汗を流していた。

「ぬるいが、悪くはないな」

「っすね」

深さ1mくらいの浅い泉は、人肌より少し冷たいくらいの温度に保たれていた。

温泉や風呂というには冷たいが、長時間浸かっていてもつらくない程度には温かい。

クリスが言うには水の精霊が管理している癒しの泉でもあるらしく、浸かるだけで汚れが落ちる上に、疲労やちょっとした怪我も治るらしい。

普段は街のはずれにあることもあってあまり利用者もいない。だからこそこうして、ほぼ貸し切り状態で使うことができる。

「あったまりはしねえが……体洗えるだけでも割かしありがたい」

「こっちじゃあ水が割と貴重っすからね。こうして入れるときに入らねえと」

交易都市からジャングルまでの移動の間は、ロクに村も何もない荒野の移動だったこともあって、体を拭くのがせいぜいだった。

結社の任務中に風呂どころか食事も睡眠も全く足りない状況で戦った経験は幾度かあるが、こうして身綺麗にするのは嫌いじゃあない。

身だしなみと清潔感の大切さは、ジャック・ローズがオレに残した教えの一つだから。


……さてと、しんみりしたところでそろそろ言うべきか。


「で、なんで当然のようにいるんだよお前は」

オレは当然のようにオレの隣で隠す素振りすらなく全裸で泉に浸かってるナナコの方を見て言う。

小柄で、その割に意外と胸があって、しっかり引き締まった裸。

……俺だってそういうものに興味がないわけじゃあないが、いかんせんコイツとはそういう付き合いじゃない。

「自分、地球語じゃねえ言葉はさっぱり分からねえっす! ついでに本とか書類とか読むと五分で眠くなるっす!」

「それならそれで女用の泉にいけよ」

なんでわざわざオレんとこに来るんだ、そう思いながら当然のツッコミを入れる。

「や、なんかエルフの泉って混浴らしいんすよ。エルフの人らが使うセーレーが男と女見分けられねえとかどうとかで。

 ま、つっても普通は男女一緒には入らねえらしいっすね。クリスに、じゃあ一緒に入るかって聞いたら顔真っ赤にしてたっす」

そんなオレのツッコミに、ナナコは照れる素振りもなく、当然のような顔をして答える。全裸で。

思えばコイツの裸を見るのは今日が初めてだったような気もするんだが、ナナコにそれを気にした様子はない。

「お前はもうちょっと恥じらえよ」

「センパイ。恥と誇りと思いやりと躊躇は全力で投げ捨てないと生き残れないのがサジェウルっすよ?

 つかセンパイだって樹里さんとか乙姫様と一緒に風呂入ったことくらい普通にあるっすよね?

 てかそのままヤッたのも一回、二回の話じゃないっすよね?」

それがちょっと気に食わなくて説教じみたことを言ったら、三倍くらいになって返ってきた。

「……分かった。俺が悪かった」

そうして、オレは黙ることにした。口では勝てる気がしねえ。


それから、しばらくは二人して黙って泉に浸かっていた。


空に輝く満月に、静かな虫の声……少なくとも街中は平和に見える。

怪人の残党だの、満月の夜なら単独でナナコと張り合えるくらい強いらしい人狼の群れだのが嘘みたいに、時間がゆっくりと過ぎていく。

今は、オレとナナコ以外は、誰もいない。

「……地球はいま、どうなってるんだ?」

そんな時だからこそ、オレは、ずっと気になっていたことを尋ねた。

ナナコからは、結社がなくなった後にできた組織の元研究部門の怪人が部下と傭兵を連れてこの世界に来たことと、ナナコはそれを追ってきたことしか聞いていない。

あの日、プロフェッサーと共にこの世界に移動したオレは、地球がどうなったのかを知らないのだ。

「もちろんひでえことになってるっすよ!」

「即答かよ」

だから、いつも通りのノリで、何故か満面の笑顔で即答されたことに苦笑する。それはある意味では予想通りの答えだった。

そりゃそうだ。

悪い大首領がアレにぶち殺されたので世界は平和になりました、なんてあり得るはずもない。

結社の怪人の残党が異世界に来てて、根っからの怪人であるナナコが斥候に送り込まれてる時点で平和なんて程遠いのは、分かっていたことだ。

「あれ?あんま驚かないんすね?」

「大首領が死んでも、オレはオレのままだった。だったら他の怪人だって似たり寄ったりだろとは思っていたさ」

だから、それは予想できていたことだった……ナナコが警官になっていたのは予想外だったが。


日本において結社の宿敵ともいえる組織といえば、警察だった。

警察より強いであろう軍隊は結社と、怪人と戦うには不具合が多すぎたし、何より怪人は必ず人間の姿になれる擬態で街中の人間に紛れ込む。

だからこそ、結社の怪人や、怪人の手下の戦闘員と戦うことになるのは、ほとんどが市民の通報で駆けつけた警察になる。

といっても一般の警官では相手にもならない。怪人に通用する銃弾というのは、かすっただけで人間をミンチに変えるような代物だ。

警官が持ってる、人間相手に使うような銃では皮すらぶち抜けない。


だからこそ、警察はアレと手を組んで『2号』と同じ脳改造を受けてない怪人……連中曰く『協力者(サイドキック)』を作り、怪人の力でもって結社と対抗し始めた。


特にその道のプロとして訓練を受けた本庁の『怪人犯罪対策課』の協力者は何人もの怪人を地獄に送ったし、何人も地獄に送り込まれている。

いわば、不倶戴天の敵だったのだ。お互いにとって。

「けれど、オレたちがやってきたのは人間社会ではれっきとした犯罪だし、オレやナナコともなると死刑確定の極悪犯だろ?

 てっきり先輩が人間の手が届かない『怪人島』辺りで囲って闇に紛れて……みたいな話になってると予想してたんだが」

それが、警察の婦警様だ。初めて聞いたときはなんの冗談だと思ったが、ナナコの格好がどうだったかを思い出して、嘘じゃないと判断する。

偽物ならば堂々と婦警の制服、しかも協力者用の特殊強化スーツなんて着てこないだろう。

そんなオレの質問に、ナナコは少し考えるそぶりをして、それからふと気づいたように言う。

「……そういやセンパイこっち来たの、大首領死んだときだったわけっすから『その後』知らないんすね」

「その後?」

一体何があったのかと考えるオレに、ナナコはそのまま言葉を続ける。

「結社無くなったあと、怪人全員の脳改造の影響が消えて、法律ができたんすよ。

 平たく言うと結社の怪人がやらかした犯罪は全部大首領が悪いのでお前ら悪くないから無罪放免ってことになったっす」

「それは……その、なんかおかしくないか?」

なんだそれは。あれだけ酷いことになってたのに、それでみんな納得できたってのか。

そんな思いが心をよぎる。怪人になってから結社で過ごした7年は、思い出したくもない記憶と、忘れたくない大事な記憶が入り混じっている。

それだけ、結社というものはオレには大きかったのだ。

「自分も微妙に納得いかねえけど、そう決まったんだからしゃーねえっす。んで自分含めて結社が滅んだ日までにやらかしたことは不問ってことになったっす。

 自分の元上司、ほらあのクソガキとか、今は普通にどこにでもいる中学生(笑)やってるっすよ」

「……お前の元上司って、ホロコーストだよな?」

ナナコの元上司、ファンガスゴースト1号。ホロコーストならば、聞いたことはある。

直接の面識はないが、確か結社で最も多くの人間を殺した記録持ちのA級怪人だったはずだ。

それが、刑務所にも処刑場にも送られず、地下にもぐることもなく平穏に暮らしている、らしい。

「そうっすよ。まあ、バリバリに監視されてるっすけどね。あのクソガキ怒らせて無差別テロにでも走られたらマジやべえからとかそんな理由もあるって乙姫様が言ってったす。

 実際、ファンガスゴースト2号と3号は結社無くなったどさくさに紛れて行方不明だっつう話っすし」

「人間社会もう駄目なんじゃないか?」

オレは少しあきれて言う。

ナナコの話からすると、オレの故郷、地球は思った以上に危険な状態の気がする。

今までは曲がりなりにも結社でまとまっていた怪人が野に放たれているのだから当然と言えば当然だが。

「まあ、今の世界ぶっ壊したくねえなあ、ってところでは怪人と人間で見解一致したんで、こうして自分が婦警やってるわけっす。

 警察、思ってた以上にどブラックなんで辞めてえけど、辞表とか出そうとすると何故か紛失するんすよねー」

さらりとあれなことを言ってひとしきり笑った後、ナナコは真面目な顔をしてオレに『本題』を振ってくる。


「んでまあこっから本題なんすけど……センパイ。地球に戻ってくる気はないっすか?」


「は?」

なんの冗談だ、そういおうとして、辞める。本気で言ってるのは、流石に分かった。

「今、地球は怪人と、怪人モドキの協力者のせいでやべえことになってるっす……経験豊富で有能な怪人が何人いても困らねえくらいには。

 自分にも伝手ってのがあるんで、センパイとプロフェッサーくらいの世話なら見れるっす……普通の生活、やり直す気はないっすか?」

驚きで固まったオレの表情を見て、ナナコはそのまま続ける。


いや、オレは結社で散々やらかしてて……それは無罪放免だから問題ないんだったか?


だが、アリシアはどうする?流石に地球に連れてくわけにもいかないけど怪人になったアリシアをそのまま放置するわけにもいかん。

それにプロフェッサーもいるし、ベリルも成り行き上とは言えオレたちの所有物ってことになってるし、いやそれは開放すればいいのか?

「おっ。意外と脈ありっすかね?」

そんなオレの表情を見て察したのだろう。ナナコが上目づかいにオレを覗き込んでくる。

「……そのつもりはない」

思わず絞り出した言葉が思った以上に言い訳がましくて。


オレは、ウルフパックが全滅してなお、地球に置き去りにしてきた未練の数々を思い出す羽目になった。



何とか飛べる程度にまで回復した私は『遺跡』に戻るという耳長と別れ、村を目指して飛んでいた。

(動かすたびに、背中痛い……)

怪人の鈍い痛覚基準で痛みを感じているくらいだから、多分、折れてるくらいの怪我はまだ残ってるけど、しょうがない。

B級怪人の私には再生剤は一個しか支給されていない。

地球との連絡も途絶している今は砂漠の海月からの補給の目途もたたないので、大事に取っておく必要がある。

「あいつらの力を借りることになるなんて……」

クレイジーソーンが社長に内緒で雇った怪人サジェウルとその助手だとかいうバクダン。

今は怪人性の違いから私たちとは距離を置いているけど、この森にいる部族的な連中のまとめ役になったはずだ。

(悔しいけど、あいつらは頼りになる)

結社の怪人は、敵の強さに敏感でないと生きていけない。

私だってついさっき見誤って危うく死にかけた。そこは反省しないといけない。

ナナコだけならともかく、あいつが連れてきた連中は、ヤバい。特に思いっきり引っこ抜いた木をぶつけてきた女。

あの見た目とパワーからして、間違いなくバクダンだろう。

しかもどう見ても《肉体狂化(バーサーク)》してなかったから、あれで全力を出してないってことになる。


クレイジーソーンの実験ではまだ一人しか成功してない、異世界人の怪人。


それが普通に作れる辺り、あの時いた女の子が大首領様の娘だというのは、本当らしい。

(大首領様の娘ならば、帰る方法も作れる……)

社長の話では、異次元転移装置を作ったのが、大首領の娘だという話だった。

クレイジーソーンとジャンキーはしばらく帰るつもりがないらしいけど、私は帰りたい。

そのためにも、あの女の子を捕獲する。そのためには護衛の怪人を抹殺する必要がある。

……私一人では、サジェウルならともかくバクダンを倒すのは無理。

(そのためにもタケルには協力させる……見えた)

そうこうしているうちに、村を見つけた。

木をなぎ倒して作った広場に、木と枝と草でできた家っぽいもの。

広場の真ん中には一日中燃やしている焚火で、そこでお肉を焼いたりお鍋でスープっぽいものを作っているのが見える。

ここがあの『探偵』だとかいうサジェウルが面倒を見ている村だ。

ついこの前までは森のど真ん中に汚い布でできたテントがあるくらいのボロボロの場所だったけど、今は原始人の村、くらいには奇麗になってた。

「いらっしゃい!鳥のおねーちゃん。今日は何かあったの?」

「ケンタローに話がある……あいつは?」

私が下りてきたのに気づいた村の子供が近づいてきたので、要件を尋ねる。

「みんなと狩りに行ってるよ!今夜は満月だから!」

近寄ってきた子供が嬉しそうにいう。犬みたいなけむくじゃらの姿で。

そういえばそうだった。こいつ等は夜に月の光を浴びると、変身できるらしい。

特に満月の夜はサジェウル程度の力が出せるとかで、みんなで狩りに出かける。

昼間に出会うエルフはキョウイだけど、満月の夜ならば恐れる必要がないから、らしい。

「……ああ。じゃあタケル。タケル、いる?」

「タケルにーちゃん? それなら奥で新しい家作ってる。こっちだよ!」

私はこっちではまあまあ好かれている。時々、森で取ってきたよくわからない果物とか貴重な支給品のお菓子を分けてあげたりしてたから。

夜でも目が見えるらしい子供らについていき、広場から外れた森の中に入る。


……いた。


森の奥で、黙々と枯れた木をへし折ったり石を掘り起こして積み上げたりして『家』を作ってる、ひょろひょろの後ろ姿。

「……ん、さっちー?」

私の気配を察して後ろを向き、私を軽いあだ名で呼んでくる、少し年上の男。

シドータケル。あいつの部下だとかいうバクダン。


そして、怪人ではない、協力者。


正直頼りたくなかったけど、仕方がない。負けて死んだら、それで終わりなんだから。

バクダンにはバクダンをぶつけるんだよお!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて一気に読みました。 書籍化してほしいです。
[一言] ここぞと篭絡していくスタイル!
[一言] 誘爆する!
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