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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season3 Wolfs Forest Story 03

この人たち無茶ぶりに慣れ過ぎてる。

A級怪人、ジャック・ローズ。

その名前が出た後、部屋には少しの間沈黙が訪れました。


ナナコさんの方もそう言う反応になるのが分かっていたとでもいうように、一度言葉を切り、コーイチローさんの答えをじっと待っています。


そして、少しの間沈黙した後、コーイチローさんが言いました。

「……条件次第では、オレは手伝ってやってもいい」

その言葉に続くようにわたしたちも言います。

「私も付き合うぞ。光一郎は無茶ばかりする。一人で行かせては危険だ」

「わたしも行きます。コーイチローさんのお手伝いをするのがギルド職員としてのお仕事ですから」

「主が行くって言うなら奴隷には選択の余地は無いわね。それに、妖精人の森には魔法使いとして、興味もあるわ」

その言葉を聞いて安堵したのか、ほっと一つ息を吐き、ナナコさんが喋りだします。


「そうっすか。いや助かったっす。仲間も支援も無しに実力も良く分からねえジャック・ローズ率いる怪人の群れとやりあえとか普通に死ぬっすからね。

 あ、もちろん、お礼はちゃんとするっすよ。これでも冒険者のバイトで結構稼いでるっすし、あと樹里さんに渡された換金資源もあるっす」

そう言いながら懐から袋を取り出して、中身をテーブルの上に広げました。

テーブルの上に転がり出たのは、かなり大きい、透明な宝石でした。太陽の光を浴びてぎらぎらと眩いほどに輝く宝石です。

元々、貴族とは言え宝石にはほとんど縁がない家でしたので、宝石の価値のほどは良く分かりません。

ですが、これだけ綺麗で大きいならば、とても高価で貴重な宝石なのだと思います。

「……これ、本物なの?」

「もちろんっす。樹里さんとこの社員に作らせた、まじりっけ無し、炭素100%の代物って樹里さんが言ってたっす。

 前に一個だけ適当な商人に見せて売っぱらった時はびっくりするほどの値段で売れたっす」

その宝石を元は有力な貴族の家の生まれだというベリルさんは一見してどのような宝石かを見抜いたようです。

目がまんまるに見開かれ、その宝石をじっと見つめています。

……もしかしたらわたしが思っているより貴重なものからも知れません。

「あの……ベリルさん。その宝石は、何なのですか?」

「アタシも実家の宝物庫でちらっと見たことがあるだけだけれど……おそらく金剛石(ダイヤモンド)よ。

 透明度も大きさもすごいけど、ここまで綺麗に整えるなんて、どうやって加工したのかしら」

「金剛石ですか!?」

その答えにわたしは思わずもう一度その石を見ました。実物を見たことはありませんが、物語ではよく出てくる定番の宝石ですから。

「見ただけで分かるとかそこの蒼い髪の人、すげえっすね。そうっす。ダイヤっす。なんか地球じゃ売り物にならない奴らしいっすけど。

 自分、最初ガラスとかそう言うちゃちいおもちゃだと思ってたっす」

そして、ナナコさんも目の前の宝石が本物の金剛石だと認めたのを聞き、わたしは息を飲みました。


昔から、宝石には魔力が宿りやすいと言われています。

特にこの世で最も硬く、光の魔法を宿すのに適した石だと言われている金剛石は英雄物語などで勇者様や聖騎士様の剣や盾、鎧にあしらわれる特別な石としても有名で、大きなものは比喩抜きで家が買えるほどの値段で取引されると言います。

……それをポンと出せるなんて、やはりチキュウと言うのは凄い世界みたいです。

「それと、この依頼はシャーウッドの森からの依頼でもありますし、ボクからは、引き受けてくださるなら妖精人の霊薬(エリクサー)を差し上げるつもりです」

そしてもう一人のお客さんであるクリスさんは、何かの樹を削って作られた瓶を取り出します。

霊薬。これもまた有名な貴重品です。どんな怪我でもたちまちのうちに治してしまう極めて強力な魔法の薬ですが、作るのに百年かかると言われていて、これまた人間の間では家が買えるような値段で取引されています。


どちらも、極めて貴重な宝物です。つまりは、それだけ危険な依頼ということでもあるのですが。

「で、どうっすか? なんとか、引き受けてくれねえっすか?」

そして、最後にそれだけ言って、ナナコさんはじっとコーイチローさんの答えを待つ体制に入りました。


「一つ、追加で頼みたいことがある。それを頼めるならば、仕事を引き受ける」

そして、少しの沈黙のあと、依頼人でもあるお二人の言葉に、コーイチローさんは首を振って、言います。

「そりゃありがてえっす! 自分が出来ることならなんで……もは無理っす。普通に無茶ぶりされたら却下するっす」

その言葉に笑みを浮かべ、快諾……する前に慌ててナナコさんが言いなおしました。

これは、あれです。本当に無茶なことを言われたことがあるのでしょう。

そんな、ちょっとだけ怯えたナナコさんを諭すように、コーイチローさんはお願いを口にします。

「頼みたいことは、訓練だ。怪人としての戦い方のな」

「訓練? いや、勘を取り戻すための組み手とかならともかく、センパイぶっちゃけ自分より強いじゃないっすか」

不思議そうに言うナナコさんにコーイチローさんは言葉を続けます。ちらりとわたしの方を見ながら。

「オレじゃない。ここにいるアリシアの訓練だ。ナナコ。アリシアに、お前の技を教えて欲しい」

「えっ!?」

突然わたしに話を振られ、わたしは驚きの声を上げました。

いえ、戦い方を教えてもらうのはいいんです。ですが、今までもコーイチローさんに色々と教えてもらいましたし。

「あの、コーイチローさん。わたし、これでもコーイチローさんにかなり鍛えられたと思うんですが?」

「アリシア。オレじゃあ教えられることに限界がある。オレの技は何処まで行っても生き残る為のからめ手だからな。

 強い怪人の正面からの戦い方ならばナナコのが詳しい。

 乙姫……オレの知る限りでトップクラスに強い怪人から直々に『稽古』つけて貰ったサージェントウルフは、ナナコだけだからな」 

「いやあ、あれは稽古っつうか嬲り殺しだったっすけどね。我ながらなんで死んでねえの?って感じっすし。

 てか、そこのアリシアさん、怪人なんすか? 匂いとか完全にこっちの人っぽいんすけど」

一瞬、何か思い出したくないことを思い出して思い切り顔をしかめたナナコさんが、わたしを見て不思議そうに言いました。

そう言えば、わたしがこの世界の人間では初めての怪人だとプロフェッサーさんが言っていたのを思い出します。

「うむ。私が改造した。私が知る限りでは人類種1872から作られた怪人はアリシア・ドノヴァンのみだ」

「マジっすか……いや、もういいっす。で、何の怪人っすか?」

ナナコさんは、なんでもないことのように言うプロフェッサーさんに驚いたあと、すぐにわたしに尋ねてきました。

この切り替えの早さはコーイチローさんに通じるものを感じます。

「はい、わたしは、バーサークタウロスエーダブリューです! よろしくお願いしますね」

「え」

そう言った瞬間、ナナコさんの笑顔が固まるのが見えました。

その固まった笑顔のまま、ナナコさんはコーイチローさんを見ます。

二人は無言で見つめあい、辺りに何とも言えない沈黙が降りたあと、ナナコさんがポツリと言いました。

「忘れてたっす……センパイ、ほぼ初対面で鉛玉ぶち込んでくる人だったっす」

何だか諦めたような顔をしているのが、とても印象に残りました。



こうしてわたしたちはナナコさんたちの依頼を引き受け、旅立ちました。

主にプロフェッサーさんに配慮して馬車を用意しての旅です。

動物とも心を通い合わせられるらしい妖精人のクリスさんと、冒険者として様々な経験を積んだベリルさんが御者も出来るとのことでしたので。



今回の目的地であるシャーウッドの森までは無理なく移動しようとすればおおよそ十日かかります。

朝、日が昇ってから移動し、太陽が傾いてきたら無理せずに歩みを止めて、野営の準備をして、それぞれに過ごす普通の旅です。

野営の準備は、コーイチローさんとベリルさん、クリスさんがそれぞれに分担して行っています。

わたしはその間、別行動で、ナナコさんと格闘術の訓練を行うことになりました。


―――へいへいへい!そんな腰が引けた大振りが自分に当たると思ってるんすか!? 甘いっすよ!


どうやっても頭の中に響いてくるナナコさんの《沈黙の命令》の声に少し苛立ちながら、服を脱いで下着鎧姿になったわたしは茶色い人狼のような姿をしたナナコさんめがけて本気で拳を突き出します。

本来の怪人としての姿に戻った上での本気の一撃。

当たれば人間どころかサージェントウルフであってもただではすまない一撃ですが、もう、遠慮はありません。

……ここまで、どんな攻撃を繰り出しても、ただの一発も、かすりもしないのですから。


―――バクダンの工夫も何もねえただのパンチなんざ当たる怪人はただの間抜けっす! もうちょっと頭使えっす!


ナナコさんはわたしのパンチを当然のように避け……そのままわたしの視界がぐるりとまわります。

パンチの勢いを利用して、投げられたのです。わたしは頭から地面に落ちました。

頭に鈍い衝撃が走ります。多分、人間だった頃に同じことをやられたら頭が割れるか首が折れていたでしょう。


―――思い切りは大分よくなったけど、まだまだ動きが分かりやすすぎるっす。サジェウルの打撃はバクダンにはロクに通らねえんだから、そこを弱点としてつくんす!


そうは言ってもキックも体当たりも投石も全然当たらないじゃないですか!?

ここ数日、考え着くかぎりの攻撃をすべて綺麗にかわされたことを思い出しながら、心の中で反論します。

ナナコさんは、容赦がありません。

わたしだってコーイチローさんに怪人の戦い方を教わり努力してきたつもりですが、全く通用しないのです。

それどころか隙あらば先ほどのように投げたり曲がっちゃいけない方向に指や腕や脚を折ったり、思いっきり目つぶしを仕掛けてきます。

普通の人間だったらとっくに再起不能に陥るか死んでいたでしょう。


思わず言い返したくなるのをぐっとこらえつつ立ち上がります。

怪人は痛みに強いし再生能力もあると言っても、普通の人間だったら一生モノの怪我は流石に痛いですし、動くのに支障がでます。

……頭に血が上るのも防がないといけませんし。


バクダンは《肉体狂化(バーサーク)》に頼らず戦えるようになって一人前。


ナナコさんには最初にそう言われました。

《肉体狂化》は強力な切り札ですが、切った後は絶対に勝たないと後がないし、何より味方に居て欲しくない。

そのため、バーサークタウロスは如何に《肉体狂化》を使わずに戦うかが鉄則なのだそうです。

「日も暮れてきたし今日はこの辺にしとくっす。また明日っす」

結局その日も一発も当てられず、主に精神的な疲労で崩れたわたしにナナコさんが平然として言います。

流石にサージェントウルフらしく、とても強いのです。

「はぁ……ありがとうございました」

今日もあまり手ごたえが感じられず、いまいち納得が言っていませんが、それを言っても仕方ありません。

わたしはお礼を言って下着鎧の上から服を着ます。

「あの、ナナコさんはどうしてそんなに強いというか、わたしの攻撃を避けられるんですか?」

着替えながらふと、わたしはずっと疑問に思っていたことを尋ねます。

ナナコさんはわたしの攻撃を完全にぎりぎりでかわしますし、手痛い反撃を簡単に加えてきます。

当たったらただでは済まない攻撃なのに、それを全く怖がらない心の強さが、ナナコさんの強さの秘密のように思うのです。

「そりゃまあ、センパイが言ってた通り、乙姫様の嬲り殺しみてえな稽古を散々受けたっすからねえ……」

そんなわたしの問いかけに、ナナコさんは少し遠い目をして、わたしの知らない人の名前を上げます。

コーイチローさんがちらりと言っていた方です。恐らくは、怪人なのでしょう。

「オトヒメ様……そんなに強い方なのですか?」

「そりゃもちろんヤバかったすよ。スピードとか技術はもちろん、パワーでもアリシアさんよか上だったっすからね」

「ぱ、パワーで!?」

ナナコさんがあっさりと言った言葉に、わたしはとても驚きました。

バーサークタウロスという怪人は、巨人のごとき圧倒的な力の怪人。それをパワーで上回るとなると……正直、想像もできません。

「そうっすよ。特殊能力ショボいのに身体能力のヤバさだけでA級になった人っすから。今の怪人業界では二番目に強いって言われてるっす」

「二番目……そのオトヒメ様という方は、一体何の怪人だったんです?」

それでも二番目なのかと思い、コーイチローさんが、結社を崩壊させたのはたった一人の怪人だったと言っていたことを思い出します。

一番強い怪人がそれだと考えると、実質最強と言っても良いでしょう。

一体、どんな怪人なのかと気になり尋ねたところ。

「ドラゴンっす」

「え?」

あっさりとかえってきた言葉に、一瞬首を傾げます。

「だから、ドラゴンの怪人っす。」

「…………本当ですか?」

あまりに予想外の言葉にこくりと息を飲みながらたずね返します。

何しろこの世で最も強いと言われる怪物。それをベースにした怪人ならば強いのも納得できますが。

「嘘ついてもしゃあねえっす」

「……そうですね」

チキュウという世界は、もしかしたらわたしが思っている以上に恐ろしいところなのかもしれない。

そう思いました。

ちなみに結社崩壊前は第4位だったそうな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 可哀そうにナナコさん、面白獣人枠に入ったのにセンパイとの関係を絶たなかったがために、乙姫様たちから目を付けられ続けたんやな まあ、面白獣人枠だろうが本性らしきものをあらかじめ知ってたら、万が…
[一言] (コモド)ドラゴンだから嘘は言っていないなw
[一言] でかいダイヤと聞くとあの能天気な歌がエンドレス、洗脳おそるべし。
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