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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season3 Wolfs Forest Story 04

妖精人は割合蛮族である。ここ重要。

ボクらが交易を旅立って十日間が過ぎ、明日にはいよいよシャーウッドの森にたどり着く、という頃。

ボクは周囲の森で枯れ木を集め、焚火の準備をすることになりました。


焚火の技術は妖精人に伝わる伝統の技術……ではなく、野外の暮らしに詳しいナナコさんに教わった技です。

森では火を焚くのは咎人の処刑のときくらいでしたので。


この世に満ちる精霊を友とし、精霊に己の魔力を以てして『お願い』することで様々な魔法を発動させる《精霊魔法》を使いこなすのが妖精人(エルフ)です。

その恩恵のお陰なのか、元々妖精人は夜であっても魔力の流れが見えます。

簡単にですが動物と意思疎通もできるので、相手が人を襲うことを楽しむような邪悪な怪物だったり、よほど空腹でない限り襲われることもありません。

なので、古来より妖精人は火で獣を追い払うということはしませんでした。

それにどうしても灯りが欲しければ光精(ウィルオーウィスプ)に頼めば良く、暖を取るなら氷精(フラウ)風精(シルフ)に頼んで寒さを和らげて貰えばいい、料理や薬、膠のために火が必要な時は火精(サラマンダー)を呼んでその炎を使った方が安定している。

むしろ下手に火なんぞ焚いて大切な森が燃えたらどうする。それが妖精人としては普通の考えです。


そんな事情もあって普段はあまり火というものを焚きませんし、シャーウッドの森では妖精人以外の侵入者が許可なく火を焚いたら捕まえて火事にならない処刑場で炭になるまで火あぶりにすることになっています。

なのでこうして枯れ木を集めて火を焚くようになったのは森の外に出て、ナナコさんと旅をするようになってからのことです。

そうして、慎重に既に生命を失った枯れ木を集め終えたボクは、大きく息を吸いました。

同胞の気配がないまだ若い森ですが、それでも森の精気はボクを慰めてくれます。

(……いよいよ、森に戻るのか)

ボクは何とも不思議な気持ちになります。

旅に出て、奴の放った小鬼に殺されかけたところをナナコさんに救われ、数か月の旅の末に出会えた魔人殺しの勇者コーイチロー様と、その仲間たち。

その旅はぼくたち妖精人にとっては瞬きのごとき短い時間でしたが、数多の戦いに彩られた苦難の道筋でした。

正直、死ぬかと思ったこともあります。主にナナコさんが無茶をするので。

そして、あの恐るべき敵と戦える勇者様を見つけて仲間に着けた今こそ、ボクは森に戻り、邪悪な人狼を味方につけた恐るべき怪人たちと戦わねばならない。

それは誇り高き妖精人の戦士としては誉れですが、これまでの旅路とは比べ物にならぬほど危険な戦いとなるでしょう。

「……シャーウッドの森は、ボクが必ず守る」

あの日、森の同胞たちの制止を振り切って森を出た時に誓ったことを、改めてもう一度誓います。

異種族の、それも人間の助力を受けるということが、例え妖精人の誇りを汚す行為だとしても、まず生き延びなければ意味が無いのですから。


……さてと。

焚火に使う枯れ木を集め終えたボクは、馬車が止まっている森の外に戻ります。

「おう、おかえり。今日の晩飯、取ってきたぞ」

その手に水汲み用の桶と、水汲みついでの偵察で捕まえたらしい兎を3羽ほどぶら下げて戻ってきた黒髪の勇者様コーイチロー。

「おかえりなさい。設営、やって置いたわよ」

その間に野営する場所を整えていたのが、空色の髪に、邪法にでも手を染めたのか、人間にしてはいささか強すぎる魔力を持った《真言魔法》の使い手である人間の魔法使いベリル。

「戻ったか。ご苦労」

そして、馬車に置いたクッションに朝から夕刻まで座り続け、何やら良く分からないことをしている黒髪の幼き賢者プロフェッサー。

枯れ木を抱えて戻ったボクに、野営の準備を終えた三人が口々に声をかけます。

「今戻りました。森の中には不審なものは見てません……精霊たちの話でも、ボクたちの脅威になるような生き物はこの辺りには居なさそうです」

先ほど森を見てきた結果を伝え、焚火の側に集めてきた枯れ木を置きます。

「そうか。じゃあ夕飯の支度にかかるか」

「手伝うわ」

「兎か……私は焼いた方が好みだ」

元々分かっていたのでしょう。ボクの報告を聞いたあと、早速とばかりにコーイチロー様たちが夕食の準備に入ります。

この一党の中では最も料理に長けたコーイチロー様が主体です。

交易都市からシャーウッドの森にたどり着くまでの旅の間、コーイチロー様とベリル、そしてボクの『三人』が野営の準備をするということになっています。


プロフェッサーは知識と道具以外では人間の子供程度の力しか無い上に魔法も使えないから完全に戦力外で、アリシアも怪人と戦うには不安が残るのでナナコさんが鍛えることになったのです。

「ボクは二人に水を持っていきますね」

「ああ、気をつけてな」

料理に取り掛かったコーイチロー様に一声かけて、ボクはコーイチロー様から受け取った新鮮な水が入った革袋を手に歩き出します。

アリシアの鍛錬の進捗がいかなるものかを知ることは、とても大事なことです……アリシアがどういう怪人であるかを聞かされた後ならばなおさら。


野営地から少し離れた、二人の『鍛錬』の場では、今日もいつものようにアリシアがナナコさんと訓練をしています。

いつもの、青い服を纏ったナナコさんと、下着鎧に身を包んだアリシアの一対一の、素手での戦いです。

どう見ても、ナナコさんが優勢、いえ、圧倒しています。

ここしばらくの訓練で大分遠慮というものが無くなったアリシアの攻撃はただの一度もナナコさんをかすりもせず、逆にアリシアは何度も腕や指をへし折られ、目や急所に深々と指を突きこまれています。

時折、掴みかかった時の勢いを生かしてそれこそ魔法かなにかのように宙を舞って地面に叩きつけられたときには明らかに首が折れて不自然な方向に曲がっていることもあります。

(相変わらず、痛そうだ……)

擦り傷や切り傷、骨折程度ならばシャーウッドの森の妖精人の鍛錬でも良くありましたが、怪人同士だとそんな思い出が児戯に思えてきます。

妖精人だと容易く再起不能になったり死んだりするような怪我を簡単に負わせてしまうのですから。

ナナコさんもとても真剣にやっています。ほんの一撃かすっただけで致命傷を負いかねないからでしょう。

ナナコさんも若い頃は師匠筋に当たる『やべえ人』にギリギリ死なない大怪我を何度も負わされたと懐かしそうに言っていました。

(サジェウルは、怪人としては弱い部類……か)

ナナコさんが自嘲するようにそう言っていたのを聞いた時には、正直信じられませんでしたが、目の前の光景を見せられると納得せざるを得ません。

「いたた……」

今も、ナナコさんに投げられて首が変な方向にかしいだまま、アリシアがのっそりと立ち上がりました。

そのまま、時間を巻き戻したかのように首の向きが元に戻り、折れた骨が治っていくのが見て取れます。

ボクの常識で考えれるならばどれもこれも、生命の精霊に頼んで癒してもらわねば生涯治らぬであろう重傷が瞬時に治ったのです。

痛みすらも鈍いのか何事も無かったかのように再びナナコさんに挑みかかるアリシアは、まるで屍人(ゾンビ)魔人形(ゴーレム)の類のよう。

以前、巨大な食人花の怪物と戦った時に大怪我をしたときのナナコさんよりも治りが早く、

ですが、彼女は決して知恵なき人形ではありません。むしろ人間にしては高い知性を有しています。

……元々は普通の人間でしたが、プロフェッサーに改造を受けて怪人になったそうです。


人間並みの知能を持った、怪物のごとき存在、怪人。


アリシアの圧倒的な膂力から繰り出される動きが、未だに少し場数を踏み、殺し合いを数度経験した人間の戦士程度の拙さであるのが、余計に恐ろしく感じます。

彼女は圧倒的な身体能力を未だに使いこなしていないのです。これから経験を積み、技術を研鑽すればアリシアは上級魔人にも匹敵する怪物……怪人となることでしょう。


そんな怪人を容易く増やしうるのが、森に居座った怪人の集団。


もし倒し損ねれば、シャーウッドの森は再び滅ぶことになるかもしれません。




そして翌日。

「ようやく、戻ってきた……」

ようやく見えたシャーウッドの森の入り口に、ボクはため息をつきました。

半年にも満たない短い時間。妖精人の一生と比べればほんの一瞬にも拘わらず、随分と長く離れていたような気がして、懐かしさを覚えます。

魔力に満ちた樹木たちに、森に住まう動物たちの声。

豊かな日差しを浴びて気持ちよさそうに揺れる花々に、長年の雨風で綺麗に磨かれた、歴代のシャーウッドの森の戦士たちに討ち取られた森の敵たちの頭蓋骨。

そして、村を襲ったのであろう人狼たちのまだ肉が残ってて独特の匂いを放つ生首。


何もかもが皆、懐かしい。シャーウッドの森の入り口でした。

「……ナナコさんにコーイチロー様、そしてそのお仲間の方々。ここがシャーウッドの森です。改めて、歓迎いたします」

万感の思いを込めて、歓迎の意を表します。森の樹々たちと、妖精人の戦士たちに襲わせないように。


「え?これ本物ですか?」

「多分ね。妖精人の気性の荒さは気をつけた方がいいわよ。冒険者になるような変わり者ならともかく、森から出ない連中は話が通じないわ」

「異世界人てか妖精人、やっぱ鬼っすね」

「光一郎。頭骨から遺伝子サンプルを採っても良いか?」

「今はやめとけ」


入口に並べられた妖精人の森の証に、コーイチロー様たちは少し顔をしかめています。

……どうやら人間は妖精人と違い、討ち取った外敵の首を晒す習慣は余りないということも今回の旅で分かりました。

「では、ボクについて来てください。ボクから離れると敵と見なされますので、はぐれないように……!?」

その瞬間、精霊たちが教えてくれた言葉に従い、ボクは咄嗟に弓を打ち込みました!


影精(シャドウ)の力を借りた精霊魔法《隠匿(インヴィンシブル)》を使い近づいてきたものがいる!


精霊たちの《精霊探知(スピリットセンス)》に従って撃ったボクの弓が何もないように見える場所に打ち込まれて揺らぎ……弾き落とされます。


「……なるほど。最低限の知能はあったようだな」

その言葉と共に、反り返った剣を手にした護衛らしき少女を連れた、全身に精霊封じの紋を刻まれた妖精人が姿を現しました。

「グスターヴォ……!」

そう、相手は我がシャーウッドの森200年の敵。

誇り高き妖精人でありながら、混沌に与した罰として、精霊に力を借りれば激痛に見舞われる魂にまで刻み込まれる精霊封じの紋を刻まれて追放された邪悪なる精霊使い! ボクに小鬼(ゴブリン)を差し向けた張本人でもあります!

「皆さん!てき」


その言葉よりも早く、黒と青、二つの影が駆け抜けていきました。

そして第一戦。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妖精人は割合蛮族である。 ディビニティみたいな感じww
[良い点] いつもどおりの更新ありがとうございます [一言] 妖精人は枝の一本骨一本系だったかー 精霊魔術が便利すぎて文明発展させる必要がなかったタイプの蛮族 しかも風習的には鎌倉武士というかプレデタ…
[一言] お洒落なしゃれこうべ、なかなかのバーバリアン。
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