Season3 Wolfs Forest Story 05
スピード特化型中学生怪人。元の世界に馴染めなかった系
擬態を解除して、地球から持ってきたナイフで耳長を襲ってきた二人を、私は迎撃した。
二人とも一応は手練れで、それなりに速いんだろうけど、スピードにかけては結社でもトップクラスと言われていた怪人マッハクロウである私の目から見ればまるでスローモーションのような動き。簡単に潰せる。
いくら再生能力がある怪人であっても、素早く正確に頸動脈を切り裂けばかなりのダメージを与えられるし、首を斬り飛ばせば死ぬ。
「っと!」
「おおっと!?」
だが、残念ながらかわされた。そのままナイフを掴みに来たのをかわして距離を取り、私は改めてこの森に来た『敵』を見る。
まずは私と耳長に襲い掛かってきたのが怪人。両方サジェウル。片っぽはナナコ。もう一人は不明。
異世界の、エルフとか言う耳長の男の子と、こっちの世界の人間らしい女が二人。
そして、何より、結社の勲章を胸元に下げて白衣を纏った、人形みたいに整った顔をした黒髪の女の子。
(コイツが、大首領の娘……)
今まで、漠然としか分からなかった結社復活の鍵が、そこにあった。
拠点に籠って動かなくなったクレイジーソーンに言われて数か月待った甲斐があって、大当たりだ。
あの犬女は、本当に犬のように『大首領の娘』を見つけ出してきたのだ。
護衛らしき怪人は、先ほど襲ってきた黒いサジェウルだけ。ライフルも持ってないような人間は怪人の敵じゃないから考えなくてもいい。
私と耳長の二人で相手が手に負えないと判断したら逃げ帰って来いというのが、クレイジーソーンからの命令だった。
地球から私たちを追ってきたコイツについては生きたまま連れて来いとは言われてない。
つまりここでぶち殺しても良いということだ。
(ちょうどいい。殺そう。コイツ、嫌いだし)
この世界では場違いと言える、青い警察の服を着た、怪人。地球ではハウンドコップナナコとか名乗ってた、文字通りの意味での警察の犬。
結社が壊滅した後、即座に人間に尻尾を振った畜生。
私は地球に居た頃から、あのクソデカカブトムシ女と同じくらいコイツが嫌いだった。
砂漠の海月を束ねる『社長』はまだいい。社長は怪人としての誇りを持っていた。
社長にとって『人間』とは、騙し、欺き、利用するものだ。
今はにこやかに従うように見せているけど、怪人がいずれ人間の上に立つ世界を作ろうとしている。
ドラゴンチルドレンの頂点に君臨する『長官』もまだ許せる。
怪人としての圧倒的な強さを見せ続けることで、怪人が人間より優れていることを証明している。
人間の命令に従っているのは減点だけれど、怪人に対して舐めたことをした人間に対しては容赦なく怪人の恐ろしさを教え込んでいる。
なにより、強い。恐らく私でも手も足も出ないくらい。
だが、コイツは、ダメだ。
コイツは、結社が滅んだ時に、怪人としての誇りを捨てた。
選ばれし存在、怪人でありながら人間に尻尾を振った裏切り者。大嫌いだ。
スピードにおいてはA級怪人にだって負けてない。サージェントウルフごときなら、五人は同時に相手できる。
「……手を出すなよ。耳長。コイツらは、私が殺す」
私は後ろに控える、こちらで加えた『仲間』である耳長にそれだけ言って愛用のナイフ二刀流を構える。
私のために調整された特殊合金製の薄くて鋭い刃は、怪人の皮や肉、内臓だって切り裂ける。
怪人に選ばれて結社が滅ぶまでに、人間なら百以上、協力者だって十人以上殺してきた。B級だって二人殺してる。
結社にいるマッハクロウの中でも優秀だって褒められてたくらいだ。
「マッハクロウ182号、音殺丸……参る!」
だからきっと、ハウンドコップだって狩れる。そう思いながら翼をはためかせてナナコにまっすぐに突っ込んだ。
*
目を瞬いている間にお互いに距離を取ったナナコさんとコーイチローさんのお二人が、先ほどまではいなかった異形の怪人が対峙しているという状況に、わたしはついにこの時が来たのだと感じました。
それは、あの場にいたもう一人の少女……のはずです。
状況的にそれは間違いないでしょう。多少『姿』が似ても似つかないものになっていたとしても。
兜をかぶったようにも見える鋭い眼光を持つ鳥の頭に、身体の要所を覆う漆黒の羽毛、太くて頑丈そうな鳥のような足。背中からは大きな翼が生え、両手には漆黒の短剣が二本握られています。
体型こと女性、それもまだ成人も迎えていないような子供のものですが、相手が怪人であることを考えればそれは些細な差でしかありません。
コーイチローさんの話によれば、鴉のB級怪人だというマッハクロウ『オンサツマル』……その特徴は。
「サジェウルごときではどうしたって……追いつけない」
その言葉よりも早くオンサツマルの姿が消えました。
「っとお!?」
それと同時にナナコさんがのけぞります。わたしの目ではその真上を黒い影のようなものが通り過ぎたのが辛うじて確認できたくらいです。
「っつ!?」
コーイチローさんも咄嗟に横に飛びのきました。腕には深い傷が刻まれています。
偉大な英雄の英雄譚に出てくる、遥か東方に住まい、敵の首を一撃で斬り飛ばすという黒い暗殺者のようです。
コーイチローさんが怪人として全力を出しているにも関わらず、防ぎきれていません。
何度も何度も黒い影が通り過ぎるたびに、コーイチローさんとナナコさんが血まみれになっていきます。
あの二人でも、攻撃をかわしきれない。
その事実が、あの少女が『怪人』であることを嫌でも認識させます。
B級怪人マッハクロウは、鴉をベースにしたスピード特化の飛行型怪人。その最高速は『音よりも早い』と聞かされました。
音より速い、という言葉の意味がいまいち理解できませんでしたが、今なら分かります。
コーイチローさんから聞かされた特徴そのままの怪人との戦いは、わたしでは早すぎてそもそも追いきれないものでした。
コーイチローさんやナナコさんをも遥かに越える速さで動く怪人との戦い。わたしがあの場に立っていたら、何もできずに一方的に攻撃され続けていたことでしょう。
一応、コーイチローさんやナナコさんの攻撃も多少は当たっているようにも見えますが、それすらも怪人の高い再生能力を持ってすれば容易く治ってしまう程度の軽い怪我にしかなりません。
「うわっ!?」
紙一重で攻撃をかわし続けるナナコさんが突然、何か躓いたように転びました。
後ろに控えている妖精人……確かグスターヴォとか呼ばれていた男が精霊魔法を使ったようです。
「ちょっ!?ちょったんまっす!?」
とっさに短剣をつかみ取り、致命傷を避けた代償としてナナコさんの指が飛びました。
「痛いっす!さっきから自分ばっか狙いすぎっす! 嫌がらせっすか!?」
「ちっ……殺せなかった」
その一撃で仕留めるつもりだったらしいオンサツマルが舌打ちをして、再び高速の攻撃に移ります。
ぎゅっと、わたしの側で成り行きを見守っているプロフェッサーさんがぎゅっとわたしの服の袖を掴んできます。
その手は少しだけ、震えていて……
わたしも敵も、お互いに手を出すことも出来ず、このまま見ているしかないのか、そう思ったときでした。
―――アリシア。俺の合図に合わせて、樹をぶん投げてくれ。
コーイチローさんの声が届きました。
「は、はい!」
それに思わず返事をして、押し黙ります。
そうです。わたしが怪人であることを知られていないのは、今の状況を覆すチャンスなのです。
こういうのは早すぎても遅すぎてもダメなので
―――今だアリシア!ぶん投げろ!
「はい!」
その言葉に思わず返事を返して、わたしは手近な木に触れます。
(パワー系怪人の基本、その二!)
擬態を解除して樹を根元から引っこ抜き、持ち上げます。
「ちょ!? 森の樹!?」
……妖精人のクリスさんが驚いた声を上げたのは、多分、仕方のないことだと思います。
(でも、当たるのでしょうか?)
そう思いつつオンサツマルを狙って樹を振り上げた瞬間でした。
「魔力、霧、微睡め!《睡眠》!」
ベリルさんが魔法を使いました。
「くあっ?!」
強烈な眠気に晒されたのか、オンサツマルの動きが鈍り、首がかくんと落ちます。
完全に眠りに落とすことこそ出来なかったようですが、それでも確かに止まりました。
(今です!)
わたしは思いっきり振りかぶって引っこ抜いた樹を投げます。
「ぐえっ!?」
轟音と共に樹が周囲ごとオンサツマルを直撃しました。
そのまま樹に押しつぶされるように二度、三度バウンドして、オンサツマルが弾き飛ばされます。
……仕留めた、のでしょうか?
「……なるほど。怪人というのは敵に回しても厄介な相手のようだ」
戦いに殆ど関わらずに見ていたグスターヴォが動きます。
気絶したらしくぐったりしたオンサツマルを抱え上げました。
「悪いが失礼させてもらう」
その言葉と共に急激に霧が発生して辺りを真っ白に染め上げます。
恐らく、精霊魔法でしょう。
「確実に始末しておきたかったんすけど、逃げられたっすね」
少しして霧が晴れたとき、二人とも姿を消していました。
「匂いを辿れば追えるが……いや、ダイヤモンドモールもジャックローズも不意打ちを得意とする怪人だ。逆撃されたらヤバいか」
「っすね。てかまず情報収集っす。クリス、エルフ村だか町だかに案内よろっす」
お二人が倒し損ねた怪人を追うのを諦めて、クリスさんに言います。
「分かりました。こちらです……その、アリシアさんが森の樹を傷つけた件は、今回は不問にしますから」
あ、やっぱりちょっとまずかったみたいです。咄嗟に使えそうな武器があれしかなかったのですけど。
こうしてわたしたちはこの世界で初めての怪人同士の戦いを切り抜けたのです。
実はマッハクロウはバーサークタウロスと相性が悪い。具体的に、殺すのには火力が足りない。




